第2節:奇跡のメイドと神アニメ――1/3
―― 1. バズの喧騒と、消えない渇き――
キシがSNSに投稿した「30秒の直撮り動画」は、驚異的なスピードでネットの海を駆け巡っていた。
翌日の大学の講義中、キシは机の下で何度もスマホの画面を更新していた。通知の数字が、見たこともない速度で跳ね上がっていく。
『おいおい、この作画やばすぎだろ。今のデジタルじゃ出せない生々しさがある』 『セル画の王道ロボットアニメ!? 90年代にこんなのあったか?』 『声優が豪華すぎる。神谷さんと林原さんじゃん! 幻のお蔵入り作品?』
ネットの住人、そして画面の前の視聴者たちは、キシが仕掛けた「謎解き」に完全に火がついた状態だった。有志によって動画のコマ送り解析が始まり、作中のフォントや背景のビルの形状から、「1995年頃の秋葉原」が舞台であることまで特定され始めていた。
しかし、どれだけバズろうとも、肝心の「公式な記録」は1件も出てこない。テレビ局のデータベースをハッキングまがいに調べたという強者の書き込みすらも、『該当なし』という結論を出していた。
「みんな楽しそうに考察してるけどさ……」
キシはため息をつき、スマホをポケットにしまった。 ネットが盛り上がれば盛り上がるほど、自分の手元にあるあの黒いビデオテープの不気味な質量だけが、現実味を帯びてずっしりと重くなっていく気がした。
―― 2. ジャンク屋に吹いた「異質な風」――
夕方、キシはいつも通り『電脳堂』のカウンターに立っていた。 店長は相変わらず奥の作業場で何かを叩いており、店内に響くのはラジオのノイズと、古い換気扇の回る音だけ。
「いらっしゃいませ……」
自動ドアが開く音がして、キシは顔を上げた。 その瞬間、言葉が喉に引っかかった。
店に入ってきたのは、一人の少年だった。おそらく高校生だろう。 詰襟の黒い学生服を着ているが、その姿が、異様なほどに美しかった。一目見たときは女性だと思ったのだが、服装から男性だと分かったほどだ。
サラサラとした黒髪に、吸い込まれそうなほど大きな瞳。色白の端正な顔立ちは中性的で、もしフリルの衣装を着せたら、サツキのいるメイドカフェでも一瞬でトップに君臨しそうなほど、めちゃくちゃ可愛い。しかし男だ。こんな可愛い子が女の子のはずがない。
キシが目を奪われたのはその容姿だけではない。 その少年がまとっている「空気」が、今の2026年の秋葉原には絶対にいないタイプのものだったからだ。流行りのスマホもイヤホンも持たず、ただ静かに、店内の埃っぽい棚を見つめている。
少年は、平成初期の古い電子部品――緑色の基盤や、剥き出しの真空管が並ぶ棚の前で足を止めた。そして、白く細い指先で、一つの錆びついたトグルスイッチにそっと触れた。
その手つきは、まるで長年会っていなかった恋人に再会したかのように、切なく、愛おしそうだった。
―― 3. 「続き、探してるんでしょ?」――
キシはゴクリと唾を飲み込み、少年に声をかけた。
「あの……何か、お探しですか? そのへんは古いパーツばかりで、もう動くかどうかも……」
少年は、触れていた指をゆっくりと離し、キシの方を振り返った。 その綺麗な唇が、いたずらっぽく、小さな弧を描く。
「ううん。ただ、懐かしいなと思って」
鈴の鳴るような、透き通った声だった。
「これね、『アルカディア』のコックピットの、左側のコンソールに使われている制御スイッチのモデルなんだよ。当時のスタッフが、この近くのジャンク屋で買い漁って設定に起こしたんだ」
「え――」
キシの心臓が、ドクンと大きく跳ね上がった。 『アルカディア』。ネットの誰もが特定できず、サツキすら知らなかった、あの存在しないアニメの名前が、少年の口から滑らかに飛び出したのだ。
「君……! なんでその名前を……!?」
キシがカウンターから身を乗り出すと、少年は怯える風でもなく、ただじっとキシの目を見つめ返した。その瞳の奥には、16歳の高校生とは思えないような、深く、底の知れない寂しさが揺らめいているように見えた。
少年はカバンから、一冊の古びた冊子を取り出し、カウンターの上に静かに置いた。 それは、手作り感のある、色褪せた「同人誌」のように見えた。表紙には、見覚えのある明朝体でタイトルが刻まれている。
「お兄さん、探してるんでしょ? ――あのビデオの、続き」
少年はそう言うと、最高の笑顔をキシに向けた。その可愛らしさに一瞬意識を奪われそうになるが、少年の言葉の意味に、キシの全身の肌が粟立った。




