第4話:害獣の山と、鳴り止まない通知
ブルルルルルルルルルルルルンッッッッ!!!
「よーし、お前ら! 畑を荒らす害獣は容赦しないからな!」
お爺ちゃんの形見であるエンジン式草刈り機を構え、俺は裏山の中腹へと突撃した。そこは、元々は祖父が手塩にかけて育てていた果樹園があった場所だ。
しかし今では、得体の知れない巨大なシダ植物が群生し、そして——その間を我が物顔で歩き回る『異形の獣たち』の巣窟となっていた。俺の目の前には、筋骨隆々の肉体を持ち、二足歩行で歩く牛のバケモノが十頭ほどたむろしている。その手には、なぜか巨大な戦斧や丸太が握られていた。
「なんだあれ……。最近の田舎の野生動物は、道具を使う知能まであるのか? しかも二本足で立ってるし。着ぐるみか何かか?」
俺が首を傾げていると、草刈り機のエンジン音に気づいた『牛たち』が一斉にこちらを振り返った。その目は血走り、鼻息荒く白い蒸気を噴き出している。
現在、世界中のダンジョンで猛威を振るっているA級モンスター『迷宮牛ミノタウロス』の群れである。強靭な肉体は銃弾を容易く弾き、その怪力は装甲車をいとも簡単にスクラップにする。一頭だけでも都市の一つや二つは壊滅させられるバケモノが、群れをなしているのだ。通常であれば、国家レベルの非常事態宣言が発令される光景である。
「ブモォォォォォォォォォォッ!!」
先頭にいた一際巨大なミノタウロスが、俺の姿を認めるなり、怒り狂ったように咆哮を上げた。そして、手にした巨大な戦斧を振り上げ、地響きを立てながら猛烈なスピードで突進してくる。
「うおっ、危ないな! 人に向かって刃物を振り回すんじゃない!」
俺は、まるでマナーの悪い歩行者を注意するようなノリで叫び、草刈り機のアクセルを全開にした。
ギュイイイイイイイイイイイインッッッ!!!
超高純度オリハルコン製の刃が、凄まじい回転数を叩き出す。俺は突進してくるミノタウロスに向かって、草を薙ぎ払うのと同じく、横薙ぎに草刈り機を振り抜いた。
ズバアァァァァァァァァァンッッッ!!!
「ブボッ……!?」
間抜けな声を漏らし、巨大なミノタウロスの上半身と下半身が、ズレるようにして泣き別れた。一切の抵抗もなく、まるでゼリーでも切ったかのような感触だ。
「よし、一匹駆除! どんどんいくぞー!」
俺は止まらない。仲間の瞬殺に呆然としているミノタウロスの群れに向かって、俺は草刈り機を振り回しながら突撃した。
ズバッ! ギィン! ズチャアァァァッ!
オリハルコンの刃が閃くたびに、強靭なA級モンスターたちが、まさに『雑草のように』刈り取られていく。血しぶきが舞い、轟音が鳴り響く。その時、頭上から鋭い風切り音が聞こえた。
「ギャアァァァァァァァァッ!!」
見上げると、空を覆い尽くさんばかりの巨大な翼を持ったトカゲ——S級モンスター『業火の飛竜ワイバーン』が三体、俺めがけて急降下してきていた。その大きく開かれた口の奥では、オレンジ色に輝く灼熱の炎が渦巻いている。
「わっ、今度はでっかいトカゲかよ! しかも火を吐こうとしてる!? 乾燥してる季節に山火事になったらどうするんだ!!」
俺は慌てて草刈り機のエンジンをアイドリング状態に戻し、傍らの地面に突き刺してあった『シャベル』を手に取った。これも祖父の納屋にあったものだ。柄は黒光りする謎の木材(※世界樹の枝)で、すくう部分は銀色(※ミスリル製)に輝いている。
ワイバーンが口から吐き出した、触れるものすべてを灰にする『業火のブレス』が、俺の頭上へと降り注ぐ。しかし、俺は野球のバッターのようにシャベルを構え、その炎の塊めがけてフルスイングした。
カァァァァァァァンッッッ!!!
「ギャァ!?」
ミスリル製のシャベルは、魔法の炎を完全に物理的質量として弾き返した。見事なホームラン軌道を描いて跳ね返った炎は、吐き出したワイバーン自身の顔面に直撃。そのまま黒焦げになったワイバーンが、ドスゥンッと裏山に墜落する。
「よし、ナイスバッティング! 残りの二匹も落とすぞ!」
俺は地面を強く蹴り、ありえない跳躍力(毎日の満員電車で鍛えられた足腰のおかげだ、と俺は思っている)で宙に舞い上がった。そして、驚愕に目を見開くワイバーンたちの脳天に、シャベルを力任せに叩き込んだ。
ドゴォォォォォンッ!! ドグシャァァァァンッ!!
「ふぅ……。全く、次から次へと。田舎の害獣は種類が豊富だなぁ」
俺は地面に着地し、額の汗をタオルで拭った。作業開始から約一時間が経過していた。俺の周囲には、無残に切り刻まれたミノタウロスの死体と、脳天をかち割られたワイバーンの死体が、文字通り『山積み』になっていた。まるで、不要な粗大ゴミを一箇所に集めたかのような光景だ。
「よし、とりあえずこの区画の掃除はこんなもんかな」
俺は満足げに頷き、シャベルを肩に担いで、草刈り機を回収した。
ふと、足元にすり寄ってくる気配を感じて視線を下ろすと、先ほどテイム(?)した巨大な野犬のポチ(フェンリル)が、ちぎれんばかりに尻尾を振っていた。
「ウォンッ! ハッ、ハッ、ハッ!」
「お、ポチ。大人しく待ってたか。えらいえらい」
俺が頭を撫でてやると、S級神獣は目を細めて気持ちよさそうに喉を鳴らした。
「さて、視聴者さんは楽しんでくれたかな?」
俺はズボンのポケットからスマホを取り出し、配信画面を確認した。その瞬間、俺は自分の目を疑った。
【配信コメント】
[名無し] ????????
[名無し] 神よ
[探索者A] おま……っ、お前……っっっっ!!!!
[ダンジョンオタク] S級ワイバーンのブレスを、スコップで打ち返した……????
[名無し] 物理法則どこいったんだよwwwwww
[名無し] A級のミノタウロスが、文字通り『草刈り』されてた件について
[探索者A] ギルドマスター!! 早く!! 早くここを封鎖しないと日本が終わる!!
[名無し] ¥100,000『そのスコップいくらですか!? 一億円で買わせてください!!』
[名無し] ¥50,000『神の農作業に乾杯』
[海外勢] CRAZY SAMURAI FARMER!!!!!!
[海外勢] $5,000『I LOVE POCHI !!』
コメントの流れる速度が、もはや視認不可能なレベルに達していた。滝というより、もはや激流だ。そして、画面の左上に表示されている同接(同時接続者数)のカウンターは。
『532,105人』
「……ごじゅうまん……?」
俺は間抜けな声を出して、スマホの画面を二度見、三度見した。
バグか?いや、バグにしても数字がリアルタイムで増え続けている。五十三万という数字は、ちょっとした地方都市の総人口に匹敵する。それが今、俺の草刈り作業を見ているというのか。
さらに、スマホの画面上部には、Twitter(現X)やニュースアプリからのプッシュ通知が鳴り止まない勢いで表示されていた。
『トレンド1位:#草刈り無双』
『トレンド2位:#S級ダンジョンにヤバい奴いる』
『トレンド3位:#スコップでワイバーン』
『ニュース速報:謎の配信者がS級ダンジョンで異常な戦闘力に……』
「え……? え? なにこれ? どういうこと?」
俺は完全にパニックに陥った。ただの草刈り配信が、なぜ世界的なトレンドになっているのか。そもそも『S級ダンジョン』ってなんだ? ここは俺の実家の裏山だぞ?
「いやいや、落ち着け俺。これはきっと、最近流行りの『ドッキリ』か何かに違いない。田舎の過疎チャンネルを大勢で持ち上げて、配信者が勘違いするのを笑うっていう、ネット特有の悪ノリだ」
そう思い込むことで、俺はなんとか心の平穏を保つことに成功した。ブラック企業で培った『現実逃避スキル』の賜物である。それに、投げ銭が本物であれば、俺の今後の生活は安泰だ。口座に振り込まれるまでは信じないが、もし本当なら、お爺ちゃんのボロ家をリフォームすることだってできるかもしれない。
「えーと、視聴者の皆さん! たくさんのコメントと投げ銭、本当にありがとうございます! なんだかバグみたいに数字が増えててビビってますけど、皆さんが楽しんでくれたなら良かったです!」
俺はカメラに向かって満面の笑みで手を振った。
【配信コメント】
[名無し] バグ(現実)
[探索者A] この男、自分が世界を震撼させてる自覚が全くない……!!
[ダンジョンオタク] これが『強者の余裕』ってやつか。底が知れねえ。
[名無し] 害獣の山(数千億円分のレア素材)
[名無し] はよ逃げろ! そろそろ本職の探索者が来るぞ!
「本職の探索者? ダンジョン配信のプロの人たちですか? いやぁ、こんな田舎の裏山にプロが来るわけないですよ。もし来たら、サインでももらっちゃおっかなー、あはは!」
俺が呑気に笑っていた、まさにその時だった。
「——おい貴様! そこで何をしている!!」
背後から、荒々しい怒声が響き渡った。俺が振り返ると、裏山の入り口——先ほどデス・トレントを斬り倒した少し先の開けた場所に、数人の男女が立っていた。彼らは皆、ピカピカに磨き上げられた西洋の騎士のようなフルアーマーや、ファンタジー映画に出てくるようなローブを身にまとっている。その中心に立つ、金髪をオールバックにした見目麗しい青年が、俺に向かって剣を突きつけていた。
「ここはつい先日発見され、国から封鎖命令が出ている超危険な『S級ダンジョン』だ! 我々、国内トップギルド『紅蓮の剣』が国からの依頼で調査に来てやったのだ! お前のような一般人が迷い込んでいい場所ではない!」
金髪の青年は、俺の紺色のジャージ姿(高校の校章入り)と、首に巻いたタオル、そして手に持った草刈り機を見て、鼻で笑った。
「ふんっ。どこから迷い込んだか知らんが、運が良かったな。ここはA級モンスターがうようよしている地獄だ。素人は怪我をする前に、さっさと立ち去れ! ……いや、待て」
金髪の青年が、ふと俺の背後へと視線を巡らせた。彼の目に映ったのは、首を刎ねられた無数のミノタウロスと、頭をかち割られたワイバーンたちが、文字通り『山積み』になっている異様な光景。
そして、俺の足元で「クゥーン」と欠伸をしている、S級神獣フェンリル(ポチ)の姿だった。
「…………は?」
金髪の青年の顔から、一瞬にして血の気が引いていく。彼を取り囲んでいたギルドのメンバーたちも、腰を抜かしてへたり込んだり、持っていた杖を落としたりしていた。
「あ、あ、あああ……っ! 迷宮牛の群れが、全滅……!?」
「それに、あの銀色の獣は……まさか、神話に語られるフェンリル様……!?」
「そんなバカな……!? 我々プロがフルパーティで挑んでも、一匹倒せるかどうかというバケモノどもが……ゴミのように山積みに……!!」
彼らは完全にパニック状態に陥っていた。しかし、俺から見れば、彼らの方がよっぽど異常だった。
「えっと……コスプレイヤーの方ですか? ここ、一応俺の私有地なんですけど。無断侵入は困りますよ」
俺が困惑しながら指摘すると、金髪の青年はカタカタと震える指で俺を指差した。
「き、貴様……一体何者だ……!! そのモンスターの山は、貴様がやったというのか!?」
「モンスター? いや、だからこれはただの害獣ですよ。草刈りのついでに駆除しただけです」
俺がシャベルを肩に担ぎ直し、ニコリと笑って答えた瞬間。
ズゴゴゴゴゴォォォォンッ!!
突然、裏山全体を揺るがすような凄まじい地響きが起こった。俺たちが立っている地面が激しく揺れ、木々がなぎ倒される音が響き渡る。そして、山の頂上付近——ひときわ鬱蒼とした森の奥から、『それ』は姿を現した。
「な、なんだぁぁぁっ!?」
金髪の青年が絶望の声を上げる。全長五十メートルはあろうかという、漆黒の鱗に覆われた超弩級のトカゲ……いや、竜。背中には空を覆い尽くすほどの巨大な翼を持ち、その瞳は燃え盛る地獄の業火のように赤く輝いている。
神話級モンスター。
人類の天敵であり、一つの大陸を容易く焦土に変えるとされる絶望の象徴。『エンシェント・ブラックドラゴン』が、悠然と空へ舞い上がり、俺たちの頭上へと影を落としたのだった。
「お、終わった……」
「日本が、滅ぶ……!」
プロの探索者であるはずの『紅蓮の剣』のメンバーたちは、ドラゴンの放つ圧倒的な威圧感に当てられ、白目を剥いて泡を吹き始めている。金髪のリーダーも、剣を取り落としてガタガタと震え、完全に戦意を喪失していた。
一方、俺はというと。
「あっ! コラァァァッ!! お前、俺が昨日植え直したトマトの苗を踏んでるじゃねえか!!」
ドラゴンの巨大な足が、俺が社畜時代から大切に育てていたベランダ菜園の生き残り——愛しのトマトの苗を見事にペチャンコにしているのを発見し、怒髪天を突いていた。
「許さん。絶対に許さんぞ、あのデカトカゲ!!」
俺は配信用のスマホを放り投げ、祖父の納屋から持ち出していた『クワ』を握りしめると、絶望の象徴めがけて猛ダッシュを開始した。
次回、第5話「トマトの苗、踏まれたのでキレます(※神話級ドラゴン戦)」
プロ探索者たちが絶望する中、トマトの苗を潰されてブチギレたユウトが、お爺ちゃんの『クワ』を手にエンシェント・ブラックドラゴンへと立ち向かう!果たして、神話の竜はクワの一撃に耐えられるのか!?どうぞお楽しみに!




