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クビになった元社畜、実家のS級ダンジョンを草刈り機で攻略して世界最強の配信者になる  作者: 綾瀬 灯


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第48話「全ての時間を奪い老けさせる『時間加速の悪魔』が襲来したんだが、限界オーラで片付けたら、極上の熟成発酵メーカー兼・無限コタツ空間が完成した」

初冬のからっ風が吹き荒れた季節を過ぎ、ユウト農園はいよいよ本格的な「雪が降り積もる真冬」を迎えていた。


見渡す限りの畑も、遠くの山々も、深い純白の雪のベールにすっぽりと覆われている。空からは大粒の牡丹雪が音もなく舞い降り、世界からあらゆる喧騒を吸い取っているようだった。


しかし、外の凍てつくような銀世界とは対照的に、農園の母屋の中は、この世の極楽とも言えるほどの絶対的な温もりと、怠惰な空気に支配されていた。


「ユウト様、コタツって本当にしあわせの魔法だね。おこたに入りながら、冷たいお外の雪を見るの、だ〜い好き……むにゃむにゃ……」


部屋のど真ん中に鎮座する巨大なコタツ。その中で肩までスッポリと潜り込み、みかんを片手に半分夢の世界へ旅立っているヤクちゃんが、とろけた笑顔で呟いた。


「そうだね。外で農作業ができない雪の日くらいは、こうして時間を忘れてのんびり過ごすのが一番だよ。みかんの筋、綺麗に取れたから食べるかい?」


俺はヤクちゃんの口に甘いみかんを放り込みながら、熱い緑茶をすすった。


縁側では、農園の専属BGM係となった静寂魔獣が、外の雪景色に完璧にマッチした『遠くで鳴る雪解けの微かな水音と、薪がはぜる音』を絶妙な1/fゆらぎで奏で続けている。さらに、極上の保水砂風呂となった砂漠化魔神が、その温かなエネルギーを床暖房のシステムに一部提供してくれているため、部屋の隅々まで足元からポカポカと温かかった。


「ふぉぉぉ……。天界の玉座など、この『コタツ』という名の魔の結界に比べれば、ただの冷たい石の椅子じゃて……。わしはもう、春が来るまでここから一歩も動かんぞい……」


最高神ゼウスが、どてらを着込んでコタツと完全に一体化し、威厳の欠片もない寝顔でうとうとしている。


「ええ……死の冷たさとは無縁の、この底なしの温もり……。無限に続くような穏やかな時間……。生きてるって素晴らしいです……」


タナトスも、コタツの熱源の真下に陣取り、幸せそうに目を閉じている。


「ユウト社長、外気温はマイナス5度を下回りましたが、室内は完璧な25度、湿度も例の『55%』をキープしています。本日の業務は完全休養でよろしいですね?」


アルカもコタツに入りながら、タブレットの電源をオフにしてリラックスモードに入っていた。


「ああ。今日くらいは時間なんか気にせず、とことんダラダラ──」


俺がそう言いかけた、まさにその時だった。


チクタク……チクタク……。


部屋の壁に掛かっていたアンティークの時計の秒針が、突然、不自然な音を立て始めた。


チクタクチクタクチクタクチクタク!!


「……え?」


ヤクちゃんが目を瞬かせた瞬間、窓の外の景色が異常な変化を見せた。


フワフワと優しく舞い落ちていたはずの雪が、まるで早送りビデオのように、猛烈な速度で地面に叩きつけられ始めたのだ。白い線がレーザービームのように空から降り注ぎ、あっという間に積雪量が数十センチ、数メートルと増大していく。


「な、なんですかこの現象は!? 雪の落下速度がおかしいです! いえ……時間の進み方そのものが狂っています!」


アルカが慌ててタブレットを起動するが、画面のデジタル時計がルーレットのように高速回転し、システムがエラーを吐き出してフリーズした。


ズズズズズズッ……!!


農園の雪原を突き破り、上空の空間がガラスのようにひび割れ、そこから不気味な歯車と、錆びた時計の針で構成されたような異形の悪魔が姿を現した。


「チッチッチ……。見ツケタゾ、穏ヤカデ怠惰ナ時間ヲ貪ル者ドモ。我ハ『クロノ・アクセラレーター(時間加速の悪魔)』ナリ! 貴様ラノ貴重ナ時間ヲ全テ強制的ニ早送リシ、一瞬ニシテ老イサラバエサセ、命ノ炎ヲ燃ヤシ尽クシテクレヨウ……!!」


悪魔が空中で巨大な時計の針を回した瞬間、恐るべき『超・時間加速フィールド』が農園全体を覆い尽くした。


「ヒィィッ! コタツの上に置いてあったみかんが、一瞬でシワシワのミイラみたいに腐っていくぞい!?」


ゼウスが悲鳴を上げる。


「ダメですぅ……! 私の髪の毛が……急にパサパサになって、枝毛が……! 時間が数千倍のスピードで進まされています!」


タナトスが頭を抱えてしゃがみ込んだ。


悪魔の能力は、対象の体感時間を極限まで加速させ、強制的に寿命と物質の劣化を早めるという宇宙災害だった。ヤクちゃんも急激な睡魔と倦怠感に襲われ、


「ユウト、様ぁ……なんだか、体が重くて……」


と、コタツに突っ伏してしまった。


神々ですら時間の暴力の前には手も足も出ない。このままでは数分後には全員が寿命を迎え、農園も風化して塵となってしまう。絶体絶命の危機。


だが──


コタツの中で、俺は一人だけ、少しぼんやりとした顔で伸びをした。


(んー……なんだか急に空気が騒がしくなったな。せっかくコタツで温まってたのに……。それに、外の雪がこんなに急に降ったら、明日の畑の雪かきが面倒くさいことになりそうだぞ……)


俺の脳裏にあったのは、宇宙の脅威に対する恐怖や気負いなど一切なく、「あーあ、明日の段取りが狂っちゃうな」という、ごく個人的で日常的な面倒くささだけだった。


昔からそうだ。仕事が立て込んでいて「早く終わらせてしまいたい」と思う時、目の前に余計な邪魔が入ると、無意識に「じゃあ、さっさと片付けちゃおう」と手際よく作業を前倒ししてしまう悪癖(?)があった。


「やれやれ……。ちょっと片づけるかな」


俺はコタツからモソモソと這い出ると、物置からいつもの作業着と、なぜか部屋にあった保存食用の樽や乾燥用の網を引っ掴み、空中に浮かぶ悪魔の方をぼんやりと見上げた。


「カッカッカ! 既ニ貴様ノ寿命ハ数年分削り取ら……ハ? エ? ナンダコノ人間は……? 何故ユックリ歩いてくる……?」


悪魔が不気味に笑っていた表情を凍りつかせ、間抜けな声を上げた。


なぜなら、超・時間加速フィールドの中にいるはずの俺が、老いるどころか、いつものマイペースな空気感を漂わせたまま、のそのそと歩み寄ってきたからだ。


俺にとっては、周囲の時間がどう加速していようと、「今日やるべき農作業と仕込みのスケジュール」を頭の中で淡々とこなすことのほうがよっぽど大事だったので、結果的にそのマイペースさが時間の干渉を完全にスルーしていたのだ。


「あのさ、勝手に時間を早回しにしないでくれるかな。おかげで、今朝から仕込んでいた干し芋の乾燥スケジュールも、来週やる予定だった農園の保存食作りの段取りも、全部ぐちゃぐちゃだよ」


「ハ……? ナニを言って……ココは貴様らの命を縮める魔の空間ダゾ……! 焦れ、絶望しろ……!」


「いや、焦るというかさ……。要するに、君のその『周りの物質を急速に変化させる力』は、ものすごく熱効率がいいでしょ? それならちょうどいいや。せっかく時間が余分に(?)進んでるみたいだし、溜まってる冬の仕込みを一気に片付けさせてもらうよ」


俺は「よいしょ」と呟きながら、悪魔の巨大な歯車のボディに、まるで壊れた家電のスイッチを直すかのような軽いノリで、ひょいと両手を掛けた。


「ガ、ギャァァァァッ!? ナ、ナニヲシテイル!? 貴様、ナゼ我ノ加速フィールドノ中デ、ソングダラダラした顔でウチのコアを勝手にいじっているんだ……!?」


「だらだらしてないよ、効率よく片付けようとしてるの。ほら、君のその時計の歯車、なんだか回転のテンポがバラバラじゃないか。これじゃあ作業効率が悪くて使い物にならないよ。こうやって、リズムを整えて……と」


俺は、昔オフィスの複雑な雑務を片付ける時に使っていた「とりあえず手を動かして要領よくまとめる」という謎の手際よさで、悪魔の時間加速のメカニズムをいじり始めた。


「まずは、冬の間に数ヶ月かけてじっくり作るはずだった『特製・干し柿』と『干し芋』。君の加速空間の中で、絶妙な風の通り道を作って一気に仕上げるぞ!」


シュババババババッ!!


俺が空中に放り投げた数百個の渋柿と蒸し芋が、悪魔の加速フィールド内で瞬く間に水分を飛ばされ、表面に美しい白い粉を吹いた極上の干し柿と干し芋へと変貌し、持っていたザルに勝手にポスポスと収まっていく。


「ヒ、ヒィィッ!? 我ノ絶対的ナ時の力ガ、タダノ超高速・食品乾燥機代ワリニ使われていく……!? なんだこの手際の良さは……!」


「次は発酵と熟成! 樽に仕込んだ自家製の味噌、醤油、それに雪室で数ヶ月寝かせるはずだった高級牛肉の熟成! 君の時間を進める力を、ちょうどいい具合の『旨味引き出しモード』に合わせよう!」


ドドドドドドドドッ!!


俺が適当にガチャガチャと歯車をいじっただけで、ただ劣化させるだけだった時間加速の魔力は、なぜか『極上の熟成と発酵』を促す最高の環境へと綺麗に書き換わってしまった。


樽の中の味噌は一瞬にして芳醇な香りを放つ極上の3年味噌となり、牛肉は最高の熟成肉へと進化した。


「ア……アァァッ!? ヤ、ヤメロォォ! 我ハ生命ヲ老イサラバエサセル恐怖の悪魔ダゾ! ソンナに完璧ニ美味シイ食材を作らされて……我はもう『万能の旨味引き出しメーカー』ニナッテシマウゥゥッ!!」


「なに言ってるの、お陰ですごく助かったよ。ついでに、農園の作付け計画書のチェックも今のうちに終わらせとこっと」


俺の「あまりにも自然体すぎる前倒し作業」の前に、時間加速の悪魔は完全に存在意義をへし折られていた。相手の時間を奪うはずが、逆に自分の能力を『圧倒的な便利おやつ作りツール』として完璧にしゃぶり尽くされているのだ。


「ヒ、ヒィィィィッ!! 降参ダ! モウ降参スルカラ、我ノ時間ヲコレ以上、農園の仕込みに勝手に酷使シナイデクレェェッ!! 怖いわ、お前……!」


俺の『マイペースすぎる圧倒的な手際』に屈した時間加速の悪魔は、すっかり戦意を喪失し、自ら加速フィールドを解除すると、その巨大な時計の体をシュルシュルと手のひらサイズまで縮小させた。


そして、チクタクと控えめな音を立てながら、コタツの天板の上にチョコンと正座したのである。


スーッ……。


悪魔が大人しくなった瞬間、猛烈な吹雪は元の穏やかな牡丹雪へと戻り、農園の時間の流れも、平和でゆっくりとしたものに戻った。


「ふぁ……あ……れ? なんだか急に、あったかくて眠くなっちゃったの!」


コタツの中で気絶しかけていたヤクちゃんが、目をこすりながら起き上がった。


「あ、社長! 私のシステム時計が正常な同期を取り戻しました! それに……部屋の隅を見てください!」


アルカが目を見開いて、部屋の隅に積み上げられた『大量の完成品』を指差した。


そこには、極上のべっこう色に輝く干し柿の山、芳醇な香りを漂わせる熟成味噌の樽、そして、できたてホカホカの干し芋が山盛りに置かれていた。


「フフフ……ハハハハ! 信じられませんぞユウト社長! ほんの数分の間に、数ヶ月分の熟成作業と仕込みを全て完了させてしまうとは! これぞ天衣無縫のタイムマネジメントですな!」


マッドシードが震える手で3年熟成の味噌を舐め、その深すぎる旨味に涙を流している。


「ヤクちゃん、お腹空いてないかい? 仕上がったばかりの干し芋があるよ」


俺がコタツに戻り、完成したばかりの品々を皿に並べると、ヤクちゃんの瞳が星のように輝いた。


「わぁぁっ! 干し芋、すっごく甘くてねっとりしてる! お口の中ですぐにとろけちゃうよぉ! ユウト様、すごーい!」


「おおお……この干し柿の甘み……。悠久の時を生きたわしでも、これほど完璧に美味いものは食べたことがないわい!」


ゼウスもタナトスも、コタツに入りながら極上の熟成フードを夢中で頬張っている。


ちなみに、コタツの天板の上に鎮座した『時間加速の悪魔』だが──。


「あのさー、その時計、もう少しのんびりしたリズムにできないかな?」


俺が何気なく尋ねると、


(ヒィィッ! コノ人間の前で変に逆らったら、また勝手に色々仕込まされてコキ使われる……! それより、ココで大人しく「時間をユックリ」にして、みんなと一緒にぬくぬくダラダラ過ごす方が、100万倍平和で幸せだ……!)


と完全に悟りを開き、コタツの周囲の空間だけ、体感時間を通常の3倍ゆっくりにする(つまり、ダラダラできる時間が3倍に増える)という、人類の夢のような『無限コタツ空間システム』兼『自動熟成発酵メーカー』として、すっかり農園に定着してしまったのだった。


忙しい毎日に追われ、時間に翻弄されていたあの頃に比べれば今はどうだ。ちょっとした手際の良さとマイペースさがあれば、どんなトラブルも「極上のスローライフと美味しいおやつ」に変えて、大切な仲間たちと一緒に心から温まることができる。


俺は、ヤクちゃんが美味しそうに干し芋をかじる姿を見つめながら、通常の3倍ゆっくりと流れる極上のコタツ時間の中で静かに目を閉じ、穏やかな冬のひとときを心ゆくまで満喫するのだった。

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