第六十一話 カメラ
突然一枚の紙が燃える事態になったが、その紙以外は全て無事なため、階直は少しホッとした。
「他の本や日記は燃えなくて良かった……」
「……まぁとりあえず日記は見つかったので、あとは掃除だけですね」
階直の横で、関が袖を捲りながらそう言った。関のその姿を見ながら、白金が積まれた本たちを指差して疑問を投げる。
「日記だけやなくて、いっぱいある他の本とかも回収するんか?」
そんな白金の疑問に、階直が詩色を指差しながら答える。
「全部は回収しないよ。ボクと論祢で、回収するやつと捨てるやつで分けるよ」
こうしてもう一つの依頼である掃除が始まった。
掃除と言ってもどうせ取り壊すのだから、必要な物といらない物を分けていく作業が殆どだ。七人で家の中にある物を、階直と詩色に選んでもらい分けていく。
太陽の眩しく白い光が夕陽の赤に変わる頃、漸く全ての選別が終わった。
ブレイクたちは伸びをしたり座り込んだりと、思っていたよりみんな疲れていた。
みんなと少し離れた所では、階直は回収した日記とアルバムの中身を確認しながら整理していた。そんな彼女にサフィナは近付く。
そして座っている階直の隣にしゃがみ、数冊積まれている日記とアルバムを見ながら話し掛けた。
「……私も最近日記を始めたんですけど、写真も一緒に載せれたらなって思ってるんです。やっぱりアルバムがあるのとないのでは、思い出の残り方って変わりますかね」
サフィナの真剣に悩んでいる表情を見て、階直は一瞬だけ手を止めた。そしてすぐに手を動かしながら、少し落ち着いた優しい声音で話し始める。
「そうだね、日記や写真に日々の記録を残しておくのは大事だよ。ボクはもうこの日記と写真しか母さんの記憶がないけど、これを見て母さんだけじゃなく、父さんも含めた二人を思い出すんだ。日記と写真の両方あることで、更に鮮明に思い出せる。ボクは二つあるに越したことはないと思うよ」
階直はサフィナに対してそう言いながら微笑んだ。
サフィナに何があったのか階直は知らない。それでも、彼女が何かを抱えているのは分かる。きっと階直が考えている以上の、思いがサフィナにはあるのだろう。階直は深掘りする気はない。
「やっぱりそうですよね。……あの、階直さん。この町でカメラを売ってる所ってありますか?」
サフィナの質問を聞いた階直は、肩から下げていた鞄を漁り始めた。階直が鞄の中から取り出したのはカメラだった。
そして、新品のように見えるカメラをサフィナに向けながらこう言った。
「カメラのお店はあるけど…………ボクのお下がりでよければ、カメラあげるよ」
「えっ! ……いいんですか?」
「興味あるんでしょ? なら使ってよ。それにまだ現役のカメラだから充分使えるよ。ただし、キミが撮りたいものを撮ったら、ボクにも見せて欲しい。人の写真を見るの、好きなんだ」
カメラを渡されて驚くサフィナに階直は、少しいたずらっ子の様な表情でカメラを指差しながらそう言った。
階直の言葉を聞いたサフィナは目をキラキラさせながら、満面の笑みで彼女にお礼を言った。
「ええ、もちろんです! ありがとうございます。大切に使いますね」
「使いたい相手に使ってもらった方が、カメラも嬉しいよ」
階直はそう言って立ち上がり、それに合わせてサフィナもカメラを大事に抱えながら立ち上がる。二人はブレイクや詩色たちがいる方へと戻ってくる。
そんな二人を見た白金が一番最初にサフィナへ声を掛ける。
「なんやなんや、サフィナちゃんええもん貰ったなぁ」
「カメラ?」
白金の言葉を聞いたブレイクもサフィナたちの方へ近付いて、サフィナが持っているカメラに視線を向けた。
サフィナは白金やブレイクたちに笑顔でこう返す。
「はい、日記だけじゃなく写真も撮れたらなって……そう思ってたんですけど、階直さんがカメラを譲ってくれたんです」
そう嬉しそうに話すサフィナを見て、ブレイクはサフィナを連れて来て良かったと思った。
心の底から嬉しそうに笑うサフィナの笑顔が好きだった。妹には幸せに楽しく暮らして欲しいと、ブレイクは常日頃から願っている。今後どうなるか分からないけど、今はこの幸せを少しは享受してもいいだろう。
ブレイクはそう思いながら階直にお礼を言った。
「そうか……階直さん、ありがとうございます」
「ボクも写真をよく撮るんだ。だから家にまだいっぱいカメラがあってね、それもほぼ新品だから、使ってくれた方がありがたい。だからそんなにお礼を言わなくてもいいよ。ほら、キミたちの館に帰ろう。思ってたより遅くなったし、ボクたちがちゃんと送るよ」
階直はそう言って、館のある方面へと指を指す。
その言葉に詩色と関も肯定し、ブレイクたちを送ることになった。
そろそろ日が沈み掛けた頃、ブレイクたちは『デルテの館』に帰ってきた。そしてノーザイが誰よりも早く玄関の扉を開け、とある人物の名前を叫ぶ。
「たただいま~! ねぇ、百奈いる~? 手当てして! ていうかちょっと診て欲しい!」
ノーザイの大きな声に、呼ばれた百奈以外にも棚部や百花、徳札や高峰も一階へと降りてきた。
名前を呼ばれた百奈はノーザイの左手を診ながら何があったのか聞いている。そしてその横ではブレイクたちや白金たちがアレコレと会話をしている。
そんなみんなの様子を少し離れた所で見ていた棚部だが、そんな棚部の元までやって来た男がいた。
それは詩色だった。彼は少し声を抑えながら棚部に話しかける。
「ちょ~っと一つ伝えておきたい事があっての」
まさか詩色が自分に用があるとは思わず、ワンテンポ遅れて棚部は言葉を返す。
「……俺にか?」
「まぁ別に誰でも良いが、わしはアンタかあの銀髪さんに伝えた方がいいと思ったからの。だから今ここにいるアンタに伝える事にしたんじゃ」
自分か広岡を指定した詩色に棚部は少し考えた。
この館に来た時ではなく、依頼から戻ってきた後に伝えないといけない事。ありえるのは、依頼中に起きたら何かについて。
棚部はノーザイと百奈の会話を思い出す。突然持っていた紙が燃えて火傷を負った。可能性としてありえそうなのは火傷の話だが、それならわざわざ自分と広岡のどちらかを指定する必要はない。それこそ百奈とかでもいい筈だ。
棚部はそう思いながらも、ノーザイの火傷の件を上げた。
「……ノーザイが火傷を負っている事についてか?」
棚部の言葉を聞いた詩色は糸目のままニッコリと笑い、そうそうそれそれ! と言いたそうな雰囲気を醸し出した。
「そうそう、それ関連の話じゃ。ノーザイさんが火傷したのは、何者かによる介入があったから。しかし、それが何者かは分からん。ひとつ言える事があるとすれば、それは人外という分類に収めていい相手ではないだろうという事。わしも直接見た訳じゃないからの、明確なことは言えん。ただ、恐ろしい気配を感じた。つまり忠告したかったという訳じゃ。気を付けるんじゃぞ。人間も人外も関係なく、敵わない相手というのはいるからな」
詩色は音量を抑えた声だが、それでも聞き取りやすく淡々と話す。棚部は詩色から聞き逃すなよという圧を少しだけ感じた。
棚部は詩色の話を聞きながら、嫌な想像が二つあった。どちらも面倒で困る。詩色の言うように、とてつもない存在が相手でも困るし、棚部の予想通りの相手が来てても困る。
少しだけ間を開けた棚部は、詩色から少し視線を逸らしつつ話し始めた。
「…………そうか、忠告感謝する。だが、たぶん俺の予想が間違っていなければ……その何者かは敵ではないと思う……」
「心当たりがあるのか? ……なんじゃ、わしはアンタらの事が怖く思えてきたわ」
詩色は両腕をクロスして両手で腕を掴みながら、わざとらしく震える素振りをした。
しかし詩色が棚部たちの事を「こわ~」と思ったのは事実だ。屋根の上から恐怖と不気味さと不安を感じたのは本当で、それらを敵ではないかも知れないと言うのだ。それがどういう形で関係性があるのか分からない。仲間としてか、知り合いとしてか、はたまた信仰的な何かなのか、今の情報では詩色には分からない。
棚部は詩色が自分に対して何か思っているのは分かるが、少なくとも敵意ではない事は分かる。ただ、あまり良い印象を受けているようにも思えない。それを指摘するほど暇ではないし、今日会ったばかりの人外にそこまで強い信頼があるわけでもない。
棚部は特に気にせず会話を続ける。
「あくまで予想だからな。もし間違っていたら、その相手は確実に敵だろう」
「ふむ……まぁ、わしは忠告したかっただけじゃからな。二人をこれ以上待たせるわけにはいかん。頼み事があればこちらからまた赴かせて貰うな」
「ここはなんでも屋じゃないぞ」
「それでも、依頼は受けてくれるんじゃろ? それに、今日みたいに依頼を通して親睦を深めた上で信頼を集めるのも、悪い手じゃないとわしは思うぞ」
詩色はそれだけ言うと、手をヒラヒラさせながら階直や関が居る方向へと歩いて行った。
棚部は詩色の言った事を頭の中で反響させる。その手を考えなかった訳ではない。人間がこの世界でやっていくには、人外と関わって信頼を得るのが早いとは思っている。だが、今回みたいに全てが順調に進むとは限らない。
どう動くのが正解なのか、棚部は未だに悩んでいるのだ。




