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クビになった元社畜、実家のS級ダンジョンを草刈り機で攻略して世界最強の配信者になる  作者: 綾瀬 灯


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第44話「宇宙を腐敗させる絶望の猛毒菌糸が飛来したんだが、限界オーラで無害化し、極上の原木シイタケを栽培して絶品キノコ鍋にした」

秋の風が心地よく吹き抜ける、ユウト農園の穏やかな午後。


収穫期を迎えた畑では、黄金色に輝く作物が風に揺れ、豊かな実りを感じさせていた。高く澄み渡った空からは柔らかな陽光が降り注ぎ、農園全体が黄金色の絨毯を敷き詰めたように輝いている。


「ユウト様、見て見てー! 今年のサツマイモ、すごく大きいよ! ほら、私の顔より大きい!」


麦わら帽子を深くかぶり、泥だらけのオーバーオールを着たヤクちゃんが、自分の顔ほどもある巨大なサツマイモを両手で抱え上げて満面の笑みを浮かべていた。


「本当だ、すごいなヤクちゃん。それは見事な『紅あずま』だね。あとでじっくり炭火で焼き芋にして、みんなでおやつにしよっか」


「うんっ! 楽しみー!」


俺は、かつて情け容赦のないブラック企業で心身をすり減らす日々を送っていた元社畜である。過酷な労働環境から逃れ、縁あってこの広大な農園を営むようになり、今では神々や異世界の住人たちと共に、騒がしくも温かい毎日を送っている。


「おおっ、焼き芋か! それは楽しみじゃのう! わしが雷霆(ケラウノス)で一瞬にして最高の焼き加減にしてやろうか!?」


空から雷鳴と共に舞い降りてきたのは、ギリシャ神話の最高神ゼウスだ。威厳ある立派な髭を蓄えているが、今ではすっかり農園の常連(というか居候)となり、農作業を手伝っては美味しいご飯を堪能する食いしん坊のお爺ちゃんになりつつある。


「ゼウスさん、雷霆で焼いたら一瞬で炭になっちゃいますよ。焼き芋は遠赤外線でじっくり甘みを引き出すのが一番ですから、のんびり待ちましょうね」


「むむ、そうであったか。料理への探求心、さすがはユウト殿じゃ!」


「焼き芋……いいですね……。温かいお茶と一緒に、縁側でほっこりと……ふふっ、生きてるって素晴らしい……」


死神タナトスも、すっかり毒気が抜け、ほうじ茶の入った湯呑みを両手で包み込みながら日向ぼっこをしている。死を司る神が「生きてるって素晴らしい」と微笑む姿は少々シュールだが、平和な証拠だ。


そんな穏やかで平和な日常。だが、俺たちの農園には時折、とんでもないスケールのトラブルが舞い込んでくる。


ピピピピピッ!! ピピピピピッ!!


突如として、農園の縁側でくつろぎながらデータを整理していたアルカのタブレットが、けたたましい警告音を鳴らし始めた。画面が真っ赤に点滅し、異常事態を知らせている。


「な、なになに!?」


「緊急事態です、ユウト社長!」


アルカが血相を変えて立ち上がり、タブレットの画面を俺に向けた。


「宇宙空間から、農園の裏山に向かって猛スピードで落下してくる物体があります! この波長……ただの隕石じゃありません。極めて危険で邪悪な生物反応です!」


「生物反応? 宇宙怪獣でも来るのかね?」


マッドシードが白衣の裾《そで》を翻《ひるがえ》し、眼鏡をギラリと光らせながら興味深そうに近づいてくる。


「いえ、これは……菌糸類です! それも、触れたもの全てを瞬時に腐敗させ、星一つをたった数日で死の星に変えてしまう宇宙最悪のバイオハザード『ベゼブブ・スポア』です! 銀河連邦でも指定危険度マックスの厄災ですよ!」


「なっ……なんだと!?」


テラノスが腰に差した大剣に手をかけ、険しい顔つきになった。


「星を丸ごと腐らせる猛毒だと!? そんなものが農園に落ちたら、せっかくユウト社長が丹精込めて育てた秋の味覚が、全てダメになってしまうでありますぞ!」


ドゴォォォォォォォンッ!!!


テラノスの怒号を遮《さえぎ》るように、農園の裏山に凄まじい轟音と共に何かが墜落した。大地が激しく揺れ、鳥たちが一斉に飛び立つ。立ち上る不吉な黒煙。周囲の木々が異常なスピードでドロドロに溶け、その煙の中から、黒紫色の不気味な菌糸が、まるで意志を持った大蛇のように這い広がっていくのが見えた。


「ヒィィッ! なんじゃあれは! 樹齢数百年の大木が、一瞬にして腐り落ちていくぞぃ!」


ゼウスが杖を構えて後ずさる。


「私の……死の力でも、あそこまで無残な命の奪い方はしません……なんておぞましい……全てを泥に変えてしまうなんて……!」


タナトスも震え上がり、鎌を握る手が小刻みに震えている。


「ギギギ……我ハ……宇宙ヲ喰ラウ者……全テヲ腐ラセ、我ガ苗床トセン……」


墜落地点のクレーターから、毒々しい胞子を間欠泉のように撒き散らしながら、巨大なヘドロの塊のようなベゼブブ・スポアの本体が姿を現した。周囲の空気が一気に淀み、酸欠になりそうなほどのむせ返るような腐臭が漂ってくる。


このままでは、裏山はおろかユウト農園全体、ひいてはこの星そのものが腐海に沈んでしまう。絶体絶命のピンチに誰もが絶望的な顔を浮かべる中、俺はその黒紫色の巨大な菌糸を見つめながら、ポンッと手を打った。


「なるほど! 秋だからキノコの季節だもんね。野生の巨大キノコの菌床が降ってくるなんて、今年の裏山は豊作だなあ!」


「えっ……?」


アルカが間の抜けた声を出す。


俺の心は驚くほど弾んでいた。なぜなら、その淀んだ空気も、まとわりつくような不快な湿気も、鼻の奥を突き刺す強烈なカビの臭いも、俺にとってはひどく『馴染み深い』ものだったからだ。


ブラック企業時代、数ヶ月にわたって押し込められていた地下第五書庫の空調は完全に壊れ、梅雨時には雨漏りがし、壁一面に正体不明の黒カビや青カビがびっしりと狂い咲いていたあの劣悪な環境。そこで俺は、来る日も来る日も、何万枚という過去の契約書や伝票の仕分けと整理を、たった一人で徹夜でやらされていたのだ。


そしてその結果、俺の肺と免疫系は、未知のスーパーカビの胞子を大量に吸い込み続け、人類の限界を超えた進化を遂げていた。『カビ耐性(極)』の獲得である。


「ユウト社長!? ダメです、逃げてください! あれには絶対に触れちゃダメです! 防護服もなしに近づけば、一瞬で肺から腐り落ちますよ!」


アルカが慌てて俺の腕を引くが、俺はニコニコと笑いながら首を横に振った。


「大丈夫だよーあれくらいのカビなんて。むしろ、あんなに元気な菌糸が自然に手に入るなんて、キノコ栽培のチャンスじゃない?」


「キ、キノコ栽培!?」


マッドシードもテラノスも、俺の突拍子もない発言に呆然としている。俺は農園の資材置き場に向かうと、あらかじめシイタケ栽培用に切り出しておいたクヌギやナラなどの原木を台車に山積みにして運んできた。


「ユ、ユウト社長! 一体どうするおつもりでありますか!? 相手は星を喰らう宇宙最悪のバイオハザードですぞ!?」


「うんうん、だからこそ、その有り余るエネルギーを有効活用させてもらおうと思って」


俺は原木の山を背に、愛用の電動ドリルを構えた。そして、地下書庫での膨大な伝票整理で培った『仕分けスキル(神級)』を全開にする。


ダダダダダダダダッ!!!


目にも止まらぬ神速の早業で、俺は数百本もの原木に、等間隔の美しい穴(植菌孔)を瞬く間に開けていった。木くずが宙を舞い、あっという間に完璧なシイタケ栽培用の原木タワーが完成する。


俺はその原木タワーの前に立ち、裏山から迫り来る巨大なベゼブブ・スポアに向かって、満面の笑みで大きく手を振った。


「おーい! そこの元気な菌糸さん! そんなところで泥まみれになってないで、こっちにおいでよ! 君たちにぴったりの、栄養満点で住み心地のいい新しいお家(原木)を用意したよ! さあ、遠慮しないでドンドンお引っ越ししておいで!」


俺は心から良かれと思って、菌糸たちに最高に快適な住処を提供したつもりだった。しかし、ベゼブブ・スポアの視点から見た俺は、全く違う存在として映っていた。


「ヒ、ヒィィィッ!? ナ、ナンダアノ恐ロシイ生物ハァァッ!?」


ベゼブブ・スポアの本体は、俺を見た瞬間、極度の恐怖に細胞全体を震わせていた。


宇宙最悪の猛毒胞子を致死量の数万倍も吸い込んでいるはずなのに、全く意に介さず、ニコニコと微笑んでいる謎の人間。さらに、その人間からは、長年の社畜生活で無意識に蓄積された「どんな過酷な環境でも絶対にノルマを終わらせる」という、限界突破した圧倒的な威圧感《オーラ》が、ドス黒い波動となって立ち上っていたのだ。


「コ、コノ人間……我等ノ猛毒ガ全ク効イテイナイドコロカ、笑顔デ空間ゴト我等ヲ圧迫シテキテイルゥゥッ!?」


ベゼブブ・スポアには、俺の無邪気な笑顔が、「さあ、大人しく俺の用意した穴(原木)に入って従順に働け。逆らえばどうなるか分かっているな?」という、宇宙の創造主すら凌駕する絶対的強者の冷酷な脅迫にしか見えなかったのである。


「アノ恐ロシイ神速ノドリル技……逆ラエバ、我ノ本体ニモ無数ノ穴ヲ開ケラレテシマウ! 降参ダ! 降参スルカラ、命ダケハオ助ケクダサイィィッ!!」


俺の天然の善意(無自覚な超威圧)に、完全に心が折れたベゼブブ・スポアの本体は、涙目になりながら自ら体をキュゥゥッと縮小させ、宙を舞う全ての猛毒胞子を引き連れて、俺が用意した原木の穴へと自ら勢いよく、かつ行儀よく整列して飛び込んでいった。


すると、俺の限界突破オーラに満ちた原木の中で、恐怖に震えるベゼブブ・スポアの驚異的な細胞分裂能力が、「この恐ろしい人間様を怒らせないために、一刻も早く最高に美味しいキノコにならなければ殺される!」という必死の生存本能と結びつき、完全にポジティブな方向へと覚醒したのだ。


メリメリメリ……!


一瞬にして原木全体に美しい真っ白な菌糸が巡り、穴という穴から、丸々と太った傘の肉厚な、信じられないほど見事な『特大・限界突破シイタケ』がポンポンポンッ!と弾けるように一斉に生え揃った。


傘の表面には美しい亀裂(花どんこ)が入り、漂ってくるのは、全宇宙の旨味を凝縮したような芳醇で濃厚なキノコの甘い香り。宇宙の猛毒は、俺の「仕分けスキル(適材適所の配置)」と「天然の威圧感」によって、無害な『旨味成分』だけに完全に再構築されてしまったのだ。


「うわあ! すごいすごい! 期待以上の大豊作だね! 菌糸さんたち、素直に引っ越してくれてありがとう!」


俺が満面の笑みで、生えたての特大シイタケをカゴいっぱいに収穫して母屋へ戻ると、玄関で待っていたヤクちゃんや神々たちは、もはや開いた口が塞がらない様子で石像のように固まっていた。


「あ……あ……」


アルカがタブレットを抱えたままヘタリ込む。


「星を腐らせる猛毒の菌糸が……ユウト社長の天然の笑顔に完全に怯えきって……たった数分で最高級の花どんこシイタケに成り下がった……」


「フフフ……ハハハハ!」


マッドシードがメガネを押し上げながら高笑いする。


「さすがはユウト社長! 宇宙兵器レベルの細菌ハザードすらも、ごく自然な農作業の延長で今夜の鍋の具材に変えてしまうとは。我が社のバイオテクノロジー部門が泣いて逃げ出すレベルですな!」


「社長! 見事な手際とシイタケ栽培でありますぞ! 相手を力でねじ伏せるのではなく、包み込むような器の大きさで味方にしてしまうとは……! 私めも微力ながら、ネギを切るお手伝いをさせていただきます!」


テラノスが感動の涙を流しながら拍手を送る。


「さあみんな、主役のシイタケが手に入ったよ! 急に冷え込んできたし、さっそくキノコたっぷりの極上鍋を作ろう!」


厨房に運び込んだシイタケの傘に、味が染み込みやすいよう十文字の切れ込みを入れる。包丁を入れた瞬間、サクッという極上の音が響き、その肉厚さに驚かされる。


昆布と鰹節で丁寧に取った黄金色の出汁が張られた巨大な土鍋に、鶏肉、白菜、ネギ、豆腐、そして主役の『限界突破シイタケ』を豪快に投入する。ぐつぐつと煮立つ鍋の中から、鶏肉と野菜の旨味、そして限界突破シイタケから溢れ出す圧倒的に濃厚な出汁が合わさり、部屋中に得も言われぬ幸福な香りが広がった。


「それじゃあ、みんなでいただきます!」


「いただきますっ!」


ヤクちゃんが、ふーふーと息を吹きかけながら、出汁をたっぷり吸って飴色に輝く熱々のシイタケをパクリと頬張った。


「んんん〜〜〜っ! 美味しいぃぃっ!! 噛んだ瞬間にジュワ〜ってお出汁とシイタケの旨味が口いっぱいに広がるよ! すっごく肉厚で、アワビみたいにぷりっぷり!」


「どれ、わしも……はふっ、ほふっ。……ぬぉぉぉぉっ!?」


ゼウスが一口食べた瞬間、その濃厚すぎる旨味にカッ!と目を見開いた。


「なんじゃこの極上の風味はぁぁっ!? 煮込んでもなお失われない強い歯ごたえ! 噛むたびに泉のように湧き出る深みのある旨味! 鶏肉や野菜の出汁と完璧に調和しておる! 天界の宴でもこんな奇跡のキノコは食べたことがないぞぃ! ユウト殿、おかわりじゃ!」


「美味しいです……! 温かいお鍋と、こんなに美味しいキノコ……私、生きていて本当に良かった……!」


タナトスも、出汁をたっぷり吸った豆腐とシイタケを頬張りながら、ぽろぽろと大粒の感涙を流している。死神をも蘇らせるほどの旨味だ。


「このシイタケ、アミノ酸の含有量が信じられない数値を叩き出しています! グアニル酸の相乗効果で、旨味が通常の一万倍……いや、それ以上です!」


アルカもタブレットを片手に、もう片方の手で次々とシイタケを口に運んでいる。


ちなみに、原木の中で綺麗に浄化されたベゼブブ・スポアの意識も、みんなが美味しい! 最高だ! と笑顔で鍋を囲んでいる姿を見て、


「オ、オレの存在がこんなに誰かを笑顔にしている……!? 宇宙を腐らせて破壊するより、美味しいキノコになってこの恐ろしい人間様に喜ばれる方が、100万倍平和で幸せだ……!」


と、感動の涙(最高品質のシイタケの出汁)を流しながら、すっかり農園の仲間(というか優良な菌床)として馴染み、自ら進んで次々と新しい肉厚シイタケを生やしてくれていた。


ブラック企業時代、暗く湿った地下室で、カビの臭いに怯えながら一人寂しく泥のような残業をこなしていたあの頃。食べるものといえば、冷え切ったコンビニ弁当か栄養補給ゼリーだけだった。それに比べて今の暮らしは、どんな宇宙規模のトラブルが降ってこようとも、仲間たちと笑い飛ばし、こうして美味しいご馳走に変えてみんなで温かい鍋を囲むことができる。


冷たい秋風が吹き抜ける外とは対照的に、ユウト農園のダイニングは、湯気と笑顔と「美味しいね」という温かい声で満たされていた。


俺は熱々のシイタケと野菜をハフハフと頬張りながら、心も体も芯から温まる幸せをじっくりと噛み締めるのだった。

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