第六話 残留の意志
暖かいベッドの中で寝ていると、うっすらと声が聞こえた。それは段々と鮮明に聞こえてくる。
「お兄ちゃん、起きて。もう朝だよ」
懐かしい妹の声に、ハッと目を覚ます。起き上がれば、既に身支度を整えたサフィナ立っていた。
「ふふ、お兄ちゃん寝癖ついてる」
そう言って微笑むサフィナに、ブレイクは心が暖まる。こうしてサフィナが居てくれるだけで、ブレイクの世界は彩られるのだ。
身支度を終えたブレイクとサフィナは、廊下へと出る。それとほぼ同時に、隣の部屋の扉が開く。部屋から出てきた高峰の視線が二人に向けられた。高峰は何度か咳払いをして喉を押さえた後、挨拶をした。
「あ゛ー……おはよう。悪い、朝は声がガラガラなんだ」
「……おはようございます」
「おはようございます。最近は乾燥しやすいですから、夜は加湿器とか配置した方がいいかもしれませんね」
サフィナの発言に高峰は驚く。加湿器という物がこの世界にあるとは思ってなかったのだろう。
正直、ブレイクも加湿器があるのなら欲しいと思っている。
「え、加湿器とかあるのか」
「倉庫に小さいのなら、何個かあったと思います」
「それ、俺も欲しいな」
ブレイクとサフィナ、高峰の三人が加湿器の話をしながら、一緒に階段を降りてリビングへ向かうと、ナイアーを除いた全員が揃っていた。ノーザイも来ており、ソファーに座って何か資料のような紙を持ち、まるで実家のように寛いでいた。
コーヒーを片手に立ったまま、何かの資料を読んでいた広岡が、ブレイクたちを視界に捉えた。広岡は「おはよう」と挨拶をして、コーヒーを机に置いて読んでいた資料の紙を三人に渡した。広岡が資料を渡し終えたのを見た棚部は、全員が揃っているのをしっかり確認してから話した。
「これで全員揃ったか。飯を食いながらでいい、これからについて会議をする。とりあえず、渡された資料をざっと読んでくれ」
ブレイクは広岡から渡された資料に目を通す。
その資料は手書きで作られていた。しかし、それらはお手本のような綺麗な字で書かれており、とても見やすい。
一枚目の目次には、箇条書きで幾つもの項目が書かれていた。どれもブレイクが疑問に思っている内容ばかりだった。
この『カコデモニア』という世界、この事態を引き起こした黒幕について、なぜサフィナが飛ばされ人外になったのか、ブレイクたちの世界と『カコデモニア』の往来について、人外から見た人間の扱いについてなど、いろいろとあり読むのに時間が掛かりそうだった。
「まず、百奈たちや道吏たちは、今後どうするか聞きたい。俺としては残って欲しくないが、昨日も言った通り無理強いはしない」
棚部の問いに、徳札や白金、高峰や桜音姉妹は、既に覚悟は決まっている。そんな顔で次々と答えていく。
「もちろん、私は残りますよ。本貴さんのお役に立ちたいので」
「なはは、お前ならそう言うと思ったわ。もちろん、俺も残るで」
「二人と同意見。僕も残る。それに、一人置いてかれるのは嫌だし」
「昨日二人で考えたんですけど、私たちも残ります。徳札さんと似た理由になりますけど、本貴さんや雅埜さんのお手伝いがしたいんです。ずっと助けられてばかりで、私たちはまだ何も返せてない……。私にできる事があれば、なんでもします」
「私も……まだ、貴方たちに借りを返せてない。それに、戻ったところで何もない。私は姉さんと貴方たちがいればそれでいい……」
それぞれの真剣な眼差しと、強い意志のある解答に、棚部複雑な表情をした。
目の前の彼らや彼女らに、本当に残って欲しくないのなら、無理にでも帰らせればいい。けれど、棚部はそれをしなかった。
なぜなら、棚部は目の前の彼らや彼女らに、それをさせなかった事があるからだ。何年も前の話だが、今でも時折思い出す。彼女らに帰ってと言われようと、彼らに放っておいてほしいと言われても、全部無視して帰らなかったり、放っておかなかったりした事が何度もある。それは棚部のエゴであり、とある恩を返すためでもあった。
そして何より一番の理由は、ナイアーのせいで来てしまった桜音姉妹や徳札たちと、棚部本人が離れたくなくなったというのが大きい。
だから、彼らや彼女らへの逃げ道ではなく、自分の逃げ道として二択を選ばさせた。
そんな棚部の思いを知るのは、彼の横に座っている付き合いの長い男ぐらいだろう。
「……そうなるだろうとは思っていたが、全員残るってことか」
「ま、いいんじゃない。どうせ何言っても聞かないでしょ。いつものこと、みんなキミに似て頑固だし」
周りにいる桜音姉妹や徳札たちを見ながら、広岡がそう言った。そして、隣の棚部にしか聞こえないように声を小さくし、目を細めながら棚部の心の中を見透かしたように問う。
「それに、なんだかんだ嬉しいんでしょ?」
「……うるせぇ」
図星を突かれた棚部は広岡から視線を外し、一言反論するだけだった。そんな棚部を見た広岡はケラケラと笑った。
「へー、みんな残るんだ。つまり、人間のお友達が増えるってことか。それは嬉しいな。 俺はどんな時でも人間の味方だから、気にせず仲良くしてね!」
ノーザイは屈託のない笑顔でそう言い、その言葉を拾ったのは広岡だった。
「あぁ、是非仲良くしたいね。キミから見た他の人外について、沢山聞きかせて欲しい」
「もちろんいいよ。でも、あんたたち人間の話と交換ね」
「お、聞きたい? いいよ。時間がある時に僕の知る人間について、沢山話してあげよう」
脱線した話をし出した二人に、棚部が「それは後にしろ」と止めた。ノーザイは申し訳なさそうにして口を噤み、広岡は「はーい」と雑に返事をした。棚部は話を戻す。
「全員残るってことで、今日は予定を変更することにした。お前らには見てもらわないといけないものがあるし、交流もしないといけないからな」
「交流?」
「ここに残るなら、この町の町長に顔合わせする序でに、町全体の雰囲気も見てこいってことだ。たぶん大丈夫だと思うが、何が起こるか分からん。なんでもいいから使えそうな武器を一応持っていけ。俺は用事があって一緒に行けないから、案内はノーザイに任せる」
ブレイクの疑問に説明をした棚部は、サフィナとノーザイを呼んで何か説明をしている。
そういえば、あの魔法陣があった大樹からこの館に来るまでの間で車の中から見えた、少し遠いところに家々が建っている場所があった。おそらく、あそこに行くのだろうとブレイクは思った。
「とりあえず、武器庫に行くぞ。物置部屋から地下にある武器庫へ行ける。身を守るための武器だ、手に馴染むやつを選べよ。持てそうもない重いやつとかデカイやつはやめとけ。逆に怪我するからな」
棚部が立ち上がり、それにつられるように周りも席を立つ。
そんな中、座ったまま手をヒラヒラさせた広岡は、行かない意向を示した。
「あ、僕は今回町に行かないからね。集団行動は苦手なんだ。それに僕もちょっと用事があるし……。急ぎじゃないから、武器もまた今度じっくり選ぶよ」
「あぁ、お前はノーザイと待機しといてくれ。武器選びが終わったら、出発するからな」
「はいはい、いってらっしゃい」
広岡は机に肘を付いたまま軽く手を振って、棚部たちに挨拶をした。ノーザイは広岡と違って大きく手を振った。そんな二人を残し、棚部やブレイクたちは諸室を後にした。




