33 マーキング
「これはこれは…何日ぶりのお出ましっすかね、ククトン隊長」
「…226日と16時間51分ぶり。………狙った、よね」
「さあ、どうすかね。そろそろだとは思ってたんすが」
「…………底意地が悪い」
無表情な男と完璧な笑顔の男。
対局にいる二人だが、相手を食らおうとするばかりの殺気はとてもよく似ていた。
「ククトン隊長こそ相も変わらずのんびりしてるっすねえ。自分が全身全霊をかけて制作した黒石が危ぶまれそうにならないと出てこないんすから」
「……最近作ったばっかり。なのにもう盗ろうとするの、酷い」
「俺らんとこにも研究大好きなやつがいるんすよ。そいつへの土産ってことで」
「……ダメ。あいつには、ダメ」
「おや、知ってたっすか」
「………来た。ダメ」
「へえ。あれが研究室から出て、しかもククトン隊長に会いに来たんすか。それも珍しい。…で、俺らが言いたい事は分かるっすよね?」
「…………先、返して」
「この黒石を?はは。まずは交渉からっすよね」
「…………………だからお前、嫌い」
目をトロンとさせて一切動かない表情筋だが、にじみ出る気配が嫌悪に染まっていた。
滅多に姿を見せない黒騎士隊隊長ククトンが目の前で現れた事に固まっていた約三名、ノデル、ナイトレン、ナヤルは、はっと意識を取り戻す。そして各々は口々に割り込んだ。
「な、なんでここにてめえがいんだ!」
「やだ久しぶりじゃない生きてたのねぇ」
「は、はははははじめましてっ!僕、新しく黒騎士隊に入隊したナヤルと申しますっ!」
一人は臨戦体制を整え、
一人は唇を歪めヒラヒラと右手を振り、
一人ははじめて遭遇した伝説の隊長に興奮していた。
周りの隊員達は固まったままで、誰もこの状況に突っ込もうする者はいなかった。
「…君たちの子、探せばいいんでしょ」
周りを気にせず、淡々と自分たちだけの世界で話を進めようとするククトン。
「話が早くて助かるっす。俺たちじゃシャロンの魔力の痕跡が辿れないものでね」
交渉成立とばかりに手を鳴らした男に、滅多に動かないはずのククトンの表情はショドウェイを睨みつけるように動かされていた。
「…………僕も、紅の新人、会いたかったから、いいけど、……二度同じ手が使えると思わないでね」
そう言って食堂の出口へ向かった。もちろんっすよ、ネタならいくらでもあるっすからねぇ。と心の中で呟き、ククトンに続いた。後方でぎゃあぎゃあ騒いでいる男たちを無視して歩を進めるショドウェイの頭の中を占めるのは「あんなククトン隊長にも興味を持たれるなんてさすがシャロン…面倒ごと引きつける能力は他所でも健在っすねぇ」という事だった。
──────────────……
なんか、ふわふわする…。
て。
あれ?何で私ふわふわしてるの?
ついに浮遊魔法が成功したのかな…?
やった、これな、抜け出せ……
でもなんで、…なんであったかいんだろ…
あったかい!!??
ばちゃん。
「…は!?」
どうも、シャロンです。人生初の一日に二度風呂体験です。…ああもう要らないそんな体験要らない!!
バッと頭を振ってあの男を探す。恐ろしいことをのたまって私の意識を落としやがったあの男の姿を。
しかしこのだだっ広い外風呂の中には居なかった。というか見渡せる視界の中には人っ子一人居なかった。どういう経緯でこうなったのか激しく問い質したい。服を着用しているとこを見ると、連れて来られて意識の無い私はそのまま湯煎にドボンされたらしい。…どうしてそうなったのか本気で気になるんだけど。一日に二度も、しかも服着用したまま入るなんて私くらいじゃね…。
岩風呂の天然温泉っぽいココは、はたして王宮内なのか。森に隠された秘湯って言葉がピッタリだよね。…段々怖くなってきたからここらで考えるのをやめよう。
ひとまずザバッと湯煎から上がる。
ズボンから滴る雫をぎゅっと絞って、獣道のような所へ足を踏み入れる。なんでこんな所にいるのかは置いといて、あの男が帰ってこないうちに逃げようとシャロンは考えた。転移魔法を使おうかと思案したが、今の座標が分からないので失敗する可能性が高い。そうなったら自分の身は八つ裂きである。やはり歩こう。
とシャロンは思案に浸っていたが、時すでに遅かったようだ。
…?
なんか背筋がうすら寒いような…
バッと振り返った目の前には不気味なくらいの輝いた笑顔があった。
「うわっ!?」
「ふふ、おはようシャロン?」
きゅっとシャロンの腰へ巻きつく男。
何してんの?と顔をしかめたその直後。さわっと部隊長の髪が唇に当たった。
え、ちょ、おま、ぎゃぁあああ!
首筋の匂いを嗅ぐなああああ!
「なっんっ…なにしてんで…っ!?」
叫ぼうとすると、腰を拘束する力が強まった。ひっ。肺がしまる。
「…あぁ、取れたねえ、匂い。…何故だか、デューの匂いもしたからねえ…」
デューって、デュノセント隊長?匂い…、匂いって、…まさか。あの隊長の部屋でお風呂一緒に入った時か?待ってなんでそんな匂い嗅ぎ分けれるの信じられないドン引き。
顔を青ざめさせるシャロン。アリデライは思い出したように少女の服を魔法で乾かした。
「ふふっ、じゃ、もう戻ろうか。…逃げ出そうとした事についても、ちゃんと体に聞いてあげるからね」
体!?体に!?
ご、ごごごめんなさいすみませんいくらでも謝るんでお願いです解放して下さい!
そんな心の叫び虚しく、部隊長に抱きしめられたまま空間がねじ曲がった。転移魔法をかけられた時特有の光を全身に感じて、辿り着いたのは広い部屋。
部屋、の、はずだが。
「…何ですかこの特殊なお部屋っ」
「ふふふ、シャロンとじっくりお話するのにピッタリな部屋だよ。シャロンの体とね?」
拷問か!?拷問なのか!?お姫様を逃がしただけで拷問されるのか私!?
シャロンがアリデライに抱えられ転移した先は、鎖や手錠から始まり、爪を剥ぐアレ、指や腕を切断するアレ、牛の中で焼かれるアレ、極めつけは人骨が転がっているような部屋だった。
…お、オブジェだよね?飾りだよね?そういう装飾だよね?実際に使ったり実際に逝っちゃってたり、しないよね?よねェ⁉︎
「ぶっ、部隊長…っ」
ガクガクと震えるシャロンを尻目に、アリデライはにっこり微笑み少女を近くのベッドの上に座らせた。
…なんでこのベッドのシーツは真っ赤なんだろう、と遠い目をするシャロン。
「…ね、シャロン。僕はね、猫が素直に籠の中から逃げないならそれでいいんだ。窮屈だって言うなら僕がもっと広い大きな籠を用意してあげるから。ちょっと意地悪はしちゃうけど、まぁ死なない程度だから大丈夫でしょう?………だけどね、そこに他の猫を連れ込むのは、許せないかなあ」
…何で急に猫の話?
「ほら、忍びこんだ猫にマーキングまでされちゃって。僕が見逃すと思った?しかも………一匹だけじゃないよね」
チャッと何処からか取り出した手錠。銀色の鎖はベットの天蓋部分へと繋がっている。
シャロンはとてつもなく嫌な予感がして体をねじらした。が、その行動は先読みされていたようですぐに部隊長がのしかかってくる。その体ごと拘束されると、カシャンッと耳元で音がした。
「これで、ゆっくりお話ができるね…?」
そう言って部隊長は、シャロンのズボンの裾を捲り上げた。
ん?と首を傾げた。
部隊長はふふっと嬉しそうに笑って、高い声音で言う。
「僕がマーキングしておけば良いんだって気付いたんだよねえ」
すくい上げられる右足。
そして。
部隊長の麗しい唇は、
シャロンの指をついばんだ。




