第五十六話 なんでも屋
キャルソンたちによって壊された『デルテの館』のリビング。途中からコーネダリスたちが協力してくれたのもあって、そろそろ完璧に修復されようとしていたその時、外からとんでもなく大きな声が館中に響き渡る。
「頼もー!!!」
ちょうど一階に降りてきていた徳札が、とりあえず警戒しながらも玄関の扉を開ける。
「……はい、なんですか?」
徳札が扉を開けると、そこには一人の少女と二人の男が立っていた。真ん中にいた少女はペラペラと用件を話し出す。
「どうも階直です。頼みたいことがあって来ました。ボスはどなたですか?」
「えーっと……ちょっと待ってくれますか?」
ぐいぐいと来る少女に徳札が戸惑いながら返事をしていると、徳札の後ろから広岡が顔を出してこう言った。
「とりあえず応接室に行こうか」
「……いいんですか?」
勝手に応接室へと案内しようとする広岡に、徳札は少し不安そうに問う。
前回のサフィナの件があったという事もあり、知らない相手を簡単に館の中へ上げても良いのだろうか、そういう不安が徳札にはあった。
そんな風に考えている徳札の頭の上に、広岡が肩を上げながら優しくポンと手を置いた。
一センチしか変わらない二人だが、徳札は撫でられやすいように、無意識に体を少しだけ広岡の方へと傾けた。
その徳札の無意識な行動に、広岡は気付いているが何も言わない。なぜなら、今はそれよりも目の前にいる客の対応が先だからだ。
「別にいいよ。それに彼女たちから敵意は感じないし、もし何かあったら僕のせいにしていい。とりあえず僕が案内するから、キミは本貴さんたちを呼んできて」
「……分かりました」
徳札はそう返事をして、階段を上がって棚部の元へと行こうとするが、階段の踊り場で棚部やブレイクたちと鉢合わせた。徳札は棚部たちと合流して一階へ向かいながら、広岡が客人を応接室へと案内した事を棚部に伝えた。
応接室へと着き、扉を開ける。部屋の中では、客人用のソファーに三人が座っており、反対側のソファーでこちらに気付いた広岡が軽く手を振る。
広岡のいる三人用のソファーへ、棚部とノーザイが座る。ブレイクや徳札たちは、ソファーの後ろで立ったまま話を聞くことになった。
「こんにちは、急に来てしまって悪いね。ボクは階直綾美。鬼と人間の半妖だよ」
淡藤色のぱっつん髪をし、その頭の上には大きなリボンがついたカチューシャをしている。そして、眼鏡を掛けたジト目の少女はそう紹介した。
彼女から鬼要素は見つからず、普通の人間のように見える。本人も半妖と言っていたため、人間要素の方が強いのかもしれない……と、ブレイクはそう思った。
「今日は頼みたいことがあって来たの。横の二人は付き添い」
客人用のソファーの真ん中に座っている階直がそう伝えると、彼女を挟むようにして両脇に座っている男の内、深紅の髪をハーフアップにした、褐色でタレ目の男が自己紹介をする。
「俺は関丞逸。なんの変哲もない普通の人間ですよ。綾美ちゃんが言った通り、俺はただの付き添いです」
関と名乗った男は、紫色の瞳を細めて微笑む。
ブレイクは彼の言葉を聞いてふと思った。発狂も人外化もしておらず、この世界に住んでいる普通の人間を見たのは初めてかもしれない。松儀は発狂していたし、ウェンシーも人外化していた。
そしてブレイクは関から、もう片方の着物を着ている男性へと視線を向ける。彼も見た感じだけなら人間に見える。もしかしたら、彼も人間かもしれないと少し考えたが、それは本人から否定された。
「あー……わしは詩色論祢。見て分かる通り人外じゃ」
橙色の長い後ろ髪を片側だけ前へ流し、糸目のままそう紹介した詩色は、自分の事を人外と言った。
ブレイクは分からなくなった。どこをどう見たら人外なのか分からない。可能性としてあるのは、糸目で見えない瞼の中が人間じゃないのかもしれない。
そう思ったのはブレイクだけではなかったらしく、ソファーの後ろにいる白金が詩色へと話し掛ける。
「いや……見て分かる通りって言われても分からん。君の人外要素はどこやねん。糸目の兄ちゃんにしか見えんけど……」
「……? あぁ、すまんすまん。全部閉じたままであったな」
詩色はそう言いながら、糸目を開眼する。それと同時に、詩色の顔から手まで、今見える範囲全ての肌に、開眼した目がいくつも浮き出てきた。それは全て真っ黒な瞳だった。そう、見て分かる通り、彼は人外だった。
突如として大量に浮き出てきた、詩色の瞳を見た白金が声を上げる。ブレイクは咄嗟に視線を背けた。
「ギャッッッ!?」
声を上げた白金だけではなく、徳札や高峰も小さく「っ!」と声を漏らし、肩をビクッとさせていた。そしてブレイクだけでなく、棚部も詩色から視線を背けている。
そんな中、ノーザイはいつもの調子で「目が疲れそうだな~」という感想を述べた。そのノーザイの言葉に続けて、広岡もいつもと変わらぬ表情で詩色に伝える。
「わぁ、見せてくれてありがとう。でももう、今後お願いすることはないだろうね」
「じゃろうな。わしも気持ち悪いと思っておる」
「僕は別に気持ち悪いとは思わないけど……まぁ、そういう集合体って苦手な人の方が多いだろうから」
広岡の言葉を聞いた詩色は「そうか」とだけ言って、開眼していた二つの目を閉じて糸目に戻る。それに続いて、顔や身体中に浮き出ていた沢山の瞳も閉じて見えなくなった。
詩色は「もう閉じたぞ」と教えてくれた。ブレイクたちが詩色を見ると、先程の大量の瞳は一切見えなくなっており、最初の糸目になっていた。
ブレイクは少しホッとする。アレをずっと見続けないといけないのは、さすがに視覚的にも精神的にもキツいものがあった。
階直は周りを軽く見渡して、本題へと話を移す。
「それで頼みたいことなんだけど、ボクの昔の家を綺麗にして欲しくて……序に探し物もして欲しいんだ」
「……え、それだけ?」
階直の掃除と探し物をしてくれという、なんとも言えない頼み事を聞いたノーザイが少し驚いた様子でそう言うと、階直は頷く。
「うん、それだけ」
ジト目ではあるがとても澄みきった瞳の彼女に、棚部は軽く頭を掻きながら呟く。
「……ここはなんでも屋じゃないが」
棚部のなんでも屋という単語に、ソファーの背もたれに肘をついていた白金が反応する。
「あかん。俺のなんでも屋としての魂が、その依頼を受けろと言うとる」
「そういえば白金さんって、なんでも屋でしたね……」
「そうやでー」
白金が元の世界ではなんでも屋をしていた事をブレイクは思い出す。そのブレイクの横では、白金が「俺は依頼受けたいな~」言っている。
徳札がそんな彼を一瞥した後、階直たちと棚部を交互に見ながらこう言った。
「それで、どうするんですか?」
「……その探し物によるんじゃないか?」
徳札の疑問に答えたのは高峰だった。
高峰の言葉にブレイクは考える。家を綺麗にするのは置いといて、探し物が一体なんなんのかにもよる。もし危険物とかであれば、安易に承諾はできないだろう。
「探し物はとある本だよ」
「本?」
階直は探し物がなんであるかを伝えた。ノーザイはそれを復唱した。
「本っていうか日記かな? お父さんの日記を探して欲しいの。ボクは今、論祢の家で一緒に住んでるんだけど、元々住んでた家がそろそろ壊れそうだから解体しようと思ってるんだ。だからその前に色々と整理したくてね」
階直はそう言いながら詩色の方を指差す。
なぜ階直と詩色が一緒に住んでいるのか、それはブレイクたちには分からない。何かしらの理由があるのか、二人はそういう関係なのか。気にならない訳ではないが、わざわざ聞く事でもない。ブレイクはそう思いながら、チラリと詩色の方を見た。糸目という事もあり、彼の表情は分からない。
階直の説明を聞いた棚部は、彼女に疑問を投げる。
「……なんで俺たちに頼むんだ?」
棚部の質問はブレイクも思っていた事だ。どうして自分達にそんな依頼をするのか。
別になんでも屋としてチラシとか広告を出しているわけではない。そもそも、元なんでも屋は白金だけであり、ブレイクや棚部たちは依頼を受け付けていない。
なぜ階直がわざわざ『デルテの館』まで来て、掃除と探し物の依頼をするのか。最初から謎だった。
しかしその謎は、階直から発せられた言葉で解明した。
「え? サーラさんに手伝ってくれそうで、信頼できる人達いないかな~って、そう相談したらキミたちの名前を上げて、場所まで教えてくれたから来たんだけど…………さっきも否定してたけど、キミたちってなんでも屋じゃないの?」
「違うが」
サーラの名を出してそう言った階直に、棚部が真っ先に否定する。
ブレイクは少し意外に思った。まさか町長であるサーラが紹介していたとは。サーラが信頼できる相手として、棚部を筆頭とした『デルテの館』のメンバーを上げた。思っていた以上に、サーラから信頼されているらしい。
もしかすると、ノーザイや今亡き松道と関係性が深い相手がいる、というのが強いのかもしれない。
ブレイクがそう思っていると、白金が階直の方を見ながら話す。
「俺はなんでも屋やで」
ニコニコと笑みを浮かべながら、自分に指を指す白金を、徳札が更に指を指しながらこう言った。
「つまり正式に頼むのなら、この白髪に頼めって事です」
「誰が白髪やねん! そこは白髪って言えや」
徳札に対して、キッー! という表情をして突っ掛かる白金を見ながら、階直はジト目のまま少し微笑みながらこう言った。
「頼まれてくれるなら誰でもいいよ」
「ほな、俺が手伝いに行くで!」
はい! はい! という擬音が聞こえそうな程、元気よく手を上げて行きたい意思を示した白金に続いて、ノーザイも軽い口調で意思を示す。
「俺も行きたーい」
「あの、俺も行っていいですか? それと、サフィナも連れて行きたいです。ずっと家に籠ってるよりも、外を歩いて初めての場所に行くのもいいと思うので……もちろん、何かがないようにします。今度は絶対に」
ノーザイの後に、ブレイクも話す。
サフィナも連れて行きたい。また何かあるかもしれない、という危惧の念はある。しかしブレイクがずっと不安を覚えていては、サフィナにも伝わる。それに、またサフィナと町を歩きたい。ノーザイたちが居れば、それなりに安心感はある。
「それはサフィナ本人に聞いてみてからだね。まぁ、あんたに誘われたら行くだろうけど」
ブレイクの言葉にしてノーザイは、いつもと変わらぬ笑顔と声音でそう答えた。そんなノーザイに、ブレイクは少し心が軽くなった。




