第36話「冬支度でビニールハウスを作ったら、中でマンドラゴラが独自の文明を築いて独立宣言したんだが」
山々に囲まれたユウト農園にもいよいよ本格的な冬の足音が近づいていた。
ついこの間まで紅葉で鮮やかに染まっていた木々は葉を落とし、朝晩の冷え込みは吐く息を真っ白に染め上げるほど厳しくなっている。
「うー、さむっ! 今朝はついに霜が降りたな……」
俺は首に巻いた今治タオルをマフラー代わりにギュッと結び直し、熱いお茶の入った湯呑みを両手で包み込んだ。縁側から見渡す広大な畑は、冬野菜である大根や白菜を除いてすっかり静かな冬の装いへと移り変わっている。
上空では、すっかりユウト農園の運送部門として定着した宇宙海賊団『ブラッドノヴァ』の巨大母艦が、収穫された冬野菜を銀河市場へと出荷するために忙しく飛び回っていた。ギルバート船長の声が、拡声器を通じて「おい新入り! 白菜のダンボールはもっと丁寧に扱え! 鮮度が落ちるだろうが!」と響き渡っている。すっかり優秀な運送業者である。
「創造主様、おはようございます。今朝は冷えますね」
エルフの女王・エルリアさんが、温かいスープの入った鍋を抱えて母屋から出てきた。
「おお、エルリアさんおはよう。そろそろ本格的にアレを準備しないといけないな」
「アレ……とは?」
「冬の間でも夏野菜やデリケートな作物を育てられるビニールハウスだよ。寒い季節でも、もぎたてのトマトやキュウリが食べたくなるでしょ?」
俺の言葉に、隣でスープを飲んでいた農園COOの魔王ルシフェードが目を輝かせた。
「ほほう! この凍てつくような冬の結界の中で、人為的に常夏の空間を創り出すというわけですね! さすがユウト社長、自然の理さえも捻じ曲げるその発想、まさに魔王の所業!」
「いや、全国の農家さんが普通にやってることだから。ホームセンターで鉄パイプと農業用ビニールを買ってくれば、俺たちだけでも数日で建てられるはずだよ」
そうと決まれば善は急げだ。俺はさっそく、農園の技術担当である元悪のCEOマッドシードと、土木工事のプロである地下帝国長のテラノスを呼び出し、ビニールハウスの設計図を渡した。
「設置場所は南側の畑の空き地にしよう。俺はちょっと農協の会合に行ってくるから、その間にパイプの骨組みとビニールの準備だけしておいてくれる? 帰ってきたら一緒に組み立てよう」
「フフフ、お任せくださいユウト社長! 我がGBG社の誇る環境制御テクノロジーと、テラノス殿の空間土木技術を融合させ、完璧なハウスの基礎を構築しておきましょう!」
「ハッ! 地下帝国の威信にかけて、寸分の狂いなき土台を作り上げますぞ!」
二人が自信満々に頷くのを見て、俺は安心して軽トラに乗り込み、農協へと向かった。
……これが、そもそもの間違いだった。
彼らの言う「完璧」が、俺の想像する「普通の農業」の枠に収まるはずがなかったのだ。
数時間後──農協での打ち合わせを終えて軽トラで農園に戻ってきた俺は、南側の畑にそびえ立つ『それ』を見て、飲んでいた缶コーヒーを吹きそうになった。
「……なんだ、ありゃ!」
俺が指定した空き地には、かまぼこ型の素朴なビニールハウス……ではなく、直径数百メートル、高さ数十メートルに及ぶ、半透明で七色に輝く超巨大な『ドーム型のエネルギーフィールド』が展開されていたのだ。
ドームの表面にはプラズマ波紋のようなものが絶えずウネウネと広がっており、周囲の空間そのものが、蜃気楼のようにグニャグニャと歪んでいる。
「お帰りなさい、社長!」
ドームの前でマッドシードとテラノスが胸を張って出迎えてくれた。その後ろではゼウスやヤクちゃん、アルカたちが呆然とした顔でドームを見上げている。
「ちょっとドクター! 俺はビニールハウスの基礎を作ってって言ったんだよ? なにこのSF映画に出てくる『惑星防衛シールド』みたいなバカデカいドームは……」
「フハハ! 驚かれましたか社長! 実はホームセンターのビニールでは、社長の『限界突破オーラ』と神々の魔力を内包するには耐久力不足だと判断しましてね! 代わりに我が社の最新素材である【次元断層フィルム】を使用しました!」
「次元断層フィルム?」
「はい! このフィルムは外部の物理干渉を100%遮断し、内部の気候を完全に独立した別次元として制御することが可能です! 社長が『冬でも常夏のハワイのような環境が欲しい』と仰っていたので、内部の環境設定を最高レベルの温暖気候にセットしておきましたぞ!」
「……嫌な予感しかしないんだけど」
「社長、聞いてください!」
宇宙人アルカが慌てた様子でタブレットを叩きながら駆け寄ってきた。
「マッドシード殿とテラノス殿が設計図を勝手に改造したせいで、環境制御システムが暴走しています! 『常夏のハワイ』に設定したつもりが、次元のダイヤルが数千万年分ズレてしまい、内部の気候が『ジュラ紀の熱帯雨林状態』になっています!」
「ジュラ紀って……恐竜がいた時代の!?」
「はい! 気温40度、湿度90%、大気中のマナ濃度は現代の約5万倍! もはやビニールハウスではなく、独立した太古のロストワールドです!」
俺は頭を抱えた。ちょっと目を離した隙に、うちの畑にジュラ紀が誕生してしまったらしい。
「ま、まあいいや……。とにかく、植えてあった作物がどうなってるか確認しないと……。中に入ろう」
俺たちはドームの一部に設けられたエアロックのような入り口から、恐る恐る内部へと足を踏み入れた。
──ムワァァァァッ!!
一歩足を踏み入れた瞬間、分厚いサウナのような凄まじい熱気と湿気が全身を包み込んだ。
「あ、あぢぃぃぃ……! なんだこの湿気は! 息をするだけで肺に水が溜まりそうじゃ!」
ゼウスが即座に根を上げて膝をつく。
俺は額の汗を拭いながら目の前に広がる光景に息を呑んだ。そこは確かに「俺の畑」だった場所のはずだが、面影は微塵もなかった。
見渡す限りの鬱蒼としたジャングル──見たこともないほど巨大なシダ植物が天を突き刺すように生い茂り、極彩色の不気味な花が毒々しい花粉を撒き散らしている。遠くからは、「ギャアァァァァッ!」という翼竜のような巨大生物の鳴き声まで聞こえてくる。
「……えーと、ここに植えてあった冬越しのニンジンとか、ハーブの種はどこにいったのかな?」
「し、社長! 前方から、凄まじい質量の生体反応が接近してきます! 数は……数百! いや、数千です!」
アルカの警告と同時に、ジャングルの奥から地響きのような足音が近づいてきた。
ザッ、ザッ、ザッ、ザッ……!
整然とした軍隊の行進のような足音。シダ植物の葉を掻き分けて現れたのは、全身が筋骨隆々の「緑色の巨人」たちだった。
身長は2メートル近く。体は太い木の根とツルが複雑に絡み合って構成されており、頭頂部からは青々とした葉っぱが生えている。彼らは古代ローマの軍団兵のような「葉っぱの鎧」を見事に着こなし、手には鋭い棘を持つ槍(巨大なサボテンの針)を構えていた。
「ナ、ナンだこいつら!? 野菜のバケモノか!?」
ルシフェードが魔剣を引き抜く。エルリアさんが震える声で叫んだ。
「マ、マンドラゴラです! あれは伝説の魔草マンドラゴラですわ!」
「マンドラゴラって、引っこ抜くと奇声を上げて人を呪い殺すっていう、あのちっこい根っこの魔物だよね? なんでこんなマッチョな軍隊になってるの?」
「おそらく……この『次元断層フィルム』内のジュラ紀の環境と、創造主様のオーラが、マンドラゴラの進化を数千万年単位で加速させたのです! 彼らはただの魔草から、独自の知性を持つ『超・植物生命体』へと進化を遂げてしまっています!」
マッチョなマンドラゴラの軍団は、一糸乱れぬ動きで俺たちを半円状に包囲した。そして軍団の奥から、一際巨大で黄金の葉っぱの王冠を被ったマンドラゴラが、輿に乗って現れた。
「侵入者どもよ、よくぞ我が領土に足を踏み入れた」
直接脳内に響いてくる重厚で威厳に満ちたテレパシー。
「我こそはこの大密林を統べるマンドラゴラ帝国の初代皇帝、マンドラゴラテウス一世である!」
皇帝マンドラゴラテウスは、胸を張って高らかに宣言した。
「長きにわたり我ら植物族は、貴様ら人間に『引っこ抜かれ』『刻まれ』『茹でられる』という屈辱的な歴史を歩んできた! だが大いなるジュラ紀のエネルギーを得た今、我々は覚醒したのだ!」
皇帝が手を振り上げると背後のジャングルの木々が割れ、その奥にある『都市』が姿を現した。
それは、巨大な樹木をくり抜いて作られた高層ビル群、ツルで作られた精巧な水道橋、そして中央にそびえ立つマカダミアナッツの殻でできた巨大なピラミッドだった。たった数時間で、彼らはこのドームの中に高度な独自の文明と国家を樹立していたのだ。
「見よ、我が帝国の偉大なる文明を! 我々マンドラゴラ帝国は、これより人間たちからの完全なる独立を宣言する! ユウト農園の支配はもはや我々には及ばぬ! このビニールハウスは我が帝国の不可侵の聖域である!」
「ビニールハウスって言っちゃってるけどね……」
俺は思わずツッコミを入れた。
「黙れ! 貴様らのような野蛮な農民どもと交渉する余地などない! さあ、帝国軍よ! 侵入者どもを我が帝国の養分として捕らえよ!」
「待って! ストーーップ!」
一触即発の空気を破って前に出たのは、厄災女神のヤクちゃんだった。
「暴力はダメーー! ちゃんと話し合えば分かるよ!」
ヤクちゃんは両手を上げて降参のポーズをとりながら、皇帝マンドラゴラテウスのもとへトコトコと歩いていく。
「ヤクちゃん、危ないぞ!」
「大丈夫大丈夫! 私女神だし、植物の言葉もなんとなく──ああっ!」
ドグシャァァァッッ!!
ヤクちゃんは足元に生えていた巨大なキノコに見事につまずき、顔面から泥水の中にダイブした。
「むっ、愚かな人間め! 自ら我々の前に平伏すとは……。よし、その娘を捕らえよ! この者を人質として、ユウト農園に更なる譲歩を迫るのだ!」
皇帝の命令で、マッチョなマンドラゴラたちが、泥だらけで気絶しているヤクちゃんをヒョイと担ぎ上げ、そのまま都市の奥へと連れ去ってしまった。
「ヤ、ヤクモぉぉぉっ!!」
ゼウスが悲鳴を上げる。
「おのれぇ、植物風情が女神を人質に取るとは卑劣な! ユウト社長、ここは我ら神魔連合軍でこのドームを焼き払い、ヤクモ殿を救出しましょう!」
ルシフェードが殺気を放ち、背後に漆黒の炎を燃え上がらせる。
「待って待って! 落ち着いてみんな」
俺は手にした今治タオルで首の汗を拭いながら大きくため息をついた。
「焼き払うって……せっかく数千万年分の進化を遂げた文明を力で潰すのは農家として忍びないよ。それに独立国家を名乗るなら、それに相応しい大人な対応ってやつがあるから」
俺は丸腰のまま、皇帝マンドラゴラテウスの前にズカズカと歩み寄った。
「な、なんだ貴様! それ以上近づけばこのサボテン槍の餌食に──」
「ねぇ、皇帝さん」
俺は首に巻いたタオルを外し、農協の会合で配られた資料(青果の市場価格表)をバサッと広げて見せた。
「独立国家を樹立したのはいいけど……経済はどうするの?」
「け、経済……だと?」
「そう、いくら立派な都市を作っても、このドームの中だけで生活してたらいずれ資源は枯渇する。みんなが着てるその葉っぱの鎧だって、栄養不足になれば枯れちゃうでしょ? 独立した国家にとって一番重要なのは、他国との安定した貿易と外交ルートの確立なんだよ」
俺の言葉に皇帝とマンドラゴラの軍団は顔を見合わせ、ざわめき始めた。
「ぼ、貿易……外交……!? そ、そのような概念、数千万年進化した我々の脳にもまだインストールされていなかった……」
「でしょう? うちの農園は、銀河全域に流通ルートを持つ宇宙海賊ブラッドノヴァと専属運送契約を結んでるんだよ。水だって、伝説の龍神が提供する最高品質のミネラルウォーターだし。どうだろう? 独立して干からびるか、それともユウト農園と『特恵関税を適用した二国間自由貿易協定』を結んで共に豊かになるか、国のトップならどっちが国益になるか分かるよね」
これは俺が近所の農家のおっちゃんたちと「今年はどこの肥料メーカーと一括契約するか」を相談している時と全く同じテンションの、ただの農作業の延長線上の交渉術だった。
だがマンドラゴラたちには違った。俺の後ろに、銀河を統べる大宇宙の覇者のような圧倒的な後光が見えたのだ。
「な……なんという視野の広さ、なんという大局的な国家運営のビジョン……! 我々のちっぽけな独立宣言など、この男の手のひらの上の出来事に過ぎなかったというのか……」
皇帝マンドラゴラテウスはガクガクと震えながらその場に膝をつき、黄金の王冠を外して深々と頭を下げた。
「降参だ! ユウト農園の偉大なる支配者よ……、我々マンドラゴラ帝国は独立国家としてのプライドを捨て、貴農園の特別自治区として傘下に入ることを誓おう!」
「いや、プライドは捨てなくていいからね。対等なビジネスパートナーとしてよろしく頼むよ」
俺が握手を求めると、皇帝は涙を流しながらそのゴツゴツした木の手で俺の手を固く握り返した。
「社長、見事な外交交渉です! たった数分で狂暴なジュラ紀の独立国家を経済的属国に変えてしまうとは……」
アルカが興奮してタブレットに記録しているが、俺はただの近所付き合いのつもりである。
「それで……人質のヤクちゃんは返してくれるよね?」
「も、もちろんでございます! すぐに手厚くお連れいたします!」
数分後──
都市の奥からマンドラゴラの軍団に担がれた豪華な神輿に乗って、とってもご機嫌なヤクちゃんが姿を現した。
「あーっ、ユウトさまー! お腹いっぱいだよー!」
ヤクちゃんは人質として酷い扱いを受けるどころか、頭にハイビスカスのような花飾りをつけられ、両手にはマンドラゴラ特製の「古代フルーツの盛り合わせ」と「最高級の腐葉土クッキー」を抱え、満面の笑みでくつろいでいた。
「女神様には我が帝国の国賓として、最高級の光合成ルームと、極上のオーガニック肥料エステをご提供させていただきました!」
「めちゃくちゃ歓迎されてるじゃん……」
俺は脱力して肩を落とした。
かくして、マンドラゴラたちとの間に『ビニールハウス内特別自治区における農産物・肥料の相互供給に関する基本条約』が締結された。彼らは自分たちが脱皮(?)した際に抜け落ちる超高品質な葉や根(これらは万病に効く伝説の霊薬として、銀河市場で天文学的な値段で取引されることになる)を定期的にユウト農園に納入し、代わりに俺たちは、龍神の水とテラノスの極上ブレンド土壌を提供するというwin-winの関係だ。
「はぁ……冬のトマトを育てたかっただけなんだけどな」
俺はすっかりジャングルと化したビニールハウス(もはや別次元のロストワールド)を後にしながら、冷たい冬の風に吹かれて温かいお茶を啜った。
まあ自分で土を耕す手間が省けたし、マンドラゴラたちが自給自足でハウスの管理をしてくれるなら、それはそれで立派なスマート農業と言えるのかもしれない。
騒がしいユウト農園の冬はまだまだ始まったばかりだ。とりあえず、今日の夕飯はヤクちゃんが貰ってきた古代フルーツを使ったデザートにしようと心に決め、俺たちは霜の降りた道を母屋へと歩き出した。




