第六十話 犬猿の仲
とある屋根の上。それは階直の実家の屋根だ。そこには一人の青年が立っていた。彼は長めのウルフカットをした赤髪に真っ赤な目、白い肌に真っ黒なハイネックコートを着ている。
そんな青年の背後には、十センチから十五センチ程のサイズ、燃え盛る人の型をした『炎の精』が数十体、彼を囲うようにして宙に浮いていた。どの個体も同じ様に見えるが、よく見ると全員微妙に違う。今ここにいる数十体の『炎の精』は、それぞれがそれぞれの意思を持っている。
そんな『炎の精』に囲まれた赤髪の青年は、全く熱さを感じていないように見える。
「ん? あ、これ燃やさなくても良かったやつか? ……まぁ、いいか。もう燃やしちまったし……」
立っていた赤髪の青年はしゃがんで、顎に手を当てながらそう言った。
そして、赤い目の視線を『デルテの館』がある方角へと向けながら、背後にいる数十体の『炎の精』たちと、空いた指で遊びながら呟く。
「あーどうすっかな。やっぱ会いに行くかぁ? でもなぁ、タイミングが悪いよなぁ。いや待てよ……」
ブツブツと何かを呟く赤髪の青年に、声を掛ける人物がいた。
その人物も赤髪の青年と同じく、屋根の上に立っており、黒髪でとても美しい顔をしていた。そう、その人物とはナイアーである。
ナイアーは今までに見たこともないほど、眉間に皺を寄せており、誰が見ても不機嫌であると分かる表情だった。
「なんでキミがここにいる、クトゥグア」
ナイアーに『クトゥグア』と呼ばれた赤髪の青年は、隣に立つナイアーに一切の視線を向けることなく、嫌そうな顔をしながらもナイアーに言葉を返す。
そして『クトゥグア』と戯れていた『炎の精』たちは、ナイアーから遠ざかるように赤髪の青年の後ろに移動した。
「それはこっちの台詞だっつーの。わざわざ会わないでやろうとしたのに、自分から会いに来るとかさ。なに? 嫌よ嫌も好きのうちってやつ?」
ニヤニヤとした顔でナイアーに顔を向けた『クトゥグア』に、ナイアーは大きな舌打ちをして、いつもの中性的な声からは想像もつかないような、とても低く圧のある声を出した。
「チッ! ぶっ飛ばすぞ。…………キミがわざわざ人間の姿になるなんて、何が目的でここへ来た?」
「おー怖い怖い。ワタシは貴方じゃなくて、銀髪くんとサングラスくんに会いに来ただけだが?」
彼が言った銀髪くんとサングラスくんという人物、それは広岡と棚部のことだ。ナイアーはそれを知っている。
「……今はやめといた方がいい。今の雅埜くんに会いに行っても意味ないから。彼は今いろいろと大変だからね。まぁ、それはそれで面白いものが見れるけど……。あぁそれと、本貴くんの方はもっと後に会いに行くといい。そっちの方が、面白いものが見れそうだからね」
ナイアーは胡散臭くも美しいニッコリとした笑みを向け、隣でしゃがんでいる憎たらしい赤髪にそう伝えた。
突然助言をしてきたナイアーに、ちょっと引いた様子で『クトゥグア』は悩む。ナイアーの言葉が本当にただの親切心なのか、今行かないと後悔するから行くなよという罠なのか、その二択で悩むのだ。
「なに急に、めっちゃ親切に教えてくれるじゃん。あ、罠? 罠か? 今行った方がいいって事か?」
「好きに解釈してどうぞ。というか、呼んでもないのに来ないでくれる?」
ナイアーは美しい顔を崩さないまま、ケッという表情をして明後日の方向を向く。
しゃがんでいた『クトゥグア』は立ち上がり、口をへの字にしながら言い返す。
「別に来てもいいだろうが。つーかよ、久し振りに会いに行こうとしたら、二人は今行方不明って言われたんだよ。だから微かな痕跡を追って来た。そしたらこんな所に来ちまっただけで、決して貴方に会いに来たわけじゃねぇ」
左手の中指を立ててこちらに向けて、死ねの意を伝えてくる赤髪の男に、ナイアーも親指を下に向けて死ねの意を伝えながら話す。
「そうか、帰れ」
「ワタシ以外にもわんさかいるだろ。あいつらも帰らせろや」
「キミに比べたら全員マシだよ」
「おう、同意見だ。貴方に比べたら全員マシだわな」
「は?」
「あ?」
ナイアーと『クトゥグア』が、バチバチと火花を散らして口喧嘩をしている中、そんな二人の間に入ってくる女がいた。
「こんなところで何してるの君たち」
そう口にした女性は、少しナイアーに似ていた。女性は黒髪褐色の赤目をしており、頭には赤いベレー帽のような物を被っている。そんな姿をした彼女は、口喧嘩をしていた二人を呆れた目で見ていた。
突然現れた女性に、口喧嘩をしていた二人は大して驚く様子もなく、彼女に対して返事を返す。
「おや、キミから会いに来るなんて珍しいね」
「やっほー、マイノくんも混ざる?」
二人にそう言われた『マイノグーラ』は、腕を組んだまま肩を竦めて、片方の手のひらを二人に向けて拒否の意を示した。
「遠慮するわ。まだ死ぬつもりないもの」
素っ気なく言った、そんな彼女の態度に二人は気を悪くする様子はない。
ナイアーは先程の殺気を納め、彼女にとある質問を投げた。
「ていうか、キミはいつみんなに会うつもり?」
「まぁ……いつか……」
ナイアーの質問に対して『マイノグーラ』は、目を逸らしながらそう呟いた。
彼女のその様子から、何も決めてないんだろうなという事が分かる。『クトゥグア』は半笑いで思ったことを言った。
「つまり決めてないんだな」
「だって別にずっとここに居る訳じゃなもの」
『マイノグーラ』の回答に対して特に興味の無さそうな返事をした『クトゥグア』は立ち上がる。
そして、ずっと後ろで佇んでいた『炎の精』たちを近くへ呼んで、左だけ三つ編みになっている横髪を軽く耳に掛けて話す。
「ふーん、まあいいや。今日の夜にでも、二人の所へ会いに行く事にするかぁ。ニャルくんもマイノくんも、またな」
彼はそう言って『デルテの館』がある方向へ視線を向け、すぐに視線を二人に戻してから手を振り、明るくて熱い炎に包まれて姿を消した。
『クトゥグア』の姿が完全に消え、容姿の似ている二人が残された。そしてナイアーは、小さく舌打ちをした。そんなナイアーからは、目に見えるのではないかと錯覚しそうな程、殺気が溢れていた。
「…………チッ」
「君、もっと殺気を隠しなさいよ。気配に敏感な奴にはバレるわよ」
殺気を駄々漏れにしているナイアーを『マイノグーラ』は呆れた目で見ながら、一部にはバレてるという事を暗に伝えた。
ナイアーはため息を吐いて落ち着く。殺気は収まったが、それでもナイアーは不機嫌さを隠さないまま、自分の従姉妹の方を向いて伝えた。
「……はぁ、私も戻るよ。何かあったら私に文句がくる」
「大変ね……って言いたいところだけど、君は楽しんでるでしょ」
眉を少し下げながらナイアーにそう言った彼女に対して、ナイアーはお手本のような胡散臭いニコニコ顔で答えた。
「あのクソ炎が来なければ楽しいよ」
美しい笑みを浮かべてそう言ったナイアーだが、その笑みどう見ても怒りを含んでいた。彼女はそれにツッコミを入れる事はしない。何故なら面倒だからだ。
「……まぁいいや、私も行くよ。それじゃあまたね」
ナイアーはニコニコ顔からいつもの表情に戻り、自分の従兄弟に対して軽く手を振って挨拶をし、まるで手品のようにパッと姿を消した。
そんなナイアーを見て、彼女は少しだけフッと笑う。巻き込まれるのはごめんだが、あの二名のやり取りは久し振りに見た。少しだけ懐かしい気持ちになり、呆れた目をしていた『マイノグーラ』は表情を戻した。
「ほんと、相変わらずね……」
『ニャルラトホテプ』と『クトゥグア』がいなくなり、その二名が向かった館方面へと視線を向け、一人屋根に残された『マイノグーラ』はポツリとそう呟いた。
その呟きは風によってかき消され、彼女の黒い髪が靡く。靡いた黒髪はまるで蛇のようで、意思を持って蠢いているようだった。
しかし、そんな彼女の姿を見るものは誰もいない。『マイノグーラ』は闇に溶けるように姿を消した。




