第34話「水不足になったので雨乞いしたら、伝説の龍神様がスイカに釣られて専属の散水係になっちゃったんだが」
地下帝国を丸ごと天然の冷蔵庫としてリノベーションし、夏の快適な貯蔵スペースと新たな魔物従業員たちを手に入れたユウト農園。
しかし、地上では季節が本格的な真夏へと突入し、かつてないほどの過酷な猛暑が猛威を振るっていた。
「あ、あぢぃぃぃ……。と、溶ける……魔王の俺が太陽の光でスライムみたいにドロドロに溶けるぅぅ……」
「ぜ、ゼウスお爺ちゃん、しっかりして! 神様が熱中症で倒れたらシャレにならないわよ!」
強烈な日差しが降り注ぐ中、麦わら帽子を被った魔王ルシフェードと最高神ゼウスが、畑の脇に張られたテントの下でぐったりと倒れ込んでいた。厄災女神のヤクちゃんが、必死にうちわで二人を扇いでいる。
「アポロン殿! 少し日照時間を減らしてください! いくら光合成のためとはいえ、これでは我々の体が持ちません!」
「む、無理じゃルシフェード殿……! わしはとっくに太陽の馬車を日陰に避難させておる。これはわしの力ではなく、地球そのものの異常気象……強烈なエルニーニョ現象とやらじゃ!」
太陽神アポロンでさえ、氷袋を頭に乗せてゼェゼェと肩で息をしている。連日、気温は40度を優に超え、雨は一ヶ月以上も一滴も降っていない。
俺は、首に巻いた今治タオルで滝のように流れる汗を拭いながら、乾ききった大地のヒビ割れを険しい顔で見つめていた。
「創造主様、申し訳ありません……。私の魔力で地下から水を引き上げているのですが、農園が広大すぎて、全ての畑を潤すには限界が……」
エルフの女王・エルリアさんが、申し訳なさそうにうつむく。
「いや、エルリアさんが謝ることじゃないよ。海神のレヴィだって限界ギリギリまで頑張ってくれてるんだ」
俺が視線を向けると、農園の中央を流れる用水路で、海神レヴィがフラフラになりながら巨大な水流を操作し、スプリンクラーのように畑へ水を撒いていた。だが、撒いた端から水はジリジリと蒸発し、作物の葉っぱは少しずつ元気を失い、だらんと垂れ下がってしまっている。
「ユウト社長、まずいです……このままでは、我がGBG社の技術で品種改良した『完全無欠トマト』でさえ、水分不足で糖度が結晶化し、ただの赤い石ころになってしまいます!」
「セレス星の植物ネットワークでも、野菜たちの『喉が渇いたぁぁ!』という悲鳴が絶え間なく響いています! みんな限界です!」
元悪のCEOマッドシードと、宇宙人アルカがパニック状態でタブレットを叩いている。
このままでは、宇宙一の農業特区であるユウト農園が、ただの砂漠になってしまう。
[待機 450万人突破!]
[ユウト農園、かつてない大ピンチ!]
[雨降らなすぎだろ……今年の夏は異常すぎる]
[レヴィちゃんが干からびちゃう! 誰か水を!]
[神様も魔王も自然の猛威には勝てないのか……]
ドローンの生配信カメラも、乾いた畑とバテた従業員たちを映し出し、コメント欄は心配の声で溢れかえっていた。
「……ワフゥッ! ワフワフッ!!」
「キュルルッ! キュィィィン!!」
その時、裏山の奥深くから、神獣のポチ(真・天界神狼)とブルー(深淵の海皇龍)の激しい鳴き声が響き渡った。
「ん? ポチとブルー、どうしたんだ?」
俺たちが急いで裏山の獣道を登っていくと、木々が開けたひらけた場所に、鬱蒼とした苔とツタに覆われた古い石造りの祭壇があった。
ポチとブルーは、その祭壇の前でしっぽを振りながら、「ここ掘れワンワン」と言わんばかりに前足で石畳を叩いている。
「こ、これは……!」
エルリアさんが目を見開いた。
「古い大地の魔力が宿っています。おそらく、数千年前の古代人が神に祈りを捧げていた『雨乞いの祭壇』ですわ!」
「雨乞いの祭壇……」
俺は祭壇に近づき、そこに刻まれたかすれた文字を指でなぞった。
「なるほど。ここに極上の供え物を捧げれば、天の恵みをもたらす水神様が降りてくるってわけか」
「しかしユウト社長、ただの迷信では? 科学的な根拠が……」
マッドシードが口を挟むが、ヤクちゃんが首を振った。
「いえ、天界のデータベースにも記録があります! この山には昔から、気象を操る『伝説の龍神様』が眠っているって言われてたんです。でも、もう何百年も供え物がないから、すっかりふて寝しちゃってるみたいで……」
「ふて寝してるなんて、甘えん坊さんだなぁ」
俺はくすりと笑い、腰のトランシーバーを手に取った。
「こちらユウト。テラノス貯蔵庫長、聞こえますか?」
「ハッ! こちら第一地下貯蔵庫長、テラノスであります! 庫内の温度は現在マイナス二度、極上の冷え具合です!」
「よし。奥の氷温室でキンキンに冷やしておいたアレを、大至急こっちに転送してくれる?」
「了解いたしました! 暗黒空間転送!!」
直後、祭壇の上の空間が歪み、ドスッという重い音と共に「それ」が姿を現した。
「おおおっ……! これは!」
ゼウスたちがどよめく。
祭壇の上に鎮座したのは、直径が1メートルはあろうかという、見事な縞模様を描く緑色の超巨大な球体。ユウト農園の持てる全技術と、俺の『限界突破オーラ』、そして地下帝国の絶対零度で極限まで甘みを凝縮させた夏の王様【限界突破・特大スイカ(氷温熟成版)】である。
表面には薄っすらと白い霜が降り、そこから放たれる圧倒的な「涼」と「甘い香り」が、周囲の熱気を一瞬で吹き飛ばした。
「よし! 龍神様、聞こえる? とっても美味しいスイカがあるんだけど、ちょっと味見してみない?」
俺がスイカの表面をポンッ、と叩いた瞬間だった。
ゴロゴロゴロゴロォォォォンッ!!!
突如として、抜けるような青空が墨を流したような漆黒の雨雲に覆い尽くされた。
猛烈な風が吹き荒れ、木々が大きく揺れる。バチバチッと紫色の稲妻が天を裂き、その雲の渦の中心から、途方もなく巨大な影がうねりを上げて降臨してきたのだ。
「な、なんという巨大な質量……! 空の半分が隠れているぞ!」
マッドシードが腰を抜かす。
現れたのは、エメラルドグリーンの鱗を持ち、鹿のような角とナマズのような長い髭を生やした、東洋の伝承に語られる完璧な姿の龍だった。その全長は数百メートルにも及び、一つ一つの鱗が雷光を反射して神々しく輝いている。
「我を……我の眠りを妨げる者は、何奴じゃぁぁぁぁっ!!」
龍神が咆哮すると、ビリビリと大気が震え、立っているのもやっとのほどの重圧が押し寄せてきた。最高神ゼウスですら、「ぐぬぬっ、これほどの神威を放つ自然神が、まだ日本に眠っておったとは……!」と顔をしかめている。
「我は九天を統べる水と雷の支配者! 供え物もせず、祈りも忘れ去られたこの地に我を呼び出すなど万死に値する! 貴様ら、ただで済むとは──ん?」
怒り狂っていた龍神の巨大な眼球が、ピタリと動きを止めた。
その視線の先にあるのは、祭壇の上で霜を吹き出しながらキンキンに冷えている【限界突破・特大スイカ】である。
「……なんじゃ、この……芳醇な甘い香りと冷気は……?」
龍神の鼻がヒクヒクと動き、口の端から滝のようなヨダレがジュルリと垂れた。ポチャァンと落ちた一滴のヨダレだけで、地面に小さな池ができてしまう。
「龍神さんへのお供え物だよ。ずっと寝てて喉乾いてない? とっても美味しいから食べてみてよ」
俺がスイカを指差すと、龍神は「フ、フン! 貴様ら人間の浅知恵で作った果物など、この龍神の舌を満足させられるはずが……」と文句を言いながらも、我慢できない様子で巨大な鼻先をスイカに近づけた。
パクリ──
スイカは、龍神の巨大な口の中に一口で吸い込まれた。
シャクッ。龍神が顎を動かしたその瞬間──
「ッッッ!?!?!?!?」
龍神の全身の鱗が、バチバチバチィッ!! と凄まじい光を放って逆立った。両目は見開かれ、巨大な瞳孔が信じられないほどの大きさに収縮している。
「な……な、な、なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
龍神の脳内に、宇宙誕生の映像がフラッシュバックした。
シャリッという完璧な歯ごたえと共に、口の中いっぱいに弾け飛ぶ、極限まで凝縮された果汁。雪解け水のように冷たく、そして蜂蜜の海を泳ぐような圧倒的な甘み。地下帝国の冷気が、スイカの糖度を極限の限界を超えて、神の領域へと昇華させていたのだ。
「あまいっ! 冷たいっ! そして、美味いぃぃぃぃぃぃぃっ!!」
龍神の目から、ナイアガラの滝のような大粒の涙が噴き出した。
「我は……我は三千年の間、このような美味なるものを知らずに生きてきたというのか! 天界の神酒など、この赤い果実に比べれば泥水と同義! おおぉぉぉ……細胞の隅々まで、甘露が染み渡るぅぅぅ……!」
空をのたうち回りながら感動の涙を流す龍神を見て、俺はくすりと笑った。
「どう? うちの農園のスイカ、美味しいでしょ?」
「う、美味い! 美味すぎるぞ人間! 頼む、もっとじゃ! もっとあの丸くて甘くて冷たいヤツを我に食わせろぉぉっ!」
龍神が巨大な頭を地面にこすりつけ、俺に向かって犬のようにしっぽを振って懇願してくる。威厳など欠片もない。ただの食いしん坊のデカいトカゲと化していた。
「スイカなら地下の冷蔵庫に山ほどあるから、いくらでも食べていいよ」
「ま、誠か!? おおっ、人間の分際で気前が良いではないか! 早速──」
「ただし──」
俺はスッと右手を上げ、龍神の言葉を遮った。
「うちの農園でちゃんと働いてくれるならね」
「は、働く……? 我が、か?」
「うん。見ての通り農園は水不足でカラカラだから、龍神さんの仕事は、毎日うちの畑に適切な量の雨を降らせること。つまり、『ユウト農園専属・散水係』なんだけどどうかな? スイカ食べ放題(まかない付き)の優良物件だよ」
龍神は数秒間、ぽかんとしていた。
かつては神として崇められ、生贄を要求していた自分が、まさか農家の下働きにスカウトされるとは夢にも思わなかったのだろう。
だが──
「……週休二日は取れるか?」
「天候次第だけど、シフトは柔軟に対応するよ。有給もあるしね」
「スイカ以外にも、美味いものはあるのか?」
「秋には栗、冬にはホクホクの焼き芋があるよ」
「契約成立じゃぁぁぁぁっ!!」
龍神は天に向かって喜びの咆哮を上げ、あっさりと専属の散水係として農園の労働契約(魂の縛り付き)にサインしたのだった。
[ちょwww 伝説の龍神がスイカで陥落したww]
[ユウト様、ついに天候すらも完全掌握]
[スイカ美味すぎワロタ、一生ついていくわ]
[農家の下働きになる神様多すぎだろこの農園]
「よし、商談成立だ。それじゃあ早速、初仕事をお願いしようかな。農園全体にたっぷりと恵みの雨を降らせてくれる?」
「承知した! 散水係・龍神、我が初仕事をとくと見よ!【恵みの慈雨】!!」
龍神が天高く舞い上がり、雲の中で雷光を放つと、待望の雨が降り始めた。それは、ただの雨ではなかった。龍神の強大な神力と、天界の澄み切ったマナが溶け込んだ、キラキラと輝く『神聖なる雨』だ。
ザーーーーーーッ……
乾ききっていたユウト農園の大地が、音を立ててその神聖な雨を吸い込んでいく。ぐったりと垂れ下がっていた野菜たちの葉が、みるみるうちにピンと張りを取り戻し、鮮やかな緑色へと復活していく。
「おおおっ……! 涼しい……! 命が吹き返していくわい!」
ゼウスやアポロンたちも、雨を全身に浴びて歓喜の声を上げている。
だが、異変はその直後に起こった。
「ゆ、ユウト社長! 野菜たちの様子がおかしいです!」
タブレットを見ていたアルカが、すっ飛んできた。
「龍神の雨に含まれる超高濃度の神聖エネルギーと、社長の『限界突破オーラ』、そしてデメテル殿の結界魔力が化学反応を起こし、野菜たちの遺伝子構造があり得ないスピードでアップデートを始めています!!」
「進化……って、野菜が?」
俺が畑を振り返った瞬間、信じられない光景が目に飛び込んできた。
「ポ、ポポポ……ポイーーーンッ!!」
なんと、畑に実っていた巨大なスイカたちが、自らツルを切り離し、ふわりふわりと宙に浮き上がり始めたのだ。宙に浮いたスイカたちは、自らの体を高速回転させ、まるで室外機のように周囲の空気を吸い込み、冷え切った冷風を農園中に吹き出し始めた。
「な、なんだこれ!? スイカが天然のクーラー(ドローン型)になったぞ!?」
さらに、横の用水路からは、バシャァァッ! と勢いよく水しぶきが上がった。
「キュウリです! 巨大なキュウリたちが、自ら用水路を魚のように泳ぎ回って、自分たちに最適な水温と水質を調整しています!」
ルシフェードが指差す先では、緑色のピカピカのキュウリたちが、まるでイルカの群れのように楽しそうに水面を跳ねている。
そしてトウモロコシ畑では、熟したトウモロコシたちが、ポンッ! ポンッ!と小気味よい音を立てて、自らの粒をポップコーンのように優しく弾き飛ばし、指定のカゴの中に寸分の狂いもなく自動で収穫を決めていた。
「すごい……! 限界突破オーガニック野菜が、天の恵みを得て『超常・自律型スマート野菜』へとアセンションを果たしましたわ!」
エルリアさんが、両手を組み合わせて神々しい光景に祈りを捧げている。
「いや、スマート農業の行き着く先がこれって、絶対に間違ってる気がするんだけど……」
俺は、頭の上でホバリングしながら冷風を送ってくれる『エアコン・スイカ』を見上げながら、思わずツッコミを入れた。
だが、結果オーライだ。
農園は干ばつの危機を脱し、それどころか、野菜たちは自ら快適な環境を作り出す「最強の個体」へと進化を遂げたのだから。
「ぷはぁーっ! 食った食った! ユウトよ、これで文句はなかろう!」
ふと足元を見ると、全長数百メートルあったはずの龍神が、大型犬くらいのミニドラゴン(浮遊型)のサイズに縮み、縁側で仰向けになってポンポンに膨れたお腹を叩いていた。その横には、綺麗に平らげられたスイカの皮が山積みになっている。
「あ、龍神様、スイカの種飛ばし大会やろー!」
「む! よかろうヤクモ! 我のブレスの力を見せてやるわ! ぷっ、ぷぷぷぷぷーっ!」
ヤクちゃんとミニ龍神が、縁側で並んでスイカの種をマシンガンのように空に向かって吹き飛ばして遊んでいる。
「……まぁ、涼しくなったし、……いっか」
俺は、冷風を送ってくれるスイカの下で冷たい麦茶を啜りながら、一段とカオス度を増した農園の景色を眺めて、深く息を吐いた。
かくして水不足の危機は去り、ユウト農園の夏は新たな従業員(ペット?)と共に、かつてないほど涼しく、そして騒がしく過ぎていくのだった。




