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レベル1の魔神  作者: サナギ雄也
第三章
28/42

第28話  灼熱の魔神②

「う、く、こんな……アルシエル……」

 熱風に炙られたせいで遠くへ飛ばされた彩斗は、岩へしたたかに背中を打ち、呻いて片膝をついた。


 その声はすぐにアルシエルの怒号に掻き消された。顔を歪めて立ち上がりかけたとき、スララがやってくる。リコリスの鎧が手の部分だけ解除される。白い手が彩斗の体に添えられた。


「大丈夫? 彩斗」

「動けないほどの傷じゃ、ないよ。でもあれは、アルシエルは、いったいどうしたんだろう。昨日の夜とは全く違う。まるで、何かに取り憑かれたみたいだ……」

「きっと、まだ記憶がめちゃくちゃになってるせいだと思う」

 痛ましい表情で、スララは語る。


「昨日の夜は、最近では一番落ち着いたアルシエルだった。でも今日は違う~。調子が悪いときのアルシエル。私が前に説得しに行ったときも、ああいうときがあったの。きっと今は、断片的な記憶だけで戦ってる」

「昨日の夜で、一番落ち着いてる……?」

 その事実に彩斗は顔を引きつらせる。あの日の激怒だけでも恐怖だったというのに、あれで良好状態など悪い冗談だ。

 けれどわかる。確かにわかる。アルシエルはもう限界近くにまで追い詰められている。ベリアルへの復讐にまみれた心は、いつ破裂してもおかしくなく、おそらくは完全な狂人になってしまうまで、時間はそう掛からない。


「……それなら長期戦はできないね。すぐに決着をつけないと……」

「うん。わたしが前に出て、囮になる。彩斗は確実にゲヘナを決めて」

「でもそれは……危険だよ」

 彩斗は呻くように言う。


「今のアルシエルは尋常じゃない。もうキミにも容赦なく攻撃してくるかもしれない。二人で、同時に攻めた方が……」

 頼みの綱であるゲヘナと、氷のコンバットナイフを使えば彩斗でも戦力にはなる。すでにアルシエルは狂乱状態だ。理性も記憶も定かではなく、たとえ妹でも容赦をするとは限らない。


 しかしスララは、ゆっくりと首を横に振った。

「ううん、戦ってみてわかったの。まだアルシエルは、わたしのことはっきり覚えてる。彩斗だけに炎の爪を使って、わたしには掌底だけで攻めてきた。たぶん、わたしには本気を出せないからだと思う~。だからわたしが前に出て、彩斗がとどめ、これしかないよ」

「――でも、それは」

 たった一撃で死ぬような魔神の猛撃は、余波だけで強すぎる。スララが心配だった。彼女だけにそんな危険はさせられない。


 けれど、スララはまくし立てた。

「アルシエルがどこまで記憶を繋げてるかはわからないけど、闘技は魔物を倒せば勝ち。つまりわたしを倒せば勝てるんだよ~。これは、まだアルシエルも、覚えてると思う。でも今言ったように、アルシエルはわたしに本気を出すことはできない。だから闘技に勝つことはできないよ」

「――それじゃあいったい、彼女はどんな考えで……」


「予測するしかないけど、たぶん、アルシエルは『負けなければいい』、そのための攻撃を無意識にしようとしてると思う。つまり、魔神の力を使って、わたしと彩斗が諦めるまで攻撃して、攻撃して、降参するのを待つと思う。アルシエルがわたしを燃やさずに闘技で勝つには、これしかないよ」

 最後の理性でスララのことを覚えているアルシエルは、彼女だけには手を下さない。

 だからスララを傷つけず、なおかつ『魔物を倒せば』勝利というルールの闘技で、アルシエルが負けを回避するには、彩斗たちに諦めさせるのが唯一の手段。

 それがアルシエルの立場からすれば、理に適っていることは彩斗にもわかる。


 だが、確証は何もないのだ。彩斗としてはそれを是と言うわけにはいかない。

「推測が多過ぎる。たまたまスララには掌打だけだったのかもしれない。それに、スララへの配慮がなくなって、本気で攻めてきたらどうするの? スララのリコリスは、アルシエルの炎の爪に簡単に焼かれてしまう……」

「でも、それでも、わたしが囮になって、アルシエルの隙を作るしか方法がないよ」


 理屈はわかる。けれどスララが死と紙一重の状況だということは変わらない。

 彼女の笑顔が、優しい微笑みが、紅蓮の火炎に焼かれて消えてしまうのを想像すると、どうしても彩斗は頷けない。

 そんな彩斗の手を、スララはそっと握った。目を覗きこみ、精一杯の笑顔を見せると、

「きっと大丈夫だよ~。わたし、アルシエルを信じてる。わたしを失いたくないっていう、昨日の言葉を信じてる。だから彩斗、力を貸して。わたしだけじゃ、アルシエルを止められない」

「スララ……」


 こんなときでも笑顔を作れる彼女に、思わず彩斗は言葉を詰まらせる。

 スララは強かった。単純に力が強いという意味ではなく、その心、魂の在り方、折れない意志が、痛ましいほどに鍛えられている。

 それは、きっと集落でアルシエルずっと見てきたからこそ培われたのだろう。

 ベリアルの打倒だけを見て、復讐鬼と化したアルシエル。けれどそんな姉をいつか変えようと、スララは徐々に徐々に、心が鍛えられていった。

 アルシエルを、復讐から解き放つ――。

 時間はかかるだろうけど、いつか、幸せな姉妹になれると信じて。彼女は誰かを安心させるような笑顔を覚え、困難にも負けない不屈の心を得た。


 そんな彼女に、「ダメだ」といつまでも反対していていいのだろうか。

 彩斗は、一旦目を閉じると、漂う葛藤を打ち消した。

「……わかった。ボクもアルシエルを信じる。ベリアルなんかより、スララを優先するっていう、家族愛を信じる。スララ、一緒にお姉さんを、救おうっ!」

「うんっ」

 ほころんだ少女の顔は、いつになく綺麗だった。


「まずは流れを呼びこむ。スララ、キミは隙を作って。ボクは必ずゲヘナを当ててみせるから!」

「うん、後は任せたよ、彩斗っ!」

 晴れやかな表情のままに、スララは彩斗の手を強く握る。


 リコリスの鎧が再び彼女の手を覆った。最後にとびきりの笑みを見せてから、スララは手を離し、岩の上に登ると、大きく声を張り上げる。

「アルシエル! わたしはここだよっ! 今から本気で戦う! 覚悟してっ!」

 魔神の怒号が、大気を震わせる。

 跳躍と共にスララのリコリスが盛大に伸びた。半透明の房が岩に巻き付く。巨大な岩石を持ち上げる。

 剛撃一発。大きく綺麗な弧を描き、空間を引き裂くようにして、巨岩がアルシエルへと叩き降ろされる。


 爆裂音と震動が戦場を揺るがす。

 土柱が盛大に天井へ立ち上る。ひび割れ、放射状に広がった地面の亀裂はほとんど彗星の衝突じみた破壊痕だ。

 だが、ガルムを一撃で倒した技を用いても、アルシエルには何の効果も及ぼすことができなかった。


 紅い五つの軌跡が翻る。

 無造作にアルシエルが振り上げた火炎の爪は、やすやすと巨岩を両断、半ばから融解し、火の粉と粉塵を撒き散らせて残骸を左右に吹き飛ばす。


 だがスララも、一撃で倒せるとは思っていない。

 巨岩を持ち上げたとは別のリコリスで次の岩を持ち上げる。初撃と三秒も開かず叩き下ろす。アルシエルがそれも火炎の爪で切断させるが、即座にスララはまたリコリスで持ち上げた岩を、轟然と叩き降ろした。

 暴力的なまでのリコリスによる岩の叩き付けは、まさに嵐のようだった。巨大な質量が空に舞い、膨大な遠心力と共に飛来する。しかしスララの全力の乱撃も、アルシエルが爪を一閃するだけでたちまち無力化する。


 それでもスララとしてはやめるわけにはいかない。単独でアルシエルの足止めをできるのはこれしかない。リコリスの直接攻撃ではかすり傷一つ負わせるのは不可能で、彩斗の氷のコンバットナイフで、リコリスを凍結させ剣や槍を作り出しても、足止めには不十分。殺傷力を維持しつつ釘付けするには、これしか方法はない。

 岩にリコリスを巻き付けさせては振り回す。それをアルシエルが融解させ両断させ、その繰り返す光景が何十と重なっていく。


 先に焦れたのはアルシエルだった。

 幾度目かの岩が振り下ろされ、命中する直前、アルシエルは爆発的な跳躍で、一気にスララへと肉薄した。

「あ……っ」

 掌打の一閃。

 槍のごとく放たれた右の一撃は、スララを容易く飛ばした。遥か彼方の岩にまでスララは弾け飛ぶ。


 しかしその一撃でアルシエルは油断した。追撃にかけようとしたわずかな意識の隙、スララはすぐには反撃できないという油断が、彼女の撒いた罠に気付くことを遅らせる。

「かかったよっ」

「な、に……!?」

 アルシエルが足首に違和感を覚えて下を見た。


 そこにスララのリコリスの分体がある。

 触手が猛然とアルシエルの胴体に巻き付いた。あっと叫び切断する暇もなく、横殴りに大きく振り回されるアルシエル。


 それにやや遅れて――スララが先端鋭い岩を、リコリスでぶん回していた。

 分体に振り回されたアルシエルと、鋭利な岩の先端が、恐ろしい相対速度のまま激突する。

 破片が舞った。砕け散った岩が花火のように虚空へ弾け、雨のように地面へ降り注ぐ。


「やったっ!」

 興奮の声のまま彩斗は駆け抜ける。岩の破片が、火の粉が、盛大に舞う最中を走り、ゲヘナを撃つべく右手を落下するアルシエルへと向ける。


「ゲヘ――」

 だが、膨れ上がった憎悪の翼に、彩斗は息を凍らせる。

「その程度か。その程度か。そんな攻撃で私は倒せない。私はベリアルを殺すまで倒れるわけにはいかない。絶対に、いかないんだっ!」

 アルシエルの火炎の爪が伸びる。それは形を変え槍となり、先の倍にまで伸長すると、猛然と『発射』される。

「う、わああぁっ!」

 一つ一つが烈火に包まれた五本の槍は、宙を穿ち、大気を焦がし、彩斗を射殺さんと迫りゆく。

 スララが反射的にリコリスを伸ばすも防げない。半透明の盾は薄紙よりも無残に貫かれ、燃やされ、彩斗を守ることもできずに蒸発した。


 とっさに彩斗は、氷のコンバットナイフを鞘から抜き一閃させる。

 冷気と共に輝く刃が烈火の槍と衝突した。

 一本はなんとか弾き出せたが残る四本はそうはいかない。二本が左肩へとかすり、もう二本は左腕と右わき腹をかすめ、激烈な痛みを彩斗に刻み込む。


「うう、あああっ!」

 痛覚の限界を超えた激痛が、襲いかかる。

 意識が一瞬飛びかけた。ふらつく足に力を込め、何とか歯を食いしばって彩斗はその場を跳ぶ。

「うう、ぐう……」


 かすっただけなのに、激痛が彩斗を貫く。息をするのも絶え絶えだった。薄れかける意識の中、彩斗はナイフの刃を傷口の一つに当てた。

 左肩に冷気が注がれる。ガルムに強化された氷の刃は、強靭な強さと共に、消えない冷気を発していた。そのおかげで、わずかに意識がはっきりとしてくる。


 だがそこで、彩斗は背筋が凍る光景を見た。

 槍が、地面に突き刺さった烈火の槍が、不気味に五本とも蠕動していた。

 分体だった。アルシエルが射出したリコリスの火炎の槍が、そのまま魔神の一部として動き出したのだ。

 どろりと溶けるように変形した分体は、水溜りのような形を取ると、それぞれ一部が伸長。触手のように伸び、烈火をまとわりつかせて彩斗へ殺到する。


「く……」

 転がって回避を試みた彩斗だが、五本のうち一本が左腕にかすった。意識が断絶しかけるほどの激痛。転がった後にナイフを傷口に当てるも焼け石に水だった。


 それでも、烈火の触手の攻撃は終わらない。

 伸びた烈火の触手がまるで亡者の手のごとく向かってくる。白濁した意識で必死に彩斗はコンバットナイフを振り回すが、そのたびに触手はかすり、うねり、体のどこかに当たって激痛が迸る。

「ぐ、ううう……っ!」

「彩斗! 伏せて!」

 リコリスで岩を持ち上げさせて、スララが叫びながら岩を振り回した。


 慌てて伏せた直後に、烈火の触手が岩によって吹き飛ばされる。火の粉が荒々しく散り、燦然と降り注ぐ中、スララが彩斗のところに飛び込む。

 スララはそのまま彩斗の手を引いた。リコリスの鎧の冷たい感触を感じながら、彩斗は彼女と並走する。


「ごめん、スララ」

「謝らないで~、来るよっ」

 怒号と共にアルシエルが左手の爪を再び伸長させる。今度は攻撃ではなくリコリスを分散させた。本体と分離し、扇状に飛び散った分体は彩斗とスララの走る先々に落下した。接地と同時に火炎が、真紅の触手が、猛然と迫り来る。


「う、くうう……っ」

 彩斗が走りつつコンバットナイフを振るい、スララが必死にリコリスで岩を持ち上げ迎撃する。

 だが何十もの火炎のリコリスを操りながら、アルシエルの攻め手はまったく緩まることがない。

 スララも、リコリスを振り回し分体を周囲へと撒き散らした。半透明の触手が生まれ、たちまち七本の触手が伸びていく。

 スララとアルシエルの触手が、次々とぶつかって空間にリコリスの乱れ桜を形成する。


 しかしその結果はスララの一方的な敗北だ。半透明の触手は烈火の触手に焼かれ、千々に散っては消えていく。

「殺せ、リコリス、私のリコリス。復讐を阻む愚か者を、焼き殺セっ!」

 灼熱の尾を引き、烈火の触手が十重二十重に彩斗たちを襲う。即座にスララが岩を持ち上げさせ振り回し、彩斗が氷の刃を乱舞させるが劣勢もいいところ。

 意識も思考も白熱させて、彩斗とスララは懸命に迎撃、あるいは回避を試みるがまったくアルシエルへ反撃する機会がない。


「スララ、一旦岩の陰に! このままじゃ負けるっ!」

 心臓が破裂しそうな感覚と共に、彩斗はスララと岩場の間を駆け抜ける。

 かすれた声が、かろうじて彩斗から出る。


「はあ……はあ……そうか、アルシエルはスララのお姉さん……つまりは、スライム族。爪がリコリスというなら……彼女の爪は自由に変えられて、分体を作ることも、それを操ることも、彼女にはできるんだ……」

「それだけじゃないよ」

 スララも息を切らせている。


「アルシエルは魔神になる前に、自分のリコリスを鍛えてた。つまりわたしができることは、全部アルシエルもできると思う」

 そしてその一つ一つに、火炎の攻撃力が上乗せされている。魔神ゆえの無尽蔵な体力。スララと同じ技、火炎のリコリスの力。どう足掻いても勝てる要素は見当たらない。

 怒れる魔神が、憎悪と共に咆哮する。

「逃げるかっ! 私の前から遠ざかるか! いいだろウ、それならば貴様らに、世界を滅ぼす力を見せてやろうっ!」

 膨れ上がった怒気に、彩斗たちは身震いする。

 振り返って見たならば、アルシエルは高く、高く跳躍し、鬼の形相を浮かべていた。


 アルシエルの火炎の爪が変化する。

 次々と枝分かれしていく。

 烈火のリコリスの先端が、悪夢のように増えて何十何百、いや何千を超え何万という単位に及び、全天を、上空全てを紅々と覆い尽くし燦然と染め上げる。


 ――凌げない。

 彩斗の胃の底が凍り付く。

 スララだけは手加減されるかもしれないが、間違いなく彩斗は骨も残さず蒸発させられるだろう。

それは予想ではなくもはや確信だった。何を行おうと、あれは防げない。


「消え失せロっ!」

 彩斗はダメ元でゲヘナを撃つべく右腕を掲げ上げた。スララが分体と本体のリコリスでありったけの岩を持ち上げ、ぶん投げる。

 それでも死の確信は揺るがない。冥府への誘いの死神が彩斗の背を撫で回す。

 数万の紅蓮の大蛇と化したリコリスが、一斉に牙を剥き、灼熱の地獄が放たれる。

 その、寸前――。


「――見るに耐えん光景である。加勢しよう」

 白衣の残光を翻し、一条の斬撃が、アルシエルの脳天に直撃する。


「ヌう……っ?」

 予想外の一撃にアルシエルが姿勢を崩す。直後、スララの投げつけた岩が、ことごとくアルシエルへ直撃し、木っ端のように地面へと叩き付ける。


 濛々と粉塵の柱が立ち上がる。

 全天にあった紅蓮の炎が消え失せる。

 上空から白衣の裾を翻して、してやったりの笑みを見せながら、エルンストが翡翠色の剣を振りかざし、彩斗たちのそばに着地した。


「エルンストさんっ」

 彩斗たちは思わず駆け寄った。

「なぜ、どうして闘技に……?」

「話は攻めながらである。スララ、岩を立て続けに投げつけるのである」


 すでにスララはこの時点でかなりの体力を消費していたが、好機とばかりに二本のリコリスで交互に岩を投擲し続ける。

 それと同時、エルンストは翡翠色の剣を地面に突き立て、白い衣の裾を翻した。その裏地にあるのは短槍、短剣、投げナイフなど数々の武装。それらを手に取り、彼は一斉に投げつけた。


 一直線ではなく複雑な軌道だった。宙を奔り、アルシエルへ次々と突き刺さる刃の群れ。

 斬撃や岩の衝突音が響く中、エルンストは、

「間に合って良かった。じつは今日の闘技、本来ならばワタシとフレスベルグが、君たちの相手だったみたいである」

「え……」


「しかしキミたちがアルシエルに約束を取り付けさせたため、状況が変わった。フレスベルグの代わりにアルシエルが魔物として参加することになり、ワタシは、彼女のペアとして決戦の舞台に出ることになったのである」

「そんな、そうだったんですか……」

 二対二の戦いが闘技のルールである以上、アルシエルも今日の闘技では、人間のパートナーと共に出るはずだった。


「でも、今までどこにいたの~?」スララが言った。「姿が見えなかったよ~」

「アルシエルのペアとして参加することになったはいいが、彼女はあの剣幕であろう? もはやワタシのことなど彼女には眼中になかった。アルシエルはワタシに構わず攻撃したので、避けるしかなかったのである」

 顔の半分だけで苦笑し、


「……とはいえ、ワタシは闘技の前、中央部でアルシエルの隣にいたのだが、キミたちは気づかなかったのであるか?」

「全然、まったく」

「アルシエルしか目に入らなかったすら~」

 エルンストは小さく吹き出した。

「ワタシも影が薄くなったものであるな。……あとどれくらい戦える?」

 後半はスララに聞き、エルンストはまた新たな短剣を取り出し、投擲する。


 よく見ればエルンストも負傷している。闘技の最初、アルシエルの火炎の余波を受け、体の左半分を火傷していた。アルシエルのすぐ隣に立っていた彼は、もろに高熱を受けてその治療に専念していたのだ。

「あまり長くは戦えないよ」

 エルンストの質問にスララは答えた。

「ワタシもである。そうなると、短期決着を試みるしかないのであるな」

 ただれた左の顔半分をひくつかせて、エルンストは言う。


「彩斗、我々が前に出る。君はゲヘナを。必ず当ててくれ」

 彩斗は一瞬案じるような表情を見せ、頷いてみせた。

「……わかりました。スララ、エルンストさん、気をつけて。前衛を頼みます」

「戦場の空気がワタシを呼んでいる。懐かしい空気であるな。機械神天使(エデンコーラス)との戦いの前線を思い出す。手が足りなければホワイトカラーも何も関係ない。最後は皆が出て、死力を尽くす。フフ……」

 すでに戦闘のための高揚感に包まれたエルンストは、半ば狂気の笑みを宿らせる。

 この人も戦士なのだ、と彩斗は思う。科学者であり、探求者であり、それでいて目の前の困難に立ち向かう、勇気のある人。


「ウウァ、ウウウアアァア――っ!」

 獣のような雄叫びを上げたアルシエルが、粉塵も岩も刃も吹き飛ばす。烈火の爪が、紅々と翻る。

「貴様ら、よくも私に剣を叩き込んだな。殺す。殺すゾ。ベリアル殺しを阻む愚か者がッ!」

「パートナーであるワタシに熱風のプレゼントをした分際で何を言う。お返しに本当は一撃で仕留めたかったであるが、まさか剣の方が刃こぼれするとはな」

 地面に突き刺していた翡翠色の剣を手に取り、エルンストは不敵に笑う。


「だが魔神も全能ではないとみた。隙はある。ワタシは肉体派ではないゆえ自動攻撃武装(インテリジェンスウェポン)を使うしかないが、攻撃は当たる。ならば必ず倒せる」

 雄叫びで吹き飛ばされていたエルンストの武器が、意思のあることを示すように、アルシエルの周りを回っている。


 それは、ワストーやグルゲンに使った液体を、武器に振りかけたものだった。『敵を討て』と命令を植え付けられた短剣や短槍は、エルンストが命令を取り消すまで、対象を襲い続ける。


「愚者どもガ。骨も残さず焼く。焼き殺してやるっ! ウウアアァアッ!」

 アルシエルの叫びが天地を震わせる。

 羽根のように、軽やかに、エルンストは跳躍した。またも短剣を投げつける。それと同時、アルシエルの周囲の短剣たちが一斉に襲いかかった。


 スララが走る。

 アルシエルが呪詛を吐き出し、白衣を翻してエルンストが跳びかかり、闘技はより熾烈を増し再開した。

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