↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クビになった元社畜、実家のS級ダンジョンを草刈り機で攻略して世界最強の配信者になる  作者: 綾瀬 灯


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
52/54

第51話「祖父の納屋から古い種袋が出てきたので、みんなで春の畑を考えることにした」

当番表を作ってから三日目の朝。農園は少しだけ静かになった。


静かになったといっても、静寂魔獣が奏でる焚き火の音が止まったわけじゃない。ポチが雪の上を走る音も、ブルーが用水路の氷をつつく音も、鶏小屋から聞こえるフェニックスたちの賑やかな鳴き声も、相変わらずだった。ただ、みんなが慌てなくなった。


「ポチの朝ご飯、できたよー」


ヤクちゃんがエプロンの裾を揺らしながら、玄関先に置いた大きな器へご飯を運んでいく。


「ワフッ!」


ポチは嬉しそうに尻尾を振ったあと、当番表を一度見上げてから、きちんと待っていた。別に文字が読めるわけじゃないと思うんだけど、最近は自分の名前の横にある肉球の印を、すっかり気に入っているらしい。


「マスター・ユウト、温室の朝番、終わりました」


ゼロさんが、手袋についた雪を払って縁側へ上がってきた。


「お疲れさま。今日は早いね」


「当番表のおかげです。次の担当が明確なので、ついでに余計な巡回まで済ませようとする衝動を抑えられます」


「それはよかった……のかな?」


たぶん、よかったんだと思う。以前のゼロさんなら、頼まれていない仕事まで全部片付けようとして、昼過ぎになってから「異常ありません!」と報告していた。そのたびに俺は、お茶を淹れて休ませる係になっていたからだ。


朝ご飯を終えたあと、俺は納屋へ向かった。


外は細かな雪が舞っている。今日は雪かき当番がいるから、畑に出て無理をする必要はない。温室の中で育てる春野菜の種でも探そうと思ったのだ。


祖父の納屋は、今も昔のままだ。壁に掛かった使い込まれたクワ。何度も補修された脚立。油の匂いがしみついた工具箱。そして、草刈り機の横には、祖父が大事にしていた木箱がある。


「この箱、まだ開けてなかったな」


古びた留め金を外すと、蓋がギィ、と小さく鳴った。


中に入っていたのは、きれいに紐で束ねられた種袋と、何冊かの薄いノートだった。


「……じいちゃんの字だ」


ノートの表紙には、太い筆圧で『畑の覚え書き』と書いてある。


ページをめくると、そこには野菜の名前と、種をまく時期、土の様子、日当たりの記録が並んでいた。春大根、絹さや、ほうれん草、小松菜。枝豆は早すぎると寒さにやられるから、焦らないこと。


神話級の作物の育て方なんて一行もない。でも、土が乾きすぎた日は水をやりすぎないことや、虫を見つけたら葉の裏も見ること、収穫が多すぎる時は近所に配ることが、細かく書かれていた。


俺は、しばらくその文字を眺めていた。


「何を見つけたのですか?」


後ろからエルリアさんの声がした。


振り返ると、ヤクちゃんとゼロさんも一緒に立っている。ポチまでなぜか当然のような顔で、納屋の入口に座っていた。


「じいちゃんの種と、畑のノート。春になったら何を植えようかと思ってさ」


「まあ。おじい様が遺されたものなのですね」


エルリアさんは、そっとノートをのぞき込んだ。


「この『土を休ませる畝』というのは何でしょう?」


「何も植えない場所だよ。ずっと使い続けると土が疲れちゃうから、たまには休ませるんだ」


俺が答えると、ヤクちゃんが不思議そうに首を傾げた。


「土もお昼寝するの?」


「うん。そんな感じ」


「じゃあ、土さんにもお昼寝の印をつけようよ!」


ヤクちゃんは、当番表に使っている色鉛筆を思い出したらしい。すぐに母屋へ走っていこうとして雪で滑りそうになり、ポチが慌てて服の裾をくわえた。


「急がなくていいよ。まずは何を植えるか決めよう」


種袋を机の上に並べる。祖父の字で、収穫の時期や、隣に植えると相性のいい野菜が書き込まれていた。ただ、古い種袋も多い。発芽するかは分からない。


「これは無理に使わなくてもいいかな」


俺がそう言うと、ゼロさんが一枚の袋を手に取った。


「マスター・ユウト。芽が出なければ、私が毎朝必ず地面に話しかけます」


「ゼロさん、気持ちは嬉しいけど、種が出るかどうかは土と温度次第だからね」


「では、土と温度への話しかけを徹底します」


真面目な顔で言われて、俺はつい吹き出してしまった。


「それなら発芽試験をしてみようか。少しだけポットにまいて、芽が出たら畑に移してみよう」


「発芽試験……。小さな命の様子を見る、大切な最初の仕事ですね」


エルリアさんの言葉に、ゼロさんは静かに頷いた。


俺はノートをさらにめくった。最後の方のページには、作付けの記録ではなく、短い文章が残されていた。


──畑は広く見えるが、一人で見られる場所には限りがある。


──無理をして荒らすより、手の届くところを丁寧にやれ。


祖父らしいな、と思った。


もっと働け、もっと稼げ、と言う人はいくらでもいた。でも祖父は昔から、日が暮れたら今日は終わりだと言って、畑仕事を切り上げる人だった。


「ユウト様?」


「いや。じいちゃんも、当番表みたいなのが好きだったのかもなって」


俺はノートを閉じた。


「今年の春は、畑を全部埋めるのはやめよう。温室で試す分と、外で育てる分。それから、土を休ませる畝も作る」


「全部、植えなくてもよいのですか?」


エルリアさんが尋ねる。


「うん。空いてる畑があると、もったいない気もするけどね。でも、みんなでちゃんと見られる量の方が、美味しい野菜になると思う」


その時、納屋の外からひらりと雪が吹き込んだ。


白い雪片は、種袋の上に落ちる前に、ゼロさんがそっと手のひらで受け止めた。


「承知しました。では、見られる畑を最高の畑にいたしましょう」


「わたし、土さんのお昼寝の札を作る!」


「ワフッ!」


ポチまで賛成している。


その日の午後、俺たちは母屋の机いっぱいに種袋を広げ、春の畑の予定を作った。


ヤクちゃんは休ませる畝の横に、眠そうな顔をした土の絵を描いた。ゼロさんは発芽試験用の小さなポットを、寸分違わずきれいに並べた。エルリアさんは、温室と畑の担当が偏らないよう、みんなの名前を当番表に書き足してくれた。


窓の外はまだ真冬で、畑は雪の下に眠っている。それでも、机の上に並んだ小さな種袋を見ていると、少しだけ春の匂いがした。


「明日は、温室でほうれん草を少しだけまこうか」


俺が言うと、ヤクちゃんが両手を上げた。


「はーい! わたし、芽が出たら毎日『おはよう』って言うね!」


「いいね。でも、話しかけるのはほどほどに」


「ゼロ殿と競争しないよう、私からも申し伝えます」


エルリアさんが真剣に言うので、またみんなで笑った。


雪の季節はまだしばらく続く。けれど、急がなくていい。春が来るまでに、できることを少しずつ整えていけばいいのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。