第2節:3人の聖地巡礼――1/3
―― 1. 鳴り止まない電子の悲鳴――
「アオイ……!」
キシの叫びは、数千台のジャンクPCが発する凄まじいファンの駆動音にかき消された。
アオイが光の海へ消えた直後、地下室のブラウン管モニター群は一斉に激しい砂嵐を放ち、まるで部屋全体が巨大な灰色の生き物のように脈打ち始めた。
「キシくん、ぼーっとしないで! 崩れるわよ!」
サツキがキシの腕を強く引き、二人は鉄製の重い扉を閉めて地下倉庫の通路へと飛び出した。背後でガシャーンと何かが倒れる鈍い音が響く。
通路を駆け上がり、再び雑居ビルの外へ出たとき、秋葉原の夜空は異常な光景に包まれていた。
空の色が、現代の夜の暗闇ではなく、どこか色褪せた「初期の液晶画面」のような、緑がかった奇妙な発光を見せている。スマホを確認すると、時刻の横にある電波アイコンが激しく点滅し、2G、3G、4G、5G、そして存在しない通信規格のロゴがデタラメに高速で入れ替わっていた。
「街の書き換えが……止まってない。むしろ、加速してる?」
キシは息を切らしながら、自分の手が時折、ブラウン管の走査線のようにブレるのを見て戦慄した。
―― 2. 地図に隠された「次の座標」――
「……これを見て」
ビルの軒下に身を寄せたサツキが、アオイが残していった例の同人誌をポケットから取り出した。彼女の指はまだ小さく震えていたが、その瞳には「絶対にこの街を元に戻す」という強い光が灯っている。
「アオイくんが消える直前、この冊子のページが勝手にめくれたの。ほら」
サツキが示したのは、最後のページに描かれていた「古いアキバの地図」だった。
先ほどまで万世橋近くのビルに付けられていた「×印」の他に、新たなインクが滲み出るようにして、もう一つの場所が赤く染まっていた。
場所は――『秋葉原ラジオ会館』の旧館があった位置。
「ラジオ会館……。でも、あそこは2014年に建て替えられて、今は綺麗でおしゃれなビルになってるはずじゃ……」
キシが言いかけたその時、中央通りの方から「ゴゴゴゴ……」と地響きのような音が聞こえてきた。
二人が慌てて通りへ視線を向けると、信じられない光景が広がっていた。
現在建っているガラス張りのスタイリッシュな複合ビル『ラジオ会館』の輪郭が、蜃気楼のように激しくゆがみ、その内側から、かつての、あの黄色い大きな看板を掲げた「昭和・平成の古いラジオ会館」の姿が、物質的な質量を伴って“生えて”きていたのだ。
新旧のビルが重なり合い、空間が悲鳴を上げている。
―― 3. 待ち受ける美少年の幻影――
「行くしかないみたいね」
サツキが自嘲気味に笑い、パーカーの紐をきゅっと結んだ。
「今のラジ館も好きだけど、私の10代が詰まってるのは、あの怪しくて、ゴチャゴチャしてて、どこか薄暗かった古いラジ館よ。アオイくんはあそこで、私たちに何を見せる気かしら」
二人は、歪み続ける空間を縫うようにして、駅前のロータリーへと走った。
すれ違う通行人たちは、ある者は現代のスーツ姿で頭を抱え、ある者はバンダナにリュック姿で歓声を上げている。完全に2つの時代が物理的に衝突していた。
半分がガラス、半分が古いコンクリートという、見るも無惨に引き裂かれたラジオ会館の正面入り口。
その自動ドアの前に、人だかりができていた。皆がスマホや、なぜか古い使い捨てカメラを向けている中心に、その少年はいた。
「遅かったね、お兄さん。待ちくたびれちゃったよ」
人混みの真ん中で、黒い学生服を着たアオイが、ちょこんと地べたに座り込んでいた。
その姿は、息をのむほどに可愛らしく、そして周囲のオタクたちの「萌え」という感情をすべて吸い上げているかのように輝いていた。アオイの膝の上には、またしても新しい、一本のビデオテープが置かれていた。
「ここは、みんなの熱量が一番集まる場所。さあ、第4話の上映会を始めよう?」
アオイは満面の笑みでキシを見上げた。その純粋すぎる瞳の奥で、街を完全に過去へと巻き戻すための「狂気」が、静かに渦巻いていた。




