第2節:3人の聖地巡礼――2/3
――4. 異形のラジ館、その胎内へ――
ガラス張りの現代的な壁面を突き破るように、昭和の古めかしいコンクリートの柱が剥き出しになっている駅前広場。
「さあ、お兄さん、サツキさん。中に入ろう?」
アオイは膝の上のビデオテープを愛おしそうに抱え直すと、ひょいと立ち上がった。黒い学生服の裾を揺らしながら、めちゃくちゃ可愛い笑顔でキシたちの手を引こうとする。
周囲のオタクたちは、アオイのその圧倒的な美少女……いや、美少年の姿に完全に魅了され、スマホやガラケーのシャッターを夢中で切っている。彼らにとってアオイは、突如アキバに現れた「究極の2.5次元コスプレイヤー」だった。
「触らないで」
サツキがアオイの手を冷たく拒み、キシを自分の背後に隠した。
「私たちは、あんたの不気味な上映会に付き合うために来たんじゃないわ」
「えー、冷たいな。でも、中に入らないと現実(2026年)には戻れないよ?」
アオイはちっとも悪びれず、長い睫毛を伏せてクスクスと笑うと、歪んだラジオ会館の自動ドアの向こうへとトコトコ歩いていってしまった。
「サツキさん、行きましょう。あいつをフリーにしたら、本当にこの街の時間が完全に止まっちゃう」
キシの言葉にサツキは深く頷き、二人は少年の後ろ姿を追って、異形のビルの胎内へと足を踏み入れた。
―― 5. 積層するオタクの地層――
一歩、館内に入った瞬間、キシは強烈な目眩に襲われた。
エスカレーターの左側は、2026年の綺麗で明るいフィギュアショップやキャラクターグッズ専門店。しかし、右側は――蛍光灯の光が薄暗く、電子パーツのショーケースや、古本がう高く積まれた、四半世紀前の怪しいテナントが並んでいる。
新旧の空間が1つのフロアに、まるで地層のように無理やり押し込められていた。
「懐かしい……。この、床がちょっときしむ感じ、偽物じゃない……」
サツキが周囲を見回しながら、ぽつりと呟いた。彼女の足が、無意識に古いテナントの方へと向かいそうになる。30代後半の彼女にとって、ここはかつて毎週末を過ごした、自分の「青春の原風景」そのものだったからだ。
「サツキさん、騙されちゃダメです! 街の記憶が、サツキさんのノスタルジーをエサにして、さらに物質化しようとしてるんだ!」
キシの声で、サツキはハッと我に返った。
その時、上の階から「ドーン!」と、重低音の地鳴りのような音が響いてきた。
「あはは! 始まったよ!」
階段の踊り場から、アオイの弾んだ声が聞こえる。少年は学生服のポケットに手を入れ、手すりから身を乗り出してキシたちを見下ろしていた。その瞳は、まるでこれから遊園地のアトラクションを楽しむ子供のように、純粋な歓喜でキラキラと輝いている。
「みんなの記憶が繋がって、ついに『4話』が実体化を始めたんだ。お兄さん、早く来ないと、名シーンを見逃しちゃうよ!」
―― 6. 2026年の断絶――
キシとサツキは、エスカレーターを駆け上がった。
階を上がるごとに、2026年の近代的な要素は剥がれ落ち、ビル全体が平成初期の「怪しいラジオ会館」へと完全に入れ替わっていく。
スマホの画面を見ると、ついに画面全体が激しい緑色のノイズで埋め尽くされ、完全に電波が遮断された。
現代の友人たちと繋がるSNSも、大学のポータルサイトも、もう開けない。
完全なる、2026年からの断絶。
ついに最上階の催事スペースへと辿り着いたとき、そこは異様な「上映会場」と化していた。
窓のない薄暗い広場の中央に、巨大な、それこそ軽自動車ほどもある超大型のブラウン管テレビが鎮座している。その前には、いつの間にか集まってきた、数百人もの「バンダナにチェックシャツ姿のオタクたち」が、息を呑んで画面を見つめていた。
大画面に映し出されていたのは、あのアニメ『アルカディアの残光』の第4話。
激しい戦闘シーンの爆音と、神山さんの若き日の絶叫が、古いスピーカーから大音量で響き渡り、空間全体を激しく震わせていた。
「綺麗でしょう?」
テレビのすぐ横で、アオイが誇らしげに両手を広げた。
少年の顔は、爆発の赤い光に照らされて、背筋が凍るほどに美しく、そしてどこまでも狂っていた。




