第四十四話 選ぶのは
ブレイクとサフィナが連れ去られ、おそらく二人が居るであろう実験場までテミスが案内してくれるらしい。そこで、救出に行くメンバーを確認する。
実験場は安全な場所ではない。それなりに戦えないと、いざという時に危険だろう。そして決められたメンバーはノーザイ、棚部、徳札、白金、高峰の五人となった。
そして何かあった時すぐに動けて、大体の事なら対処もできる、広岡とコーネダリスが待機する。百奈はサフィナやブレイクたちが怪我をして帰ってくる可能性も考慮して、いつでも手当てができるよう、準備して貰うことになった。百花はそれの手伝いとして残って貰うことにしたのだが、百花は棚部の袖を掴んでこう言った。
「あの! あ、あたしも行く!」
「ダメだ。危険すぎる」
棚部は悩む素振りすらせずに即答する。百花は一瞬怖気付く。
「で、でも、サフィナちゃんが……」
「百花……」
サフィナの心配をする百花に、百奈が彼女の名前を呼ぶ。
百奈としても、棚部の意見に賛成だ。百花の気持ちも分かる。待っているだけじゃなくて、自分も行動に移したい。その気持ちは尊重すべきだと思う。だが、棚部が言うように今回は危険だ。平気で他者を誘拐をして、実験もする所に百花を連れて行きたくはない。百奈は百花にその気持ちを伝えようとする。しかし、それよりも先に百花へ話し掛けた人物がいた。
悔しそうな顔をする百花に話し掛けたのは広岡だった。
「そんな百花ちゃんに、はいこれ」
「えっ……な、なに、これ?」
広岡は百花にとある物を渡す。
渡されたのは、星型の模様がついた小さな玩具のような物だった。百花は渡された物と広岡を交互に見る。
広岡はしゃがんで、百花に視線を合わせる。そして、それがなんなのか答える。
「これはね、僕がこの前コーネダリスさんから買った、簡易シールドが簡単に出せる魔法道具だよ」
「シールド?」
シールド。つまり盾でありバリアでもある。広岡が百花にこれを渡してきたという事はつまり、広岡は棚部とは反対意見で、百花に行ってこいと言っているのだろうか……。百花はそう考えながら、渡された魔法道具を見つめる。
「この星の所に魔力を流すと、この道具を中心とした円形のシールドが出るんだヨ。少量の魔力でもお手軽にシールドが展開できるやつだネ」
作った本人であるコーネダリスが、百花に横から説明をしてくれた。
そして、広岡が魔力の流し方を教え、百花の手を借りて実際に使ってみる。すると、その道具を中心として、透明な緑色のシールドが張られた。星型のボタンから指を離すと、シールドも消えた。
広岡は百花にその魔法道具をしっかりと握らせた。
「これを持って行くといい」
「おい、広岡お前」
百花に行ってこいと伝える広岡のフードを棚部が引っ張り、しゃがんでいる広岡を立たせる。
ロングパーカーのフードを引っ張られた広岡は、抵抗することなくそのまま立ち上がって棚部を見る。
「え、なに? 百花ちゃんにはキララもいるし、今渡したシールドもある。攻守共に問題なし。ってことで、行かせてあげれば? 百花ちゃんも危険な事は分かってるさ。それでも行くって言うなら行かせればいい。今回の経験が彼女にとって吉と出るか凶と出るかは分からない。何事もやってみなきゃね。もし最悪な事態になりそうな時は、キミが守ってあげればいい。それでも不安なら、これも百花ちゃんに渡しておこう」
棚部が入る隙もなくペラペラと話していく広岡は、百花にまた何かを渡す。
「……これは?」
「超小型カメラだよ。前と後ろの邪魔にならないところに着けといて。僕はお留守番するから、そのカメラの映像でも見とくよ。何かあればすぐに連絡する。あぁ、それと本貴さんにはこれをあげる」
そう言った広岡は、棚部に何かを投げる。棚部はそれをキャッチして、投げられた物が何かを確認する。
それは少し小さめの端末だった。棚部が少し弄ってみると、これがなんの役割を持つ端末か理解した。これは、先ほど広岡が百花に着けたカメラの映像が流れているからだ。
つまり、棚部も百花に危険が迫ってないか確認ができる。これをやるから、連れて行ってしっかり守ってやればいいと言いたいのだろう。
「……どうしても行かせたいみたいだな。何か理由があるのか?」
「え、ないよ?」
棚部の問いに広岡は、いつもと同じニヒルな笑みを浮かべながら、理由なんてないと伝える。その表情と声から、本当にこれと言った理由がないのだろう。
おそらく広岡的には、行きたいのなら行かせればいい……という単純な話でしかないのだろう。
棚部は呆れた表情で広岡を見る。
「お前なぁ……」
「決めるのはキミじゃない。決めるのは百花ちゃんだよ」
広岡は百花に視線をやり、ニコッと笑いかける。百花は広岡と棚部を交互に見て、首を強く縦に振る。口にはしていないが、そうだそうだと言っているように見える。
棚部は百花の気持ちを無下にしたい訳ではない。ただ、まだ子供でもあり、戦闘に慣れていない百花を危険に曝したくないのだ。
百花を一瞥した棚部は、すぐに広岡へと視線を向けて口を開く。
「百花はまだ子供なんだぞ」
「子供の成長を見守るのも大人の役目でしょ。……人の一生は一度しかない。誰かに決められた選択肢で後悔するぐらいなら、悔いのない選択を自分で選んだ方がいい。それがどんな未来に繋がろうとも、それもまたその人の運命だよ」
広岡は棚部と向き合って、視線を逸らすことなく話す。
傍から見れば、大の大人がバチバチと火花を散らしているように見える。両者一歩も譲る気配はなく、誰も間に入って止めない。いや、止めないではなく出来ないが正しいのかもしれない。
そんな中、テミスが呆れた顔で二人を見ながら言い放つ。
「あのさ、どうでもいいから早く決めてよ。こっちは急いでるんだけど?」
テミスの言葉に、棚部と広岡はテミスから互いに視線を向ける。
そして、広岡がひとつ提案をする。それは、単純で分かりやすい運勝負だった。
「……よし分かった。こうしよう、ジャンケンだ。ジャンケンで僕が勝ったら百花ちゃんの意見を尊重する。本貴さんが勝ったらキミの意見を尊重する。これでいいね? いくよ」
「よくねぇよ。なにしれっとジャンケンで決めようとして……」
棚部の意見を聞かずジャンケンで決めようとする広岡に、棚部が意見を言おうとする。
しかしそれを遮るように、普段の広岡からはあまり聞かない程の大きな声で「最初はグー!」と掛け声をかけた。
「ジャーンケーン!」
「ッチ!」
勢いのある広岡の声と動作に、棚部は舌打ちをしながら反射で手を出した。
「……百花……本当に行くの?」
百奈は百花の両肩に手を乗せて心配する。
そんな百奈の後ろでは、チョキの手を高く天に上げて微笑んでいる広岡と、俯きながらパーの手を眺めている棚部がいた。
ジャンケンに大袈裟な態度をとる大人二人を無視して、百花は強い意志で百奈に答える。
「行く。足手まといにはならないようにするし、みんなや自分の身を犠牲にはしない。……友達を助けに行くのに、任せてばかりじゃダメだって……あたしは思うの。だから、行く」
百花は普段のツインテールをポニーテールにし、服装も可愛さは残しつつ、スカートから動きやすいパンツスタイルに変えていた。百花の意志は固い。
百奈は困り眉で笑みを浮かべて、百花に優しく語りかける。
「……そう、なら約束して。無理はしないこと、危ないと思ったらすぐに助けを呼ぶこと。必ず……みんなと一緒に生きて帰ってくること。……本当は私も行けたら良かったんだけど、この足だとどう頑張っても足手まといになる……それに私もみんなの邪魔はしたくない。だから、一緒に行く皆さんを……仲間を頼りなさい。お姉ちゃんは信じて待ってるわ」
「うん、必ずみんなで帰ってくる」
百花は強く頷き、百奈は百花を優しく抱き締めた。
それぞれの準備が整い、全員が外へ出る。そして留守番をする広岡たちは、館の玄関前にある小さな噴水の近くで、実験場へ向かうノーザイたちを見送る。
「それじゃ、僕はお留守番しとくからね。何かあったらコーネダリスさんと一緒に応援に行くよ」
「それと、念のためにマトロポスとサントスも呼んで待機しとくのサ。私たちはお得意様には優しいからネ」
そう言った広岡とコーネダリスに、棚部は返事をする。
「あぁ、留守番は頼んだぞ」
「はいはい。それじゃ、みんな行ってらっしゃい」
棚部に雑な返事をした広岡は、全員に向けて手をヒラヒラと振って挨拶をした。
そんな広岡の横にいる百奈は、百花を見つめる。百花は無言だが、意志の強い瞳で百奈を見つめたまま頷く。
「必ず、全員で帰ってきてくださいね」
全員に視線を向けながら、祈るようにしてそう言った百奈に、テミス以外のみんなが同じ言葉を返した。
「もちろん」
そう言ったみんなの声は揃っていた。みんなの思いは一緒だった。
実験場まで結果遠く、棚部たちは車で行ける所まで行くらしい。テミスのナビゲーションがあるので、きっと大丈夫だろう。
全員が乗った近未来的な車が見えなくなった頃、コーネダリスと百奈が会話をする。
「大丈夫かナ。サフィナちゃんに何もないといいけど……ちょっと心配だヨ」
「…………百花や皆さんを信じるしかないですよね……」
「うん、そうだネ」
そう言いながら、百奈とコーネダリスは館の中へと戻っていった。もし何かあった時の為に、衛生材料や消毒液などの医療用具を準備するのだろう。
そんな二人の姿が完全に館の中へと消えてから、ほんの数秒も経たない内に広岡の横にナイアーが音もなく現れる。
広岡は視線を動かさないまま、ナイアーに問い掛ける。
「何か起きると思う?」
「まぁ、十中八九何かが起きるんじゃない? 少しづつ動き出すのか、大きく動くのか、楽しみだよ」
「……ひとつ聞いてもいいかな」
広岡の言葉にナイアーは何も言わない。しかし、視線で広岡へ続きの言葉を促す。
「……天使や悪魔を嗾けたのはキミかい?」
「んっふふ、キミは相変わらず勘がいい。そうだと言ったらどうする?」
そう言って、笑いながら広岡の横から目の前へ移動したナイアーは、ほんの少し前へ屈んで広岡に顔を近付ける。そして、ナイアーの長い髪で広岡の顔が横から見えなくなり、広岡の視界は黒髪と褐色で埋まり暗くなる。
ナイアーの裂けそうなほど弧を描いた笑みと、一際輝く真っ赤な瞳。それはナイアーの本来の姿を思い出させる。
広岡は「近いよ」と言いながら、背を少し後ろに反って、ナイアーから目を逸らすことなく話を続ける。
「別にどうもしないさ。もう既に起きた事は、僕たち人間じゃ覆せないからね。だから、できる限り最善の未来を選ぶしかない」
ナイアーは近付けていた顔を離して、バケモノのような顔から、いつもの中性的で美しい顔に戻る。そして、見る人によっては顔を赤らめてしまうかもしれないほど美しく、見惚れてしまう程に優しげな笑みを溢して広岡に問う。
「その最善の未来を、キミは選べてるのかい?」
「選んでるさ。 “誰かの最善” じゃなくて “僕にとっての最善” を、ね」
広岡の答えに、ナイアーは一瞬キョトンとした顔をする。しかしすぐにいつものニヤケ顔に戻り、広岡のチョーカーに目を向けて笑う。
「ふはっ、実にキミらしい解答だね」
「……どこを見て言ってるんだい?」
そうナイアーに聞く広岡は笑っているが、どうみてもご機嫌斜めという雰囲気を醸し出している。
そんな広岡の疑問に対して、ナイアーは一言「あの方のほんの一部」と、クスクス笑いながら伝えた。




