第19話:実家の裏山の小川(※ただの用水路)を掃除したら、水神のブルードラゴンが居着いて水車小屋が稼働し始めたんだが
信州・飯田町。
そこは、日本アルプスという巨大な天然の城壁に守られた、美しき盆地である。東の空が白み始めると同時に、中央アルプスと南アルプスの荘厳な稜線が、まるで神々の金糸で縁取られるかのように輝きを放ち始める。朝霧が山肌を滑り降りる様は、まるで世界が深呼吸をしているかのようだった。
「んんっ……ふぅ。やっぱり信州の朝は空気が美味いな。豊潤な地下水も捨てがたいけど、この霊峰から吹き下ろす、肺の奥まで洗い流されるような冷涼な風も最高だ」
俺は実家の広々とした縁側に腰掛け、淹れたての緑茶(※自家栽培の特級茶葉。一口でMPが全回復する)をすすりながら、大きく背伸びをした。首に巻いた愛用の今治タオルで軽く顔を拭い、庭へと視線を移す。
飯田町特有の昼夜の激しい寒暖差と、俺が丹精込めて耕した土壌(※無意識に神聖マナを練り込んでいる)のおかげで、家庭菜園はかつてないほどの『異常成長』を遂げていた。たわわに実る秋ナスはまるで黒曜石のように鈍い光を放ち、大玉トマトは一つ一つが太陽の欠片のような生命力をみなぎらせている。
「ワッフ! バッフ、バフッ!」
縁側の下では、真っ白なモフモフの巨体を揺らしながら、愛犬のポチ(※S級神獣フェンリル・神格化済)が千切れんばかりに尻尾を振っている。信州の冷涼な気候がフェンリルの本能に合致したのか、その純白の毛並みは以前にも増して神々しい輝きを放ち、周囲には常時、ダイヤモンドダストのような極小の氷魔力がキラキラと舞っていた。
「ああ……創造神様。本日の朝食にいただいた、あの『神鳥の卵焼き』……。今もなお、我が体内で第二、第三の太陽が脈動し、魔力回路が宇宙の膨張速度で拡張していくのを感じます。まさに至高、いえ、世界の理ことわりそのものを書き換える神の奇跡でございました……」
キッチンからお盆を手に現れたエルフの女王が、うっとりとした、どこか熱に浮かされたような表情で虚空を見つめ、恍惚の溜息をこぼす。彼女と近衛騎士団長、そして元・伝説の暗殺者であるゼロさんは、もはや我が家の完全なる『居候』と化していた。
今朝のメニューは、昨日ニワトリ(※不老不死の神鳥フェニックス)が産み落とした黄金の卵を贅沢に三つ使った厚焼き玉子、信州名物の炊き立てコシヒカリ、そして自家製味噌と裏山で採れたキノコ(※世界樹の根本に生えるエリクサー級の茸)のお味噌汁。俺にとってはただの『ちょっと豪華な朝ごはん』だったのだが、彼らにとっては一口ごとに限界突破レベルアップのファンファーレが鳴り響く、狂気のバフ飯であった。
「みんな、ご飯を美味しく食べてくれて何よりだよ。……さて、腹ごなしも済んだことだし、今日は前々からやろうと思っていた水車小屋の稼働テストをやろうと思うんだ」
「水車、ですか……?」
エルフの女王が、ピンと尖った長い耳をピクッと動かした。
「そう。裏庭の端っこに、親父が昔道楽で作った木製の古い水車小屋があってね。せっかく信州に来たんだから、自分が畑で育てた蕎麦の実をあの水車の石臼で挽いて、極上の手打ち蕎麦を作りたいなと思ってさ」
信州といえば、なんと言っても蕎麦。引っ越してきてすぐに種を蒔いた蕎麦は、俺の愛情(※規格外の神気)をたっぷりと吸い込み、すでに極上の状態で収穫・天日干しを終えている。
「ただね、水車に水を引いてくる裏山の小川(※ただの用水路)が、長年の土砂や落ち葉で完全に詰まっちゃってて、水がカラカラなんだよ。だから今日は、まずその用水路の泥かきから始めようと思うんだ」
俺がそう言って立ち上がると、居間の天井裏から、シュタタタッ!と一切の空気抵抗を無視した動きで、青ジャージ姿のゼロさんが滑り降りてきた。
「マスター・ユウト! このゼロ、ただちに先遣隊として裏山の障害物を完全排除し、水路に潜む未知の神話級水棲魔獣の掃討任務を開始いたします! どうか私に、その神々しき『聖槍スコップ』をお預けください!」
「いやいやゼロさん、ただの泥かきだから。そんなアサシン・モードで山に入ったら近所のおじいちゃん達に不審者扱いされちゃうから、大人しく後ろでバケツでも持ってて。こういうのはみんなでワイワイやるのが楽しいんだから」
俺は苦笑しながら、物置の奥から一本の「泥かき用スコップ」を取り出した。先端が平らになったスチール製の平スコップ。長年の放置で刃先は欠け、全体に赤錆が浮いている、ホームセンターで千円で買える代物だ。
だが、俺がそのスコップの柄を右手に握りしめ、裏山へと向かって一歩を踏み出したその瞬間──
『ゴクリッ』
エルフの女王、近衛騎士団長、そしてゼロさんの三人は、一斉に息を呑み、全身の産毛という産毛を逆立たせた。
(き、来た……! 創造神様の、あの『大地の根源を穿うがち、世界の龍脈を再定義する』絶対神威の構え……!)
(女王陛下! あの赤錆びた鉄のスコップが、創造神様の手が触れ、膨大な神気が流し込まれた瞬間に、概念そのものを削り取り、不滅の結界をも容易く両断する『神殺しの冥鎌ハデス・サイズ』へと、その存在位階クラスを強制的に引き上げられています……!)
(マスターはただの『お掃除』と仰るが、あの御方が一振りすれば、裏山どころかこの日本列島が真っ二つに割れ、新たな地殻変動が引き起こされるやもしれん。我らも、万が一の余波衝撃波に備えて、絶対防御結界の展開準備を……!)
三人は凄まじいプレッシャーにガタガタと膝を震わせながらも、まるで魔王の玉座へと向かう決死隊のような悲壮な覚悟で、俺の後ろを付いてきた。ポチだけが、「お散歩だワーイ!」と言わんばかりに、尻尾をブンブン振って先頭を駆けている。
* * *
裏山へと続く細い山道を登ること数分──
杉の木立の間に、コンクリートと石積みで作られた古い用水路が見えてきた。かつては綺麗な山水が流れていたのだろうが、今は上流から流れてきた泥、腐葉土、そして巨大な倒木が何重にもミルフィーユ状に積み重なり、完全に水の流れを堰せき止めている。
「うわぁ、想像以上に酷い詰まり具合だな。これじゃ水車まで一滴も水が届かないわけだ。よし、気合を入れて綺麗にするぞ!」
俺は用水路の縁に両足をしっかりと開き、腰を落とした。
脳裏に蘇るのは、元ブラック企業での超絶過酷な現場労働の記憶。『おいユウト! 詰まった第3工場のヘドロ排水溝、今日中に全部素手で綺麗にしろ! できないなら給料泥棒だ、ボーナスはカットな!』と上司に理不尽に怒鳴られ、防毒マスクすらない状態で、深夜まで泥まみれになってかき出し続けた、あの血と涙のブラック労働の記憶である。
【スキル発動:不屈のクリーン魂(※限界突破オーラ)】
俺は無意識のうちに、あの時の『どんな理不尽な泥詰まりであっても、己の力技のみで完璧に粉砕・清掃する』という異常な執念をオーラとして全身に纏まとい、スコップを泥の山へと突き刺した。
「とおっ!!」
俺が気合一閃、泥をすくい上げて斜面の外へと放り投げた、まさにその瞬間だった。
ドッゴォォォォォォォォォォンッ!!!!!
それは、泥かきという生易しい現象では到底なかった。
俺が振り抜いたスコップの刃先から、大気を引き裂く極大の『物理的衝撃波オーラ・スラッシュ』が放出され、水路に堆積していた数トンもの泥、岩、そして樹齢数百年の倒木が、一瞬にして分子レベルで粉砕されたのだ。それらは鼓膜を破るほどの轟音と共に遥か上空へと吹き飛ばされ、成層圏の彼方で星のようにキラッと光って消滅した。
しかも、俺のスコップが地面に触れるたびに、用水路を構成していた安物のコンクリートが、まばゆい黄金の光を放ち始める。ただの泥詰まりの水路が、万物の穢けがれを瞬時に浄化し、神聖なマナを永久に循環させる伝説の『霊脈の水路エル・ドラド』へと、世界樹の根の如く再構築されていったのである。
「おおっ、ひとかきで結構綺麗になったぞ! この調子でどんどんいこう! フンッ! ハッ!」
俺は鼻歌交じりに、テンポよくスコップを動かしていく。一振りするたびに、天を突くような黄金の光の柱が立ち上り、飯田町の山々に眠るすべての濁った大気が、一瞬にして澄み切った神気へと強制浄化されていく。
「よし! これで最後。この一番奥の、水源を塞いでる大きな岩を取り除けば……!」
俺は、水路の最上流、水源からの水を完全に遮断している直径三メートルほどの巨大な岩に、スコップの先端をグッと引っ掛けた。そして、「そりゃっ!」と、軽いテコの原理で岩を弾き飛ばした。
メキメキメキ……ドッバァァァァンッ!!!
巨大な岩は、発泡スチロールのように軽々と宙に舞い、山を二つほど越えた彼方へと消えた。障害物が完全になくなった瞬間、水源の奥深く、これまで厚い土砂によって数万年もの間厳重に封印されていた『超巨大な魔力溜まり』が、一気に臨界点を突破して破裂した。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……ッッッ!!!
山全体が激しく揺れ動き、大地が悲鳴を上げる。
水路の奥から、まばゆいばかりの青い光を放つ、濁流のような超圧縮された神聖水が、凄まじい圧力で噴き出してきた。そして、その水しぶきが天高く舞い上がる中、激しい雷鳴と共に、水路の奥から『それ』が姿を現した。
全長、およそ五十メートル。全身を深海の最深部よりも深く美しい青碧サファイアの鱗で覆い、巨大な二本の角と、すべてを見透かすような鋭い金色の眼瞳を持つ、圧倒的な存在感。
それは、かつて神話の時代にこの大地の水を支配し、あまりの強大さと凶暴さゆえに、古代の神々の総力戦によって裏山の奥深くに封印されていたとされる、伝説の絶対神獣『水神ブルードラゴン蒼水龍』であった。
「グルァァァァァァァァァッッッ!!!!!」
水神ブルードラゴンは、数万年ぶりの解放に歓喜し、その巨大な咆哮で飯田町上空の雲を完全に吹き飛ばした。
彼の全身から放たれる圧倒的な神威プレッシャーは、一瞬にして周囲の気温を絶対零度近くまで引き下げ、空間の水分すらも凍りつかせる。
「我が封印を解きし愚かな地上人どもよ……! 我は水を統べる絶対神、蒼水龍なり! 我が目覚めの余興として、この地を全て冷たき永久凍土の底へと沈めてくれようぞ……!」
ブルードラゴンがその巨体をくねらせ、世界を滅ぼす極大の氷属性殲滅魔法を発動しようとした、まさにその時──
ドクン……ッ!
水神ブルードラゴンの金色の瞳が、俺の姿を完璧に捉えた。
麦わら帽子を被り、首にタオルを巻き、右手に錆びたスコップを担いだ、一見どこにでもいる平凡な農家の青年。しかし、その青年の全身から、無意識に、まるで呼吸をするのと同じように極々当たり前に溢れ出ている『プレッシャー限界突破オーラ』は、全世界の海洋と、天界の全魔力を束ねても、それらを一瞬で蒸発させ、虚無へと帰すほどの圧倒的かつ絶望的な『神威の暴風』であった。
さらに、その青年の足元で欠伸をしている白い犬からは、天界すらも食い殺す神獣フェンリルの、凶悪極まりない暴虐な波動が漏れ出ている。おまけに、後ろに控えるエルフたちや青ジャージの男すら、自分と同等か、それ以上の規格外のステータスに到達している。
神であるブルードラゴンの「真理の眼」には、その絶望的な戦力差が一瞬で理解できてしまった。
(ひ、ヒィィィィィィッ!? な、何ですかあの異次元の存在はァァァァッ!? あの男が、ちょっとそのスコップを振るだけで、この星ごと私という概念がデリートされてしまう……!? 嘘でしょ、数万年ぶりに起きたら、地上はこんな魔境になってるの!?)
水神ブルードラゴンは、恐怖のあまり全身のサファイアの鱗をガタガタと激しく逆立たせ、先ほどまでの威厳に満ちた咆哮が、喉の奥で「きゅうぅ……」という情けない子犬のような声に変わった。
彼が必死に練り上げていた極大の殲滅せんめつ魔法は、一瞬でただの「涼しいミスト」となって消え去り、巨大な翼は恐怖でピクピクと痙攣している。
「あ、こんにちはー!」
俺は笑顔で手を振り、水路の奥から出てきた、青くて綺麗なトカゲ(※だいぶ大きいが)に向かって、気さくに話しかけた。
「すいません、ちょっと水路の掃除をしてたら、お騒がせしちゃいましたね。でも、あなたが出てきてくれたおかげで、すごく綺麗な水がいっぱい流れてきて助かりました! もしかして、この山の主ヌシさんですか?」
俺の何の気負いもない、だからこそ絶対的な強者の余裕を感じさせる言葉を聞いた瞬間、水神ブルードラゴンは、己のプライドも、数万年の神格も、すべてをかなぐり捨て、巨体を地面に叩きつけるほどの猛烈な勢いで、その場に平伏土下座した。
「は、ははぁーーーーーーーーーーッッッ!!! お、お騒がせなどと滅相もない! 偉大なる創造主様ァァァァァッ!!!」
ブルードラゴンの脳内は、すでに生存本能による圧倒的な恐怖と、この絶対強者にすがりつきたいという、極限の服従心で満たされていた。
「この蒼水龍、本日只今より、創造主様の忠実なる下僕としてこの命を捧げる所存にございます! どうぞ、どのような雑用でも、靴舐めでも、この私めにお申し付けくださいませぇーーーッ!!」
「おおっ、本当に!? 言葉が通じるなんて、すごく賢いトカゲだなぁ。それじゃあ、ちょっと体が大きいと水路が狭くて通りにくいから、もう少し小さくなってもらえる? それから、うちの水車を回すのを手伝ってくれると嬉しいんだけど」
俺がのんびりと提案すると、ブルードラゴンは「御意にございますッ!」と激しく頭を地面に擦り付けた。そして、まばゆい青い光と共に、その巨体を一瞬にしてシュルシュルと縮小し、最終的には俺の肩に乗るくらいの、手のひらサイズの可愛らしい『青い子龍』へと変身したのだ。
「クルルッ♪(※一生ついていきますマスター!)」
小さくなったブルードラゴン(以下、ブルー)は、俺の肩へと飛び乗り、嬉しそうに頬を擦り付けてきた。
「よしよし、いい子だね。じゃあ、さっそく実家の水車小屋に行こう! ポチ、みんな、いこう!」
俺がウキウキとした足取りで山道を下り始めると、後ろに控えていたエルフの女王たちは、完全に魂が抜けかけた状態で、お互いの顔を見合わせるしかなかった。
* * *
実家の裏庭──
そこには、木造のレトロな水車小屋がひっそりと佇んでいた。長年使われていなかったため、木製の水車はすっかり乾燥し、軸受けの金属パーツも赤錆の塊と化して、完全に固着している。
しかし、俺が裏山の用水路を綺麗にし、水神ブルーを連れて戻ってきた今、状況は一変していた。
「よし、ブルー。あの水車の上のところに、優しく綺麗な水を流し込んでくれるかい?」
「クルルッ!(※お任せください、マスター!)」
ブルーは俺の肩からピョンと飛び降りると、水車の上部へと移動し、その可愛らしい口を大きく開けると、そこから信じられないほど透き通った、七色の輝きを放つ『神聖純水』を、まるでシルクのカーテンのように滑らかに放出し始めた。
ザーーーーーッ
その極上の水が、水車に触れたまさにその瞬間──
キィィィィィィィン……ッ!
錆びついていた軸受けから、神聖な光の粒子がブワッと噴き出し、水車はまるで最新鋭の超伝導モーターのように、一切の摩擦音もなく滑らかに回り始めた。
それだけではない。水神ブルーの放つ水には、万物を活性化させ、魔力を付与する『水神の加護』が宿っている。水車が回るたびに、ボロボロだった水車小屋全体が黄金のオーラで包み込まれ、小屋の中に設置されていた古い石臼が、ゴー、ゴーと、まるで地球の自転のごとき力強さで回転を始めたのだ。
「おおっ! 動いた、大成功だ! ブルー、すごいぞ!」
「クルルゥッ♪」
褒められて嬉しそうなブルーは、さらに水量をミクロン単位で微調整し、石臼の回転を最も効率の良い『極限の最適速度』へと同調させていく。
「よし、それじゃあ、この前収穫して天日干しにしておいた、うちの畑の蕎麦の実を投入しよう!」
俺は、麻袋から丸々と太った、薄緑色の瑞々しい蕎麦の実を取り出し、石臼の投入口へとゆっくりと流し込んだ。
ゴトゴト、ゴトゴト……。
神聖な水車の力で回る石臼が、蕎麦の実を優しく完璧に、摩擦熱を一切発生させずして極小の粒子へと挽いていく。摩擦熱が発生しないということは、蕎麦の命である「香り」が一切揮発せず、完全に閉じ込められたまま粉になるということだ。
石臼の隙間からハラハラと落ちてきた粉──それは、純白を通り越して、まるで朝霧を閉じ込めたかのように、ほんのりと青白く輝く、神秘的な『神霊蕎麦粉』であった。
「よし、粉もたくさん挽ひけたし、さっそくお蕎麦を打とう!」
俺は台所へと移動し、巨大な木製のこね鉢を用意した。挽き立ての神霊蕎麦粉に、繋ぎとして、うちの畑で採れた上質な小麦粉を二割だけ混ぜ、水神ブルーがデキャンタに注いでくれた、冷たくて最高に綺麗な神聖純水を少しずつ加えていく。
「美味しくなーれ、美味しくなーれ……」
俺は、元ブラック企業での超絶過酷なクレーム対応の記憶を呼び覚ました。『お前の誠意を形で見せろ!』とヤクザまがいのクレーマーに数時間がかりで理不尽に詰められ、頭を畳に擦り付けながら、怒り狂う相手の心を穏やかにするための、針の穴を通すような繊細な神経コントロールを強いられた記憶である。
俺は、その『どんなに荒れ狂う素材であっても、完璧な調和と平穏をもたらす』異常な精神力(至高の宥和ゆうわメンタル)を限界突破オーラとして全開にし、蕎麦を打ち始めた。
まずは『水回し』からだ。指先から伝わる完璧な水分量察知能力により、神聖水が蕎麦粉の分子構造と完璧に融合・結合していく。
続いて『捏こね・菊練り』に移る。宥和メンタルによる入念なプレスと空気抜きをかける。キュッ、キュッ、と俺が蕎麦を捏ねるたびに、こね鉢の中から「フワァァァ……」と、飯田町の山々を包み込むほどの、芳醇で信じられないほど甘く香ばしい『神の癒しの香り』が空間に充満し始めた。それは、嗅ぐだけで寿命が三百年延び、あらゆる精神的デバフや呪いが瞬時に完治する奇跡の香りだ。
そして『延のし』だ。均一な力加減による超高速延展えんてんで、厚さ1.5ミリの、歪みなき空間防壁イージスのごとき生地を作り上げる。
最後に『切り』。トントントントン……とリズミカルな包丁の音が響く。0.1ミリの狂いもない一糸乱れぬ等間隔カットにより、太さ1.2ミリの、一本一本が光の粒子をまとう神の芸術品が誕生した。
こうして、極上の二八蕎麦が完成した。
「よし、お湯が沸いたぞ! 一気に茹で上げるぞ!」
俺は、大鍋にたっぷりと沸かしたお湯(※水神ブルーの神聖水)の中に、切ったばかりのお蕎麦をパラパラと投入した。茹で時間は僅か四十秒。頃合いを見計らい、竹ザルで一気にお蕎麦をすくい上げると、すぐさま隣に用意した氷(※ポチが冷気魔法で一瞬で作ってくれた、絶対零度の純度100%魔力氷)をたっぷり浮かべた冷水の中へと投入し、乱暴に揉むことなく、優しく、しかし確実に身を引き締める。
冷水の中で、お蕎麦はキュッ、キュッと音を立て、まるで宝石のサファイアのように美しい透明感と驚異的なコシを宿していった。
「よし! 信州飯田町特製、ユウト手打ち『神盛りの大ざる蕎麦』の完成だ! みんな、お待たせ! 最高の冷たいお蕎麦だよ、食べてみて!」
俺は、大きな竹ザルの上に美しく小山のように盛り付けられた、ツヤツヤと輝くお蕎麦をテーブルの真ん中にドカンと置いた。そば汁は、鰹節と昆布(※かつて海で乙姫からもらった極上の海神の貢ぎ物)で丁寧に取った一番出汁に、地元の老舗醤油と本みりんを合わせた、特製の濃口つゆ(かえし)だ。薬味には、裏山で今朝採れたばかりの、ツンと爽やかな香りが脳髄を突き抜ける『本山葵ほんわさび』を添えてある。
エルフの女王と近衛騎士団長、そしてゼロさんは、目の前で圧倒的な神気オーラを放ちながら鎮座するお蕎麦を前にして、ゴクリとつばを飲み込んだ。
「い、いただきます……ッ!!」
エルフの女王が、震える手で箸を取り、お蕎麦を数本摘み上げた。そして、山葵を少しだけお蕎麦に乗せ、そば汁に下三分の一だけをちょんと浸して、一気にズルズルッ!と小気味よい音を立てて啜り込んだ。
ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!(脳内宇宙ビッグバン)
エルフたちの脳裏に、全宇宙がひっくり返るほどの、超極大の味覚革命レボリューションが直撃した。
口に入れた瞬間にハラリと解ける、信州の豊かな恵みと、冷涼な秋風の香りをそのまま凝縮したかのような、圧倒的な蕎麦の芳醇な香り。緊張感をもって完璧に冷水で引き締められたお蕎麦は、歯を心地よく押し返すほどの強烈な弾力で、驚異的なコシと滑らかな喉越しを両立している。
つゆの奥深い海神の旨味と、本山葵の爽快な辛みが、蕎麦本来の甘みを何百倍にも引き立て、喉を通った後も、いつまでも心地よい余韻が鼻腔をくすぐり続ける。
さらに、お蕎麦に含まれていた『神霊魔力』が食道を通り、胃壁から細胞の隅々へと一気に拡散した瞬間、彼女たちの体内で、あり得ない次元の「強制進化」が巻き起こった。
≪システムメッセージ(※彼女たちの脳内)≫
【ピコーン!】エルフの女王:全魔法属性の適性が限界突破しました。
【ピコーン!】近衛騎士団長:魂の格が上昇。種族が『エルフ』から『半神デミ・ゴッド』へと進化しました。
【ピコーン!】暗殺者ゼロ:精神的トラウマおよびデバフが完全浄化。クラス『悟りを開きし者』を獲得しました。
【ピコーン!】神獣ポチ:『水神の加護(極)』を獲得。完全無敵状態へと移行しました。
「あ……あああ……あぁぁぁぁぁぁっ……! 身体が……身体が、光の速度でアルプスの山々の頂を越え、天界へと舞い上がっていくようです……!!」
「美味い……! 美味すぎる……! これは……これはもはや蕎麦などという次元の食べ物ではない! 世界の真理を、喉越しとコシで味わう、至高の神聖儀式に他なりません……!!」
エルフの女王と近衛騎士団長は、あまりの美味しさと、肉体から溢れ出す限界突破の光のオーラにより、長い耳をプロペラのようにバタバタバタバタバタッと超音速で羽ばたかせながら、リビングの畳の上を時速百キロを超える猛烈な勢いで、ゴロゴロ、ゴロゴロ!と何往復も転げ回った。その凄まじい風圧で、部屋中の障子がカタカタと鳴り、コタツの布団がふわりと宙に舞う。
「マスター……、このゼロ……今、世界のすべてと一体化いたしました……。これ以上の幸せは、この世に存在いたしません……」
ゼロさんは、お蕎麦を啜った瞬間にあまりの感動と至福によって完全にトランス状態涅槃に突入し、青ジャージの袖で大粒の涙を拭いながら、もはや言葉を失い、神速の速度で箸を動かし、一心不乱にお蕎麦を吸引ダイソンしていた。
「ワンワンッ! ガルルゥゥッ!!」
ポチも、専用のどんぶりに盛られたお蕎麦をペロリと平らげ、嬉しさのあまり庭に出て、音速を超えたスピードでドッグランを爆走している(※衝撃波で庭の雑草がすべて刈り取られた)
「クルルゥ、クルルゥッ♪」
トカゲサイズに縮小したブルーも、俺が小皿に分けてあげたお蕎麦を、小さな口で器用に、そして実に幸せそうに美味しそうに頬張っていた。
「アハハ、みんなそんなに喜んでくれた? やっぱり、挽き立て、打ち立て、茹で立ての『三たて蕎麦』は、格別の美味しさだよね! ブルーが完璧な水加減で手伝ってくれたおかげだよ、本当にありがとうね」
俺は自分のお蕎麦を美味しそうにズルズルと頬張りながら、窓の外に広がる夕日に照らされて黄金色に輝く飯田町のアルプスの山々を眺めて、のんびりと微笑んだ。平和な、本当に平和な田舎の日常である。
こうして、長野県飯田町へと舞台を移した最強の農家ユウトは、『実家の裏山の古びた用水路を掃除するだけで、伝説の水神を屈服させて居着かせ、世界を救うレベルの神霊蕎麦を錬成してしまう』という、周囲の壮大でピントのズレた勘違いを、さらに一段、いや、何段階も高い次元へと深めることとなった。
「女王陛下……、あの神霊蕎麦をもし毎日いただくことができれば、我々エルフ族は永久に病を寄せ付けず、魔王の残党はおろか、深淵より現れる邪神すらも、デコピン一発で粉砕できる最強の神の軍勢へと至るでしょう……!」
「ええ……! ですが、決して驕ってはなりません騎士団長。私たちはあくまで、創造神様の『お蕎麦作りのお手伝い』をさせていただく、ただの居候。明日もまた、水神様(※ブルー)や神鳥様(※フェニックス)の機嫌を損ねぬよう、最高のおもてなし(※その辺の畑で採れた美味しいトマトや極上の虫)をご用意しましょう!」
信州の澄み切った秋の風が優しく吹き抜ける飯田町で、エルフたちのピントのズレた『最強の主婦(?)への道』は、この美しい大自然と、美味しいお蕎麦の香りの中で、ますます留まるところを知らずに加速していくのであった。
次回、第20話「実家の柿の木(※ただの渋柿)を少し剪定したら、世界樹の果実へと進化して、それを奪いに来た魔王軍の幹部が柿の渋みで悶絶して降伏したんだが」
飯田町の名産品「市田柿」を作ろうと、実家の裏庭にある古い柿の木の剪定を始めたユウト。しかし、彼が剪定バサミをチョキ、チョキと入れるたびに、柿の木は限界突破を起こし、伝説の『世界樹』へと超進化!実ったのは、一口かじれば万物の神の力を手に入れられるという伝説の神果。それを奪おうと空間の裂け目から襲来した魔王軍の最高幹部だったが、ユウトが「まぁ、お茶請けにでも食べてよ」と気さくに差し出した、まだ干していない超強力な『渋柿』を一口かじった瞬間、あまりの渋みに魔力回路が暴走・ショートし、悶絶してその場で涙の降伏を宣言!?最強の干し柿が巻き起こす、究極の脱力スローライフ、どうぞお楽しみに!




