第五十一話 薬
ブレイクたちがサフィナの部屋へと向かい、ノックをすると百花が出迎えてくれた。しかし、そんなに大きくない一人部屋に十八人全員が入るのは難しく、数名は扉を開けたまま廊下で話を聞くことになった。
サフィナはブレイクを見て、優しい笑顔を向けた。他から見れば分からないかもしれないが、その笑顔にブレイクは心苦しさを感じた。
ベッドに座ったままのサフィナの横に立っているコーネダリスが、廊下にいる人たちにも聞こえる程度の声で話す。
「うーん、どういう感じで失くなるのかが微妙に分からないんだヨ。今回の件で一気に失くなってはい終わりなのか、一日ずつ徐々に記憶が失くなっていくのか、今の状態じゃ明確な判別は難しいネ。でも、こういうタイプは後者の方が可能性は高いかナ?」
「……コーネダリスさん。おそらく後者で確定しても良いかと。似たような事例を昔見たことがあります。……ですが、心配なら両方に適応できる薬を用意した方がいいかもしれません」
うーん、うーんと悩むコーネダリスに、サントスがそう告げる。
ブレイクはサントスの薬という単語に、少し目を光らせて彼の方を見ながら聞いた。
「……記憶に関する薬があるんですか?」
「はい、あります。しかし……百パーセント完治とまではいきませんが、進行を遅らせる事はできると思います。ただ問題がありまして、材料が足りてないんですよね」
紙の束をペラペラと捲りながら、少し困った様子でそう話したサントスに、ブレイクは自分の胸に手を当てながらサントスに近付く。
「あの、必要な材料を教えてもらうことはできますか? 俺も協力がしたいんです。サフィナのためならなんだってやる。お願いします」
強い意志を宿したブレイクに見詰められたサントスは、微笑んで自分は問題ない事を伝えつつコーネダリスにも了承を得ようとする。
「私は構いません。コーネダリスさんが大丈夫と言うのなら大丈夫です」
「うん、勿論いいヨ。ブレイクちゃんだけじゃなく、みんなに教えるネ。その方がいいし、サフィナちゃんのためになるべく早く解決したいのサ」
ウインクをしながら了承してくれたコーネダリスに、ブレイクは頭を下げてお礼を言おうとするが「別にそこまでしなくていいヨ~」と止められた。
サントスが持っていた紙の束の中から一枚を抜き取ったコーネダリスは、緑色の光で何かし始めた。そして、数秒でその複製が出来た。コーネダリスはそれをブレイクたち全員に魔法で渡していく。
ブレイクは渡された一枚の紙の内容を見る。幾つか薬草が書かれている一枚だ。その中で、一つだけ赤丸がついており、おそらくコレが不足しているのだろうと分かる。それはとても、なんの変哲もない雑草のようにも見える。そこら辺に生えてないか? と思ってしまいそうな程だ。
ノーザイは渡された紙から、視線をコーネダリスたちに向けて話し掛けた。
「これが大体どこら辺にあるとか分かる?」
「これは基本的に森の中にありますが、時々町のお店で売ってる事もあります。まぁ、最近はあまり見掛けませんが……」
ノーザイの質問にサントスが答えた。その答えにノーザイは、森の中とは言っても範囲が広すぎるな……と少し不安に思っていたが、そこに白金が全く同じことを口に出す。
「森の中って……範囲広すぎんか?」
「ふむ、私が今まで見つけてきた場所にチェックを入れてる森の地図がありますので、それも共有しましょうか」
そう言いながら、サントスはもう一つ持っていた紙の束をペラペラと捲っていった。
そんな中、扉の近くで聞いていた広岡がコーネダリスに問い掛ける。
「全員で行くのかい? 何人かは残ってた方がいいと思うけど」
「もちろん、さすがに全員ではいかないヨ。サフィナちゃんを、一人で館に残すわけにはいかないしネ。個人的に百奈ちゃんと百花ちゃんには残って欲しいかナ。あとは……誰でもいいんだけど、もう一人ぐらい残ってて欲しいのサ」
コーネダリスはそう言いながら、視線は広岡の方を向いており、一時も視線を逸らさない。コーネダリスの視線からは圧力すら感じた。
コーネダリスの視線の先に合わせて、ここにいる全員の視線が広岡へ向かう。広岡は珍しくニヒルな笑みではなく、片方の口角が少し引き攣っていた。
広岡は一度軽くため息を吐いた後、いつもと変わらない表情に戻り話した。
「はぁ……誰でもいいって言っときながら、思いっきり僕をガン見してたら意味ないでしょ。まぁ、キミの希望通り僕は残るけどさ」
全くしょうがない、という顔で残ることを決めた広岡に、コーネダリスはニコッと笑った。
「助かるのサ!」
そう言ったコーネダリスは、すぐに何かを思い出したという顔になって、全員に伝えるようにして声を出した。
「あ、そうだ。森の中を探索する人は言ってネ。サントスが言ってた地図と、迷子にならないように探知機を貸すのサ」
ブレイクたちが何処を探索するかのプチ会議をしている中、サフィナは「ありがとうございます」と「迷惑を掛けてすみません」を繰り返すが、そんなサフィナに棚部が優しく頭を撫でながら言った。
「感謝の言葉はありがたく受け取るが、謝罪はいらんな。今回の件でお前に非はない。むしろ完全な被害者なんだから、私は何も悪くありませんけど? ぐらいの気持ちでいいんだよ。誰も迷惑なんて思っちゃいない。もし本当に迷惑だと思ってたら、広岡とかはそう口に出すだろうし、そもそも手伝ってくれやしない。……まぁつまり、サフィナは全く気にしなくていいってことだ」
「棚部さん……皆さん……」
棚部のその言葉を聞きながら、サフィナは周りを見渡す。
ブレイクやノーザイ、桜音姉妹や広岡、徳札たち三人やコーネダリスたち、和凪やジュジュ、キャルソンやテミスなど、みんながそれぞれ肯定的な表情や仕草をサフィナに向けた。
サフィナは目を細めて、少し泣きそうになった。そんなサフィナにブレイクは真っ直ぐな瞳で伝える。
「サフィナ。俺も、みんなも、仲間だ」
サフィナは目を袖で軽く拭い「うん」と言って、先程までの不安な顔から笑みの顔に変わった。
そんなサフィナを見て、ずっと黙っていたメセルがおずおずとした様子で口を開く。
「……私は、貴女の事を恋の敵として見てるけど、今回に関しては私とお姉様が完全に悪いわ。貴女は、私やお姉様に怒ってもいいし、恨んでもいいのよ……」
真剣な眼差しでサフィナを見ながら、メセルは普段より少し辿々しい声音でそう言った。
そんなメセルに、サフィナを目をパチクリさせた後、手に口を当てて柔らかい微笑を浮かべた。
「ふふっ……そんなことしませんよ。メセルさんたちに怒りも恨みもないです。ただ、私は貴女たちとは仲良くしたいって、そう思ってます」
サフィナはそう言いながら、メセルに屈託のない笑顔を向けた。
メセルはそんなサフィナが少し眩しく感じた。自分なんかよりも、サフィナの方が天使に向いてそうだと、そんなことを思った。
「……そう、お人好しなのね」
メセルは先程よりも少し柔らかい表情になり、ポツリとそう呟いた。
それから、ブレイクたちはそれぞれの探索箇所へ向かうことになり、ブレイクは『サレイア』の町に来ていた。
ブレイクは徳札たち三人と一緒に来ていたが、該当するお店が意外にも多かったため、手分けして探した方が良くないか? という話になり、全員が分かれて売っている可能性があるお店を転々と回っている。
本当はブレイクも森の中の探索に回ろうと思ったのだが、この世界に慣れている方がいいだろうという事で、結果としてブレイクたちが町のお店を見て回る事になった。
ブレイクは現在、二件目を確認した所だが、今のところ売っている所はなかった。昔は売ってたけど、最近はあまり採れなくて置いてないという話だった。
渡された店の名前と場所が書かれた紙を見ながら、ブレイクが三件目へと向かう途中、背後から声をかけられ後ろを振り向く。
「あら、こんにちは」
「……貴女は」
声を掛けてきたのはマリアだった。あの日と変わらず、可愛らしい服に珊瑚色の髪を靡かせており、大きな長いウサギのような耳がピコピコと動いている。
マリアはこちらを見ているブレイクの表情を見て、少し拗ねたような顔で言った。
「何よその顔……」
「いや、何で話し掛けてきたんだろうって思っただけだ」
「……別に話し掛けてもいいでしょ」
「駄目とは言ってない。俺も時間があれば、貴女と話したいとは思っていた……が、今は急いでる。悪いが貴女と話している場合では……」
ブレイクが最後まで言い終わる前に、マリアはゆっくりブレイクに近付きながら話す。そして彼の目の前に来て、何かが入っている白い袋を突き出す。
「あんたが急いでるは知ってるわよ。だから声を掛けたの。ほら、これあげるわ」
「! ……これは」
マリアから無理やり渡された白い袋を受け取り、ブレイクは中身を確認する。
そしてその中身を見てブレイクは少し驚く。なぜなら、中に入っていたのはブレイクが探していた物だからだ。
ブレイクはバッと顔を上げてマリアを見る。マリアはとても優しい笑みを浮かべていた。
「これをコーネダリスちゃんに渡すの。きっと彼女なら分かるわ。あんたの大事な妹ちゃんの記憶が、少しでも失くならないようにね」
「……なぜそれを知っている」
ブレイクは少しマリアを疑う発言したが、そういえば和凪やジュジュも知っていたなと、すぐに思い出した。つまり、マリアが知っていても別におかしくはない。
どこからサフィナのその情報が漏れているのかは分からないが、町の住民は知っている様子がないので、一部にしか噂が流れていないのかもしれない。
マリアは長いふわふわの髪を手でサッとかき上げて、少し感情のこもった声で話を続けた。
「風の噂で聞いただけよ。誰かに忘れられるって、とても辛いことなの。そしてきっと、忘れてしまう方も辛い。私は……サフィナちゃんには元気でいてもらいたいだけよ。だから、変な詮索とかしなくても大丈夫。コーネダリスちゃんに渡せば、ちゃんとした物だって分かるはずだから」
マリアの表現と声音からは、本当にそう思っているのが伝わる。
サフィナの事を気にしてくれている姿と、少し寂しそうに笑みを浮かべるマリアに、ブレイクは無意識に口からとある言葉が溢れる。
「……ありがとう。相変わらず優しいんだ、な…………ん? あれ……?」
ブレイクは自分の言葉に疑問を持った。マリアに対して “相変わらず” と言えるほど、彼女と関係性が深い訳ではない。初めて出会ったのだって、襲ってきたヴァヴェートたちを止めたあの時だ。
まるで昔から知ってるかの様な言葉を述べたブレイクは、自分の発言で頭にハテナを浮かべた。
そんなブレイクを見て、マリアは少し眉を下げる。そしてすぐに、ブレイクの背中を軽く押しながら優しい声でこう言った。
「ほーら、早く行きなさいよ。サフィナちゃんが待ってるんでしょ」
「あ、あぁ、またどこかでお礼をさせてくれ。それじゃあ」
マリアに押されるまま、軽くお礼を言いながら、ブレイクは徳札たちと決めた集合場所へと急ぐ。
走って行ったブレイクの姿が見えなくなった頃、マリアは少しだけ鼻をすする。右側の大きなウサギの耳を垂れさせていた、小さな可愛らしい帽子を取って顔の前で止める。
そのまま花吹雪に拐われるように路地裏へと隠れ、雑に目元を袖で拭う。マリアは少し泣いていた。
「……これで良かったのかしら。……でも、これだけじゃ意味ない……わよね? 覚えていないのだから、一から始めないといけない。私にできるかしら…………いや、弱気になっちゃ駄目ね。未来の私ができたのだから、あの事実があるのよ! 頑張らないと……! それに、サフィナちゃんの事も気を付けないといけないわね……」
マリアは壁に寄り掛かりながら、自分の顔を軽く叩いて、目に強い意思を宿して夕陽を見る。
そんな夕陽が沈み始めた暗い路地裏で、一人心を強く決めた少女を知る者は誰もいない。




