第8話:世界最強の農家、ホームセンターへ行く(※そこもダンジョンでした)
ギコギコギコ……。
初夏の爽やかな青空の下、のどかな田舎道に、油の切れた自転車のペダルを漕ぐ音が響き渡っていた。俺の愛車である、年季の入ったサビだらけのママチャリだ。前カゴにはお財布代わりの小さなポーチと、購入した苗を傷つけずに運ぶための専用のダンボール箱がすっぽりと収まっている。
「ふふふーん、あ、今日の特売は培養土が二割引か。ラッキー」
俺は鼻歌を歌いながら、ご機嫌な気分で自転車を走らせていた。実家の前庭では、今頃、日本政府のトップとアメリカの最強探索者たちが、泥だらけになりながら『神話級ドラゴンの死体処理』と『踏み荒らしたプランターの原状回復』に汗を流していることだろう。何しろ、今日の昼の十二時までに終わらせないと、俺のお爺ちゃんのクワが火を噴くことになると警告しておいたのだ。彼らなら、きっと文字通り死に物狂いで綺麗にしてくれるはずだ。
「やっぱり、持つべきものはマナーの良いご近所さん(?)だな。これで心置きなく、新しいトマトの苗を植えられるぞ」
俺の目当ては、地元で一番大きな巨大ホームセンター『スーパー・ジャンボ・オオガキ』だ。日用品からプロ用の建築資材、さらには広大な園芸コーナーまで備えた、田舎のオアシスである。特に、あそこで春から夏にかけて限定販売される『スイート・ルビー』という品種の甘玉トマトの苗は、非常に生育が良く、社畜時代から俺のベランダ菜園の絶対的なエースだった。昨日、ドラゴンに踏み潰されてしまった苗の代わりとして、これ以上のものはない。
十五分ほど自転車を走らせると、田んぼの向こうに、巨大な『スーパー・ジャンボ・オオガキ』の看板が見えてきた。しかし、その周囲の様子が、どうもいつもと違っていた。
「……ん? なんだあれ。改装工事でもやってるのか?」
広大な駐車場には、一般客の車がただの一台も停まっていない。代わりに、迷彩柄の装甲車や、パトカーが何台も放置されるように停まっており、敷地の周囲には黄色と黒の規制線(『KEEP OUT - ダンジョン管理庁』と書かれたテープ)が何重にも張り巡らされていた。
さらに異常なのは、三階建ての巨大な店舗そのものだ。建物の全体が、まるで半透明の黒いドーム状のゼリーのようなものにスッポリと覆われているのである。
「あー、なるほど。あれだ。店舗全体を密閉してやる、超巨大な害虫駆除のバルサンみたいなやつか。そりゃあ、これだけ広けりゃ色んな虫も湧くよな」
俺は一人で勝手に納得し、ポンと手を打った。ブラック企業時代、会社のビルで深夜にバルサンを焚かれたまま残業を強要され、危うくゴキブリと一緒に天に召されかけたトラウマがフラッシュバックしたが、すぐに頭を振って忘れることにした。
「でも、休業のお知らせなんてホームページに載ってなかったぞ? どうしても今日中に苗と肥料が欲しいんだけどなぁ……。よし、裏口からこっそり入って、セルフレジにお金だけ置いてこよう」
田舎特有のガバガバな自己責任ルールを発動させ、俺は黄色い規制線をヒョイッとくぐり抜け、ママチャリを押しながら店舗の自動ドアへと向かった。当然、自動ドアのガラスは粉々に砕け散り、黒いドームの表面にはバチバチと紫色の放電が走っていたが、俺がそのまま歩み寄ると、なぜかドームの膜は俺の体を避けるようにスゥッと道を開けた。
「お邪魔しまーす。……うわっ、中、薄暗っ。節電中かな?」
店舗の中に足を踏み入れた瞬間、俺は思わず眉をひそめた。そこは、俺の知っている見慣れたホームセンターとは、全く異なる空間に変貌していた。天井の蛍光灯からは鍾乳洞のように鋭い岩のトゲが垂れ下がり、綺麗に陳列されていたはずの商品棚は、不気味に脈打つ巨大なツタに絡め取られている。床のピカピカのトタンは剥がれ、代わりに赤黒い土がむき出しになり、謎の光るキノコがあちこちに群生していた。
数日前に突如として発生した『ダンジョン・エラプション迷宮の暴走』
それは、現実の建造物を異界の空間へと強制的に書き換えてしまう、人類にとって最悪の自然災害である。しかし、そんなダンジョンの基礎知識など一切持ち合わせていない俺の脳内変換フィルターにかかれば、この光景もたちまち別の解釈へと変換された。
「へぇー、最近のホームセンターはすごいな! ジャングルをイメージした、体験型のエコな内装にしてるのか。この光るキノコの照明とか、めちゃくちゃ雰囲気出てるじゃん。……でも、ちょっと商品が探しづらいな」
俺は感心しながら、ママチャリを押して店内をズンズンと進んでいった。目指すは、店舗の最奥にある広大な園芸コーナーだ。日用品売り場や、資材売り場を通り抜けていくが、店員さんの姿は全く見当たらない。
その時だった。
「キャアアアアアアアッ!!」
「クソッ、囲まれた! 陣形を崩すな! 絶対にマイを守り切れ!」
前方──まさに俺が向かおうとしていた園芸コーナーの方向から、男女の悲痛な叫び声と、金属が激しくぶつかり合う音が聞こえてきた。
「ん? なんだ? クレーム対応か? いや、それにしては物騒な音がするな」
俺は自転車の速度を少し上げ、声のする方へと向かった。
***
一方、その頃。園芸コーナーの奥深く。
「ハァ……ッ、ハァ……ッ! もう、魔力が、底を突きます……ッ!」
魔法使いの少女・マイが、絶望に顔を歪めながら、手にした杖を力なく下ろした。彼女の前に立つ剣士のケンと、治癒士のリクも、すでに全身傷だらけで、立っているのがやっとの状態だった。
彼らは、結成から一年のCランク探索者パーティ『蒼き流星』。数日前にこのホームセンターで買い物をしていたところ、運悪く『ダンジョン・エラプション』に巻き込まれ、そのまま閉じ込められてしまったのだ。外部との通信は遮断され、食料も水も尽きかけ、三日三晩、絶え間なく湧き出るモンスターから逃げ惑う地獄のサバイバルを強いられてきた。
そして今、彼らの命の灯火は、完全に消えようとしていた。
「ブゴォォォォォォッ!!」
「ゲギャギャギャギャッ!!」
彼らを半円状に包囲しているのは、筋骨隆々の肉体に豚のような醜い顔を持ち、錆びついた巨大な戦斧を構える怪物の群れ——Bランクモンスター『ハイ・オーク』の小隊だった。その数は、ざっと二十体以上。
通常、Bランクモンスターは、一匹につきプロの探索者パーティが三個小隊で挑むレベルの強敵だ。それが群れをなしている時点で、Cランクの彼らにとっては、どう足掻いても覆せない確実な死を意味していた。
「ごめん、マイ……リク……。俺がリーダーなのに、お前たちを、守れなかった……!」
ケンが、刃こぼれしてボロボロになった剣を握りしめ、血を吐くような声で謝罪した。
「そんなことないよ、ケン君……。最後まで、一緒に戦えて、良かった……」
「ああ……。あの世で、またパーティ組もうぜ……」
三人は互いに身を寄せ合い、そっと目を閉じた。ハイ・オークたちが、下劣な笑い声を上げながら、彼らの頭上に一斉に巨大な戦斧を振り上げる。刃が風を切り裂き、彼らの命を刈り取ろうとした、まさにその瞬間だった。
──チリン、チリィーン!!
静まり返った絶望のダンジョンに、あまりにも場違いで気の抜けた自転車のベルの音が鳴り響いた。
「「「……え?」」」
ケンたち三人が目をパチクリと開けて音のした方を振り向くと、そこには上下紺色のジャージを着て、首にタオルを巻き、サビだらけのママチャリを押しながら歩いてくる一人の若い男の姿があった。
「あのー、すいません」
ジャージの男──ユウトは、振り下ろした戦斧をピタッと止めて呆然としているハイ・オークたちに向かって、少し不機嫌そうな顔で声をかけた。
「ここでマスコットキャラクターのショーか何かやってるんですか? すいませんけど、ちょっとどいてもらえませんか。俺、そこの『特選・腐葉土』の袋を取りたいんですけど、君たちが群がってて通れないんですよ」
「……は?」
「……え?」
ケンたちと、ハイ・オークたちの心の声が、完全にシンクロした瞬間だった。Bランクモンスターの群れの中心に、ジャージ姿の一般人が、ママチャリを押しながら「肥料を取らせろ」とクレームをつけてきたのだ。あまりの非現実的な光景に、ハイ・オークたちですら数秒間、完全にフリーズしてしまった。
しかし、魔物の本能がすぐに彼らを現実へと引き戻す。
「ブギィィィィィィィィッ!!(なんだこのヒョロガリの人間は! 殺せ!)」
一番手前にいた巨大なハイ・オークが、標的をケンたちからユウトへと変更し、怒り狂ったように戦斧を横薙ぎに振り抜いた。空気を引き裂く轟音。直撃すれば、人体など一瞬で真っ二つになる凶悪な一撃だ。
「ああっ! 逃げてぇぇぇっ!!」
マイが悲鳴を上げて目を覆った。しかし、ユウトは全く焦る様子を見せなかった。彼は「あーあ、最近の着ぐるみはマナーが悪いな」とため息をつくと、すぐ横の商品棚『日用品・掃除グッズコーナー』から、無造作に一つの商品を手に取った。
『税込み・110円 プラスチック製ハエ叩き(ピンク色)』
どこにでも売っている、ペラペラの安っぽいハエ叩きである。ユウトは迫り来る鋼鉄の戦斧に向かって、そのハエ叩きをまるで本当に目の前を飛ぶハエを追い払うかのように、スパンッと軽く振り抜いた。
パシィィィィィィィィンッッ!!!!
凄まじい破裂音が、広大な店内に響き渡った。ピンク色のプラスチックの網面が戦斧の刃に触れた瞬間、ハイ・オークの持っていた分厚い鋼鉄の斧が、まるでビスケットのように粉々に砕け散ったのだ。
それだけではない。ハエ叩きから発生した不可視の物理的な衝撃波は、戦斧を破壊した勢いそのままに、ハイ・オークの巨体へと直撃。
「ブギャ──」
ハイ・オークの体は、一瞬にして後方へ数十メートル吹き飛び、壁を三枚ほどぶち抜いて彼方の瓦礫の下へと消え去った。
即死である。
「「「…………えええええええええッッ!?」」」
ケン、マイ、リクの三人は、目玉が飛び出んばかりに驚愕し、顎を外さんばかりに口を開けた。
「Bランクのハイ・オークを……!」
「100円のハエ叩きで……ホームランにした……!?」
「いや、斧ごと粉砕してたぞ!? なんだあのハエ叩き!? 伝説の聖遺物か何かか!?」
彼らがパニックに陥っていることなど露知らず、ユウトは手元のハエ叩きをしげしげと見つめて感心していた。
「へぇ〜! 最近の100円ショップの商品は、本当にクオリティが高いなぁ。ハエ叩きなのに、こんなにしなりが良くて頑丈だなんて。企業努力の賜物だな。よし、これもカゴに入れておこう」
いや、どう考えても企業努力のレベルを超えている。ユウト自身は無自覚だが、彼の『元社畜の限界突破ステータス』から生み出される物理的なオーラは、彼が手に持ったあらゆる物体を、一時的に神話級のアーティファクト(破壊不能&攻撃力カンスト)へと変質させてしまうのだ。それがたとえ、ペラペラのハエ叩きであったとしても。
「ブ、ブモォォォォォォォォッ!!」
仲間の瞬殺に恐怖と激怒を覚えた残りのハイ・オークたちが、一斉にユウトへと襲いかかってきた。四方八方から迫り来る戦斧と大剣の雨。
「おっと、今度は集団で来る気か。お客さんに対してずいぶんな態度だな。……よし、せっかくだから、他の掃除グッズも試してみるか」
ユウトはハエ叩きを前カゴにポイッと放り込み、今度は横の棚から『柄の長いデッキブラシ(硬め)』を手に取った。そして、床を掃除するような姿勢で腰を落とす。
「よし、年末の大掃除の要領で……そりゃあっ!!」
ゴォォォォォォォォォォォォッ!!!!!
ユウトがデッキブラシで床の泥を勢いよく掃き出した瞬間、ブラシの先端から純粋な物理的衝撃の塊かまいたちが、巨大な斬撃の波となって前方の扇状へと放たれた。
ドガガガガガガガッ!!
衝撃波は、迫り来る二十体のハイ・オークたちを一瞬にしてゴミのように薙ぎ払い、彼方の壁へとまとめて叩きつけた。さらに、ユウトがブラシをかけた床のラインだけが、ダンジョン化する前の『ピカピカのトタンの床』に原状回復し、不気味なキノコも泥も完全に消え去っていた。
「うーん、ブラシの硬さは申し分ないけど、ちょっと柄が重いかな。俺はもっと軽量タイプの方が好きだ。これは却下」
ユウトはデッキブラシを元の棚に綺麗に戻した。
「神だ……」
「魔法剣士の極致……『空間洗浄クリーン・スレイ』……!」
「あの人、ただのお掃除グッズで、ダンジョンの概念そのものを削り取ってる……!」
ケンたち三人は、もはや恐怖を通り越し、神話の英雄を見るような目でユウトを拝んでいた。ユウトは彼らの視線に気づき、人懐っこい笑顔で手を振った。
「あ、そこの怪我してる君たち! 大丈夫? ここのスタッフさんたちも、ストライキ起こしてる着ぐるみに絡まれて大変だね。でも安心して、もう通路は開けたから」
ユウトがそう言って、目的の『特選・腐葉土』の袋に手を伸ばそうとした、まさにその時だった。
ズズズンッ……!! ズズズンッ……!!
店内の奥深く──バックヤードの扉を粉砕して、先ほどのハイ・オークたちとは比べ物にならないほど巨大な影が姿を現した。体長は優に五メートルを超え、全身を黒い鋼鉄の鎧で包み、両手には車のエンジンブロックほどもある巨大なモーニングスター棘付き鉄球を握っている。その額には、王の証である禍々しい赤い宝石が埋め込まれていた。
Aランクのエリアボス、『オーク・キング』である。その圧倒的な魔力の波動だけで、周囲の商品棚がミシミシと音を立てて歪み始めた。
「オ、オーク・キング……!! ダメだ、あれは軍隊が出動するレベルの化け物だ……!」
「お兄さん、逃げて!! ハエ叩きじゃどうにもならないわ!!」
ケンとマイが絶望の叫びを上げる。オーク・キングは、自身の部下たちを全滅させたユウトを見下ろし、地獄の底から響くような咆哮を上げた。
「グルォォォォォォォォォォォォォッ!!!」
凄まじい風圧が吹き荒れ、店内の商品が次々と吹き飛ばされていく。しかしユウトの表情は、恐怖でも焦りでもなく、極限の怒りに染まっていた。
彼の視線は、オーク・キングの恐ろしい顔面ではなく、その『左脇の下』に注がれていた。オーク・キングは、バックヤードから出てくる際、邪魔だった園芸用の台車を無造作に抱え込んでいたのだ。そして、その台車の上に乗っていたのは。
「ああっ!! 俺の、俺の『スイート・ルビー』の苗が!!」
俺が今日、何よりも楽しみにしていた、最高級の甘玉トマトの苗(全品ケース入り)だった。オーク・キングの荒々しい動きと咆哮のせいで、苗の入ったポットがグラグラと揺れ、今にもひっくり返ってしまいそうになっている。
「てめぇ……! トマトの苗はな、赤ちゃんと同じくらいデリケートなんだぞ! そんなに乱暴に揺らしたら、根が傷んで上手く育たなくなるだろうがァァァァァッ!!」
ユウトの全身から、先ほどのハエ叩きの時とは次元の違う、真っ黒な怒りのオーラが立ち上った。その威圧感たるや、Aランクのオーク・キングですら、一瞬ビクッと体を震わせ、一歩後ずさりしたほどだ。
「その苗に指一本でも触れてみろ、ただじゃ済まさねえぞ」
ユウトは、すぐ横の棚『散水用品コーナー』から、庭のホースの先端に取り付ける『多機能・散水ノズル(980円)』を引っ掴んだ。そして、近くにあった水道の蛇口(ダンジョン化してツタが絡まっているが水は出る)にホースを繋ぎ、ノズルをカチャッと手元で操作した。
「『シャワー』、『ジョロ』、『キリ』……いや、これだ。一番水圧の強いやつ……『ジェット』!!」
ユウトがノズルのレバーを、力任せにギュッと握り込んだ瞬間。
キュイィィィィィィィィンッッッ!!!!!
ノズルの先端から、ただの水道水が恐ろしいほどの超高圧に圧縮され、一条の『光のレーザー』のようになって射出された。水を超高圧で噴射して鉄板をも切断する『ウォーターカッター』という工業機械があるが、ユウトのステータスで放たれたソレは、もはや戦艦の主砲に匹敵する威力を持っていた。
ズバアァァァァァァァァァンッッッ!!!
「グギャアアアアアアアアアアアッ!?」
超高圧の水流レーザーは、オーク・キングの構えた鋼鉄のモーニングスターを豆腐のように真っ二つに切断し、そのまま分厚い黒鎧ごとオーク・キングの胸のど真ん中を綺麗に貫通した。そして、その背後にあるホームセンターの壁面すらもぶち抜き、外の黒いドーム型の結界ごと、遙か彼方の山を一つ削り飛ばして消えていった。
ドスゥゥゥゥゥンッ……!!
胸にポッカリと巨大な風穴を開けられたオーク・キングは、白目を剥いてその場に崩れ落ち、ダンジョンのチリとなって消滅した。後に残されたのは、奇跡的に傷一つなく地面に無事着地した『スイート・ルビー』の苗のケースだけだった。
「ふぅ……。危ないところだった。よしよし、良い子だ。しっかりお水をあげて、大きく育ててやるからな」
ユウトはホースのノズルを『ジョロ(優しい水流)』に切り替えると、助け出したトマトの苗にたっぷりと優しく水をかけてやった。
「…………」
「…………」
「…………」
ケンたち三人は、もはや言葉を発することすらできず、ただただ口をパクパクとさせていた。Aランクのエリアボスを、ホームセンターの散水ノズルで、まるで植木に水をやるついでかのように消し飛ばした。彼らの理解の範疇を完全に超えた、生きた神話がそこにあった。
「あ、そうだ。君たち、スタッフさんだよね?」
ユウトは苗のケースを大事そうに抱え、肥料の袋を肩に担ぐと、ケンたちの方を振り返った。
「これ、腐葉土二袋と、トマトの苗、あとピンクのハエ叩き。セルフレジ壊れてるみたいだから、ここにお金置いとくね。お釣りはとっておいてよ」
ユウトはボロボロの彼らの目の前に、千円札を三枚ペラッと置いた。
「今日はちょっと店内が散らかってるみたいだから、後片付け頑張ってね。それじゃ!」
チリン、チリィーン!!
ユウトは爽やかな笑顔を残し、ママチャリのペダルを軽快に踏み込んで、壁に開いた巨大な大穴から外の世界へと走り去っていった。結界ドームが破壊されたことで、外から眩しい初夏の陽光が差し込み、ケンたちを温かく照らす。
「……あ、ありがとうございます……!! 神様……!!」
ケンたちは、ユウトが去っていった大穴に向かって涙を流しながら深々と土下座をしたのだった。
こうして、世界最強の農家によるただのお買い物(※ホームセンターダンジョン単騎攻略)は、たったの十分で幕を閉じた。
前カゴにトマトの苗を乗せ、鼻歌交じりに自転車を漕ぐユウトの背中は、どこまでも平和でのどかな空気に包まれていた。
次回、第9話「『スイート・ルビー』、世界樹に進化する」
無事にトマトの苗を手に入れ、実家の庭に植えたユウト。しかし、神話級のドラゴンの血を吸い、神の農具で耕された土壌に植えられたただのトマトは、一晩にして天を突くほどの『世界樹』へと異常進化を遂げてしまう!「ちょっと成長早すぎない!? 支柱が足りないよ!」巨大すぎるトマトの実を巡り、今度はエルフの王族たちが実家に押し寄せてきて……!? どうぞお楽しみに!




