第四十八話 脱出
キャルソンの声がした部屋の扉の方へ、ブレイクやノーザイたちが視線を向ける。キャルソンはこちらを手招きながら「急げー」と言った。
「準備終わったから、お前らも早く逃げた方がいいぞー」
「は? 逃げる?」
キャルソンの言葉に、棚部はなんの事だと疑問を投げる。キャルソンは棚部の疑問に対して、早口で今の状況を伝えた。
「実験体は全員逃がしたし、そこにいるエンセ以外の研究員は全員天界に叩き付けて来たから、あとはこの実験場が爆発するのを待つだけだ」
「は……はぁ!? あなた何を……っ!」
キャルソンがペラペラと述べた言葉に、俯いていたエンセはバッと顔を上げてキャルソンを見る。キャルソンの説明が事実なら、彼はこの実験場を完全に終わらせる気なのだ。
エンセがキャルソンに掴みかかろうとした瞬間、大きな爆発音が鳴り響き実験場も大きく揺れる。ドォン! ドン! ガラガラ! という、どう聞いても何かが爆発して崩れる音。キャルソンの言っていた事は、本当なのだろうと証明された。
全員が扉の方へ向かい、逃げようと足を進める。しかしそんな中、ブレイクはサフィナの事で頭がいっぱいだった。
「は? え、サフィナは!? サフィナはどうなったんですか!?」
「サフィナさんはとりあえず大丈夫だから安心してくれ。それより早く逃げないとマズい」
「え、は、ちょっ……高峰さん!?」
サフィナの事が心配で中々逃げようとしないブレイクに、高峰が軽く説明をする。そしてブレイクの手を取り、彼を引っ張りながら一緒に扉の向こうまで走りだす。
爆発音が響き、崩壊していく実験場の出口までの長い距離を走りながら、白金はキャルソンに説目を求めた。
「ちょぉ! 分かりやすく説明!」
「さっき言った通りだってば。ほら、逃げないと生き埋めになるぞ」
「ば、爆発オチなんてサイテー!」
「は? 爆発オチ? 何それ」
「今の現状をそう言うんや!」
「へー」
息を切らしながらそう言う白金の話に、キャルソンは特に興味がないようで、雑な返事をするだけだった。
キャルソンを先頭に走っていく中、実験場は半壊状態にまでなり、不安定な天井が大きく崩れ、ちょうど徳札の頭上に落ちてくる。
「っ道吏! 上! 上!」
白金が大きく叫ぶが、どう見ても間に合わない。今よりも急いで走ったところで、あの大きさの瓦礫からは逃げられないだろう。
「クソっ……!」
「道吏!」
もう一度白金が徳札の名前を呼ぶが、徳札の頭上には大きな瓦礫が落ち、周りは煙に覆われた。
徳札は死を覚悟したが、体は健在だった。そして、自分の頭を守ってくれていた人物を見る。
「……はっ! 本貴さん!?」
徳札の頭を庇いながら、棚部は広岡から受け取った、簡易シールドを展開していた。そのお陰で徳札と、彼を庇った棚部は助かったのだ。
「あっぶね……大丈夫か? 大丈夫そうなら走るぞ。ここで死ぬわけにはいかないからな」
「は、はい!」
棚部はそう言って、徳札に大きな怪我がないのをサッと確認してから、また走り出す。
徳札はそんな棚部に敬愛の眼差しを向けながら、彼の背中を追ってまた走り出す。
結構な距離を走り、出口が見えてきた。そしてその出口近くの外から、誰かがこちらへ何かを叫んでいる。それなりに走ると、その声が何を発しているのか漸く分かる。それは警告であり、ブレイクたちを心配してくれている声だった。
「おい君たち! こっちだ! 早くしないと安全装置が作動して閉じ込められるぞ! 急げ!」
「えっ!? ヤバイヤバイ、みんな早く! 全力で走って!」
驚きながらも、ノーザイは後ろにいる全員に「早く! 早く!」と呼び掛けているが、ノーザイ本人とキャルソン、そしてエンセ以外は息が絶え絶えである。
特に徳札と白金はかなりキツそうだ。
「私たちはっ! 貴方みたいにっ! 体力オバケじゃないんですよ!? それはもう……めちゃくちゃ……めちゃくちゃに疲れてるんですけど!?」
「なら俺が引っ張るから!」
「は? え、ちょっ!?」
息を切らしている徳札に対してノーザイはそう言いながら、彼の手を掴んで思いっきり引っ張って走っていく。ノーザイに引っ張られるまま、徳札はもう出口の近くまで到着しそうだ。
そんな徳札を見ていた白金は、息を切らしながらも文句を垂れる。
「えぇ~!? 道吏ずっる!? ノーザイく~ん! 俺の事も引っ張って欲しいんやけど~!」
「安心しろ空李。僕が引っ張ってやる」
「皓利~!!!」
徳札たちに手を伸ばしながら文句を垂れていた白金の手を、高峰がいつもと変わらぬ声と表情で掴んで引っ張る。白金は高峰の名前を感極まった声で呼んだ。
そんなやり取りをしている二人の真横では、キャルソンが大きな羽で飛びながら、一生懸命走っているブレイクに話し掛けていた。
目の前にある出口には、もう半分まで鉄製の分厚い扉が上から降りていた。このままだと、実験場に閉じ込められて生き埋めになる。
「ほら急いでお兄様。サフィナちゃんを置いて逝けないでしょう?」
「っ! 当たり前だ!」
ブレイクは残りの体力を全部使うようにして、全力で走り出しどうにか外へ脱出する。
それとほぼ同時に、高峰に手を引かれた白金もギリギリのところで脱出に成功する。
「うおおおお! セーーーーフ!!! 危なかった! ほんっっっまに危なかった!」
そんな白金の大きな声が響くと同時に、実験場の出口を鉄製の扉でドシンと塞がれた音がなる。そして、更に強い爆発音と崩れる音が響く。その音が響いてから数分もしない内に、実験場はブレイクやエンセたちの目の前で崩壊した。残っているのは鉄製の分厚い扉と、地面に接している一部だけだった。
そんな爆発の中、棚部は呼吸を整えた後、すぐに大きな声で全員に呼び掛ける。
「全員いるな!?」
「えーっと……おるおる! ちゃんと全員おるで!」
棚部の呼び掛けに白金は周りを見渡して返事をする。
棚部もしっかりと自分の目で全員を確認して、ホッと安堵の表情を浮かべた。
「そうか……なら良かった」
確認のために棚部の周りに集まって来たブレイクたちに、話し掛ける人物がいた。それは、出口でブレイクたちに大きな声で警告をしてくれた、短髪の男性だった。
「あんたら危なかったな」
そう言った男性の頭には青黒い輪っかが浮いており、青黒い悪魔の羽が動いていた。彼はおそらく悪魔なのだろう。しかし、彼には左腕がなかった。
「おぉ、さっきは教えてくれておおきに……って誰やねん君ら」
白金が声を掛けてくれた男性にお礼を言うが、知らない人物であることに突っ込む。それに答えたのはキャルソンだ。
「こいつらは俺が逃がした被害者たち。みんな逃げられたようで良かった」
キャルソンは優しい笑みで、目の前の悪魔の男性とその周りにいる人外たちにそう言った。
悪魔の男性はキャルソンにお礼を言いつつ、途中で涙を流しながらも言葉を続けた。
「キャルソン、本当にありがとう。あのままあの地獄のような場所で、死ぬまで実験体として扱われると、半ば諦めてたんだ。たがら、こうして……っく、生きて出られたことが嬉しい……! 子供たちにも会える!」
「おっさん良かったな! 僕もようやく帰れる……妹と弟が待ってるんだ、早く顔が見てぇな」
左腕がない悪魔の男性に、近くにいた妖精と思われる若い男性が、彼の背中を優しく叩いて喜ぶ。彼もよく見れば身体中が傷だらけで、包帯が至るところに巻かれている。
そしてその周りにも喜びを隠しきれない人外たちが良かったと話しているが、その中で異様な光景が目に入る。
「お母さん、お母さん、私たち助かったの?」
「えぇ、そうよ。エレナちゃん……本当に良かった……私たちは、もう自由よ……」
そんな声だけを聞けば、助かって喜んでいる親子の会話なのだが、視界に入る光景はちょっと変だ。お母さんと言っているのは大人の女性で、そんな大人の女性を抱き締めて名前を呼んで、お母さんと呼ばれているのは子供の女の子だ。それはまるで、二人の中身が逆になっているように見える。
そんな異様な光景について、ブレイクがキャルソンに聞こうとするが、それよりも先に天使たちがブレイクや被害者たちの所にやってくる。その天使たちはメセルやエンセと違い、甲冑を着ていて堅苦しい印象だ。
「全員一度、お話を聞かせて頂きます。お時間は取りません。そこのエンセ・カヨエルはこちらで引き取らせて貰います。お一人ずつ、どうぞこちらへ」
他の天使たちがエンセを何かの拘束具で動きを封じる。エンセは何一つ抵抗をせずに、されるがままだった。彼女の瞳には、喪失感が見て取れた。
一人の天使がキャルソンに近付いて「ご協力感謝致します」とだけ伝え、すぐに持ち場へ戻った。慌ただしく動く天使たちを見ながら、徳札はキャルソンに話し掛ける。
「……本当にヤバイ実験場だったんですね。貴方の言っていた通り、被害者の殆どが拉致られてたとは……」
「だから裁ける。天界では、そういう制度が設けられてるからな。証拠さえ提出できればこっちのもん。だから俺は、天使たちにここの情報と証拠を流した。少し取り調べされると思うが、お前らも被害者だ。本当の事だけ言ってればすぐに解放されるだろうよ」
キャルソンは天使たちや被害者たちを見て、少し微笑みながらそう言った。
そんなキャルソンに、棚部が連行されていくエンセを見ながら問い掛ける。
「エンセや研究員たちはどうなる?」
「さぁな。俺は天界にそこまで詳しくない。ただ、裁きは公平に、確実に行われる。それなりの判決はされると思うけどな」
「そうか……」
キャルソンは肩を竦めながら、視線を動かす事なく答えた。
そうこうしている内に天使たちがこちらにやってきて、一人ずつ小さなテントのような場所へ案内され、順番に取り調べを受けた。
とりあえず取り調べを終え、テントから出たブレイクは早く帰りたくて仕方がなかった。
サフィナを傷付けたエンセは、こちらではもうどうにもできない。天使たちの判決を待つしかなく、ブレイクがやり返すことはもう不可能に近い。
それなら早く、サフィナの容態を知りたい。ただの怪我であれと祈りながらも、嫌な予感が拭えない。エンセがサフィナを襲った際に、彼女が持っていた謎の筒状の物。あれでサフィナを傷付けたという事は、何か良くない事をされてしまった可能性が高い。
「サフィナ……」
ブレイクはサフィナを案じながら、全員の取り調べが終わるのを待ち続けた。
空に浮かぶ天界は、白く青く心を落ち着かせる景色だろう。しかし、そこに立つブレイクの心が落ち着くことはない。ただただ、ずっと不安が脳を心を支配している。




