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アルカディアの残光  作者: yuni
第1章:ロスト・メディアの誘惑

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7/11

第3節:書き換えられる事実――1/3


――1.スマホの中の変異――

ビルの地下倉庫から地上へ戻ると、秋葉原の街はすっかり夜の帳に包まれていた。 中央通りのネオンが眩しくまたたく中、キシは歩きながらスマホの画面を凝視したまま、何度も足をもつれさせていた。


「危ないわよ、キシくん」


サツキが後ろからフードを引っ張って、歩道に引き戻す。いつものメイド服から私服のパーカーに着替えた彼女の顔にも、いつもの余裕はなかった。

キシのスマホの画面――そこでは、昨日キシが投稿した30秒の動画を起点に、恐ろしい現象が起きていた。


『【速報】幻のアニメ「アルカディアの残光」、当時の雑誌記事発掘される』 ネットの掲示板やSNSには、誰かが自宅の押し入れから引っ張り出してきたという、1995年当時のアニメ雑誌『アニメディア』の切り抜き画像がアップされていた。そこには確かに、作中のロボットのイラストと「新番組告知!」

の文字が印刷されている。


ネットの住人(視聴者)たちは大興奮でタイムラインを埋め尽くしていた。


『うおおお!やっぱり実在したじゃん!』 『俺の記憶、ボケてなかった! 当時、裏番組のセーラームーンが強すぎて爆死したやつだ!』 『ビデオ持ってる奴、神すぎる。全話アップしてくれ!』


「サツキさん……これ、どういうことですか。昨日までネットの海に1文字もなかったんですよ? なのに、古い雑誌の記事が急に現れるなんて……」 「わからない。でも、あの画像に写ってる雑誌のレイアウト、本物よ。当時のフォントだし、紙の色褪せ方も不自然じゃない……」


サツキは自分の頭を抱えるようにして呟いた。30代後半の彼女がリアルタイムで生きてきた「平成」の記憶が、スマホの画面に映る「新しい事実」によって、じわじわと書き換えられようとしていた。


――2.すり替わるタイムライン――

「ねえ、お兄さん。そんなに不思議かな?」


二人の後ろを、数歩遅れてついてきていたアオイが、トコトコと駆け寄ってきた。 黒い詰襟の学生服を少し着崩し、無邪気な笑みを浮かべるアオイ。その姿は、夜のアキバのネオンに照らされて、胸が締め付けられるほどに可愛い。大学の同級生なら誰もが振り返るような美少年が、人懐っこくキシの袖を引く。


「インターネットって、みんなの『これが欲しかった』が集まる場所でしょ? だったら、みんなが『あったはずだ』って強く望めば、歴史だってそっちに味方してくれるよ」

「歴史が味方する……? 何言ってるんだよ。データが急に生えてくるわけないだろ」



キシが声を少し荒げると、アオイはシュンと悲しそうな顔をして、長い睫毛を伏せた。その守ってあげたくなるような表情に、キシはそれ以上言葉を続けられなくなる。


「アオイくん」


サツキが二人の間に割って入り、アオイの目をじっと見据えた。


「あなた、さっきの地下倉庫で『みんなが街から持ち寄った思い出の場所』って言ったわね。あの『みんな』って、誰のこと?」


アオイはゆっくりと顔を上げ、サツキを見つめた。その瞳は、夜のアキバの光を反射して、まるで底のない深い水面のようにきらめいていた。


「……内緒。でも、もうすぐサツキさんだって思い出すよ。だってサツキさんも、あの頃の『寂しいアキバ』にいた一人なんだから」


――3. 街の「バグ」――

アオイの言葉の意味を咀嚼する暇はなかった。 中央通りへ出た瞬間、キシは奇妙な浮遊感に襲われ、その場に立ち止まった。


「……え?」

何かがおかしい。 つい数時間前、大学帰りにこの街へ来たとき、通りの角にある巨大なビルには、最新のスマートフォン向け美少女ゲームの派手なピンク色の広告が掲げられていたはずだった。

しかし、今キシの目の前にあるその巨大看板には―― セル画特有の重厚なタッチで描かれた、あの『アルカディアの残光』のロボットと、荒々しい文字のロゴがデカデカと印刷されていた。

まるで、最初からそこに何ヶ月も掲げられていたかのように、街の景色に完全に馴染んで。


「嘘……でしょ……」


サツキが息を呑み、口元を両手で覆った。

すれ違うオタクたちが、スマホを片手にその看板を見上げて歓声をあげている。

「うわ、マジかよ!アルカディアのリマスター版でも出るんか!?」 「懐かしすぎる!あの不遇の名作がついに報われるのか!」


彼らにとって、その看板は「突然現れた異常事態」ではなく、「待ち望んでいた最高のニュース」だった。誰もその矛盾を疑っていない。

世界が、急速に色を変えていく。 ネットの中の熱狂(集合無意識)が、2026年現在の秋葉原の物理的な現実を、音もなく書き換え始めていた。その狂気的な変化の真ん中で、キシは手の中のスマホを強く握りしめることしかできなかった。


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