第35話「進化したサツマイモで焼き芋大会を開いたら、時空が歪んで宇宙海賊が芋を求めて襲来したんだが」
過酷だった猛暑の夏が嘘のように過ぎ去り、ユウト農園を囲む山々は赤や黄色の鮮やかな錦に染まっていた。高く澄み切った秋の空には、うろこ雲が静かにたなびいている。
前回の騒動でユウト農園の「専属散水係」として雇われた伝説の龍神(現在はスイカの食べ過ぎと省エネモードにより、ゴールデンレトリバーほどのサイズに縮んでいる)が、毎日適度な「神聖なる慈雨」を降らせてくれたおかげで、今年の農園はかつてないほどの豊作に恵まれていた。
涼しい秋の風が吹き抜ける中、俺は首に巻いた今治タオルで額の汗を拭いながら、広大なサツマイモ畑の前に立っていた。
「よし! 秋といえば実りの秋! そして秋の味覚の王様といえば、やっぱりサツマイモだ! 今日は全員で芋掘りをして、特大の焼き芋大会を開催しよう!」
「「「おおおおおっ!!」」」
俺の掛け声に、魔王ルシフェード、最高神ゼウス、厄災女神のヤクちゃん、エルフの女王エルリア、そして元悪のCEOマッドシードといった面々が、軍手とスコップを装備して歓声を上げた。
今や多次元的な従業員を抱える大企業となったユウト農園だが、土に触れ、自らの手で収穫の喜びを味わうという農業の基本は絶対に忘れてはいけない。
「フハハハッ! この魔界の覇者たる我の力、とくと見よ! 闇の波動をスコップに纏わせ、一網打尽にしてくれるわ!」
ルシフェードが意気揚々とサツマイモのツルを掴み、勢いよく引っ張った。
ズギュゥゥゥゥンッ!!
その瞬間、ルシフェードが引っ張ったツルを中心に、空間がぐにゃりと歪んだ。
「な、なんだッ!?」
ルシフェードが驚いて手を離すと、土の中から姿を現したのは、赤紫色をした立派なサツマイモ……なのだが、そのサツマイモの周囲だけ、まるで蜃気楼のように景色が揺らぎ、時折、プツップツッと空間に黒い亀裂が走っている。
「……おいおい、なんだこのイモは? 周りの空気がモザイクみたいにバグってないか?」
俺が近づいてイモを観察すると、エルフの女王エルリアさんが青ざめた顔で駆け寄ってきた。
「そ、創造主様……! このサツマイモ、ただの野菜ではありませんわ! 龍神様の神聖な雨と、創造主様の『限界突破オーラ』を土の奥深くまで吸収した結果、自らの質量を極限まで圧縮し、時空の歪みすらも栄養として取り込む『特異点』へと進化しています!」
「特異点?」
「はい! 名付けるならば【時空サツマイモ】。このイモの内部には、ブラックホールにも匹敵する超重力の甘味が凝縮されております!」
「へえ、すごいな。つまり、めっちゃ甘くて美味しいってことでしょ?」
俺はニッコリと笑って、その時空サツマイモを無造作にカゴに放り込んだ。
「お、重いっ……! カゴが、カゴが次元の重みに耐えきれず沈んでいく……!」
ルシフェードが悲鳴を上げながらカゴを支えているが、俺にはいつものズッシリとした秋の収穫の重みにしか感じられなかった。
「よしよし、いい出来だ。それじゃあ、さっそくこいつを焼くための落ち葉を集めよう!」
焼き芋の美味しさは、火加減と燃料で決まると言っても過言ではない。俺の号令で従業員たちは農園中に散らばり、最高の落ち葉を集め始めた。
神獣のポチ(真・天界神狼)とブルー(深淵の海皇龍)が裏山から集めてきたのは、なぜか黄金のオーラを放つ『世界樹の枯れ葉』。
テラノス率いる地下帝国の魔物たちが持ってきたのは、魔界の火山地帯でしか採れない『地獄の業火の消し炭』。
それらを畑のど真ん中にうず高く積み上げ、準備は完了した。
「社長! お待ちください、危険です!!」
いざ火を点けようとしたその時、宇宙人アルカがタブレットを片手に血相を変えて飛んできた。
「どうしたの? 焼き芋ならアルカ君の分もあるよ」
「そうではありません! この時空サツマイモの成分データを解析したのですが、これを直火で焼いた場合、内部で極限まで圧縮された糖分が熱反応を起こし、香りの分子が次元の壁を突き破って、マルチバース全域に拡散してしまうというシミュレーション結果が出ました!」
「次元の壁?」
「はい! このイモから放たれる美味しすぎる香りは、もはや兵器レベルです! 宇宙の果ての凶悪な存在にまで、この農園の場所を知らせてしまうことになります!」
アルカが必死に警告するが、俺は笑ってその肩を叩いた。
「まあまあ、そんなに心配することないよ。田舎じゃあ、秋に焼き芋の匂いが近所に漂うのは風物詩みたいなもんだから。もし匂いにつられて近所の人が来たら、お裾分けしてやればいいんじゃない?」
「き、近所の人(宇宙規模)の話をしているのでは……!」
俺はアルカの言葉を半分聞き流し、マッチを擦って世界樹の枯れ葉に火を落とした。ボワァッと神聖な光を伴った炎が上がり、積み上げられた落ち葉が燃え始める。その中に、綺麗に洗ってアルミホイルで包んだ時空サツマイモを次々と投入していった。
パチパチという心地よい音と共に、煙が立ち上る。やがて、数十分が経過した頃だった。
ポワァァァァァン……。
炎の中から、信じられないほど甘く、芳醇で、それでいてどこか郷愁を誘うような、言葉では表現できない極上の香りが漂い始めた。その香りは、煙ではなく、キラキラと輝くオーロラのような光の帯となって天へと昇っていく。
「あ、ああ……なんという良い匂いじゃ……」
最高神ゼウスが、香りを嗅いだ瞬間に白目を剥き、よだれを垂らしながら天を仰いだ。
「母なる宇宙の温もり……我々神々が誕生した、原初の光の匂いがする……」
「ダメですお爺ちゃん! 焼き芋の匂いで涅槃に行なかいで!」
ヤクちゃんが慌ててゼウスの体を揺さぶる。
「むむむ……こ、これは……あの夏のスイカにも匹敵する、いや、それ以上の食欲をそそる匂いじゃ!」
縁側で寝ていた龍神も、目を血走らせて火の周りに飛んできた。
俺は厚手の軍手をはめ、焼け頃になったサツマイモを一つ取り出した。アルミホイルを剥がし、真ん中からパカッと二つに割る。
パキィィィンッ!!
イモが割れた瞬間、まるで宝石箱を開けたかのような黄金色の光が溢れ出した。ホクホクとした濃い黄色の断面からは、透明な蜜がプラズマのようにバチバチと音を立てながら滴り落ちている。
「よし、完璧な焼き加減だ。みんな、火傷しないように食べて──」
俺がそう言いかけたまさにその時だった。
ピキッ、ピキピキピキッ……!!
空の彼方から、ガラスにヒビが入るような不気味な音が響き渡った。見上げると、青空に巨大な黒い亀裂が走り、それが蜘蛛の巣のように広がっていく。
パリンッ!!
という轟音と共に、空が割れた。その割れ目の奥から現れたのは、直径が数キロメートルはあろうかという、禍々しい装甲に覆われた超巨大な宇宙戦艦だった。戦艦の底面から放たれる青白い推進光が、ユウト農園全体をすっぽりと影で覆い尽くす。
「な、なんだアレは!?」
ルシフェードが魔剣を引き抜き、臨戦態勢をとる。
「しゃ、社長! 私の言った通りになってしまいました!」
アルカがタブレットを見て絶叫した。
「あれは、銀河連邦の指名手配度SSSクラス! 星々を略奪し、破壊の限りを尽くす最悪の犯罪シンジケート『宇宙海賊団・ブラッドノヴァ』の母艦です!」
「宇宙海賊? なんでそんな物騒な連中がうちの畑に?」
「ですから、この焼き芋の匂いが次元を超えて彼らのセンサーに引っかかったんです!」
戦艦の下部が開き、そこから転送光線と共に数十人の異星人たちが畑の前に降り立った。彼らは皆、トゲトゲの肩当てやレーザー銃を装備し、野盗のような凶悪な顔つきをしている。
その中心に立つのは、身長三メートルを超えるサイボーグのような巨漢だった。彼の顔の半分は機械化され、右腕には巨大なプラズマキャノンが装着されている。
「ギャハハハハッ! 見つけたぜ、見つけたぜぇ! この辺境の第三惑星から、規格外の高次元エネルギー反応と、俺たちの脳髄を狂わせるほどの甘い匂いがプンプンしやがる!」
男は、右腕のキャノン砲を俺たちに向けながら、凶悪な笑みを浮かべた。
「我が名は宇宙海賊ブラッドノヴァの船長、ギルバート・ザ・クラッシャー! 懸賞金100億(宇宙クレジット)の賞金首だ! さあ地球人ども、貴様らが隠し持っている『超次元甘味鉱石』を全て俺たちに引き渡せ! さもなくば、この星ごと木端微塵に吹き飛ばしてくれるわ!」
海賊たちが一斉に武器を構え、チャージ音が農園に響き渡る。ゼウスたちも神力を解放し、一触即発の空気が流れた。
しかし、俺は手にした熱々の焼き芋を見つめ、それから空を覆う戦艦を見上げて深くため息をついた。
「悪いんだけど、ちょっとそこ退いてくれないかな」
俺は、片手にトングを持ち、片手に焼き芋を持ったまま、ギルバート船長の前にズンズンと歩み出た。
「あぁん? なんだテメェは。命知らずな農夫がこの俺様に命令──」
「あんたらが乗ってきたそのデカい船のエンジンの風で、せっかく集めた落ち葉の灰が舞い上がってるだろうがあぁ!」
俺はギルバートを指差し、本気で説教モードに入った。
「せっかくの焼き芋に砂や灰がかかったら、味が台無しになるんだよ! 爆撃だの略奪だの物騒なこと言う前に、まずはマナーってもんがあるだろ!」
「は……? はぁぁぁっ!?」
ギルバートは一瞬ポカンとした後、怒りで顔を真っ赤にした。
「この虫ケラがぁぁ! 俺を誰だと──死ねェェェッ!!」
ギルバートが、右腕のプラズマキャノンを俺の顔面に向けて発射した。極太の破壊光線が空気を焼き焦がしながら迫り来る。
「危ないッ、創造主様!!」
エルリアさんが叫ぶ。
だが、俺は無意識に、右手に持っていた「ただのバーベキュー用トング」をヒュンッと振るった。
カァァンッ!!
小気味よい金属音と共に、俺のトングはプラズマ光線をいとも容易く野球のノックのように弾き返し、光線は遥か上空の海賊船のアンテナをへし折って宇宙の彼方へ消えていった。
「…………へっ??」
ギルバートと海賊たちが全員固まった。
「ば、馬鹿な……俺の最大火力のプラズマ砲を……ただのトングで?」
「まったく、腹が減ってイライラしてるんでしょ? 遠いところからわざわざご苦労様。ほら、一本あげるから、とりあえずこれ食べて落ち着こうよ」
俺は、左手に持っていた最高に美味そうな時空サツマイモのを、唖然としているギルバートの顔に向けて、ふんわりと放り投げた。
「わぷっ!」
ギルバートは反射的にそれを両手で受け取った。
「あ、熱っ!? なんだこの熱い石は……いや、違う、この匂い……!」
海賊たちの鼻腔を、先ほどから彼らを狂わせていた暴力的なまでの甘い香りが直撃した。ギルバートは、まるで何かに操られるかのように、その黄金色に輝くサツマイモにゆっくりと口を近づけ、ガブリと噛み付いた。
「あぐっ……モグ……」
ギルバートの顎が動き、その表情がピタリと止まる。
数秒の静寂──秋の風がカサッと枯れ葉を揺らした。
「……ぁ……」
ギルバートの機械化されていない左目から、ポロリと大粒の涙がこぼれ落ちた。
「お、おい頭領! どうしたんだよ!?」
部下たちが慌てて駆け寄るが、ギルバートはサツマイモを両手で大切に抱え込んだまま、その場にガクンと膝をついた。
「ああ……ああぁぁぁぁ……っ!!」
ギルバートの脳内に、時空を超えた圧倒的なビジョンが流れ込んでいた。それは、銀河の彼方にある彼の故郷の星。幼い頃、貧しいながらも優しかった母親が作ってくれた温かいスープの記憶。何百万光年もの旅の果てに見失っていた「愛と安らぎ」が、この一口の焼き芋の中に大宇宙の真理として詰め込まれていたのだ。
ホクホクとした食感が心を解きほぐし、脳髄を痺れさせるほどの甘味が、長年の略奪で荒みきった彼の魂を聖水のように浄化していく。
「お、俺は……俺たちは……本当は、こんな温かいものを腹いっぱい食べて、平和に暮らしたかっただけなんだぁぁぁぁっ!!」
ギルバートは、大の大人が声を上げてワンワンと泣き始めた。
「頭領……!」
部下たちも、ギルバートが落としたサツマイモの欠片を口にし、次々とその場に崩れ落ちて号泣し始めた。
「美味い……! 美味すぎる……!」
「俺たち、今まで何のために略奪なんてバカな真似をしてたんだ……!」
「母ちゃぁぁぁん!!」
凶悪な宇宙海賊団が、たった一本のサツマイモによって、あっという間に改心(というか完全に戦意喪失)してしまったのだ。
「社長……」
アルカが、タブレットを持ったままポカンと口を開けていた。
「懸賞金100億の極悪海賊団が、焼き芋一つで浄化されました……」
「まあ、美味いもん食えばみんな笑顔になるってことさ」
俺は満足げに頷き、残りのサツマイモをひっくり返した。
涙を拭いながら立ち上がったギルバートが、俺の前に深く頭を下げた。
「ユウト……社長。俺たちは間違っていた。この星のイモは武力で奪うものではない。宇宙の宝として、皆で分かち合うべきものだ!」
彼は真剣な眼差しで俺を見つめた。
「頼む! 俺たちを、この農園の『宇宙輸送部門』として雇ってくれないか!? この美味すぎるイモを、腹を空かせた全宇宙の子供たちに届けさせてくれ!!」
背後の海賊たちも、一斉に土下座をして「お願いします!!」と叫んだ。
俺は少し考えた。
「うーん……まあ、最近農園の収穫量が多すぎて軽トラじゃ運びきれなくなってたところだし、あのデカい船がトラック代わりに使えるなら、助かるっちゃ助かるかな」
「本当ですか!?」
「うん。ただし、つまみ食いは禁止だよ。給料は焼き芋の現物支給でどう?」
「最高です!! 一生ついていきます、社長!!」
かくして、銀河を震撼させていた最悪の宇宙海賊団『ブラッドノヴァ』は、ユウト農園の運送業者(下請け)として再就職を果たしたのだった。
「ほら、みんなも冷めないうちに食べよう!」
俺の合図で、ルシフェードもゼウスも、龍神も、そして新入社員の宇宙海賊たちも、みんなで焚き火を囲んで焼き芋を頬張り始めた。
「はふっ、はふっ! アッチィが、これは絶品だぜ!」
「おお、この甘味、まさに神の恩寵……!」
澄み切った秋空の下、時空を歪ませる極上の香りと、みんなの笑顔が広がる。色々と規格外な出来事は起こるが、やっぱり秋の農作業とその後の焼き芋は最高だ。
「よし、この調子で、冬の野菜の準備も頑張るか!」
俺は黄金色のサツマイモを口に運びながら、平和で騒がしいユウト農園の日常を噛み締めるのだった。




