交渉という名の雑談
「しかし初手で伊皿木か、随分な大物が出てきたな」
「あら、御存知で? 随分熱心に調べたのね」
「いや、調べたんじゃない。知ってるんだ」
俺の言葉に伊皿木女史の視線が鋭くなる。
まぁそうだよな、言ってることがわからないからこそ警戒するよな。
「どうだ、昨今の書籍売り上げ。本屋の閉店は増えてるのか?」
「何の話か分からないけど……そうね、電子書籍が主流になりつつあるわ。それでも紙の媒体がいいって理由で一定の需要はあるけど通販がそこを賄っている感じ。大型のモールとかに行けば本屋はまだあるけど個人経営の小さいお店は閉店しているわ」
「ここ最近の流行りは知らんが転生とか転移とか、そっちの流行は」
「記憶の持越しなら今でも主流よ。ジャンルが変わって悪役令嬢や追放、それからスローライフに悪役転生なんてのも出てきたわね。勇者になるのはマイナーになってきたイメージよ」
「そうか、俺の知識とあまり変わりは無いな」
「どういう意味か聞かせてもらえるかしら」
「こんな通路じゃなくてソファーと珈琲、それと茶菓子に羊羹が欲しい所だ。あ、いや、だったら緑茶がいいな、玉露のいいやつ」
「……そうね、こんな所でする話じゃないわね」
カツカツと通路を進んでいく俺達。
まぁ世間話は済んだ。
無駄口を叩くような相手でもない。
というか今まさに俺の命がピンチなんだよなぁ……ちょっとでも格闘技に通じた人間なら伊皿木にはかかわるなという不文律を知っている。
具体的に言うと人間離れした動きを基本とする特殊な古流武術の関係者、という程度しか情報が流れてこないが少なくともその武術が生まれてから無敗という記録を持っているらしい。
真偽はともかく、そもそもの動きからして人間離れして重力を無視しているとしか思えない動きをする、という話だ。
そして裏に一歩でも足を踏み入れたことがあるなら、その真偽は疑いようのない本物に変わる。
俺の場合東京ドームの地下に隠された裏闘技場での話だが、そこのチャンピオンという少女と殴り合い……にもならない戦いで負けた。
それが目の前にいる伊皿木弓子だ。
俺の打撃を全て受け止めることなく、その身で受け続けて無傷。
投げ技も絞め技も効かない、反撃されたと思えば一撃で顎を撃ち抜かれて脳しんとうで気がつけば控室で寝てた。
ナノマシンの恩恵がある今でも勝てると正面切って言い切れない。
いい勝負はできる、メリナが一緒なら勝てる、マリアなら単独で勝てる、メリナは一人じゃ勝てない、そんな相手だ。
武器有りなら天秤は俺に傾くかもしれないが、それも怪しい所だ。
そもそも俺が武器の扱いが下手というのもあるけど、生身で勝てる相手がそもそもすくねえんだよな……敵は大体船に乗っているか、乗り込んだりしたとしてもなんらかの方法で自分を強化している相手ばかりだから。
ナノマシン強化の恩恵は確かに凄いけど、所詮は人間のポテンシャルを底上げするだけなんだ。
視力が良くなる、動体視力に脳の反応が追い付く、骨が頑丈になる、筋肉が鍛えやすくなる、結局その程度でしかない。
つまるところ俺は強いだけの美人という扱いなのだ。
本当なら骨をチタンに置き換えるとか、皮下をフレームで覆って瞬発力を上げるとかの手術もあるけど俺は辞退したし。
なんか、こう人間としての在り方みたいなのを考えたら好みじゃなかった。
否定はしないけど、俺は導入しないというだけで。
そういう改造人間代表みたいなメリナはパワーこそあるがテクニックがな……色々教えたけど雑なんだよ。
というかパワーに振り回されて雑になっている。
だからか技術面で俺の方が優位に立っているのだが、それは戦闘に限った話。
それこそ押し倒されたら逆転は不可能……夜とかまさにそうなんだけど、これが伊皿木レベルの相手にした戦闘となれば簡単にひっくり返されるだろう。
俺がマウントポジションとってもまだ少女と言っていい伊皿木弓子はそれを藁でも押し返すかのようにひっくり返したからな。
「ついたわ」
「ここが立川駐屯地か。思ったより豪勢じゃねえの」
「正確にはその地下にある密談用の部屋よ。意外とここ使いやすいのよ、電車の乗り換えは楽だし駅から近いし、観光地というよりはアニメの舞台とかにもなるから色々な所から人が来る。誰が来てもおかしくない場所という意味でもね」
「なるほどな。さて、それじゃあどういう形で交渉するか」
「ライトノベルの話が出たし漫画的なやり方はどうかしら。嫌いじゃないんじゃない?」
「そうだな、一問一答をお互いにってやつでどうだ」
「いいわ、わかりやすい。じゃあ先手はさっき譲ったことにして私から。あなたは何者?」
おっと、早速交渉のイニシアチブをとってきた。
まぁ許容範囲というか、この程度のジャブで済むなら安い物だ。
「雑賀丈一郎、リングネームサイガ、知ってるよな」
「えぇ、昔ちょっと戦った事あるわ。なかなか歯ごたえのある相手だった。半年くらい前から行方不明になっている古流武術の使い手にしてMIAプレイヤー、兼業でストリーマーをしていた」
よし、読み通りというか予想が当たった。
この女が出てきた時点で半分くらい確信していたが、ここは俺のいた地球だ。
……俺がいた地球だったなぁ……ちょっときついわ。
「さっきの転生転移の話だけど、その記憶を持っているのが俺、アナスタシアだ。記憶というか精神か? どちらにせよ大差ないが遠い宇宙で船の中で寝ていた所で飛び起きた。要するに精神性で言うなら地球出身の宇宙人ってことだな」
「……にわかには信じられないけど、そういう例はいくらでもあるしもっととんでもない物を見ている身としては頭ごなしには否定できないわね」
その言葉と同時に鋭い突きが飛んでくる。
ジャブというにしても早すぎるそれをギリギリで躱しながら手刀を喉元に突き付けようとして、叩き落とされる。
けれどそれは目くらまし、本命は鳩尾を狙った肘鉄。
膝を曲げて全体重を乗せるように打ち出したそれを、手刀を振り払った手でそのまま受け止められた。
当たれば悶絶くらいはさせられたのに……。
「なるほど、技の鋭さは確かにサイガそのものね。それに昔と戦い方が似ている。洗練されているし、より重く鋭くなっている」
「そりゃどうも、あっさり負けた身だけどな」
「あら、当時の私も長引いたら面倒だと思って早めに終わらせたのよ? もっと魅せる戦い方はできても骨くらいは折られそうだからさっさと終わらせただけで」
「おいおい、まだ未成年だったとはいえ俺のメンタルバキバキにへし折って、手加減って言葉を奪った女の台詞じゃねえな」
「私なりの敬意というものよ。強い相手こそ本気で叩く、本機を出させる前に潰す、先手必勝ね」
「その勢いで俺に通信してきたのか? あ、これ質問に含まない形で」
言質を取られたら一方的に質問されそうだからな。
「そうねぇ、半ば独断だったのは認めるわ。上がごちゃごちゃしている間に他の国に手出しされたらたまったものじゃないもの」
「他の国か……どこら辺が嗅ぎつけてる。動いているのは」
「先進国なんて言われてる所は大体気付いているわ。動いているのはアメリカロシア中国イタリアフランスイギリス……あぁ、あとローマもね」
「想像以上に大事だな」
「そうよ、だから私が動いたの。じゃあ今度はこちらから質問、どのくらいこちらの益になる事をしてくれる?」
「故郷相手なら交渉の余地はいくらでもあると言っておこう。それこそお近づきのしるしにナノマシンやワクチン、VRシステムを送り付けてもいいくらいに。ただし兵器類は基本的にこちらの管轄としてしばらくお預けだ」
「なるほどね、ちなみにギリギリ兵器に含まない物だと何があるかしら」
「核分裂抑止剤だな。使い方を間違えればエネルギー問題になるが、基本的に二日くらいで効果が切れるようにセットした特殊ナノマシンだ。原子力発電所の事故や核爆弾ぶっ放してきた際に使えば核分裂を抑止してくれる。セットで放射能除去装置と放射線被害対策セット、被爆時の治療器具も付けてやる」
「あら太っ腹。じゃあそれを挨拶代わりにいただける?」
「俺の質問に答えてくれたらな」
「そうね、あなたの手番だもの、聞くだけ聞いてみましょう」
「……裏の連中はどのくらい動いている」
「誰も動いてないわ。上と言ったけどあれは国会の人間の話、少なくともそっちの方々は誰も動いていないし静観しているわ。例えば天照様とかね」
「そうかぁ……そっかぁ……」
思わずため息が漏れてしまう。
やっぱりいるんだなぁ、神様連中。
裏の業界に片足突っ込んだことあれば噂程度に聞いて、両足突っ込めば存在を認知できて、腰までつかればお目通りもできる。
肩くらいまでどっぷり入ってる公安はともかく両膝くらいまでだった俺は存在を認知するだけだったのに……こりゃお目通りコースか?
超かぐや姫見ました、彩葉推しです。




