32 再登場
「大体よ…、何をそんなビビってんだ?あの見習い騎士殿がちぃっと戻ってこねぇぐれえでやかましいんだよ。五日六日消えた訳じゃあるめえしよ」
パララッと千切ったハーブを片手で撒き散らす。もう片方の手では、釜に入れていた丁度良い火加減の料理を取り出す。
毎度の事ながら、怒涛の忙しさに舌打ちをかまし、目の前のうっとおしい男共を空いた右手で追い払う仕草をした。
「ほら、ここには居ねえんだろ。無駄な時間潰してんなら、さっさとその見習い探してこいや」
料理長のスイッチは既に切り替わったらしく、口をつぐんだ男たちには目もくれないまま皿洗いをしている新人に怒号を飛ばす。「てめえの目ん玉は腐ってんのかボケ!あそこに並んでる野郎共は何をしに並んでっと思ってんだ!皿洗いなんざ飢えてるクソ共に飯を叩きつけてからにしやがれ!!!」料理長に怒鳴られた新人は「ひぃっ、はっはい」と半泣きになりながら、スポンジを持ったまま包丁を握ろうとしていた。それを見た料理長がゲンコツを振り下ろし、調理場に豪快な笑いが巻き起こった。
ショドウェイやノデルらの後ろに並んでいた騎士からも和やかな笑いが漏れていて、この場の空気自体が切り替えられた事を悟った。
…見事な手際っすね料理長。
「残念だけど、料理長は本当に知らないようねえ。いつもは知っててもわざと隠してるから今回もかと踏んだんだけど…使えないわあ」
はぁぁあ、とナイトレンの口から出るため息につられそうになったが、ショドウェイはぐっと飲み込んだ。
取り敢えず、この列からはずれるため歩き出した三人。
「ちっ。クソ坊主が…ふざけんじゃねえぞ」
眉をしかめて唸る男の感情は、困惑で埋め尽くされていた。「そんないかつい顔、こっちに向けないでくれる」やら「ノデル、周りの騎士が遠ざかっているっす」やら雑音が聞こえるが、ノデルはその表情を和らげられるほど余裕を持てそうにはなかった。
黒騎士部隊の情報収集をしようと偶然通りかかった屋根裏部屋。そこで思わぬ結界に足止めをくらい、否が応でも聞くことになった『クソ坊主は女だった』という話に、彼は驚き、迷った末に上司に報告はしないという道を選んだ。それはシャロンに対する温情などではなく、彼がまだ半信半疑というだけで。…紅部隊に女が入っていたという前代未聞の事柄なだけに、彼にしては珍しく慎重になっていた。シャロンが事実上女だと確認出来次第、ノデルは本人に話を通し自分の直属の上司であるアリデライ部隊長に報告するつもりだった。
だがどうにもその本人が神隠しにあってしまったようで、ノデルの苛立ちは最高潮に達していた。
その様子から何か感じ取ったのか、ナイトレンもショドウェイもやけに積極的にシャロンの捜索に力を貸していた。
「食堂に向かうのは見たんでしょー?しかもそこの一本道の廊下で。ならどうして見つからないのかしらねえ?」
「ただ単に迷ってるだけって線もあるんすけどね…何と言うか、腑に落ちないっす。また何処かで面倒事を引き寄せてたり…」
「限りなく可能性が高くて怖いわね」
三人ともが力なく食堂のテーブルに腰掛けていると何処からともなく声が聞こえた。
「紅部隊の方々ですよね?シャロンさんは何処にいますか?」
成長期特有の危うい境界線を漂う様な、男にしては高い声。バッとそちらを流し見た末、三人はサッと目配せをして意見を交わす。結果、三人ともが同じ結論に辿りついた。「よっしゃこいつ使おう」。
「…あー、貴方は確か、黒の見習い騎士くんだったわねえ?」
返事を待たずに、ガシリと肩を掴み逃走防止を図るナイトレン。
「え、ええ。そうですが」
なんだ急に、とでも言いたげな目でナイトレンの手を払おうとするがそこに怪しげな笑みを浮かべて近寄る男が一人。
「ちょぉぉおど良いとこに来たじゃねえか。なあ?」
バシバシと背中を叩き抵抗する意欲を削ぐノデル。最後のトドメとばかりに完璧スマイルでテーブルの椅子を引く男。
「さあどうぞ、お座り下さいっす」
ニッコリ。
有無を言わせない目が非常に恐ろしかった、と黒騎士隊見習い騎士のナヤルは後日同僚に語る。そんなナヤルに同僚が返した言葉は「俺はお前が紅部隊員のとこに突っ込んでったの見た瞬間に、お前の冥福を祈ったがな」と返したとかそうでないとか。
「…で、よお。確かてめえらの隊は魔法を専門とする隊だよなあ?」
「え、ええ。まだ僕は見習いですが…それが何か?」
「黒騎士隊の有望な見習いの癖に、謙遜はいいわよぉ。で、貴方たちの隊には全隊員に特別なモノが配られてるらしいわねえ?」
「…っ」
「ああ、隠さなくても大丈夫っすよ。既に出回ってる情報なんでそんな事はどうでもいいっす。俺らが聞きたいのは、君が今現在それを持っているのかどうかで」
「…も、持ってませ」
「はぁあい!楽しい楽しい身体検査のお時間よーっ」
「っしゃ、ちゃんと捕まえてろよ」
「ななな何するんですか離して下さいっ」
「ほぅらほぅら、暴れないのっ。どうノデルあった?」
「あー、ねえな」
「小さな袋の中に紐にして吊るしてる隊員が多いっすよ?」
「…おま、んな話を何処で…あぁ、あったわ」
出て来たのは小さな麻袋に入れられていた、丸く黒い石。
「やめて下さいっそれをどうするつもりですか!」
ナイトレンに羽交い締めにされたまま必死の形相でわめくナヤル。
ああ、あれは奴らの手に渡ってはいけない。あの石は入って一ヶ月ほどで黒騎士隊の副隊長に渡されたものだが、決して人前に出すなと厳命されていたモノだ。アレには王宮内に張ってあるロイドさんの結界を無力化する効力がある。もし何か悪事に使われたら…!
どうにかナイトレンの拘束を振り切ろうとするが、細身の見習いと紅で鍛えられているプロとでは力の差が歴然としていた。
その様子を、不適に笑って眺めるショドウェイ。
「これは、持ち主にしか使えない石だそうっすね?しかも持ち主が死んだらただの石に戻る機能付きの。いやー、考えたっすねえ…黒騎士隊も。確かに、王宮内で魔法が使えない彼らが俺らに対抗するためには、魔法が使えるようにするしか無いっすもんねえ」
まあ、その石の存在が俺らにバレて盗られてちゃ意味無いんすけどねえ。
ブンブンと振り回しながら「どうするっかねえ?」と微笑むショドウェイ。
「…っ、返して下さい!それは貴方達が持っていても使えないと知ってるんでしょう!」
「おやっ、案外物分りが悪いっすねぇ…コレの存在がバレた時点で帰ってこないことを覚悟しとかないとダメじゃないすか。ま、今回はたまたま君が居たってだけっすから、嘆く必要はないっすよ。今日の学習内容として、返せと言われて返す紅部隊員なんて存在しないと報告書に記載しておくといいっす」
「会話が噛み合っていません!使えないのにどうするつもりですか!」
「報告書に追加記載ねぇ。紅部隊員とは会話が噛み合わない、なんてどうかしら?」
「んなこと報告しなくても黒騎士隊なら周知の事実だろーよ」
「まあ、犬猿の仲ですものねえ」
「…っ!」
ナヤルの顔が真っ赤に染まり、そろそろ泣き出すんじゃないかと周りの騎士が心配を始めた頃。ショドウェイの腕を掴み石に触れる勇者が現れた。
「…俺んとこの見習い、あんま虐めないで」
眠そうな目を擦りながら出てきたその人物に食堂中の隊員らが悲鳴を上げる。
ざわめきが広がる食堂内でただ一人嬉しそうに笑みを浮かべるのは。
やはりというべきか、ショドウェイ・ランスだけだった。
「部隊長とのエロエロがぁああ遠ざかって行くぅうう!!!」
…げふん、失礼しました。
題名通り、再登場しました黒騎士隊見習い騎士のナヤル君です。ついでに新キャラも投入。
ここで出してやろうっ!てな時に感想欄で先読みされてたのでちょっと悔しかったで…嘘です覚えててくれてありがとうございました。
これからもどうぞよろしくお願いします!




