第四十五話 実験場
テミスが言うには、『デルテの館』から実験場までめちゃくちゃ遠いらしい。なので、とりあえず車で行けるところまで行くことになった。テミスの案内で結構な距離を進むと、車では通れない場所までやってきた。ここから徒歩らしい。
所々半壊している神殿のような場所。その中央には、先が見えない程の長い階段がある。これを登れという事なのだろう。テミスは自前の羽を使って浮いたまま登っていく。
ノーザイたちは互いに視線を合わせた後、重い足取りで長い階段を登っていく。
どれほど登ったのだろうか、まだ先が見えない。しかし、テミスは途中で待機していた。テミスの所まで追い付くと、彼女は何もない空間に手を翳した。すると何かが出てくる。それはカメラのレンズにも見えた。そのレンズがテミスの顔を認識すると、何もなかったはずの空間から謎の渦が現れる。
「ここを通った先が実験場よ。早くしないとここに置き去りにされちゃうからね」
テミスにそう言われ、他の面々も急いでその渦へと入っていく。渦を通った先にあったのは、雲と草が合わさったような地面が広がり、木々も生えている場所。そんな中、ポツンと大きな建物が建っていた。おそらくここが実験場なのだろう。
やっと目的地に着いた所で、高峰や白金が息を切らしてしゃがむ。
「めっっっちゃ疲れた」
「わかる。俺もヘトヘトなんやけど……エレベーターとかエスカレーターとかないんか? 歩きであの階段はキツいでほんま」
息を切らして疲れているのは二人だけではない。棚部や徳札も分かりづらいが、疲れている様子が伺える。
ノーザイはそんなみんなの姿を見てちょっと驚く。人間ってそんな簡単に疲れるんだと、少し心配になった。ちょっと長い階段を登るだけで、こんなに体力を消費するなんて、大変そうだなと棚部たちを気遣う。
背中を擦ってくれたノーザイにお礼を言いつつ、棚部はテミスに疑問を投げる。
「正面から入っていいのか?」
「いいよ。君たちが余計なことしなければ大丈夫。たぶん……まぁ、自分の身は自分で守ってね」
「お前ら、警戒を怠るなよ」
テミスの発言後、棚部は全員にそう伝える。返事はなくとも、全員の表情や雰囲気から気を引き締めているのが分かる。
実験場の外観は白い半円だ。パッと見た感じでは扉がどこにあるのか分からない。しかしテミスは迷う事なく、とある場所に向かう。そこに行くと、分かりにくいがうっすらと丸い窪みのような物が見える。テミスはそれに自身の指を当てる。
そうすれば、何もなかったはずの白い壁から扉が現れる。テミスは「こっちよ」と言って、現れた扉を通ってスタスタと建物の中へと入っていく。
ノーザイたちは後を追って建物の中へ入る。
実験場と言うだけあって、中に入った瞬間から嫌な気配がする。外の白い外観とは真逆の薄暗い空間。よく見れば、壁や床にチラホラと血が付着しているのが確認できる。新鮮な真っ赤もあれば、時間が経って赤黒く錆びているものもある。
棚部はジャンケンに負けたとは言え、やはり百花をここに連れてくるべきではなかったのでは? と後悔した。そう思いながら百花の様子を伺う。
百花はキララを抱き締めながらも、顔色は悪くなっていた。そして、棚部が自分を見ていた事に気付いた百花は、一言「大丈夫だよ」と笑った。そんな百花の頭を棚部は優しく撫でた。
実験場の中では、啜り泣く声や何かを嘆く声が微かに響いている。そんな気が滅入りそうな中、テミスがとある人物を見つけて名前を呼ぶ。
「メセル!」
「あ、テミス」
テミスが見つけたのはメセルだった。メセルはテミスを見ても特に表情が変わる事はなく、彼女の名前を呼んだ。
メセルに対して、サフィナとブレイクはどこかとノーザイが聞こうとする前に、メセルが出てきた扉の中から一人の女性が出てきて口を開いた。
「あら、テミスさん。どうしてお客さんを連れてきてるのかしら」
テミスを見て微笑みながら聞いたその女性は、メセルに似ていた。メセルと同じ褐色で水色の髪をしており、白いツノを二本生やし、メセルよりも大きな天使の羽を持っていた。
おそらく、彼女が一番最初に実験を始めたメセルの姉なのだろう。
「君の妹が僕だけ置いて行ったから腹いせに。文句があるならメセルに言いなよ。僕だけ置いて行きやがって」
テミスはふんっという表情でメセルを見ながら答えた。そして、やはり彼女のはメセルの姉で確定のようだ。
「そう、相変わらずね。邪魔しないなら好きにしなさい。でも……やっぱり心配だから私も付いて行くわ。どうせあの女と引っ付いて来た男が目当てなんでしょ?」
彼女はテミスに視線を向けることなくそう言った。そして、ノーザイたちに視線を向けてから、サフィナとブレイクの事を言ったメセルの姉に、棚部が単刀直入に聞く。
「二人はどこにいる」
「慌てないで、案内するわよ」
エンセは手の平を棚部に向けてから、向こう側の通路を指差しながら答える。
そんな二人の後ろで、テミスがメセルにキャルソンについて疑問を投げる。
「そういえばキャルソンさんはどこなの?」
「それが分からないのよ。確かに一緒に連れてきたはずよ……なのに居なかったの。でもおそらく位置がずれただけで、この実験場にはいると思うわ」
「……はぁ?」
テミスの質問にメセルはそっぽを向いたまま小さな声で呟く。
そんな二人の会話は無視して、メセルの姉が棚部たちに自己紹介をする。
「あぁ、そうだった。名前を言ってなかったわね? 私はエンセ、エンセ・カヨエル。メセルの姉よ」
そう言ったエンセに棚部は問いかける。キャルソンが言っていた、実験を始めたのはメセルの姉という言葉が本当かどうか確かめるためだ。
「この実験を始めたのはお前と聞いたが、なんでこんな実験をしているんだ」
「あなた達に言うと思う? 教えてやる義理なんてないわ」
エンセは棚部を見ることなく、冷たく言い放つ。教える気は更々ないようだ。
そんなエンセを見て、白金はメセルの方に聞いてみる。問われたメセルも、エンセと同じようにそっけなく返す。
「メセルちゃんは知らんの?」
「知らないわよ」
「ていうかなんでお前らも一緒に来てるんだ」
当たり前のように一緒について来ているメセルとテミスに対して、高峰がそう聞いた。そして、すぐに高峰はやってしまった……とちょっと後悔する。
「メセルのせいで、何処に居るのか分からないキャルソンさんを探してるだけだよ」
「呼んでもない客を連れて来た貴女よりマシだわ」
「そもそも君が僕を置いていかなければ良かっただけの話でしょ?」
「貴女が居なくても問題ないと判断したまでよ」
「はぁ? そう判断した結果がコレだよ。君が僕の事も普通に連れていけば、彼らも付いてくることはなかったのに」
「私のせいにしないでくださる? 貴女が勝手に連れてきただけじゃない。十対零で貴女が悪いわ」
「自分の非すら認められないガキじゃん」
「だって私に非はないもの」
ちょっとでも隙を見せると、またテミスとメセルの言い合いが始まる。
やはりこの二人はこれが通常運転なのだろう。メセルの姉も全く気にしていないどころか、完全に無視して歩みを進めている。もはや、あの二人の言い合いに突っ込んだら負けなのかもしれない。
メセルとテミスの言い合いが始まって数分後、誰も二人を止めないため、二人は変わらず言い合いをしているが、エンセとある扉の前でピタリと止まる。
エンセはノーザイたちに視線を向けて、一言伝えた。
「ここよ」
そう言って扉を開けて、中へ入るように促す。
ノーザイたちは互いに目を合わせて、罠の可能性を考えるが、二人の人物が部屋の中から出てきた。出てきた二人を見たノーザイはその名前を呼ぶ。
「ブレイク! サフィナ!」
「あ、ノーザイ……それに棚部さんや高峰さんたちも」
名前を呼ばれた二人の内、ブレイクの方がノーザイたちの名前を呼び返した。
ノーザイは二人に近付いて、持ってきていたブレイクとサフィナの刀を渡した。二人は自分の武器を手にして、少しホッとしたような表情になり、ノーザイへ感謝を述べた。
そして百花は、ブレイクの後ろにいるサフィナに近寄る。
「サフィナちゃん! 良かった、何もされてない?」
「百花さん……! はい、大丈夫ですよ。今のところは何も……」
近寄ってくる百花に、サフィナは笑みが綻ぶ。手を繋いで話している二人を視界に入れつつ、エンセは肩を竦め困り眉でこう言う。
「安心して、何もしないわ。ただお話がしたかっただけなの」
エンセの言葉にブレイクや棚部たちはジッと静かに彼女を見つめる。誰も何も言っていないが、エンセの言葉を誰も信じていないという雰囲気がビシビシと感じられる。
さすがのメセルもチラッと姉の方を見て、ボソリと本当に小さく微かな声を溢す。
「お姉様って嘘が下手ですわ……」
「聞こえてるわよ」
「それは幻聴ですわよお姉様」
メセルに反応したエンセだが、メセルはエンセから視線を逸らしたまま「幻聴よ、幻聴……」と何度も呟いた。そんなメセルを見て肩を竦めたエンセは、ブレイクやサフィナの方を向き直り口を開く。
「それじゃお客様も揃った事だし、あっちの部屋へ行きましょうか」
暗い向こう側を指差しながら、エンセはニコニコと笑いながら言った。それに対してノーザイが疑問を投げる。
「……あっちってどこ?」
「どこって……お客様をもてなす場所よ?」
エンセは今までよりも胡散臭い笑みでノーザイに答える。そこで棚部がエンセを睨みながら言い放つ。
「それは俺たちが行かないといけないのか? 二人を回収できれば、ここにもう用事はない。帰らせて貰いたいところだが……」
「そんな簡単に帰すなら、わざわざ無理やり連れてきたりしないわよ」
エンセはそう言いながらパチンと指を鳴らす。すると、棚部たちの背後に鉄製の大きな柵が天井から床まで配置され、来た道を帰ることは不可能になる。
「だよな……」
その様子を見た棚部はポツリとそう呟いた。
エンセは優しい笑みを溢しながら、棚部たちにひとつ提案をする。
「まぁ……帰るのなら、別に帰してもいいわよ。そうね……片方の小指だけなら無くても実験には問題ないし、小指だけは帰してあげるわ」
「断る」
エンセのふざけた提案に、棚部はいつも以上に低く圧のある声で即答する。
棚部の態度に気を悪くした様子もなく、エンセはクスクスと笑みを溢しながら、右手で何かを作り出していた。
「あらそう? ならついてきてくれるわよね? 安心して、別に悪いようにはしないわよ」
エンセは白く太い矢を何十本も生成し、その鏃に付いている鋭利な刃をブレイクや棚部たちに向けて、身動きが取れないようにする。少しでも好き勝手動けば刺すという圧力が感じられた。
「ほら、ついてきてね?」
エンセを先頭にして彼女の後ろを歩く。もちろんブレイクたちに向けられている何十本もの矢も、変わらず刃が向けられたままだ。
「……嫌な予感しかしないなー」
ノーザイは前を歩くエンセ以外に聞こえる程度の音量で呟いた。ブレイクや棚部たちも同じ気持ちだ。半ば脅されて連行されているようなものだ。いい予感などするわけがない。
ブレイクは横で一緒に歩いているサフィナを気にしつつ、警戒を強めながらエンセの後をついて行く。




