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アルカディアの残光  作者: yuni
第1章:ロスト・メディアの誘惑

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6/11

第2節:奇跡のメイドと神アニメ――3/3


――7. 2つの視線――

薄暗い階段の踊り場に立つアオイは、絵画のように美しく、同時にどこか現実感を欠いていた。


「君、サツキさんの名前まで知ってるの……? 一体何者なんだよ」


キシが階段を一段上りながら問い詰める。アオイはそんなキシの警戒心をのぞき込むように、長い睫毛を揺らした。


「だってサツキさんは有名人だもん。この街の『生き字引』でしょ?」


そう言って、アオイは人懐っこい笑みをサツキに向ける。 高校生らしい無邪気さで向けられたその笑顔は、胸がときめくほどに可愛い。しかし、サツキの目は営業用のそれとは違い、鋭くアオイの全身を観察していた。目の前の少年が着ている、今はなき「神田電子高等学院」の制服。ボタンの擦れ具合、生地の質感――すべてが、まるで今朝クローゼットから出してきたかのように真新しい。


「可愛い坊やね。お姉さん、若い男の子には優しいんだけど……流石にその格好でそんな古い同人誌を持たされると、バックにいる『大人の影』を疑っちゃうな。誰に頼まれてキシくんに近づいたの?」


サツキの静かな威圧。だがアオイは、困ったように首を傾げるだけだった。


「誰もいないよ。僕はただ、お兄さんたちと『アルカディア』の続きが見たいだけ。……本当に、それだけなんだ」




その声に含まれた純粋な響きに、キシの警戒心が少しだけ削がれる。大学のコンパで会うような、計算高い同世代とは明らかに違う。「純粋な熱量」がそこにはあった。


――8. 地下階の「アーカイブ」――

「ついてきて。ここに、お兄さんが探してるものがあるから」


アオイは翻ると、階段を上るのではなく、地下へと続くさらに暗い通路へと歩を進めた。キシとサツキは顔を見合わせ、意を決してその背中を追う。

ビルの地下は、ひんやりとした湿った空気に満ちていた。カビと、古い電子基盤が焦げたような、特異なアキバの匂い。アオイが重い防火扉を開けると、そこは広大な私設の「倉庫」のようになっていた。


「うわ……すごい……」


キシは思わず声を漏らした。 そこには、90年代から2000年代初頭の秋葉原のカルチャーが、そのまま冷凍保存されたかのように並んでいた。壁一面の棚には、当時のアニメ雑誌『ニュータイプ』や『アニメージュ』がバックナンバーごと並び、段ボールには未開封の古いフィギュアやテレホンカード、PC-98シリーズの茶色いデスクトップ本体が積み上げられている。


「ここは……昔のオタクたちの共有倉庫?」 サツキが棚の1つに触れながら呟く。

「そうだよ。みんなが街から持ち寄った、大切な思い出の場所」


アオイは倉庫の奥にある、1台の古い編集用モニターの前で立ち止まった。その傍らには、キシがジャンク屋で見つけたものと全く同じ、ラベルのない黒いVHSビデオテープが、数本きれいに並べられていた。


「これ……『アルカディア』の2話と3話、ですか?」


キシが震える声で尋ねると、アオイは嬉しそうに頷いた。


――9. タイムラインの「バグ」――

アオイは手慣れた手つきで2話目のテープをデッキに差し込み、再生ボタンを押した。 ブラウン管に映し出される、息を呑むような神作画の続き。1話目以上のクオリティで展開される激しいロボット戦。キシとサツキは、アオイの存在すら忘れて画面に釘付けになった。

やはり、これは本物だ。誰かが悪戯で作れる規模の映像ではない。

その時、キシのポケットの中でスマホが激しく震えた。SNSの通知だ。 キシが昨日アップした『アルカディアの残光』の動画。その考察スレッドの動きが、奇妙な局面を迎えていた。


『おい、大変だ! ネットの国会図書館のアーカイブに、1995年のテレビ番組表データが更新されたぞ。夕方5時半の枠に、マジで「アルカディアの残光」って書いてある!!!』 『え? マジじゃん。画像上がってる。なんで今まで気づかなかったんだ?』 『俺の記憶も戻ってきたわ……。確かこれ、玩具が売れなくて途中で打ち切られた不遇の名作だろ?』

「え……?」


キシは画面を見たまま硬直した。 昨日まで、世界中のどこを探しても1文字すらヒットしなかったタイトルだ。それが今、ネットの住人たちの手によって、当時の「公式な歴史」として次々と“発見”され、証明され始めている。

まるで、ネットの住民たちが「実在したんだ!」と望んだ瞬間に、過去の歴史そのものがリアルタイムで書き換わっているかのように。


「ほらね」


いつの間にかキシの隣に立っていたアオイが、スマホの画面を覗き込みながら、耳元で静かに囁いた。


「みんな、思い出してきたんだよ。最初から、あったんだ。僕たちの『アルカディア』は」


アオイの横顔は、最高に美しく、最高に可愛らしかった。 だが、その背後に流れるアニメの爆発音と共に、キシの胸の奥で、正体のわからない冷たい違和感がじわりと広がり始めていた。


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