第八話 交流
棚部と広岡を残し、ブレイクたち八人は館を出た。
生暖かい風が吹く中、空を見上げてを歩く。うっすらとしか見えないが、空には真っ白な宮殿のような建物が浮いていた。
ブレイクは渡された資料の中にあった、『カコデモニア』について書かれていたことを思い出す。この世界は大まかに上界、中界、下界、最下界という、四つの世界が重なってできているらしい。自分たちのいるここが中界だ。つまり、空に見えているあれは上界の建物なのだろう。
そんなことを考えながら歩いていると、先頭に立つノーザイは後ろにいるみんなの方を向いて、後ろ歩きしながら行き先を伝えた。
「とりあえず、サーラおばさんの所に行こうか。サーラおばさんはこの町の町長をしているお婆ちゃんなんだ。俺ほど人間寄りじゃないけど、人外寄りでもない。常に中立に立ってるお婆ちゃんだよ」
「そういえばここの町の名前を教えてなかったね。町の名前は『サレイア』って言うんだ。あんたらの住む館も『サレイア』に含まれるよ」
館から少し歩けば、住宅地が見えてくる。どの建物も、中世ヨーロッパを感じる造りになっている。飲食店や花屋、洋服店や八百屋など多くの店があり、それなりに栄えているのが分かる。
その住宅地を少し抜けたところに、ポツンと普通サイズの家があった。庭は綺麗に手入れされ、黄色に統一された色んな花が咲いている。花で出来たアーチ状の門を通り、家の前まで到着する。
ノーザイは玄関のドアをノックをすると、ドアに飾られ萎んでいた黄色の薔薇の花が咲いた。
それは入ってもいいという合図だったらしく、ノーザイはドアを開けて、中に居るであろうサーラへ挨拶をした。
「やっほー、サーラおばさん。新しい仲間が来たから紹介しにきたよ」
「おやおや、ノーザイちゃんは元気ねぇ。……あら本当だわ、いっぱい人がいる。とりあえず、どうぞ上がって」
家の中で待っていたのはお婆ちゃんだった。杖を突いているが腰が悪そうには見えず、元気そうなお婆ちゃんと言った感じだ。白髪をお団子にして纏め、鼻掛けメガネを付けていた。多くの日本人が想像できるような、なんの変哲もないお婆ちゃん。少々町並みと合わないような気がしなくもないが、ブレイクは口を固く閉じた。
そんな彼女に家の中へ案内されたブレイクたちはそのままサーラに促され、八人が座っても余裕のある大きなソファーに座る。
奥のキッチンから紅茶と茶菓子を持ってきたサーラは、机に紅茶と茶菓子を置いてから一人用のソファーに腰掛け、ブレイクたちをしっかり見た後ニッコリと笑い紹介を始めた。
「あたしから紹介するわね、あたしはサーラ。ただのしがない婆さんだよ。この町で何かあったら、あたしになんでも言って頂戴。あたしは人間も人外も差別しないわ」
最後の言葉からは、サーラの強い意志を感じた。彼女のことはそれなりに信頼しても良いのかもしれない、そう思えるほどだった。
「それじゃあ、こっちも紹介するよ」
ノーザイに言われるまま、ブレイクたちは順番にサーラへ紹介をしていく。全員の紹介が終わったところで、サーラは何度か頷き「バッチリ覚えたわ」と言って親指を立てた。
「この『カコデモニア』という世界は人間にとって住みにくいと思うけど、この町は比較的安心だからね」
サーラはブレイクたちを心配そうに見つめて、優しい口調でそう言った。そして、先程までの優しい顔とは違う、冷徹のような瞳でこちらを見た。
それに対し、ノーザイとサフィナ以外はびっくりして背筋を伸ばす。サーラは気にせず語る。
「この世界は弱肉強食を地で行ってるけど、ここ『サレイア』ではあたしがルール。どんな時も共存共栄であるべきよ。でも、ルールを守らない輩は何処にでも居るわ。勿論、それぞれ自分の信念があって、それを基準に行動するのは悪いことでない。でも時間や場所を考えてやるべきね。あんた達も、気を付けて。許せるのは三回まで、それ以上この町でのルールを無視するなら、死を持って償わせるから。これは人外も人間も関係ない。この町では、全てが等しくあたしの手で裁く」
サーラは微笑んでいるが、きっと今までもそうしてきたのだろうと分かる。ルールを何度も守らない相手は、人外も人間も関係なく彼女に殺されたのだろう。
これは独裁者となんら変わらないのではないか。そう思うが、彼女の共存共栄の心に町民は異論などないのだろう。でなければ、反乱が起きているはずだ。
それか反乱が起きても、その都度消している……という可能性もある。彼女はそれぐらい簡単にできてしまいそうだ。ブレイクはそう感じた。
そんなブレイクをよそに、ノーザイはニコニコとサーラのことを話していく。その姿は、ノーザイのサーラに対する心からの信頼が見えた。
「サーラおばさんは実績が凄いからね。その実績の積み重ねで、こうしてこの町のトップに立ってるんだ。町民から厚い信頼があるのは、サーラおばさんのお陰でそれなりに秩序が保たれてる……ってのが大きいんだよ。ルールさえ守ればいいだけだしね」
「まぁ、ルールと言っても、みんなで協力し合おうってだけの話さね。争いを起こしたり、誰かを意図的に傷付けるような行為をしなければいいだけよ。例外があるとすれば、相手側がルールを無視して襲ってきた時。抵抗する際に相手を傷付けてしまっても、それはルール違反にならない。正当防衛で傷付けても、それは仕方ないわ。そもそも相手側が襲わなければいいだけの話。あたしは “ちゃんと見てる” から、冤罪をかけられるかもしれない……と心配しなくて大丈夫だよ」
サーラは紅茶を飲み一息つく。
彼女の瞳は何もかも見透かしたようで、視線を逸らしたくなる。ノーザイとサフィナ以外のみんなも同じようで、周りの緊張が伝わる。
サーラは瞬きをする。その一瞬で、先程の冷たい瞳は鳴りを潜め、にっこりと微笑み語る。
「もし、ここでの共存共栄が難しいと感じるなら、この町から出るのが一番だよ。『サレイア』から出れば、すぐに弱肉強食が全ての無法地帯となる。あたしは来るものは選び、去るものは一切追わないスタンスなんだ。あんた達はノーザイちゃんや棚部ちゃんのお連れ様だ、きっと大丈夫だと信じてるわ」
この町についての説明以降、サーラは雑談を始めた。雑談をしている時のサーラは、本当にただのお婆ちゃんに見えた。
サーラの家に来てから一時間ほど、ノーザイが他にもいろいろ見て回るからと言えば、お婆ちゃんの長い雑談から解放された。庭の出入り口まで来た時、サーラはサフィナに何か思い出したように話し掛ける。
「そうだサフィナちゃん、良かったわね。本当のお兄さんが来てくれて」
「……本当のお兄さん?」
「えっ、あ、いや違うのよお兄ちゃん」
サーラの言葉に反応を示したのは、サフィナではなく彼女の隣にいたブレイクだった。サフィナが咄嗟に否定をするが、サーラは面白がっているのか、ブレイクの疑問に答える。
「サフィナちゃんはね、お兄さんが来る前はノーザイちゃんのことをお兄さんみたいに思ってたのよ」
「お兄さんと言っても、近所のお兄さんみたいな感じだからっ! 私のお兄ちゃんは一人だけだよ……ってお兄ちゃん?」
サーラの説明に、ブレイクの顔がどんどん暗くなっていくのが見えたサフィナは、必死に弁明をする。
しかし、サフィナが気付いたときには既に遅く、ブレイクはノーザイの元まで近付いていた。
「悪いがサフィナの兄の座は譲れない。まだ恋人の方が許せる。兄は俺一人で充分だ」
「え、なに? なんの話?」
「いや、今はまだいい。いずれはお前と兄の座を懸けて、決着をつけなくてはいけないだけだ」
「マジでなに? なんか性格変わった? 体調悪いならもう少し休もうか?」
ブレイクの発言に意味が分からず、疑問符を浮かべて彼を心配するノーザイに、そのやり取りを見ていた徳札は辛辣に述べる。
「ノーザイさん、そのシスコンは気にしなくて大丈夫ですよ。兄弟を持つ者が発症する、特有のアレです。時間が勿体無いので、気にせず次に行きましょう」
サフィナはブレイクを回収し、ノーザイたち一行はサーラの家から離れる。
それから、町のいろいろなお店を見て回り、ノーザイの知り合いと邂逅して話したりと、この『サレイア』という町の雰囲気を感じることができた。
確かにこの町は、ルールさえ守っていれば生きやすそうであった。そのルールも、普通にしていればまず破るような事のないものだ。
『サレイア』はルールがあり生きやすそうな町だが、他の町などはどうなっているのか、ブレイクは少し気になった。
サーラの言葉を思い出す。町の外に出れば、弱肉強食が全ての無法地帯になる。それは比喩なのか、本当にそのような事態になるほど荒れているのか、ブレイクの不安は尽きない。




