第21話:裏山の奥地を切り拓け!~頑固な雑草(災厄級魔樹)と巨大モグラ(地龍)の退治~
信州の朝は早い。そして、秋の深まりとともに朝晩の冷え込みは鋭さを増していく。だが、俺──ユウトの実家であるこの古びた日本屋敷の敷地内は、どういうわけかいつもポカポカとした快適な温度に保たれていた。
「ふぁ……よく寝た。今日もいい天気だな」
縁側に出て大きく伸びをすると、澄み切った青空の向こうにアルプスの山々が美しくそびえ立っているのが見えた。
庭の奥、裏山へと続く小川(ただの用水路だ)では、すっかり居着いてしまった青いトカゲ……いや、水神のブルードラゴンである『ブルー』が、今日も元気よく水しぶきを上げながら泳ぎ回っている。その水流のおかげで、じいちゃんが遺した水車小屋は今日も勢いよく、ゴットンゴットンと心地よい音を立てて稼働していた。
「おはようございます、創造神様。本日の朝食の支度が整っております」
背後から透き通るような美しい声が響いた。振り返ると、割烹着を完璧に着こなした金髪ロングの美女──エルフの女王であるエルリアが、お盆に乗せた温かいお茶と朝食を運んできてくれていた。彼女の長い耳は、今日もピーンと空に向かって立っている。どうやら機嫌が良いらしい。
「おはよう、エルリアさん。いつも悪いね、朝早くから」
「とんでもございません! 世界樹……いえ、この聖なる裏山より湧き出る神気を含んだお野菜と、ブルー殿の神聖水でお味噌汁を作らせていただくことなど、私にとっては至上の悦び。ささ、冷めないうちにどうぞ。本日は、ポチ殿が裏山で仕留めてきた『黒毛和牛のような何か』を大根と一緒に煮込んでみました」
黒毛和牛のような何か……
相変わらずよく分からないが、うちの愛犬(?)である白くて巨大なモフモフのポチ(S級神獣)は、たまに裏山から野生のイノシシか何かを狩ってくる。田舎ではよくあることだ。野生動物の被害には気をつけないといけない。
「美味そうだな。ありがたくいただくよ。……そういえば、あの人はどうしたの?」
「ゼクサルさんでしたら、昨晩から一睡もせずに、水車小屋の裏手で柿を剥き続けております。彼もすっかり、この農作業という名の『果てしなき精神修養』の虜になったようです」
エルリアの視線の先を見ると、水車小屋の軒下で、全身を包帯でぐるぐる巻きにされた魔王軍幹部ゼクサルが、目にも止まらぬ速さで市田柿の皮を剥いていた。シュバババババ!という風切り音がここまで聞こえてくる。
最初はどうなることかと思ったが、彼は意外と真面目に農作業を手伝ってくれている。田舎の暮らしに馴染んでくれて何よりだ。
朝食を美味しく平らげた俺は、いつものように作業着に着替え、首にタオルを巻き、麦わら帽子を被った。今日は、裏山の少し奥まった場所を開拓しようと思っている。これから冬に向けて、大根やカブなどの根菜類をもっとたくさん植えたいのだが、今の畑だけでは手狭になってきたのだ。じいちゃんが昔使っていた奥の段々畑が荒れ放題になっているはずなので、そこを綺麗にして再利用するつもりである。
「よし、それじゃあ今日も配信、やっていくか」
俺はスマートフォンと連動させた撮影用ドローンのスイッチを入れた。最近、俺の農作業風景を垂れ流しているだけの配信チャンネルが、なぜか世界中でとんでもない数の視聴者を獲得しているらしい。「世界最強の配信者」などという大仰な二つ名までついているらしいが、俺はただのクビになった元社畜である。きっと、みんな田舎のスローライフに癒やしを求めているのだろう。現代人は疲れているのだ。
『配信開始しました』という無機質な音声とともに、空中に浮かんだドローンが俺を映し出す。途端に、スマホの画面に滝のような勢いでコメントが流れ始めた。
【待機5万人とかバグだろwww】
【ユウト様キターーーー!!!】
【おはようございます! 今日も神の御業を拝見しに参りました!】
【おい、後ろの軒下に見えるオレンジ色のカーテン……あれ全部S級マジックアイテムの『黄金の霊薬』じゃないか!?】
【皮剥いてるの、魔王軍第一軍団長のゼクサルじゃねえかwww 完全に自動皮剥き機と化してて草】
【エルフの女王が割烹着で味噌汁作るとか、どんなバグった世界線だよ】
【今日も青ジャージのゼロさんが草葉の陰で限界警備してるな。お疲れ様です!】
相変わらず、視聴者のみんなはコメントの勢いがすごい。中二病っぽい設定のコメントが多いのも、このチャンネルの特色だ。「黄金の霊薬」って、ただの干し柿(市田柿)なんだけどな。
「おはようございます、皆さん。元社畜のユウトです。今日はですね、少し裏山の奥に入って、荒れ果てた畑を開拓しようと思います。冬野菜を植えるスペースを作りたいんですよね」
【裏山の奥(人類未踏のS級ダンジョン深層)】
【荒れ果てた畑(魔境)】
【冬野菜(伝説の神草)】
【オワタ。今日も世界の生態系が破壊されるぞ】
【全探索者ギルドが震え上がってるwww】
「なんか物騒なコメントが多いですが、ただの草刈りですよ。それじゃあ、行ってみましょうか」
俺は、お爺ちゃんから譲り受けた愛用の「エンジン式草刈り機」を肩に担ぎ、裏山へと続く獣道を進んでいった。ポチが「ワフッ!」と嬉しそうに尻尾を振りながら先導し、ブルーが俺の麦わら帽子の上にちょこんと乗っかってくる。ゼロさんは相変わらずどこにいるのか分からないが、時折カサッと木の上から音がするので、護衛(?)としてついてきてくれているのだろう。
10分ほど歩くと、かつて段々畑だったと思われる少し開けた場所に出た。しかし、そこは俺の想像以上に荒れ果てていた。というより、生えている植物がなんだかおかしい。
「うわあ……なんだこの雑草。やけにトゲトゲしてるし、なんか動いてないか?」
俺の目の前には、高さ3メートルはあろうかという巨大な黒い植物が群生していた。太いツルにはノコギリのようなトゲがびっしりと生え、風もないのにうねうねと気味悪く蠢いている。
【ヒッ……!? あれ『災厄級魔樹』の群落地じゃねえか!!】
【一つ見つけたら国が軍隊を動かすレベルの化け物植物だぞ!?】
【それが雑草のごとく生い茂ってる……これがS級ダンジョンの真の姿か……】
【逃げてええええええええええええ!!!!】
コメント欄がものすごい速度で悲鳴を上げている。だが、俺からすればただの「ちょっと育ちすぎた厄介なツル草」である。田舎の自然を舐めてはいけない。放置すればこれくらい育つこともあるのだ。
「こりゃあ、普通のカマじゃ骨が折れそうだな。……よし、こいつの出番か」
俺は、肩から下ろした草刈り機のエンジン紐を勢いよく引いた。
ブルルルルルルルンッ!!!
甲高いエンジン音が裏山に響き渡る。その瞬間、目の前の巨大な黒い植物たちが、ビクッと震え上がったように見えた。気のせいだろうか。
「そら、どんどん刈っていくぞー」
俺は草刈り機の刃(ホームセンターで特売だったチップソー)を回転させ、巨大なツル草の群れに向かって振り下ろした。
ギュイイイイイイイイン!!!
ギャアアアアアアアアアアアッ!!!!
「ん? なんか今、変な音がしたな。刃が石にでも当たったか?」
【ギャアアアアアって言った! 魔樹が悲鳴上げたぞ!!】
【そりゃそうだ、世界最強の防刃性能を誇る魔樹の表皮が、紙クズみたいに切り刻まれてるんだからな……】
【ユウト様の草刈り機(神話級アーティファクト)の前では、災厄級モンスターもただの雑草……】
【草刈り機のエンジン音で魔樹たちがガタガタ震えてるの可哀想になってきた】
【無慈悲なる農作業の始まりだ】
俺は汗を拭いながら、どんどん草を刈り進めていった。驚くほどサクサクと刈れる。さすがは国産の草刈り機だ。切れ味が違う。3メートルほどあった巨大なツル草は、あっという間に細切れになり、地面にパラパラと落ちて腐葉土のようになっていく。うん、これはいい肥料になりそうだ。
小一時間ほど作業を続け、ようやく段々畑の全体像が見えてきた。かなりの広さだ。これなら、大根だけでなく白菜やネギも大量に植えられそうである。
「ふぅ……だいぶ綺麗になったな。あとは土を耕すだけ──おっと?」
その時だった──
突然、足元の地面がグラグラと激しく揺れ始めた。
「地震か!? いや、違う……局地的な揺れだ!」
ドゴォォォォォォォォォン!!!
凄まじい轟音とともに、畑の中央の土が火山のように噴き上がり、巨大な土煙が舞った。パラパラと降ってくる土塊を手で払いながら目を凝らすと、そこにはとんでもなく巨大な生物が姿を現していた。
体長は優に10メートルを超えている。全身が岩のような分厚い鱗に覆われ、鋭い爪と凶悪な牙を持った、まるで恐竜のような姿。
【ファッ!?!?!?】
【ちょっ……あれ『古代地龍』じゃねえか!!!!】
【S級ダンジョンの主クラスがなんでこんな浅い階層に!?】
【アカン、これはマジでアカン! 国が滅ぶレベルの災害だ!!】
【ユウト様、早く逃げて!! いくらなんでもそれは無理だ!!!】
コメント欄がかつてないほどのパニック状態に陥っている。しかし、俺は呆れ果ててため息をついていた。
「まったく……最近の田舎は、モグラもこんなにデカくなるのか。異常気象のせいかな」
【モグラじゃねええええええええええ!!!!】
【どこの世界に10メートル超えの岩の鱗を持ったモグラがいんだよ!!】
【彼は、認識のバグが致死量を超えている……】
畑を荒らすモグラは、農家にとって最大の敵の一つである。せっかく草を刈ってこれから種をまこうというのに、こんな巨大なモグラに穴をボコボコ掘られてはたまらない。俺は草刈り機を置き、腰に差していた『じいちゃんの形見のクワ』を手に取った。長年使い込まれて刃が少し欠けているが、俺の手には一番しっくりくる農具だ。
『グルルルルル……! グァアアアアアアアアアッ!!!!』
巨大なモグラが、俺に向かって鼓膜が破れそうなほどの咆哮を上げた。口の奥に、マグマのような赤い光が収束していくのが見える。
【ブレスが来るぞ!! 山が一つ消し飛ぶ威力のやつだ!!】
【オワタ……】
【画面越しでも絶望感がヤバい】
「こらっ! 畑のど真ん中で大声出すな! 近所迷惑だろうが!」
俺は一歩踏み込み、じいちゃんのクワを頭上高く振り上げた。そして、巨大モグラの脳天に向かって、畑の土を耕す時の要領で、渾身の力を込めて振り下ろした。
「そこを、どけえええええっ!!!」
ドッッッッッグアアアアアアアアアアアアアアアアン!!!!!!!
クワの刃が巨大モグラの頭に直撃した瞬間、世界から音が消えたような錯覚に陥った。直後、クワを中心に放射状に凄まじい衝撃波が発生し、周囲の空間がぐにゃりと歪んだ。巨大モグラの全身を覆っていた岩の鱗が、まるでガラス細工のようにパリンパリンと粉々に砕け散り、その巨体がゴムボールのように地面に叩きつけられる。
『ギャ……ン…………』
巨大モグラは、情けない声を一つ漏らすと、白目を剥いて完全に沈黙した。それと同時に、クワの衝撃波は地面を伝わり、荒れ果てていた段々畑の土を一瞬にして『完璧な状態』に耕し返してしまった。
「……ふぅ。よし、綺麗に耕せたな。ちょっと力が入りすぎたか」
俺が肩で息をつきながら額の汗を拭うと、目の前にはフカフカに耕された極上の黒土が広がっていた。モグラの姿は、俺のクワの一撃で土の中に深く埋まってしまったらしく、跡形も見えなくなっていた。後で良い肥料になってくれるだろう。
ふとスマホの画面を見ると、コメント欄の動きが完全に停止していた。
「あれ? 電波悪くなったかな?」
トントンと画面を叩くと、数秒の沈黙の後、コメントが爆発した。
【は?】
【は?????】
【え、今、何が起きた?】
【古代地龍が……クワの一撃で……ワンパン……?】
【しかも衝撃波で広大な畑の土が完全に耕されてるんだけど……】
【神話の光景かな?】
【もうやだこの農家、強すぎる】
【(スパチャ ¥50,000)最強の農民に敬礼!!!】
【(スパチャ ¥100,000)国を救っていただきありがとうございます!!】
【(スパチャ ¥500,000)そのクワ、いくらで売ってくれますか!?】
突然、画面が真っ赤に染まるほどのスーパーチャットが飛び交い始めた。相変わらずよく分からないが、モグラ退治がウケたらしい。
「いやぁ、皆さんの応援のおかげで、無事に厄介なモグラを退治できました。これでようやく大根の種が蒔けそうです」
「素晴らしい一撃でございました、創造神様!」
いつの間にか後ろに立っていたエルリアが、感動で目をキラキラさせながら拍手喝采を送っていた。ポチは埋まったモグラが気になっているのか、土を前足でホリホリしている。ブルーは俺の肩の上で「キュイ!」と誇らしげに鳴いた。
「よし、それじゃあ今日はこの辺で配信を終わりますね。次回は、この新しく開拓した畑に種を蒔いていく作業をお届けする予定です。皆さん、お疲れ様でしたー!」
俺は笑顔でドローンのカメラに向かって手を振り、配信の終了ボタンを押した。
爽やかな秋風が吹き抜け、フカフカの土の匂いが鼻をくすぐる。うん、今日もいい汗をかいた。農業はやっぱり最高だな!




