第24話 決戦への希望
『なるほど……そんなことがあったのであるか』
目覚めると牢屋のリコリスのベッドがひんやりと感じられた。
傍らにはスララ、そしてわずかな風。彩斗は身を起こしながら、小さく息をつく。
「彩斗~、良かった、目が覚めたんだね」
「……ボク、ここに来てから気絶ばかりしてるような気がする……」
ぼやくと、スララは華やかに笑った。なんだか久しぶりに感じる彼女の笑顔だった。
スララには何度も救われた。これからもこの笑顔のそばにいたい――湧き出る気持ちに心地よさを感じながら、彩斗は、牢屋を眺め回した。
「そういえば……いま、エルンストさんの声が聞こえたような気がしたんだけど……」
『気のせいではないのである。ワタシの声である』
「うわっ」
急に耳元へ聞こえてきた言葉に、彩斗は仰け反った。それだけではない。微風が彩斗の体に吹き付けている。
「風? どこから……?」
『フレスベルグの風の呪字を使って、ワタシの声を届けているのである。先日から練習はさせていたのだが、ようやく実用にまで至った。その成果である』
「すごい……そんなこともできるんですね」
さすがといったところだ。フレスベルグの底が知れない。
『ああ。それで、色々と報告を受けていたところだ。結局スララは初めから全てを知っていて、火傷の調査や牢屋の文字などの調査は、意味なかったことなど、色々だ』
「あ、あのことは、ごめんね」
スララが少し困ったような顔で言った。
「わたし、みんなに話しても、お姉ちゃんがみんなに危害を加えるかもしれないと思ったから、知っていて、全部黙ってた。みんな……特にエルンスト、ごめん。怒ってる?」
『いや、気にすることはないのである。牢屋の文字のことについてワタシが得意気に話していたのは、まったくの道化であったとか、火傷について真面目に語っていたのが馬鹿みたいだったとか、結局ワタシは何のために調査していたのだろう意味なかったなとか全然まったくこれっぽっちも怒っていないであるよ』
「や、やっぱり怒ってる~っ」
スララがちょっとびくついた声で下がった。
『はっはっは。まあそんなこともあるだろう。貸しということで、いつか別の形で返してくれればいい。具体的にはワタシの開発したグネグネグチャグチャ草の実験対象になってくれれば』
「すら~。わたし、無事なままでいられるかな~?」
一同は笑ってしまった。孤独に戦っていた、スララの事情。けれどそれが少しでも緩和されて、彼女は以前よりずっと、朗らかに笑っていた。
まだ、全てが終わったわけではない。むしろこれからが最も辛く、険しい決闘が待っているが、彩斗はなんとかそれを乗り越え、本当の意味で彼女を解放してあげたいと思っていた。
『おっと。あまり時間はかけられないであるな。風の通り道にガーゴイルが通りかかると、怪しまれる可能性がある。フレスベルグが千里眼で見張っているが、長くは併用できない。手短に済ませよう』
『マジきついし。だらだら話してたら殴るよ』
冗談なのか本気なのかつかないフレスベルグの声まで聞こえてきて、彩斗は小さく笑う。
そして、表情を切り替えた。
『彩斗、スララ。キミたちに聞きたいことがあるのだが、良いであるか?』
「はい、もちろんです」
スララ共々、張り詰めた空気が覆う。
『まず第一に、スララから聞いたのであるが、アルシエルと戦うらしいな。勝算はあるのか?』
「……厳しいとは思います。アルシエルは魔神。ボクのコンバットナイフはガルムに強化されたとはいえ、戦力としては不十分だと思っています」
現状、それは確かなことだった。ガルムの冷気によって極限まで強化された氷のナイフは、非常に強靭だ。それでも、彩斗自身が戦いに秀でているわけではない。
『ワタシもそう思う。スララも、どこまで対応できるか』
「それは、そうです。でも、それでも……」
彩斗は語気を強くした。
「アルシエルを解放するには、きっかけが必要なんです。それに、普通の決闘ではなく、ゲームでの勝敗。こっちには三発のゲヘナがあります。何とか隙さえ作れば、勝てると思っています」
『アルシエルの実力は相当なものである。ワタシも元の世界では棄科学の第一人者ゆえ、観察眼や分析力は持ってるつもりだ。ゆえに彼女が全てのペアのどの魔物よりも、強いことはわかる』
やや硬めのエルンストの声。
『単純な暴力の話だけではない。その意志が、感情が、ベリアル打倒という目的へと強く向けられているのである。つまり容赦や躊躇いが一切ない。油断のない者は強いぞ。そこは覚悟しておくべきである』
「それは……そうですね」
彩斗は思い返した。夜津木やガルムたちも、確かに強敵ではあった。しかし心のどここかで彼らに油断や侮りがあったことは、彩斗も感じていた。
『こう言うと彩斗にはキツい言い方かもしれないが、夜津木やガルムは、君たちのことを、路上の虫のように思っていた節がある。君も経験はないだろうか。足元にいる小さな虫を見つけたとする。それを潰そうと意識する。だが本気で潰そうとする者はなかなかいない。踏みつけるにしても殺意は希薄で、全身全霊で行う者は稀である。遊びの気分がそこにはあるのだ。夜津木たちには、それがあった。だがアルシエルには――それがない』
ベリアルへの復讐に蝕まれた彼女は、たとえ路上の虫が相手でも容赦はしない。一の力で潰せるものを、百の力で焼き尽くそうとする。彩斗がまともに戦えば、一瞬で灰にされて終わりだろう。
『だから、勝利の鍵は、スララである』
「わたし~?」
エルンストは頷くような間を空けた。
『そうである。アルシエルはどんな者をも容赦なく焼き尽くそうとするだろうが、例外が一つだけある。スララだ。残された家族である彼女が目の前にいるときのみ、おそらくアルシエルは手加減をする。いや、手加減せざるを得ない』
「……そうですね。スララがいない世界なんて意味がないと、彼女は言っていました」
『スララが前に出て、可能な限りアルシエルの行動を抑制させる。その隙に、彩斗がゲヘナを当てて勝利する。これしか道はない』
夜津木・サイクロプス戦、ガルム・マルギット戦、それらに増して、スララの役割が重要になる。スララが前衛として奮闘できれば、彩斗たちの勝利。でなければ……。
「大丈夫だよ~」
柔らかに、スララはそれでも笑う。
「今までだって、わたしが前に出てたもの。それにアルシエルの動きは、他の誰よりも知ってるよ~。集落では、たまにだけど、護身術を教えてくれたことがある~」
「え、アルシエルって、スララにそんなことしてたの?」
驚いて彩斗は振り返る。
「うん。本当にたまにだけどね。わたしが危険な森や洞窟に行っても大丈夫なように、攻撃の見切り方とか、防ぎ方を教えてくれたの~」
それで彩斗は納得する。スララは夜津木やガルムの攻撃をよく凌いでいたが、最高とも言うべき師匠がいたのだ。
やはり、アルシエルはスララを大切に思っている。でなければたまにはいえ、そんなことは行わない。
けれど、エルンストは、それでも硬い口調を崩さない。
『不安要素は、まだ一つある』
「え?」
『闘技の形で戦うのであれば、相手にはアルシエルだけではなく、ペアの人間もいることになる』
「あ、そうか……」
闘技は二対二の形式。必然的に、アルシエルはもう一人、人間のいずれかと組んで、戦うことになる。
『だがそれはもう、気にしても仕方がないである。戦いの中で説得するか、うまく倒すか。いずれにせよ、早急に対処して、アルシエルにゲヘナを当てることに専念するしかないであろう』
召喚されたどの魔物よりも強大なアルシエル。それに加え、未知の人間の相手。確実な対応策はなく、非常に曖昧で、不確定要素の多い戦いに彩斗は手のひらに汗を滲ませる。
「……もしかして、ボクは無謀過ぎる選択をしたんでしょうか」
彩斗は思わず、声が強張ってしまう。
「アルシエルとの対話で、もっと確実にゲームを終わらせる手段を思いついていれば、とは思います。これでいいのか、もっと何か方法があったんじゃないか、そう考えると、不安で……ボクの選択は、本当に正しかったんでしょうか」
『今の状況を作れただけでも大金星である』
エルンストの声は、優しい。
『そもそもが、これまでアルシエル・ゲームが中断される可能性すら見出せなかった。牢屋の文字を解読するだけで、精一杯。聞けば今のアルシエルは、非常に不安定な状況らしいではないか。何が最善だったのかは、誰にもわからない』
エルンストは続けた。彩斗を、強く励ますように。
『人は常に、最高の状況で何かを進められるとは限らないのである。限られた時間、足りない道具、少ない人材。その中でやりくりして、いかに最善へ近づけるかが重要なのである。目の前に、いつ爆発してもおかしくない爆弾がある。焦りと、不安と、使命感との折り合いをつけつつ、最善を見出だせる方法は神にしか分からない。アルシエルという規格外の爆弾を前にし、少ない希望を手繰り寄せ、ゲームの終わる可能性を切り開いたのは、誰であるか? 彩斗、君である』
その言葉は彩斗の胸に、優しく、そして強く刻まれていった。
『自信を持つのである、彩斗。ワタシには状況を打破できるだけの力も知恵も、立場もない。ワタシはスララのパートナーには選ばれなかった。運命の鍵を握るのは、君である。彩斗がスララと共に、アルシエルを止めるのだ』
フレスベルグの声が、滑らかに聞こえてきた。
『彩斗はチューインガムくれたときは、まだ弱そうだった。でも今の彩斗は、まあ、少しは逞しくなったんじゃないの。少なくとも『影が薄い』なんて言うやつはいないと思う。そういえば知ってる? 彩斗、他の牢屋で、時々話題になってるよ』
「え……」
思ってもみなかったことに、しばらく彩斗は目を瞬かせる。
『千里眼と風の呪字を使って、昨日から声を拾ってみた結果。それなりのペアが彩斗について話してる。まあ上から目線なやつは多いけどね。それでも名前が知られるくらいには、有名になってる』
『君はゼロからの始まりでこのゲームに参加した。武術を持たず、戦術も知らず、魔法も何一つわからない、まっさらな状態だった。しかし殺人鬼を下して神速の老犬を破り、さらには魔神との約束まで取り付けた。これはまさしく快挙だ。誰よりも成長していることを自覚するのだ。昨日より今日、今日より明日。そしてその後にも、どんどん君は進んでいくだろう。『成長力』――何もなかった君が、持っていた最大の武器は――それだったのだ』
「ボクの……最大の、武器……」
何の取り柄もないと思っていた。
成績は中の下、運動神経も頭の回転も良くはなく、外見だって平凡だ。
担任の先生にすら忘れられるほど影も薄く、特技と言えるものもない。
けれど、そうではなかったのだとエルンストは言う。彩斗には限りない可能性が秘められていて、それに気づかず、今まで過ごしていた。
望めば彩斗は手に入れることができたのに。輝かしい成績や、頭脳や、その他様々な無数の可能性を持っていたのに。みんな気付かず、諦めていた。
けれどその成長力は、アルシエル・ゲームでようやく日の目を見た。だからこそ、今の彩斗がある。
『ワタシの世界では、人間や魔物の強さを、レベルで表すことが多い』
やや唐突に、エルンストは自分の故郷を説明する。
『その中で、たまにいるのだ。最初はすごく能力が低いのに、経験を詰めばどんどん実力を身につける存在。頑張れば頑張るほど凄まじく化ける者。そういった人を、ワタシの世界では、《レベル1の魔神》と名付けている』
「魔神……」
アルシエルやベリアルのような、力を無尽蔵に扱うのではなく、大きな可能性を秘めているという意味での怪物。
『君はまさしくワタシの世界では、英雄と呼ばれる資質を持っている。正直、こんな事態でなければ招待したいところであるな』
「あはは……」
嬉しかった。そんな軽口でも、心に染み渡るように彩斗は喜びを感じた。
これまで色褪せていた自分の光景が、急に鮮やかになった感覚がある。
けれど状況は、そんな彩斗の感激すら許さない。
『やばい、ガーゴイルが風の道の近くに近づいてる。それに千里眼の力もそろそろキツい。あと十秒で切れるから』
フレスベルグから硬質な声が聞こえてきた。エルンストは早口でまくし立てる。
『ゆえに、ワタシからできる助言はただ一つ。今からでも、使える技を少しでも増やすのである』
「はい」
『彩斗の成長は目を見張るものがある。同時に、スララの成長もかなりのものだ。リコリスは千変万化。アルシエルとの決戦まで、最善に近づける手札を増やせ。希望を忘れるな。ワタシたちは、君たちを信じている』
『負けたら許さない』
フレスベルグは強く激しく発破をかける。
『チューインガムのリベンジ、まだスララに果たしてない。いつかスララに勝ってやる。フレスベルグの方がすごいって、思い知らせてやる。だから、あなたたちは、アルシエルに絶対に勝て』
『彩斗、君がスララの力になるのだ。彼女とアルシエル、そしてこのゲームに巻き込まれた全てのペアたちのために。己を出し切り、知恵を絞り、闘うのである。頼んだぞ――』
切れた。フレスベルグの能力の限界が来て、牢屋内が静寂に覆われる。
自然と、彩斗とスララの視線が、交錯する形になった。
渦巻くように、様々な感情が濁流のように溢れている。
けれども彩斗は、まずスララに、謝るべきだと思った。
「スララ」
「ん、どうしたの~?」
「エルンストさんと先に話してしまって言うのが遅れちゃったけど……ごめん。お姉さんと、戦わせる形になって……」
「ううん、仕方ないよ~」
彼女は、朗らかに笑った。
「わたしだけだと、またアルシエルを怒らせるだけだったもの。あのとき彩斗がいてくれて良かった~。わたしはそう思ってる~」
「でも、ボクらが負けたら、石化なんだよね……」
「今までもそうだったよ~。何も悪くなってない。わたしたちは次の闘技で、アルシエルで勝てばいい。それだけだよ」
「スララ……うん、そうだね。最善を尽くそう」
彼女は微笑を浮かべて言ってくれる。その表情に彩斗は救われる。何をどうしても、スララに負担を強いることには変わりがない。それなら後はもうアルシエルへの対抗策を考えることに費やすべき。
「よしっ」
気迫を声に出して、気持ちを切り替える。
「とりあえずは、ボクはガルムに強化してもらったナイフで頑張るしかないよね」
鞘から取り出し、コンバットナイフをかざして彩斗は言う。冷気が即座に漂った。どうやら鞘に入れているときは、冷気は収まるらしい。
「それとスララは、もうリコリスの分体は完璧に操れる?」
「う~ん、どうかなぁ」
彼女は小首を傾げた。
「ガルムのときは冷気があったから、そっちに伸ばせば良かったけど。アルシエルにはあまり正確な操作はできないかも~」
言って、スララがリコリスを分離させた。
彩斗が右手を差し出したので、そちらへ向かって触手を伸ばす。しかし分体の触手は五回に二回は外れて壁に行き、残る三回も、かろうじて彩斗の方向に行く程度だ。分体のコントロールは、まだ不完全。
「ダメみたい~。これで勝てるかな」
「少し休憩しよう。ガルムたちと戦ったばかりなんだ。仕方ないよ」
スララをベッドに座らせ、彩斗は気遣わしげに笑う。
焦っても仕方がない。アルシエルは強敵も強敵、ベリアルを除けば最強の存在だ。逸る気持ちだけでは決して敵わない。体を休ませて、心を落ち着かせ、改めて対策を練ってこそ未来は切り開ける。
「チューインガム噛む? あんまりストックもないけど」
すでに鞄の中には、大した食べ物はなかった。缶ジュースはとっくに飲み終わり、後は風船ガムが五切れだけ。あとはノートや教科書くらいしか入っていない。
がさごそと鞄の中を漁って、彩斗がガムを取り出して渡すと、
「彩斗の世界って、不思議だね~」
ガムを一切れ貰ったスララが、なんとなしに言う。
「どうして?」
「だってこういう薄いお菓子が、甘かったり、風船になるんだよ~。魔法もないのに、とっても不思議~。彩斗の世界、わたし興味ある~」
はにかみながら大事そうにガムを持ち、華やかに彼女は頬を緩ませる。
「彩斗の世界って、もっと不思議なものがあるの?」
「……鉄でできた物体が空を飛ぶよ」
「ええ~、うそ~」
「ほんとうだよ。他にも、遠く離れた人と会話できたり、同じ動物を全く同じまま増やす技術もあるよ」
「不思議~。魔法もないのに?」
「そう、魔法もないのに」
爛々と、スララは瞳を星のように輝かせる。
「すごいね、彩斗の世界~」
「それだけじゃないよ。食べ物だって、美味しいのがたくさんあるんだ。この牢屋の食事より、ずっと美味しい」
「わ~、食べてみたい」
「――アイスクリームとか、クレープとか、スララは好きになりそうかも。アイスクリームっていうのはね、冷たくて、甘くて、牛乳とかを凍らせて作るお菓子なんだ」
「美味しそう~、食べてみたいな」
「雪って食べたことある? あれをもっとずっと食感をふんわりとさせて、香りも甘くさせたものなんだ。夏に食べると最高でね、舌の上で、こう、冷たさと甘さが、ふわっと溶けていくんだ」
「わ~、クレープは? どんなの~」
「砂糖とか牛乳とか卵とか入れた生地を、薄く焼いて、フルーツや生のクリーム、今言ったアイスクリームなんかを、包んで食べるんだ。口に入れた瞬間、果物とかの甘みとクレープ生地の食感が、さくっとした感じと一緒にたっぷり広がって、もう、甘いのが好きな人には、やみつきになる」
「いいな~、美味しそうだよ、とっても~」
全身をうきうきとさせて、切なそうな声音をスララは上げる。
食べてみたい。異世界の未知の食べ物をお腹いっぱい食べてみたい。けれどアイスクリームもクレープもここにはなくて、想像上の味だけがを彼女の口の中で転がっていく。弾んだ声は湯浴みをしていたときにも似ていて、彩斗はスララのことを、甘いもの好きなんだな、と思った。
「リコリスでアイスクリーム作れないかな~」
そしてとんでもないことを言い出した。
「え……いやあ。それは、どうだろう」
「彩斗のコンバットナイフ、今は冷気を出せるよね。それでリコリスを凍らせて、作れないないかな~」
「いやまさか。そんなこと無理だよ。……そもそも、リコリスって、食べられるの?」
まさかね、そんなことないよ、ムリムリ絶対にできないよと思っていた彩斗だが、
「え? 大丈夫だよ~。わたし、洞窟とかで迷ったときに食べたことある~」
「うええ!?」
ぴょこん、とスララはリコリスを差し出す。
「なんてね~、嘘だよ~」
「す、スララ。脅かさないでよ」
くすくす、と少女は楽しそうに笑った。スカートがふんわりと揺れる。
「彩斗が困った顔してた~。面白い~」
「……もしもここにアイスクリームがあっても、スララには絶対あげない」
「わ、ほんの冗談だよ~。怒らないで彩斗~」
そのとき、スララのリコリスの片方が、床に置いていたコンバットナイフに触れる。鞄からガムを取り出すとき、そのままにしていたのだ。
たちまち、リコリスが凍る。
冷気に浸されて、先端が棍棒のようになる。
「わ、リコリスが凍っちゃった~。どうしよう、彩斗~」
「……あ、リコリスって凍るんだ。どうしようか……とりあえず、表面を優しく叩く?」
やってみようとしたのだがうまくいかない。壁に向けて叩いた氷結のリコリスは、コーンと鈍い音を奏でるばかりで、傷一つつかない。
「結構硬いね」
「まるで棍棒みたいだね~」
「うん。このまま叩いたら、痛そうだ」
「房の部分を伸ばして~、ぶんぶん振り回して~、それだけでもかなり強いかも~」
「あはは。それで闘技のとき、相手を倒せたりしてね――」
笑いながら語っていたのだが――そのとき、彩斗とスララは、ハッとした。
リコリスで、相手に打撃を加えられる。
『攻撃力のない』はずのリコリスで、相手を打ちのめせる。
「これだっ! スララっ!」
降って湧いた妙案に、彩斗は興奮する。
「うん、彩斗。わたしも同じこと思った~」
「リコリスはボクの氷のコンバットナイフで、氷結させることができる。そして、房の部分を伸ばして、振り回せば、打撃武器として使える」
「うん。立派な武器だよ~」
「それだけじゃない」
彩斗の声音が、いつになく弾む。
「リコリスを薄い状態で凍らせれば、氷の剣に。鋭く尖らせれば、槍に。盾にも壁にもハンマーにもなるっ! そうだ、この冷気のナイフを駆使すれば……」
これまでに使えた、全ての技が、そのまま新たな武器となる。
「スララ、今から特訓しよう! 君のリコリスを、極めるんだっ!」
「了解すら~」
スララがビシッと敬礼する。冷気漂わせるコンバットナイフと、リコリスの新たな可能性。それらを胸に、彼らは表情を輝かせる。
アルシエルは、最大の強敵だ。
けれどもし、スララのリコリスに、まだ見ぬポテンシャルがあるのなら。
いける。これは限りなく強力で頼もしい、武器となる。
彩斗とスララ。ゲームの終わりの鍵を持つ少年と少女は、互いに頷き合った後、希望に胸に、特訓を開始していくのだった。




