第32話「世界一の農家になったら天界から神様が視察に来たので、神様向けクラウドファンディングを立ち上げてみたんだが」
世界最大の農業フェスティバル『アース・フェスティバル』での圧倒的な優勝から数週間。我がユウト農園の日常は、更なるカオスと平和の融合へと進化を遂げていた。
「おおおっ……! 見てくれユウト君! 私が……この私が、一から土を耕し、己の足で水を汲み、農薬も機械も使わずに育てたキャベツが芽を出したぞぉぉぉっ!!」
かつて「効率と管理こそ全て」と豪語し、完全武装のサイボーグ野菜で世界を支配しようとしていた悪のバイオ企業元CEO、ドクター・マッドシード。彼は今、泥だらけの麦わら帽子にオーバーオールという完璧な農家スタイルで、小さな双葉を前に大粒の涙を流していた。
「良かったね、ドクター。やっぱり自分で汗を流して育てた命の輝きは、どんな科学データよりも美しいでしょ?」
俺が縁側から声をかけると、ドクターは顔をくしゃくしゃにして頷いた。
「ああ……! 命の温もり……土の匂い……私は今まで、なんて無機質な世界で生きていたんだ! ユウト君、いや、ユウト社長! 私はこの農園で骨を埋める覚悟だ!」
「ワフゥッ!」
「キュルルッ!」
すっかり農園に馴染んだ神獣のポチ(真・天界神狼)とブルー(深淵の海皇龍)が、ドクターの周りを嬉しそうに駆け回っている。元・暗黒魔王軍幹部のゼクサルとヴァルグも、「ハッハッハ! 泥まみれになるのも悪くないだろう、新入り!」と、ドクターの肩をバンバンと叩いて笑い合っていた。
宇宙からの農業研修生アルカが持ち込んだ『植物神経ネットワーク』と、ドクターの改心した『超生体技術』、そして俺の『限界突破オーラ』が組み合わさった結果、ユウト農園はもはや地球上の常識が一切通用しない「宇宙一の農業特区」と化していた。
だが、そんなのどかな春の昼下がり──
いつも俺の隣でスイカを齧っている厄災女神のヤクちゃんが、ふいに空を見上げてポツリと呟いた。
「あ、ユウト様。そろそろ来ますよ」
「ん? 誰が?」
「ほら、ユウト様が世界一の農家になったじゃないですか。そのお祝いで、天界の最高神様たちが直々に視察に行きたいって言ってて。今日あたり来るって連絡があったんです」
「……は?」
天界の最高神。それはつまり、この世界の万物を創り出した絶対的な存在であり、神話の頂点に君臨する者たちだ。いくらうちの農園が規格外とはいえ、ついに天界のトップまで首を突っ込んでくるのか……。
「えええ、そんな大事なこと早く言ってよ! お茶菓子くらいしか用意できないじゃん!」
「あ、大丈夫ですよ! そんな堅苦しい感じじゃないんで」
ヤクちゃんがのんきに笑った、その瞬間だった。
ゴゴゴゴゴゴゴゴォォォォォッ!!!
突如として、抜けるような青空が黄金色に染まり、天が真っ二つに割れた。
空中に現れたのは、白亜の大理石と黄金で彩られた、あまりにも神々しい巨大な天界の門。そこから、天使たちの吹き鳴らすファンファーレと共に、圧倒的な光の階段がユウト農園の畑へと伸びてきたのだ。
「な、なんだあの凄まじい神威は……! 魔王である私ですら、直視すれば目が潰れそうだ……っ!」
農園COOのルシフェードが、サングラスを取り出しながら呻く。
「ひぃっ! 創造主様、あれは天界を統べる『絶対神』たちの降臨ですわ!」
エルフの女王・エルリアさんが、畏れ多くて地面に平伏してしまう。
黄金の光に包まれながら、階段をゆっくりと下りてくる複数のシルエット。どれほど恐ろしい威厳を持った神々が現れるのか、俺もゴクリと唾を飲み込み、身構えた。
だが──
「……あ、あのぉ……。ここが、美味しいお野菜を育てているという、ユウト農園さんで……間違い、ないでしょうか……?」
光の中から姿を現したのは、ボロボロの布切れ一枚を身にまとい、頬は痩せこけ、肋骨が浮き出るほどガリガリに痩せ細った、ヒゲもじゃの哀れなお爺さんだった。その後ろに続く数名の神々(と思われる人々)も、一様に目が虚ろで、フラフラと千鳥足で歩いている。
「…………えっと」
俺は拍子抜けして、思わずヤクちゃんを見た。
「ヤクちゃん、このホーム〇スみたいなお爺ちゃんたちが、最高神?」
「ええっ!? うそっ、私が天界にいた頃は、もっとムキムキでピカピカで、威厳に満ち溢れてたのに! ゼウスお爺ちゃん、どうしちゃったの!?」
最高神ゼウス(仮)は、ヤクちゃんの顔を見ると、ボロボロと涙を流しながら畑の土に崩れ落ちた。
「おおお……ヤクモや、久しいな……。すまぬが、何か……何か食べるものを恵んではくれぬか……。もう三百年、霞と泥水しか口にしておらんのじゃ……」
「さ、三百年!? 何があったの天界に!?」
◆
縁側にゴザを敷き、熱いお茶と甘いお饅頭(※限界突破オーラで包んだ超霊薬)」を振る舞うと、神様たちは涙を流しながらそれにむしゃぶりついた。
「うおおおんっ! 美味い! 美味いぞぉぉ!」
「甘い……! 甘味が脳に直接響く……! 幻ではない、本物の食べ物だぁぁぁ!」
神様たちは、お茶をすすっては号泣し、お饅頭を舐めては号泣している。落ち着いたところで、最高神ゼウスが、ポツリポツリと天界の悲惨な現状を語り始めた。
「実はな、ユウト殿……。現在、天界は『超絶・財政破綻』の真っ只中にあるのじゃ」
「財政破綻? 神様なのに?」
俺が首を傾げると、ゼウスは深くため息をついた。
「神の力の源であり、天界の経済を回す通貨──それは、下界の人間たちからの『信仰心』と『お供え物』じゃ。だが、科学が発達した現代、人間たちは豊穣を祈ることもなくなり、お供え物も激減した。結果、天界には空前のハイパーインフレが押し寄せたのじゃ……!」
ゼウスの話によると、現在の天界では、リンゴ一つを買うのに「一億人の祈り」が必要だという。神々が食べる『ネクタル』や『アンブロシア』を生産する天界の工場も、コスト高騰と材料不足で軒並み倒産。神々は力を失い、その日の霞を食って生き延びるのがやっとの超貧困状態に陥ってしまったのだ。
「そんな時、天界のネットでバズっておった、ユウト殿の配信を見たのじゃ。『世界一の農家』『食べれば力がみなぎる限界突破野菜』。わしらは、プライドを捨てて食糧援助をお願いしに参ったのじゃ! 頼む、ユウト殿! 天界の神々を、飢餓から救ってくれ!」
ゼウスをはじめとする最高神たちが、一斉に俺に向かって土下座をした。
[待機 300万人突破!]
[最高神の土下座キタァァァァァァ!]
[天界、まさかのハイパーインフレで草]
[神様が食糧難とか世知辛すぎるだろww]
[ユウト様、ついに神様から施しを求められる存在に]
ドローン配信のコメント欄が爆速で流れる。
「……なるほど。事情は分かりました」
俺は腕を組み、真剣な顔で神様たちを見下ろした。
「でも、ただで野菜をあげることはできません」
「なっ……!?」
俺の言葉に、神様たちだけでなく、ヤクちゃんやルシフェードたちも驚きの声を上げた。
「ユウト様! 相手は神様ですよ!? バチが当たっちゃいますって!」
ヤクちゃんが慌てて俺の袖を引く。
「ヤクちゃん、これはバチが当たるとかそういう問題じゃないんだ。……俺は昔、ブラック企業で働いてた。そこで学んだのは『対価のない労働は、お互いをダメにする』ってことだ」
俺は、かつてサービス残業で心をすり減らした日々を思い出しながら、ゼウスに真っ直ぐな視線を向けた。
「俺がここで無料で食糧を恵んだら、みなさんはどうなります? きっとまた俺に頼るようになる。自分で立ち直る気力を失って、永遠に施しを待つだけの存在に成り下がってしまうんです。それは、神様として一番かっこ悪いことじゃないですか?」
俺の言葉に、ゼウスはハッとして顔を上げた。
「そ、それは……確かに、その通りじゃ……。だが、今のわしらには、買い取るための信仰心も財力もないのじゃ……」
「だから、頭を使うんですよ」
俺はニヤリと笑った。
「お金がないなら、みなさんが持ってる『唯一の価値』を提供すればいいんです。『クラウドファンディング』って知ってますか?」
◆
数時間後──
農園の片隅に設置された特設プレハブ小屋の中で、宇宙人アルカと元悪のCEOマッドシードが、凄まじい速度でキーボードを叩いていた。
「よしっ! 銀河連邦の超光速通信網と、天界のアカシックレコードをハッキング……いや、接続して、独自のプラットフォームを構築しました!」
アルカが汗を拭いながら叫ぶ。
「セキュリティも完璧だ! 天界の全神格端末に、専用アプリを一斉配信するぞ! ユウト社長、準備完了だ!」
マッドシードがエンターキーをッターン!と叩く。
「二人ともお疲れさん。よし、ゼウスさん、これが『天界クラウドファンディング・KAMI-FUND』です」
俺は、巨大なモニターに映し出されたプラットフォームの画面をゼウスたちに見せた。
「クラウド……ファンディング……?」
「そうです。仕組みは簡単。神様たちが『俺たちの農園にどんな恩恵を与えられるか』をプレゼンしてプロジェクトを立ち上げる。それを見て、俺が『この恩恵なら支援したい!』と思ったら、リターンに見合った分の【限界突破野菜】を投資《支援》する。つまり、『奇跡』と『野菜』の物々交換ですよ」
「おおおっ! なんと合理的なシステムじゃ!」
ゼウスの窪んだ目に、希望の光が宿った。
「これなら、神としての尊厳を保ったまま、己の力で食糧を勝ち取ることができる! ユウト殿、あんたは天才じゃ! まさに神!! ……いや、わしが神なんじゃが」
こうして、前代未聞の「神様による資金《野菜》調達」がスタートした。クラウドファンディングの概念を勘違いしているユウトのせいで、単なるパトロン制度になってしまっているのはさておき、早速モニターには、天界中から次々とプロジェクトが立ち上がり始めた。
【プロジェクト発起人:太陽神アポロン】
『太陽の馬車がエンストして動けません。最高級の「限界突破・太陽トマト」を100個支援してください!』
★リターン:ユウト農園の天候・完全指定権(1年間有効)⇒「雨雲を吹き飛ばし、常に最適な日照時間をお約束します!」
「おっ、これめっちゃいいな。日照時間を管理できるのは農業にとってデカいよ。よし、支援と。ルシフェードさん、転送お願い!」
「はっ! 魔王の次元配送!」
ルシフェードが指を鳴らすと、農園の倉庫から100個の真っ赤なトマトが光に包まれて消え、天界へと直接転送された。
【プロジェクト発起人:豊穣の女神デメテル】
『ダイエットに失敗し、神力が枯渇しました。「超・霊薬ダイエットきゅうり」を300本ください!』
リターン:ユウト農園専用・絶対防虫結界 ⇒「宇宙レベルの害虫(スペース・ローカスト等)も一切寄せ付けない聖なる結界を張ります!」
「これも実用的だな。支援!」
【プロジェクト発起人:鍛冶の神ヘファイストス】
『腹が減ってハンマーが振れません。炭水化物を……「限界突破・黄金米」を1トンください!』
リターン:農具の神格化 ⇒「ユウト農園のトラクターやクワを、オリハルコン製の『絶対に壊れない神話級農具』にアップグレードします!」
「お、トラクターの刃がちょうど欠けてたんだよな。支援!」
俺が次々とプロジェクトに支援していくと、天界のアプリ画面には『SUCCESS』の文字が花火のように打ち上がり続けた。
◆
「……おおおっ……! 満ちる……満ちていくぞぉぉぉっ!!」
俺が支援した野菜を食べた神々が、目の前で劇的な変化を遂げていた。ガリガリだったゼウスは、「限界突破・聖なる大根」を丸かじりした瞬間、全身から凄まじい雷光を放ち始めた。ボロボロだった肌は瑞々しい黄金色に輝き、枯れ枝のようだった腕には、はち切れんばかりの極太の筋肉(大胸筋)が復活したのだ。
「フゥーハハハハハッ!! 力が、神の力が湧き上がってくるわい! この大根、天界のアンブロシアの百倍は美味く、そして精力がつくぞぉぉぉっ!」
最高神ゼウス、完全復活である。
[ヤバいヤバいww]
[ゼウスお爺ちゃんが、一瞬でボディビルダーになっちゃったよ!]
[限界突破野菜の栄養価、神様すら超越してて草]
[もうユウト様が神様でいいんじゃないかな]
だが、問題はここからだった。
『ピーーーーーッ!! 警告! 警告!』
突然、KAMI-FUNDのサーバーから異常を知らせるアラームが鳴り響いた。
「ど、どうしたのドクター!?」
「ユウト社長、まずいです! 野菜を食べた神々が『美味すぎる!』と天界ネットで拡散した結果、数千万柱の神々が一斉にアクセスし、サーバーが! パンクしました……」
その直後だった。
ゴゴゴゴゴゴゴォォォォォンッ!!!
天界の門が再び大きく開き、そこから「腹を空かせた神々」が、まるでバーゲンセールの主婦のように、あるいはゾンビの群れのように、雪崩を打ってユウト農園へと降臨してきたのだ。
「うおおおっ! わしにもトマトを食わせろぉぉっ!!」
「ずるいぞゼウス! わらわにもキュウリを寄越せ!」
「どけいっ! わしは戦神アレスじゃ! 肉厚のナスビを出さんかァァァッ!!」
空腹で理性を失った数万の神々が、農園の畑へと直接ダイブしてこようとする。このままでは、せっかく育てた作物がめちゃくちゃに踏み荒らされてしまう。
「ちぃっ! 創造主様の畑を荒らす暴徒どもめ……神だろうが容赦せんぞ!」
ゼクサルとヴァルグが大剣を抜こうとし、レヴィ(海神)も巨大な水流を巻き起こそうとする。
「待ってみんな! 手を出さなくていいから」
俺は、首に巻いた今治タオルをキュッと結び直し、縁側からゆっくりと立ち上がった。そして、暴走する数万の神々に向かって、右手をスッと突き出した。
「ここは俺の畑だ。順番を守れ!」
ドゴォォォォォォォォォォンッ!!!!!
俺の全身から放たれた、純度100%の『限界突破オーラ(※農家の絶対的威厳)』。それは一切の殺意を持たない、ただ「秩序を守れ」という強烈な意思のみを込めた波動だった。
しかし、そのオーラの密度と重圧は、神々の放つ神威を遥かに凌駕し、宇宙の法則すらも強制的に書き換えるレベルに達していた。
「「「「…………っ!?!?!?」」」」
空から降ってきていた数万の神々が、俺のオーラに触れた瞬間、まるで時間が止まったかのように空中でピタリと静止し、次の瞬間、全員がスッ……と恐ろしいほど綺麗に整列し、畑の前に一列の長蛇の列を作り上げたのだ。
「あ、あわわわ……っ。な、なんという重圧……。足が、勝手に前にならえをしておる……っ!」
「こ、この人間の男……ただ者ではない! 全宇宙の創造主よりも恐ろしいオーラを放っておるぞ!」
神様たちは、ガクガクと震えながら、まるで給食を待つ小学生のように大人しく並び始めた。
「これでよし!」
俺は満足そうに頷き、ルシフェードたちに指示を出した。
「みんな、緊急炊き出しだ! 倉庫にある野菜を全部出して、神様たちに『限界突破・豚汁』と『極上おにぎり』を振る舞ってあげて! もちろん、食べた分は後でキッチリ『天界からの恩恵』として労働で返してもらうから!」
「「「ハッ! 承知いたしました、ユウト社長!!」」」
かくして、ユウト農園の広大な敷地を使い、前代未聞の『数万人の神様向け・大炊き出し大会』が開催された。
大鍋で作られた野菜たっぷりの豚汁をすすり、黄金に輝くおにぎりを頬張った神々は、次々と本来の神々しい姿を取り戻し、あまりの美味さに畑の中心で感謝の舞を踊り始めた。
「ユウト殿……! なんと礼を言えばよいか……!!」
ムキムキになったゼウスが、涙ながらに俺の手を固く握りしめた。
「気にしないでいいですよ。その代わり、明日からうちの農園の『草むしり』と『水やり』に、神様たちをシフト制で派遣してくださいね。時給は野菜の現物支給、労働基準法はキチンと守るから安心してください」
「おおっ! 喜んで働かせていただくぞ! 天界の誇りにかけて、最高の草むしりを提供しよう!」
ゼウスは満面の笑みでサムズアップを決めた。
こうして天界の財政危機は、ユウト農園の野菜を基準とする新通貨制度『ベジタブル・スタンダード』の導入によって見事に解決された。
神々は力を取り戻し、俺たちの農園には「神々の恩恵」が恒久的に付与され、作物の成長速度と美味さはもはや宇宙の真理へと到達したのである。
「いやぁ、今日もいい仕事したな」
夕焼け空の下──俺は、神様たちが一生懸命に草むしりをして帰っていく後ろ姿を見送りながら、熱いお茶を啜り、スローライフの尊さを噛み締めるのだった。




