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クビになった元社畜、実家のS級ダンジョンを草刈り機で攻略して世界最強の配信者になる  作者: 綾瀬 灯


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第43話「農園に世界を滅ぼす原初の暴風雨が迫ってきたんだが、社畜オーラでビニールハウスを完全補強して防いだ」

抜けるような青空に、朝の清々しい陽光が降り注いでいる。


ユウト農園の朝は、いつだって土の豊かな香りと、キッチンから漂ってくる出汁の優しい匂いから始まる。


「おはよう、ユウト様! 今日の朝ごはん、すっごくいい匂いがするね!」


元気いっぱいの声とともに、麦わら帽子を被ったヤクちゃんがリビングに駆け込んできた。彼女の足取りは羽のように軽く、昨日までの夏祭りの疲れなど微塵も感じさせない。


「おはよう、ヤクちゃん。今日はね、うちの農園で採れたてのオクラとミョウガを使った特製のお味噌汁だよ。それからナスとピーマンの甘辛味噌炒め、そして炊きたてのツヤツヤな白米。夏バテ予防には朝からしっかり食べないとね」


俺がエプロン姿でしゃもじを握りながら微笑むと、ダイニングテーブルの周りに集まっていた神々や魔物たちが一斉に歓声を上げた。


最高神ゼウスは「おおっ、ユウト殿の作る味噌炒めは、オリンポスのネクタル(神酒)よりも五臓六腑に染み渡るわい!」とヨダレを拭い、元悪のCEOマッドシードも「我がGBG社の栄養学データに照らし合わせても、完璧な朝食のポートフォリオですな」とメガネを光らせている。


そして、その食卓の隅で、一人だけ信じられないものを見るような目で朝食の配膳を見つめている青年がいた。


昨夜の肝試しで、俺の『限界突破オーラ』と特製エナジードリンクによって浄化され、絶対的な死神から爽やかな好青年へと生まれ変わった新入社員タナトスである。


彼は真新しい支給品の作業着に身を包み、配られたお茶碗の温もりを両手で包み込むようにしながら、ポロポロと大粒の涙をこぼしていた。


「あ、あの……社長、本当に私のような下っ端が、こんなに温かくて美味しい食事をいただいてもよろしいのでしょうか? 冥界での三千年の勤務で出された食事といえば、千年に一度配給される乾いた魂の削りカスだけで……しかも、食事時間は三分間と決められておりました……」


「タナトス君、そんなに泣かなくていいよ。労働の基本は衣食住の充実からだ。しっかり食べて、しっかり休んで、健康な心身があってこそ、良い仕事ができるんだからね。うちは休憩時間もたっぷりあるし、ご飯はおかわり自由だから、お腹いっぱい食べてね」


俺がタナトスの肩をポンと叩くと、彼は「うわぁぁぁん!」と声を上げて泣き崩れ、その場で正座しながら白米を掻き込み始めた。


「う、美味い!! お米が一粒一粒立っていてとっても甘いし、味噌汁の出汁が、冷え切っていた私の魂の奥底までジンジンと温めてくれる……社長、私は一生、このユウト農園のために粉骨砕身働きます!!」


「粉骨砕身なんてしなくていいから、定時で上がって自分の趣味の時間を作ってね」


ブラック企業時代、ろくな食事もとらずにエナジードリンクとサプリメントだけで命を繋ぎ、胃潰瘍で吐血しながらプレゼン資料を作っていた過去の自分を思い出し、俺は少しだけ遠い目をした。あの地獄を経験したからこそ、今の従業員たちには絶対にそんな思いはさせたくないのだ。


和やかな朝食の時間が進む中、俺が最後の一口の味噌汁を飲み干そうとした、その時だった。


——ピピピピピピピッ!!!


——警告! 警告! 超常的な規模の大気圧変動を検知!


突如として、マッドシードがテーブルの脇に置いていた解析タブレットが、真っ赤な警告光を放ちながらけたたましいアラームを鳴らし始めた。


「むっ!? なんだ、この異常な数値は……!」


マッドシードが血相を変えてタブレットの画面をスワイプする。それと同時に、先ほどまで抜けるように青かった窓の外の景色が、まるでバケツの黒インクをひっくり返したかのように、一瞬にしてドス黒い暗雲に覆い尽くされた。


ゴォォォォォォォォッ……!!


大地そのものを揺るがすような、不気味な地鳴りが響き渡る。農園の窓ガラスがビリビリと悲鳴を上げ、外の木々が今にもへし折れそうなほど異常な角度でしなり始めた。


「な、なんじゃこの禍々しい気配はァッ!?」


ゼウスが箸を取り落とし、震える指で窓の外を指差した。


暗雲が渦を巻き、天の中心に巨大な穴が開く。そこから顔を覗かせたのは、山脈ほどもある巨大な竜の頭。いや、一つではない。百の竜の頭を持ち、その口からは灼熱の炎と絶対零度の吹雪、そして世界を押し流すほどの豪雨を同時に吐き出している。


「あ、あれは……ギリシャ神話における最強最悪の怪物、原初の暴風雨そのものを顕現させる魔神『テュポーン』……!!」


マッドシードの顔からスッと血の気が引いていく。


「なぜ、あのような神話級の災厄がこの日本に!? 我が社のシミュレーションによると、あのテュポーンが本気で暴れれば、日本列島どころかユーラシア大陸の半分が海に沈みますぞ! 社長、ただちに地下シェルターへ避難を……!!」


新入社員のタナトスも、かつての死神としての本能からか、ガクガクと膝を震わせている。


「し、社長……! あれは、全ての生命を蹂躙する理不尽な暴力の化身! 私の力でもあの大嵐を止めることは不可能です!」


神々や魔物たちがパニックに陥り、世界規模の終末の到来に絶望の叫びを上げる中、

俺は静かに味噌汁のお椀をテーブルに置き、窓の外の狂い狂う大嵐をじっと見つめていた。


(うーん……ものすごい強風と大雨だなあ。これじゃあ、せっかく順調に育っている第二農区のトマトのビニールハウスが飛ばされちゃうかもしれないぞ。あのトマトは、明日の朝イチで道の駅に出荷する予定の大事な商品なのに)


俺の心の中には恐怖ではなく、ただ「業務上の支障に対する強い懸念」だけが存在していた。


ブラック企業時代、観測史上最大規模の超大型台風が直撃している最中、「電車が止まってるなら這ってでも出社しろ!」という鬼上司の命令で、腰まで水に浸かりながら五時間かけて徒歩通勤した経験を持つ俺にとって、この程度の暴風雨は「ちょっと天気の悪い火曜日」程度の認識でしかなかったのだ。


「みんな、落ち着いて」


俺はエプロンを外してゆっくりと立ち上がり、ホームセンターで買った五百円の薄っぺらい黄色い雨合羽を羽織った。


「ユウト様!? ど、どこに行くの!?」


ヤクちゃんが涙目で俺の背中にしがみつく。


「ちょっと第二農区のビニールハウスの様子を見てくるよ。強風でバタついてるから、補強しておかないとね」


「正気ですか社長ッ!!」


テラノスが絶叫する。


「外は時空を削り取る次元の嵐が吹き荒れております! あんな安物の雨合羽で外に出たら、一瞬で原子レベルまで分解されてしまいますぞ!」


「大丈夫だよ。昔はこれくらいの台風でも普通に外回り営業させられてたから、すっかり慣れっこなんだ」


俺はキッチンの引き出しから、使いかけの布ガムテープを一つ取り出し、迷うことなく玄関のドアを開け放った。


「グガァァァァァァァッ!! 滅ビヨ……! 我ガ暴風雨ニヨリテ、全テノ創造物ヲ無ニ帰サン……!!」


ドアを開けた瞬間、テュポーンの放つ次元を切り裂く暴風が、農園の母屋めがけて容赦なく襲いかかってきた。空間そのものが歪み、目に見えない無数の真空の刃が、俺の体を切り刻もうと迫る。


だが──


ピカァァァァァァァンッ!!!!


五百円のペラペラな黄色い雨合羽が、限界突破オーラ(社畜・悪天候出社特化型)によってナノレベルでコーティングされ、神々の鎧すら凌駕する『絶対防御のワークウェア』へと昇華する。空間を切り裂くはずの真空の刃も、世界を押し流す豪雨も、俺にとっては「ちょっと強めの向かい風」にしか感じられなかった。


「よし、今のうちだ」


俺は猛烈な暴風雨の中を、普段の散歩と何ら変わらないペースで悠々と歩き、激しく揺れる第二農区のビニールハウスへと向かった。風圧でビニールの一部が破け、そこから次元の歪みが入り込もうとしている。


俺は手に持っていた布ガムテープの端を指でカリッと剥がし、ブラック企業時代に培った、『段ボールに空気を一切入れずにシワひとつなく貼り付ける極限の梱包技術』を駆使し、破れかけたビニールを完璧なテンションで補強していく。


「ナ、ナンダトォォォッ!?」


上空のテュポーンが、信じられないものを見たかのように百の目をひん剥いた。


「我ガ放ツ終末ノ次元暴風雨ノ中ヲ、タダノ人間ガ平然ト歩イテイルダト!? シカモ、アノ黄色イ布ハ何ダ!? 星ノ核ヨリモ硬イ防御力ヲ持ッテイルゾ!?」


「ふぅ、これで強風対策はバッチリだな」


俺がビニールハウスを見上げて満足げに頷いていると、上空のテュポーンが激怒して百の口を大きく開いた。


「フザケルナ、人間風情ガ! 貴様ノソノフザケタ黄色いカッパごと、世界を塵ニシテクレルワァァァッ!」


ズドドドドドドォォッ!!!


テュポーンの口から、世界を終わらせる最大火力の圧縮ブレス(次元を消滅させる光線)が、俺めがけて一直線に放たれた。


「おっと」


俺は目の前に飛んできた眩しい光の塊を、手でパシッと軽く払いのけた。


パァァァァンッ!! という軽い音と共に、テュポーンの渾身の次元消滅ブレスは、俺の限界突破オーラに弾かれて宇宙の彼方へと飛んでいき、星を一つ消し飛ばした。


「なんだろう今の……台風の風で、変な看板の破片でも飛んできたのかな? 危ないなぁ」


俺は首を傾げながら、ようやく空を覆う巨大な影──テュポーンの存在に気がついた。


(うわぁ、なんだあれ。ものすごく大きな鳥の群れ……? いや、最新式の農業用ドローンかな? それにしても、こんな悪天候の日に空を飛んでるなんて、迷子になっちゃったのかな)


俺は完全に、テュポーンを「台風で迷子になった可哀想な生き物(または機械)」だと勘違いしていた。こんな暴風雨の中で外にいたら、風邪を引いてしまうかもしれない。ブラック企業時代、雨の中で震えながら野良猫に傘を差しかけた時のように、俺の心に純粋な優しさが湧き上がってきた。


俺は上空のテュポーンに向かって、両手をメガホンのように口に当て、思いきり笑顔で叫んだ。


「おーい!! そこの空飛んでる大きな生き物ー!! こんな台風の日に外にいたら、びしょ濡れになって風邪ひいちゃうよー!!」


俺の声は、限界突破オーラに乗って上空のテュポーンの耳にダイレクトに届いた。


「……ハ???」


テュポーンは混乱した。自分の最大最強の次元ブレスを、素手でゴミのように払いのけたこのバケモノ人間が、今、自分に向かって満面の笑みで手を振っているのだ。


「よかったら、うちの農園で雨宿りしていかないー!? 今ちょうど朝ごはんで、すごく美味しい温かいお味噌汁があるんだ! 冷えた体もポカポカに温まるよー! 遠慮しないで降りておいでー!」


俺はただ純粋に、美味しい朝ごはんをお裾分けしてあげようと善意100%で誘っただけだった。しかし、テュポーンの耳には全く別の意味に変換されて響いていた。


(ヒィィィッ!? わ、我の絶対的な攻撃を無傷で弾き返した上で、あの余裕の笑顔!? まさか……「これ以上調子に乗って空を飛んでいるなら、貴様を引きずり降ろして、そのおぞましい百の首を切り落とし、味噌汁の具材にして煮込んで喰ってやる」という、絶対的強者からの死の宣告……ッ!?)


俺の体から無意識に漏れ出ている、悪天候すらねじ伏せる圧倒的な限界突破オーラと、一切の敵意がない純粋すぎる笑顔。それが逆に、テュポーンにとってはこの世の何よりも恐ろしいサイコパスの脅迫に見えたのだ。


「ヒ、ヒィィィィィッ!! モ、モウシワケゴザイマセンデシタァァァッ!! 今スグ降リマス!! ミ、味噌汁ノ具ニダケハシナイデクダサイィィ!!」


テュポーンの百の竜の顔が一斉に青ざめ、ボロボロと滝のような涙を流し始めた。そしてみるみるうちに巨大な体を縮小させ、空を覆っていたドス黒い暗雲をシュルシュルと掃除機のように吸い込んでいく。暴風雨は一瞬にして嘘のように晴れ渡り、空には美しい七色の虹がかかった。


ポスッ。


俺の目の前の地面に降り立ったのは、手のひらサイズの、少し頭が多めについている可愛らしいトカゲのような生き物だった。ブルブルと震えながら、俺を見上げて完全に服従のポーズをとっている。


「あれっ? ドローンかと思ったら、珍しいトカゲだったんだね。台風で飛ばされてきちゃったのかな? 可哀想に、寒かっただろう」


俺はしゃがみ込み、震えるテュポーン(ミニサイズ)を優しく両手で包み込んだ。


「よしよし、もう大丈夫だよ。さあ、中に入って一緒にお味噌汁を飲もうね」


俺がテュポーンをポケットに入れて母屋に戻ると、窓から一部始終を見ていた従業員たちは、全員が魂を抜かれたような顔で石化していた。


「……社長」


マッドシードが震える手でメガネを直す。


「世界を滅ぼす神話の魔神が……社長の『天然の勧誘』に勝手に恐怖し、自ら手のひらサイズのペットに成り下がりましたぞ……。もはや、社長の無自覚な行動の前に立ちはだかることのできる存在など、この大宇宙に存在するのでしょうか……」


「なんと恐ろしく、そして慈愛に満ちた御方か……! 私は一生、このユウト農園についていきます!」


タナトスは再び大号泣しながら、白米をおかわりしていた。


「ユウト様ーっ! その新しいトカゲさん、すっごく可愛いね!」


ヤクちゃんが駆け寄ってきて、テュポーンの頭を撫でる。テュポーンは「ヒィッ、厄災ノ女神サマ!? コノ農園、ヤバスギル……!」と内心で絶叫しながらも、必死に尻尾を振って愛想を振りまいていた。


「うん、今日からうちの農園の新しい家族だよ。ほら、君もお味噌汁をどうぞ」


俺が小皿に味噌汁を少し分けてやると、テュポーンは恐る恐るそれを舐め、「ナニコレ、美味スギルゥゥッ!」と感動の涙を流し始めた。


どんな凄い生き物が迷い込んでこようとも、美味しいご飯を一緒に食べればみんな仲間だ。温かいお味噌汁の湯気と、賑やかな笑い声に包まれたリビングで、俺は再び平和な農園の朝を満喫するのだった。

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