第五十八話 郊外
ブレイクたちは階直たちの後ろを歩きながら、ようやく目的地まで辿り着いた。そこは『サレイア』の町の郊外にある、閑散とした住宅地。ここには全く生き物の気配がない。なんとも落莫とした場所だ。
「ここら辺ってもう誰も住んでないよね」
ノーザイが抱えているクロを撫でながらそう呟くと、サフィナが目をパチパチと瞬きして彼に聞く。
「……そうなんですか?」
確かに全然生き物の気配はないが、誰も住んでないなんて事があるとは思わなかった。『サレイア』の町の郊外と言っても、そこまで遠いわけではない。それでも、何年も『サレイア』にいるノーザイがそう言うのだから、嘘ではないだろう。
サフィナの疑問にノーザイがどう返すのかブレイクも聞き耳を立てる。
「うん、そうだね。彼の言う通り、ここの郊外は少し前にちょっとした事件があってね。それからみんな居なくなっちゃったんだ。ボクが実家から論祢の家に移り住んだのも、それが理由だよ」
サフィナの問いに答えたのはノーザイではなく階直だった。
郊外の住民が全員いなくなる程の事件。よほど酷い事件なのだろう。そしておそらく、それは人外たちでどうにか出来るものではなかったのだろう。でなれけば、町長であるサーラが何か対策を取るはずだ。それをしない、またはできないのだろう。
一体どれ程の事件なのか、ブレイクは気になって階直に聞いた。
「事件?」
「まぁ、ボクはその事件に詳しくないんだけどね。だってまだボクが幼い頃の話だし……」
階直はジト目でそう言った。彼女の発言後、ノーザイはちょっとした補足を入れる。
「ここからほんの少し離れた一帯、今そこは焼け野原になってるんだけど、そこになんか……色? があったらしいよ。俺が当時見に行こうとしたら、拓斗さんに全力で止められたから、実際にその色を見た訳じゃないんだけどね」
「色……ですか?」
「うん、色」
ノーザイの “色” という単語をサフィナが復唱する。
色があった。というのはどういう事なのだろうか。ブレイクは首を少し傾げる。
そしてブレイクだけでなく、サフィナや白金も分からないという顔をしているため、詩色が更に補足を付け加えてくれた。
「わしもしっかりと見たわけではないが、アレはなんとも言えない未知の色だったぞ。あの色に近付いたり、中に入った奴らは殆ど怪死した。そして直接近付かなくても、その色から近かったここら一帯に住んでただけの連中でも、体調を崩したり頭がおかしくなって怪死していった。だから、ここらに住んでた住民はみんな離れていったのだ。しかし数十年後、気付いたらその色はなくなっていた。だがその色があった一帯は、植物なんかも含めた全ての生命が死に、焼け野原状態になっておった」
ブレイクたちは詩色の説明を聞いて、そんな非現実的な謎の何かがあるのかと、不安と恐怖を感じた。今は大丈夫らしいが、それを聞いた後だと歩く足が少し重くなる。
もしこの場に棚部や広岡、ナイアーが居れば、きっと心当たりがあるという顔をするだろう。それは『宇宙からの色』又は『異次元の色彩』ではないか? と思うのだろう。しかし、今この場に三人はいない。
ブレイクや階直たちだけでは、その色としか称する事ができない、未知の色を解明するのは難しいだろう。
そんな未知の色という怖い話しをしていたら、階直の実家に着いたようで、彼女が足を止めて「ここだよ」と指を指した。
それは普通の西洋風な一軒家だった。しかし暫く誰も住んでいなかったせいか、少し綺麗な廃墟の様にも見えた。
階直はポッケから鍵を出して、家の玄関を開ける。そして彼女に促されるまま、ブレイクたちも家の中へと入る。
家の中へ入り真っ先に思ったのは、埃っぽいという事だ。もう何十年も使われていないのだから当たり前なのだが、それにしても埃が多く、ブレイクは少しだけ咳をした。
「うわ、すごい埃」
階直はそう言いながら、首に巻いていたマフラーを口当たりまで上げる。
「父さんの部屋は二階だよ。階段のすぐ隣」
二階へ続く階段を指差しながら案内する階直に、その階段を見ながらサフィナが答える。
階段は少し老朽化が進んでいるように見える。もし階段を上っている途中で、落ちてしまっては大変だ。
「その、階段は大丈夫なんですかね……途中で落ちたりとかは……」
「ギシギシ鳴るけど、たぶん大丈夫だと思うよ……たぶん……」
階直はいつものジト目で、階段を上りながらサフィナへそう答える。
ギシギシと音を鳴らす階段を慎重に上りながら、ブレイクたちは二階へと到着する。そして階直を先頭に、階段のすぐ隣にある部屋へとお邪魔する。
扉を開けてすぐ視界に入るのは、沢山積まれた本やノートなどだ。少しでも動かせば倒れそうな、そんな不安定な積み方をされていた。
「わぁ、すっごい積まれてる」
「これ全部日記なんか?」
階直がジト目を少しだけ大きくして部屋を見渡す。そんな彼女に白金が質問をする。
「いや、さすがに……うん、全部が日記という訳ではないぞ。何かの資料とか参考書とかの方が多そじゃ。つまりここから日記を探さねばなるまい」
白金の質問に答えたのは、積まれている本たちの背表紙を見ていた詩色だった。
一番上に積まれている本を見ている詩色に、ブレイクは日記について聞く。
「日記が何冊ぐらいあるとか……それは知ってたりしますか?」
「ふむ、十五冊ぐらいあると思っていいだろう。綾美さんが産まれる前から、あいつは書いておったからな。まぁ、わしの家に移動してから、何故か書かなくなってしまったが……」
詩色はそう話しながらも、積まれた本たちが雪崩れないよう、慎重に漁っていく。
そんな彼に続いて、ブレイクたちも日記を探す。参考書や資料、アルバムなどはよく見つかるが、日記は中々見付からない。
ブレイクは積まれている本たちではなく、埃まみれの机へと向かう。今までなら、積まれている本をずっと漁っていただろう。しかし、松道の部屋へ行った時の棚部や広岡の行動を思い出したのだ。目に見えている所に全てがある訳じゃない。ブレイクは机の引き出しを引く。
引き出しの中には一冊のノートがあった。それを手に取り、表紙と裏表紙の両方を見る。表紙には15冊目という数字が書かれていた。
「……あの、なんか最後の日記ぽいの見つけました」
「ほんまや。だって表紙に15って書かれとるで」
ブレイクの言葉に白金が近付き、ブレイクが持つノートを見て言葉を発した。
そんな二人の声に詩色が一番最初に机へ向かい、その後に続いて散らばっていたみんなも机の周りに集まる。
「それ、わしが読んでもよいか? てか読むわ。貸してくれ」
「はい、どうぞ」
ブレイクは詩色に日記を渡す。日記を持った彼を中心に、みんなが顔を日記へ向ける。詩色は一回雑にパラパラと捲った後、最後の日記が書かれていた後ろの頁を開いて読む。
『あの色は本当になんなんだ。何故あんなものが近くに発生した? あの謎の色のせいで、めちゃくちゃだ。私は秋奈に、綾美と一緒に移住しようと提案した。それに秋奈も賛成はしていた。しかし、他に頼れる相手がいなかったり、移住する気のない友人の事が心配で、中々行動に移すまでが出来ない。早くしないと、私たちにも影響がでる。既に死亡した者たちが二桁を越えた。そして頭がおかしくなった者たちも、どんどん増えてきた。誰もあの色がなんなのか分からない。しかし松道とかいう男は、アレの存在を知っているらしい。彼は色を実際に見た事はないし、見ようとも思わないらしいが、あの色の名前を聞いた事があると言っていた。あの色は「宇宙からの色」と呼ばれているらしい。初耳だ。というか、名称を知った所で何になる。何か対処法はないのかと問えば、彼から無いとキッパリ言われた。遠くへ逃げるか、あの色が満足して帰るまで待つしかない。そう言っていた。ならもう、移住しか選択はない。あの色が帰るまで、こちらが正気のまま待てる気がしない。』
ここまで呼んだ詩色が、気になる単語を呟く。それは綾美の父が、松道から聞いたという名前だ。
「『宇宙からの色』……? あの色には名称があったのか。わし、初めて聞いたぞ。というか、わしも松道さんと会話した事あるのに、わしにはそれを教えてくれんかったのは何故じゃ……」
糸目のまま、分かりやすくしょんぼり顔になった詩色に、ノーザイが目をパチパチさせて口を開く。
「その色に関係する話をしてなかったからじゃない?」
ノーザイにそう言われた詩色は「うん?」と口から溢し、少しだけ何かを思い出すような仕草をした後、糸目のままハッ! という顔をしてノーザイの方を向く。
「それもそうか。わしは確かに松道さんとは、例の色の話しとかした記憶なかったわ。なんの変哲もない世間話しかした記憶がない」
「ていうか、詩色さんって拓斗さんと知り合いだったんだね。俺はあんたの事、今日初めて知ったけど……」
「わしはアンタの事を知っとったぞ。松道さんが自慢気に話しておった。ただ、アンタと直接会ったことはなかったな。だから、ノーザイさんが言うように、今日が初対面で合っとるよ」
詩色とノーザイが二人でペラペラと話しているが、周りはそれよりも日記の続きを読みたいのだ。詩色がしっかりと日記を持ったまま話しているため、周りの意思で頁を進められない。
話している二人以外は、みんな綾美のようにジト目になっている。綾美は詩色に肘で軽くつつき、少し拗ねた声で詩色に話しかける。
「……ねぇ、次の頁に行ってもいい?」
「おお、すまんすまん。全部呼んでから色々と話すべきだったな」
そう言って片手を綾美たちに向けた詩色は、持っていた日記の頁を進める。
『これが最後の日記になるだろう。日記を書く度に秋奈の事を思い出して、私は辛くなる。もうここには住めない。私は信頼できる友人、論祢の善意に甘える事にした。私は普通の人間だから、きっと早々に綾美を置いて逝く。だから綾美の今後の事を考えると、信頼できる相手が隣に居てくれるのは安心できる。本当は、そこに秋奈も居て欲しかった。私は秋奈の優しさが好きだ。だが、その優しさが彼女を殺してしまった。秋奈の親友が、あの謎の色とやらに影響され、色に突っ込んだらしい。そんな彼女を放っておけず、親友を連れ戻すために秋奈も突っ込んだ。結果として、秋奈も秋奈の親友も死んだ。最悪の結果だ。そしてなにより、私自身がその場にいなかった事が悔やまれる。私がいたら、絶対に秋奈を止めていた。どんなに抵抗されようと、それで嫌われる事になろうとも、彼女の親友を見殺しにてでも、絶対に秋奈を生かす方を選らんだのに。私はどうしてあの時、あの場所にいなかったのだろう。今更嘆いても、もう遅い。私には綾美がいる。大事な一人娘を置いて、早々に後追いなんてしない。秋奈、どうか私たちを見守っていてくれ。』
ここで日記は完全に止まっていた。詩色は日記を閉じて、階直の方を見る。
階直は俯いていた。この部屋に少し、重苦しい空気が漂った。




