第1節:2026年、瓦礫の街――2/3
―― 4. 沈黙のメガロポリス――
誰もいない中央通りを、キシとサツキは肩を寄せ合うようにして歩いていた。
街頭スピーカーからのBGMもなく、車のロードノイズもない。時折、ひび割れたビルから剥がれ落ちた看板の破片が、カラン……とアスファルトに転がる音だけが、耳が痛くなるほどの静寂を破る。
「本当に、誰もいないのね……」
サツキが周囲を見回しながら、小さく溜息をついた。
いつもならカラフルな衣装でチラシを配るメイドたちであふれている路地裏も、今はただの灰色の隙間だった。自動販売機の灯りだけが、無意味に無人のストリートを照らしている。
キシは手の中の、緑色に怪しく明滅するスマホを見つめた。
『【エラー】:第13話(最終話)のデータが未検出です。』
「サツキさん。アオイのデータは、まだこの街のどこかに残っています。このエラーを解除しない限り、アキバは2026年のままで『凍結』されたままです。人間も、ネットも戻ってこない」
「最終話、か……」サツキはパーカーのポケットに手を突っ込み、上空を見上げた。「テレビ版の『アルカディアの残光』は、4話までの記憶が実体化して、その後12話までのデータがWikipediaなんかに書き換わってた。でも、誰も『13話』の結末だけは知らない。アオイくん自身も、それを作れなかったってことかしら」
「それを確かめるために、あそこへ行きましょう」
キシが指差したのは、中央通りの喧騒から外れた、あの暗い路地裏――すべてが始まった、ジャンク屋『サトウ電器』のある方向だった。
―― 5. 始まりのジャンク屋――
街の時間が止まっても、その店は変わらずそこに佇んでいた。
古ぼけた木製の引き戸は半分開いたままで、看板の『サトウ電器』の文字は、薄暗い街の光の中で沈んでいる。
二人が店内に入ると、埃っぽくて、焦げた電子基盤のような匂いが鼻を突いた。あの日、キシが1本目のビデオテープを見つけた、あのジャンク屋の風景そのものだ。
「店長……?」
サツキが奥のカウンターを覗き込むが、いつも偏屈な顔で座っているはずの老店長の姿はなかった。ただ、使い古されたプラスチックの丸椅子が、ぽつんと置かれているだけだ。
「やっぱり、店長も消えちゃってる……」
サツキの顔に寂しさが過る。
キシは店内の棚へと向かった。
怪しいジャンクパーツ、出所のわからないケーブル、そしてあの黒いVHSの山。
アオイが作った「完璧で綺麗な1998年」には存在しなかった、オタクたちのリアルな執着が染みついた、埃っぽい混沌。
「アオイは言ってた。『お兄さんが最初にワクワクしたのは、あの薄暗くて汚い、リアルなジャンク屋の棚の上だった』って言葉に反応したんだ。なら、最終話のコードも、この泥臭い場所にあるはずです」
キシは棚の奥へと手を伸ばし、あの日と同じように、ジャンクの山をかき分けた。
―― 6. カウンターの下の「遺物」――
「キシくん、これ……!」
カウンターの裏側を調べていたサツキが、鋭い声を上げた。
キシが駆け寄ると、サツキは足元の古いスチール製の金庫を指差していた。扉はわずかに開いており、その中に1冊の古びたノートが収められていた。
表紙には、手書きのマジックでこう書かれていた。
『1995年~1998年 店頭買取・引き取りノート(サトウ電器)』
「これって……当時のこの店の、リアルな記録?」
キシがノートを手に取り、ページをめくる。
そこには、当時この店を訪れたオタクたちが、生活費のために売っていった、あるいは「処分してくれ」と持ち込んできた古いPCパーツや、同人誌、録画ビデオのタイトルが、店長の几帳面な字でビッシリと書き連ねられていた。
サツキがそのページを凝視し、ある1行で指を止めた。その指が、かすかに震え始める。
「あった……。1995年10月の欄……見て、キシくん」
そこには、確かにこう書かれていた。
『1995年10月24日:テレビアニメ「アルカディアの残光」第1話~第4話 録画テープ(未完・打ち切り) 持ち込み人:神谷』
「神谷……アオイ……!」
キシの心臓が、ドクンと大きく跳ね上がった。
それは、ネットの妄想から生まれた少年アオイの、本当の「オリジナル」の持ち主の名前だった。




