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アルカディアの残光  作者: yuni
第1章:ロスト・メディアの誘惑

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3/10

第1節:ジャンク屋の大学生――3/3


―― 7. レジェンドのいる場所――

夕暮れ時の秋葉原。ネオンが灯り始めたジャンク通りの雑踏を、キシは競歩に近い早さで突き進んでいた。リュックの中のビデオテープが、歩くたびに背中にゴツゴツと当たる。

向かったのは、雑居ビルの3階にある老舗メイドカフェ『シャ・ノワール』。

最近流行りのコンカフェのような派手な電飾はなく、クラシカルな内装と落ち着いたブラウンの木造りが特徴の、アキバでも数少ない「平成の残り香」がする店だ。

ドアを開けると、カウベルがチリンと涼しい音を立てた。


「おかえりなさいませ、ご主人様❤」


入り口で出迎えたのは、エプロンにフリルがあしらわれた、正統派の黒いロングスカート姿のメイド。

小柄で、透き通るような肌。大きな瞳を輝かせて小首を傾げるその姿は、どう見ても20代前半――いや、下手をすればキシと同じ10代後半にすら見える。

彼女こそが、この店の看板メイド、サツキだった。


「あ、キシくんじゃん。お疲れ様! 今日は大学の帰り?」

「サツキさん……。すいません、ちょっと、どうしても見てもらいたいものがあって」

「ん? なになに、改まって。あ、もしかして新作のレトロゲーのレア盤でも掘り当てた?」


サツキはいたずらっぽく笑う。しかし、キシの目がいつになく真剣であることに気づくと、「ちょっと待っててね」と目配せし、手際よく他の給仕を片付け、キシの席へと戻ってきた。


―― 8. 膨大な脳内データベース――

サツキは『シャ・ノワール』がオープンした当初から店に立つ、界隈では有名なレジェンドメイドだ。

その驚異的な若々しさから、新規の客はみんな彼女を「現役の女子大生」だと思い込む。だが、キシのような常連の古参オタクだけは知っている。彼女の知識の引き出しの多さ、そして時折漏らすネットスラングの年代が、明らかに「平成初期」のものであることを。


彼女の本当の年齢は、推定30代前半から後半。

90年代後半のアニオタ・ゲーオタの洗礼をリアルタイムで浴び、アキバが「萌えの街」へと変貌していく混沌の歴史をすべて肌で知っている、まさに生き字引だった。


「で、何を持ってきたの?」


キシは周りの客に聞こえないよう、声を潜めてリュックから黒いビデオテープを取り出した。カウンターのテーブルに置かれたそれを見て、サツキの眉がピクリと動く。


「VHS……? 渋いチョイスね。ラベルもなし?」

「これ、さっきバイト先の回収箱で見つけたんです。中身、1話分だけアニメが入ってたんですけど……タイトルが『アルカディアの残光』。サツキさん、これ心当たりありませんか?」

「アルカディアの残光?」


サツキは人差し指を顎に当て、天井を見上げた。彼女の脳内にある、膨大な「アキバ・サブカルチャーのデータベース」が高速で検索を始めているのが分かった。数秒後、サツキは不審そうに目を細めた。


「……ないわね。私、90年代の深夜アニメと、OVAは、雑誌の裏広告のマイナーなやつまで全部チェックしてた自信がある。でも、そのタイトルは1回も聞いたことがない」

「やっぱり、そうですよね? でも、作画が信じられないくらい神がかってて、声優も当時のトップクラスなんです。自主制作や、地方局のマイナーアニメってレベルじゃない。ハリウッド級の大作なんです!」


熱弁するキシに、サツキの顔からいつもの営業用の笑顔が消え、リアルな「古参オタク」の鋭い目が覗いた。


「声優は誰だったの?」

「メインは、あの神山さんの若い頃の声でした。ヒロインは、森原さんっぽい響きで……」

「はあ!? そんなの、当時のアニメ業界が総力を挙げなきゃ不可能なキャスティングじゃない。もしそんな大作がお蔵入りになってたなら、制作会社の倒産ニュースとかで、絶対ファンの間で語り継がれてるはずよ」


―― 9. 動き出す「ネットの海」――

サツキの言葉で、キシの背筋に冷たいものが走った。アキバの歴史のすべてを知る彼女が「100%知らない」と言い切ったのだ。


「……サツキさん。スマホ、借りてもいいですか」


キシは自分のスマホを取り出すと、バイト先でこっそり画面を直撮りしておいた「30秒の動画」を再生した。ロボットが火花を散らして起動し、少年が叫ぶ、あの圧倒的なシーンだ。

サツキが画面を覗き込む。息を呑む音が聞こえた。


「な、何これ……。セル画の厚みが本物じゃない。この光の入れ方、95年前後の、あの大手スタジオの癖にそっくり……。え、待って、これ本当に実在するの……?」


サツキの指が、驚きでわずかに震えている。彼女の「記憶」と、目の前の「現実」が激しく衝突していた。


「これ、ネットに投げてみます。誰か一人くらい、何か知ってる奴がいるかもしれない」


キシはSNSを開き、直撮りした30秒の動画に短いテキストを添えて投稿した。


『アキバのジャンク屋で拾ったVHS。90年代のアニメっぽいけど、タイトルもスタッフも一切不明。誰かこれ知りませんか? #拡散希望 #アルカディアの残光』


画面をスクロールして投稿が完了したのを確認する。


この時、キシもサツキも、まだ気づいていなかった。

この何気ない投稿が、2026年のインターネットを、そして自分たちの生きる「現実」そのものを、じわじわと侵食していくカウントダウンの始まりになることを――。

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