第27話「古いコタツの熱源に炎魔神のコアを使ったら、世界を裏で操る悪の賢者が堕落してみかん農家を志し始めたんだが」
新年を迎えて数日が過ぎた頃、日本列島は数十年に一度と呼ばれる記録的な大寒波に見舞われていた。
見渡す限りの山々も、広大な畑も、町全体が分厚い雪と氷に閉ざされ、外の気温はマイナス十度を軽く下回っている。吹き荒れる吹雪は視界を白く染め上げ、外に出ることすら命がけという過酷な状況だった。
「うー、さむさむ。さすがに今年の冬は冷え込みが厳しいな」
俺は実家の土間から母屋へと駆け込みながらブルッと身を震わせた。
いくら俺が『限界突破オーラ』と『神話級の今治タオル(ネックウォーマー)』を装備しているとはいえ、やっぱり寒いものは寒い。
「創造主様、お帰りなさいませ! すぐに温かいお茶をお淹れしますわ!」
割烹着姿のエルフの女王・エルリアさんが、台所からパタパタと駆け寄ってくる。
「ありがとう、エルリアさん。でも、ストーブだけじゃ足元がどうも冷えるんだよね。こういう時は、やっぱりアレを出すしかないか」
「アレ、でございますか?」
俺はうなずき、物置の奥から大きな段ボール箱を引っ張り出してきた。
「じゃじゃーん! 俺が昔、一人暮らしをしてた頃から愛用してる『コタツ』だよ! やっぱり日本の冬はこれがないと始まらないからね!」
家電量販店で買った、ごく普通の安いコタツ。実家に帰ってきてからは使っていなかったが、今のこの異常な寒波を乗り切るには最適のアイテムだ。俺は早速、居間の中心にコタツ布団を広げ、天板をセットした。
「ハッ! 創造主様、それが古より伝わる日本の魔導防寒具『コ・タツ』ですな! このゼクサル、直ちに魔力回路を接続いたします!」
「オレも手伝いまさァ! どんな極寒の呪いも、これで跳ね返せるんですね!」
すっかり農奴として馴染んだ魔王軍第一軍団長のゼクサルと、第二軍団長のヴァルグが、目を輝かせながらコタツの周りに集まってくる。
お正月早々に雇った厄災女神のヤクちゃん(巫女服姿)も、「おこた! おこたですか!」と嬉しそうに尻尾(無いけど)を振っていた。
「よーし、コンセントを挿して……あれ?」
カチッ、カチッとスイッチを入れても、一向にヒーターが赤くならない。どうやら長年放置していたせいで、中の電熱線が断線してしまっているようだ。
「うわぁ、壊れてる……。これじゃただの机に布団を被せただけだぞ」
「そ、そんな! 創造主様の神器が破損していると!? このゼクサルの暗黒闘気で発熱させましょうか!?」
「いやいや、ゼクサル君の魔力だと布団ごと燃えちゃうからダメだ。うーん……あっ、そうだ! いいモノがあった!」
俺はポンッと手を叩き、自分の部屋から『ある物』を持ってきた。
それは、ソフトボールほどの大きさで、内側からマグマのようにドクドクと赤い光や熱を放つ、不気味な鉱石だった。
「このあいだ裏山を散歩してた時に、土の中から掘り出した『光る石』だよ。触るとホッカイロみたいにポカポカして暖かいから、これをコタツのヒーターの代わりにくくりつければ完璧じゃない?」
俺がそう言って石を取り出した瞬間、エルリア、ゼクサル、ヴァルグ、ヤクちゃんの四人は、顔面を土気色にして後ずさった。
「そ、創造主様……! そ、その石が放つ気配……まさか、神話の時代に世界を火の海に変えようとして地中深くに封印されたという、『煉獄の炎魔神』のコアではありませんか……!?」
「ひぃぃぃっ! 間違いねェ! オレたち魔王軍ですら手を出せなかった、触れただけで魂まで焼き尽くされる絶対禁忌の魔力結晶だァァァッ!」
「あわわわ……っ! 厄災の私から見ても、それドン引きするレベルのヤバい代物ですぅ!?」
【おいおいおいおい!!!】
【ただの石じゃない! ギルドの観測機が振り切れて爆発したぞ!!】
【煉獄の炎魔神のコア!? なんでそんな世界を滅ぼす爆弾が裏山に埋まってんだよ!】
【それをコタツの熱源にする気か!? 家ごと地球が蒸発するぞ!!】
【ユウト様、お願いだからやめて! 新年早々、世界が終わる!!】
いつの間にか起動していた生配信のコメント欄が、絶望の叫びで埋め尽くされる。だが、俺の耳には彼らの声は届いていなかった。
「よし、針金でしっかり固定して……と。これで完成だ! 究極のエコ・コタツ!」
俺は『限界突破オーラ』を指先に込め、世界を滅ぼすはずの炎魔神のコアを、何の変哲もない針金でコタツの裏側にぐるぐると巻き付けて固定した。俺のオーラによって、コアが放つ【世界を焼き尽くす絶対的熱量】は、極めて安全かつ快適な【ぽかぽか中温モード】へと強制的に書き換えられてしまったのである。
「さあみんな、入ってみて! めちゃくちゃ暖かいよ!」
俺がコタツ布団をめくって促すと、四人は恐る恐る、ガタガタと震えながらコタツの中に足を入れた。
そして──
「「「「…………あ…………っ」」」」
四人の表情から、一瞬にしてすべてが抜け落ちた。
「な……なんという、慈愛に満ちた温もり……。我が内なる暗黒の闘争心が……雪のように溶けていく……。もう、世界征服とか……雪かきとか、どうでもよくなってきましたぞ……」
「ダメだ……。この極上の暖かさ……オレの暗殺者としての本能が……永遠の眠りにつこうとしてやがる……。もう、一生ここから出たくねェ……」
「ふぇぇ……神社の掃き掃除、明日にしてもいいですかぁ……? おこた、最高ですぅ……」
「創造主様……私、もうエルフの森には帰りません……。ここで、一生みかんを剥いて生きていきます……」
【ファッ!?!?!?】
【魔王軍幹部と厄災女神とエルフの女王が、一瞬で廃人になったぞ!?】
【炎魔神のコア(絶対的熱量)×ユウト様のオーラ(究極の癒やし)=『絶対堕落領域』の完成】
【入った者の闘争心と労働意欲を完全に奪い去る、恐るべき概念兵器が誕生してしまった……】
【ある意味、世界を終わらせるよりタチが悪いwww】
「おっ、みんな気に入ってくれたみたいだね。じゃあ、俺が育てた特製のみかんを持ってくるから、ゆっくりしててよ」
俺は、神獣へと進化したポチとブルーもコタツの中に引き入れ、完全に堕落の極致と化した実家の居間で、のんびりとみかん(※一口で全魔力が回復する世界樹の黄金果実)を剥き始めた。
外の猛吹雪とは無縁の、あまりにも平和すぎる空間がそこにはあった。
* * *
その頃──
飯田町へと続く雪深い山道に、一台の黒塗りの超高級車が立ち往生していた。
「くそっ……! なぜこんな日に限って、これほどの猛吹雪になるのだ……!」
車の後部座席でギリッと歯を食い縛っているのは、漆黒のスーツに身を包んだ男──世界の裏側で暗躍する巨大シンジケートの長であり、幾度となくユウトに刺客(概念兵器など)を送り込んでは粉砕されてきた『深淵の賢者』であった。
度重なる失敗と、理不尽なまでの敗北に精神を病みかけた彼は、ついに自らの手であの農家を直接消し去る決意をし、最強の暗殺魔法を身に秘め、新宿のペントハウスから飯田町へと単身乗り込んできたのである。
しかし、大自然の猛威は、彼の想像を遥かに超えていた。
「エンジンが止まっただと!? ば、馬鹿な……特注の魔導エンジンが、この程度の寒さで凍りつくなど……ッ!」
ヒーターの切れた車内の温度は急激に低下していく。深淵の賢者の魔力をもってしても、この異常な吹雪による絶対零度の環境には抗いきれない。窓ガラスには分厚い霜が張り付き、手足の感覚が徐々に失われていく。
「こ、こんなところで……私の、世界を統べるという壮大な野望が……ただの雪山の遭難で終わるというのか……? 誰か……誰か助け──」
賢者の意識が遠のき、彼が永遠の眠りにつこうとした、まさにその時だった。
ブォォォォォォォンッ!!!
猛吹雪の向こうから、まばゆい黄色のヘッドライトがこちらを照らした。現れたのは、タイヤにゴツいチェーンを巻き、荷台に除雪用のスコップを積んだ、一台の軽トラだった。
「おーい! 大丈夫ですかー!? こんな雪道で高級車なんて乗ってくるからスタックしちゃうんですよー!」
軽トラの窓から顔を出したのは、首に使い古しのタオルを巻いた、どこにでもいそうな農家の青年──深淵の賢者がもっとも憎み、そして恐れた男、ユウトその人であった。
「き、貴様……っ! なぜここに……!?」
「いや、うちの畑のビニールハウスが雪で潰れてないか見回りに来たら、車が埋まってたんで。ほら、ウインチのワイヤー掛けるんで、ちょっと待っててくださいね」
ユウトは猛吹雪の中を平然と歩いてくると、軽トラのフロントについているウインチのフックを、高級車のバンパーにガシャッと引っかけた。
「いきますよー! そーれっ!」
ウィィィィィィィィンッ!!!
ユウトが軽トラのアクセルを踏み込んだ瞬間、本来なら数トンの重量がある高級車を軽トラで引っ張るなど物理的に不可能であるはずだが、ユウトの『限界突破オーラ』を纏った軽トラは、まるで巨大なクレーン車のようなトルクを発生させ、雪に埋まった黒塗りの車を、スポーンッ!と大根を抜くように引きずり出した。
「な、なんだあの馬力は……!? 物理法則が狂っている……!」
「とりあえず、車はうちの庭に停めときますから! 凍え死んじゃう前に、早く俺の家に入って温まってください!」
「ま、待て! 私に気安く触るな! 私は貴様を──」
「いいからいいから!」
有無を言わさぬユウトの力によって、深淵の賢者は軽トラの助手席に放り込まれ、そのままユウトの実家へと強制連行された。
* * *
「さあ、遠慮しないで中に入ってください。ちょうどコタツを出したところなんですよ」
ユウトの実家の居間に案内された深淵の賢者は、全身をガタガタと震わせながら周囲を警戒していた。
(……罠だ。間違いなく罠だ! この私が、敵の拠点にノコノコと上がり込んでしまうとは……しかし体温が限界だ。少しでも熱を……ん?)
賢者は、部屋の中央にあるコタツの異様さに気づいた。
コタツの周囲には、かつて世界を震撼させた魔王軍の幹部たちや、神話の厄災女神が、完全に腑抜けた顔でみかんを貪っているではないか。
「き、貴様ら……! なぜこんなところで丸くなっている! 誇り高き闇の眷属としてのプライドはないのかッ!」
「あぁ? なんだアンタ、うるせェな……。今、コタツの中で足のポジション決めるのに忙しいんだ。あっち行けよ」
「みかん、おいしいですぅ……。おじさんも食べますかぁ?」
ゼクサルたちに完全に無視され、賢者は愕然とする。そして、コタツの中心から放たれている『異常な魔力』に気づいた。
「こ、これは……『煉獄の炎魔神』のコア!? なぜあんな終末の兵器が、ただのコタツの熱源になっているのだ!? これでは、周囲の空間そのものが絶対的な安堵感に包まれ、入る者の闘争心を根こそぎ奪い去る『絶対堕落領域』ではないか!」
「ほらほら、おじさんも突っ立ってないで早く入った入った。風邪引くよ」
「や、やめろ! 私をその中に入れるな! 私は悪の権化、深淵の賢者だぞ! そのような堕落の箱に、この私が入るなど──」
ユウトが、賢者の背中をポンと押した。バランスを崩した賢者は、スライディングするような形で、コタツの中へと吸い込まれていった。
「アッ!!」
下半身をコタツ布団に包まれた瞬間、炎魔神のコアが放つ究極の温もりと、ユウトのオーラによる絶対的な癒やしの波動が、賢者の冷え切った身体と、憎悪に満ちた魂の深部へと、一気に浸透していった。
──ドクンッ
「……あ、ああ……」
賢者の目から、スゥッと敵意が消え失せた。
「なんだ……この、母の胎内にいるような安らぎは。私は……私は今まで、何をそんなに急いでいたのだ……? 世界の裏で暗躍し、人を蹴落とし、陰謀を企てる……そんな血生臭い日々に、私は……本当は疲れ果てていたのではないか……?」
コタツの魔力は、賢者が長年張り詰めていた緊張の糸を、いともたやすくプツンと切断してしまった。
「はい、おじさん。これ、うちで採れたみかんね。ビタミンCたっぷりで風邪予防にいいよ」
ユウトが差し出した黄金に輝く『世界樹のみかん』を、賢者は震える手で受け取り、一口かじった。
「…………美味い!甘くて……少し酸っぱくて……涙が出るほど、美味い……」
賢者の瞳から、大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちた。
「ユウト君……と言ったか」
「ん? なに?」
「……私は、もう悪の組織のボスを辞める。新宿のペントハウスも、札束も、世界征服の野望も、今の私には何の価値もない。この……この温かいコタツと、君の作ったみかんさえあれば……」
「う、うん。なんかよく分かんないけど、田舎の空気は、おじさんみたいに疲れた都会の人には効くからね。ゆっくりしていくといいよ」
【ファッ!?!?!?】
【ちょwwww深淵の賢者が、コタツに入った瞬間に完全更生したぞwwww】
【世界を裏で操る悪の賢者、コタツとみかんに敗北】
【絶対堕落領域の威力、マジでヤバすぎるだろ……どんな洗脳魔法よりもタチが悪い】
【ユウト様、これでついに裏社会まで制圧しちゃったよ……】
【賢者、めちゃくちゃいい顔でみかん食ってて草】
配信のコメント欄は、かつての宿敵がコタツで丸くなるというあまりにもシュールな光景に、爆笑の渦に包まれていた。
「なあ、ユウト君」
「なんだい、おじさん?」
「私のこの……無駄に高いIQと、裏社会で培った人脈、そして経済の知識を活かして、君の農園の野菜を全国に売り出す手伝いをさせてくれないか? 例えば……そう、『ふるさと納税』のシステムを極限までハックして、この飯田町に莫大な税収をもたらすコンサルタントとして……」
「おっ、そりゃ助かるよ! うちの野菜、美味いんだけど売り出し方が分からなくて困ってたんだ。よろしく頼みます、おじさん!」
こうして……
世界を滅ぼす炎魔神のコアを熱源とした「神話級コタツ」の中で、魔王軍の幹部、厄災の女神、そして裏社会のドンという、本来なら世界を滅亡させるレベルのヤバい連中が、肩を寄せ合って仲良くみかんを食べるという、奇跡のようなカオス空間が完成した。
外の雪はまだ降り続いているが、ユウトの実家の居間だけは、どんな天国よりも温かく、そして平和であった。




