第五十四話 貴女と手を繋いで
サフィナと百花は今、『デルテの館』の庭にある小さな噴水の縁に座っている。天気の良い昼間では、心地よい風と光が眠気を誘う。
サフィナの金髪と百花の瑠璃色の髪が、心地よい光に照らされて輝きながら風に揺られて靡いている。
百花は隣にいるサフィナの方をしっかりと見て、彼女の名前を呼ぶ。
「……ねぇ、サフィナちゃん」
「はい、どうしました?」
百花に呼ばれ、サフィナはいつもと変わらぬ声と表情で百花の方を見る。
百花は少し「あの、えっと……」と言い淀むが、すぐに頭を横に振って、もう一度しっかりとサフィナの目を見て話す。
「……あの時の約束、まだ覚えてる? あたし、まだみんなに合流できるほど、基礎がなってないでしょ? まだ、これからも、サフィナちゃんに戦いの基礎を教えて貰わないといけない。だから、忘れちゃ駄目だよ。日記にちゃんと書いといてね。そ、それと、あたしはいつだってサフィナちゃんの味方だよ!」
百花は目を細めて笑う。サフィナはそんな百花が少し眩しく感じる。
彼女は優しい人だ。口下手かもしれないが、それでもちゃんと伝えたい事を伝えてくれる。そして何より、彼女の目はいつも強い意志を宿している。サフィナはその目に弱い。
同年代で同性の相手から、そんなに優しい情を含んだ瞳で見詰められた事がなかった。だから、恥ずかしさと嬉しさで、サフィナはあどけない笑顔を浮かべた。
「百花さん……。ありがとうございます。それと安心してください、ちゃんとまだ覚えてますよ。でももし、私がその事を忘れたとしても、今度は百花さんが私に覚えているだけでもいいので、基礎を教えてくださいね。……ふふ、ちゃんと覚えてる事は全部日記に書きましたよ。私も、忘れたくないので」
笑いながらそう言ったサフィナに、百花は少し不安そうな顔になる。
その百花の顔が、自分の事を心配しての表情であると、サフィナは分かる。だって、百花の瞳は嘘をつかない。彼女の瞳はいつだって、真っ直ぐ真実を写している。綺麗で眩しい。サフィナは少しだけ目を細めた。
そんなサフィナに、百花は問い掛けた。
「サフィナちゃんは、忘れるのは怖くないの……?」
「……怖いですよ。怖いですけど……私には、私の事を思ってくれる家族や仲間、そして友人がいます」
サフィナは百花に笑いかけてそう言った。
昔のサフィナなら、きっとこんな事は言えなかっただろう。あの頃のサフィナにとって、兄のブレイクだけが唯一だった。それは今も変わらない。でも、今はそれだけじゃなくなった。
まだそんなに長い時間を共にしている訳じゃない。兄のブレイクに比べたら、とても短い時間かもしれない。それでも、信じてもいいと思える仲間が、友達と言える相手ができた。みんな優しくて頼もしい。だから、みんなと離れたくないし、ずっと覚えていたい。こんな幸せを忘れたくない。
サフィナはそんな事を思いながら、いつもより少しだけ小さな声で、百花に疑問を投げる。それは、切実な確認でもあった。
「それに、もし私が全てを忘れたとしても、皆さんはきっと私を見捨てるなんて事……しないでしょう?」
サフィナの問いに、百花は顔を近付けて叫んだ。それはいつも以上に、感情がこめられた声だった。
「当たり前でしょ! サフィナちゃんはもう大事な仲間で……あ、あたしの大切な、と、とも、友達だもん! その程度で見捨てるほど、あたしやみんなは薄情じゃないわ!」
そう強く言い切った百花に、サフィナは何度か瞬きをしながらキョトンとした後、手を口に当てて微笑む。そして、百花に優しい表情を向ける。
「ふふ、ありがとうございます。私はそれだけで、少しは気持ちが楽になるんです。もちろん、忘れないように努力しますよ。だからまずは、ポジティブに行こうかと思ってるんです。なので……明日の夜の料理当番は私なんですけど、百花さんも一緒に料理してくれますか? ちょっと少し不安で……」
「もちろんよ。貴女から直接教わったんだから、あたしがいつだって手助けするわ」
百花は屈託のない笑みで、左手を胸に当てながら即答した。そして少しどもりながらも、サフィナを安心させようという意思が見える瞳でこう言った。
「だってあたし達は、と、とと、友達なんだからね! だから、遠慮しないでいいのよ。あたしは……」
百花が最後まで言葉を言い終わる前に、サフィナの両手が百花の片手を包む。
百花は少し驚いた表情で、サフィナの顔を見る。サフィナは目を細めて、彼女にしては珍しく言葉を詰まらせながらも話した。
「百花さん……いや、えっと……その…………も、百花! ありがとう。私は幸せ者だよ」
その時、サフィナの敬語が取れた。百花は目を見開く。初めて、敬称が取れた。
さすがに百花にも分かる。今のサフィナの中で、自分がどの立ち位置にいて、どう接するのが正解なのか。サフィナは百花の事を友達として、一人の人間として信じようとしているのだ。サフィナは変わろうとしている、それなら自分も一歩踏み出す時だ。
サフィナの瞳には期待と不安が見える。百花は、サフィナに握られていない方の手を、サフィナの手へと重ねる。そして、サフィナから目を離さずに、嘘偽りなく思った事を伝える。
「……! さ、サフィナ! あの、何か困ったらなんでも聞いてね! なんなら、日記に困った事があれば、あたし……百花に聞くようにって書いといてよ! あたしはいつだって、どんな時だって、サフィナを歓迎すし助けるよ! だって、あたしとサフィナの仲だもの。友達を助けるのに遠慮も理由もいらない、そうでしょ? だから、忘れず日記に書いといて。あたしは待ってる。なんなら、サフィナが困ってたらあたしから会いに行くよ」
百花の返事に、サフィナは少しホッとした表情をして、目を細めながら百花をしっかりと見る。
不安と期待に満ちていたその瞳には、嬉しさと友愛が見えた。そして、少し涙目になっているのも分かる。
「うん、しっかり書いとく。『私の大事な友達の百花に聞くように!』って……書いとくよっ!」
涙目のまま、少し震えた声でそう言ったサフィナの目元を、百花は指で軽く拭う。
そして、百花は握っていた手を更に強く、簡単に離すつもりはないという思いで握る。そのまま、百花は優しく、しかし強い意思も感じられる声で、サフィナへ語り掛ける。
「サフィナ……あたしはずっと味方だからね。困ったり、ツラい事があったり、ブレイクさんにも相談できない事があったら、遠慮ぜずあたしに言って。いつだって、どんな時だって、こうして手を繋いで隣にいるから……!」
「っ! ……うん……うん! ありがとうっ……」
サフィナは目にいっぱいの涙を溜め、大粒の雫が頬を伝って地面へ落ちていく。片方の袖で顔を覆いながら涙を拭って、もう片方の手はしっかりと百花と手を繋いでいる。
そんなサフィナを優しく見つめ、百花は彼女と強く手を繋いだまま、サフィナに優しく寄り添う。
小さな噴水の縁には二人の少女が、二人の友達が、眩しくも暖かい光に包まれた。彼女たちにとって、今日はとても大切な日になるだろう。




