第四十三話 実験
三人の人外のせいで風通りの良くなったリビングで、ブレイクやサフィナたちは説明を聞き逃さないよう聞き耳を立てる。キャルソンたちの拘束はそのままだが、キャルソンは気にせず説明を始めた。
「天界と魔界と妖精界、上界と中界と下界と最下界については分かるな?」
キャルソンが上げていく単語に、ブレイクは聞き覚えがある。それは、この世界に来て二日目の朝に渡された資料。それに説明が書かれていた気がするが、正直あまり覚えていない。
「ここに来て二日目に貰った資料に書いてあった気がするが、あんま覚えてないから一から教えてくれ」
そう言ったブレイクに続けて、白金も教えてほしいと頼む。
「今ここに資料ないし、俺もおさらいしたいから、よろしゅう頼むで」
そんな二人にキャルソンは露骨に嫌な顔をした。心の底から面倒ですという気持ちが伝わってくる。
「え、いちから説明するのめんど。資料あるならそれ見ろよ。大事なのはそこじゃないんだけど」
「じゃあ聞くなよ。聞いたら気になるだろ。俺たちは貴方とは違って、この世界出身じゃないんだ」
ブレイクがキャルソンにそう言うと、キャルソンはため息をつきながら、しょうがねぇなという顔で説明を始めた。キャルソンはサフィナの兄であるブレイクに、あまり悪い顔はできないと考えているのだろう。
「はぁ……お兄様の為に説明しますよ。上界が空、天界が上界の裏、中界がここ、妖精界が中界の裏、下界が地下、魔界が下界の裏、最下界が魔界よりも更に下……これでオッケー?」
「なるほど、わからん」
「じゃあもう諦めろ。さっさと本題に入らせてもらうからな」
キャルソンの説明に白金が元気よく答える。キャルソンはそんな白金にキッパリと諦めることを進めた。
大事なのはそこではない。キャルソンが説明したいのは実験の事である。正直に言うと、先ほどの天界だの中界だのの説明はしなくても良かったのだ。口に出してしまったが故に説明せざるを得なかった。キャルソンは一人密かに反省しながら、ブレイクたちに説明を始める。
「俺らは天界にある隠れ家で、とある実験をしている。それは、ある特質を取り出して移植する実験だな。簡単に言えば、俺みたいな悪魔を天使に変化させたり、妖精を悪魔に変化させたりができる。もっと言うと、人間を人外に変えたり人外を人間にさせる事もできるかもしれないって話だ。まぁ、まだ実験中で完璧に成功した試しはない。だいたい副作用とか拒絶反応が出たりして、何らかの代償が付き物だな。最悪の場合は死ぬ。つーか、もう既に何人も実験に失敗して死んでる。死ななくても、さっき言ったように代償が付いてくるし、脳や体に支障が出てまともに生活できなかったりする。しかも一番ヤバイのは、実験体の過半数が誘拐されて無理矢理連れてこられたってことだ」
キャルソンの説明から分かるのは、ヤバイという事である。ブレイクは尚更そんな所に実験体としてサフィナを連れていけるわけがないと強く思う。
実験の説明を聞いて、ブレイクたちは言葉には出さないが、表情や雰囲気から不快感を示している。そんな中、いつもと変わらぬ表情と声で広岡が口を開く。
「思ってたよりヤバイ実験してるね。怒られない?」
「だからこうして最小限の人数で隠れながらやってんだよ。魔界では別にそこまで咎められるもんじゃないが、天界や妖精界では処罰もんだ。なのに、天界で隠れながらやってるんだから、意味が分かんねぇんだよな。中界でやればコソコソしなくてもいいだろうに」
キャルソンの言っているように、何故処罰ものになる天界でそのような実験をしているのか、それはここにいる誰も分からない。しかし、何かしらの理由があるのだろう。
ブレイクがそう考えていると、棚部がキャルソンに一つ実験に関する質問をする。
「……誰が一番最初にその実験を始めたんだ?」
「それはメセルの姉だな。始めた理由は実際に会って聞いてみればいい。俺らは知らないんでね」
キャルソンに言葉に、ブレイクたちの視線がメセルへ向かう。メセルは目を閉じたままそっぽを向いていた。
そんなメセルから視線を外して、ノーザイはキャルソンとテミスを見ながら問い掛ける。
「あんた達はなんでその実験に協力してるの?」
「言っとくが、俺は実験される側だからな? 誘拐された側だからな? この包帯がなんの為にあるのか分かるか、左目がぐちゃぐちゃなんだよ。痛いし痒いし重いしうるさいしゴロゴロするし謎の汁が出るしで本当に最悪。拒否権があれば即行で行使するのに」
拘束されているため顔の動きだけで包帯を見せつけるキャルソンだが、おそらく手が動かせれば包帯を指差していたのだろうと思えるほど、身を乗り出して包帯を主張してくる。
キャルソンの声音から、彼が嘘をついているとは思えなかった。彼は心の底から最悪だと思っているのだろう。
そんなキャルソンにノーザイは「へー」と軽く返して、メセルとテミスに話し掛ける。
「そっちの二人は? ……あぁ、いや、メセルさんの方は姉がいるからか」
メセルはキッとノーザイを睨むだけで何も言わない。そんなメセルとは反対に、テミスは願望をペラペラと話し始める。その目にはほんの少しの狂気が感じられた。
「僕は一縷の望みにかけたいんだ。僕は悪魔になりたい、妖精なんて性に合わない。少しでも可能性があるのなら、賭けてみてもいいかなって。僕は悪魔になったらキャルソンさんと結婚するんだ」
テミスはそう言いながら、期待の眼差しをキャルソンに向ける。しかしキャルソンは目線を合わせる事なく、素っ気ない声で簡素に答える。
「しないが?」
「どんな手を使ってでも結婚させてやる」
「なぁ怖いんだけどこの子。結婚する意志が強すぎて口調変わってるんだが?」
キャルソンは心なしか、目の前にいるブレイクやノーザイに助けを求めているような表情と声で話す。
そんなキャルソンを挟んで、メセルはテミスに鋭い視線を向けて言い放つ。
「抜け駆けですか? ずるい女。絶対邪魔してやりますわよ」
「やれるもんならやってみれば? 君にできればの話だけどね」
またしても二人で言い合いを始めたメセルとテミスを見ながら、百奈は気になっていた事を二人に聞く。
「あの……どうしてお二人はキャルソンさんが好きなんですか?」
百奈のそんな質問に、二人は同時に同じ答えを発する。その二人の声は完璧に重なっていた。
「恩人だからだよ」
「恩人だからです」
二人揃ってそう言われ、百奈だけでなく、他の人たちも恩人と言われたキャルソンの方を見る。
キャルソンは首を横に振りながら、眉間に皺を寄せて否定する。
「ずっと言ってるが誤解だ。俺はお前らに恩人認定されるような事はしてない。勝手に勘違いして慕われて、こっちは迷惑してんだよ」
本当に迷惑そうな声と顔をするキャルソンだが、キャルソンを挟む左右の二人は全く聞く耳を持たない。
「そんな恥ずかしがらなくてもいいんだよ。僕はちゃんと分かってるから」
「同意するのは癪ですが、この妖精の言う通りですわ。そんな謙虚になさらなくても、私は本当のあなたを知ってるわ」
拘束されているため、メセルとテミスはあまり動けないが、可能な限りキャルソンに顔を近付けて話す。
キャルソンは顔を上に向けて、二人の視線から外れようとする。
「はー怖い。話が通じてねぇ。曲解すんな、普通にそのままの言葉を受け取れや」
「え、なに? そのままを受け止めて?」
「普通の貴方を受け取ればいいのね?」
「お前ら難聴か? 都合のいい言葉だけを聞き取るな」
三人であれこれ言い合っている中、ブレイクは三人……というよりメセルとキャルソンに対して、腕を組みながら問い掛ける。
「それで? その実験の実験台として、サフィナを連れていこうと目論んでたのは分かった。その実験の話を俺らに聞かせてどうしろと? 聞かせたんだから、サフィナを連れていかせてくれなんて言わないよな?」
ブレイクはいつも以上に低い声で言った。それに対してキャルソンは、とても人当たりの良さそうな笑みをブレイクに向ける。
「お兄様もついて来ていいんですよ」
「そういう問題じゃないんだが」
ブレイクがついて来る来ないの話ではなく、サフィナを連れていくなと言う話である。キャルソンから実験の話を聞いた上で、妹を連れて行ってもいいですよ~なんて許可できるわけがない。
ブレイクはキャルソンの左目に巻かれた包帯を凝視する。
「全員で行ってみるだけ行ってみるのは? マジでヤバそうだったら拒否るけど、もしかしたら本当にサフィナを人間に戻せるかもしれないよ?」
そう言ったノーザイの提案にブレイクはあまりいい顔をしない。
確かに、ノーザイの言う通りサフィナを人間に戻せる可能性はある。しかし、相手は本人の意志とは関係なく誘拐して実験をする相手だ。そんな所にサフィナを連れて行って、そう簡単に拒否できるとは思わない。
ブレイクはノーザイからサフィナへ視線を移す。
「最悪の場合死ぬって言われてるのにか? 死ななくとも代償がついてくる。俺はサフィナにこれ以上何かを背負わせたくない」
「お兄ちゃん……」
ブレイクはサフィナを見つめ、サフィナもブレイクと視線を合わせる。
人外化した上に呪いまで掛けられているサフィナに、ブレイクはこれ以上なにも起きて欲しくないと思っている。どうしてサフィナだけがこんなに狙われないといけないのか。ブレイクはただ、サフィナと二人で幸せに暮らしたいだけなのに、周りがそれを許さない。理不尽な世界に嫌気が差す。
そんなブレイクの心情など関係なく、拘束されていたはずのメセルが右手を高く上げる。そして一言発すると、指を鳴らす。
「拒否権なんてあなた達にはありませんわよ」
指の音と共にリビング一帯が眩い光に包まれる。
あまりの眩しさに全員が目を瞑り、手や腕で目を覆った。
ブレイクも腕で目を隠すが、指の隙間から見えたうっすらとした光景に目を見開く。それは、同じように腕で目を覆っていたサフィナが、メセルによって連れ去られようとしていたからだ。
「ぇ?」
「っ! サフィナ!」
突然引っ張られたサフィナは抵抗する間もなく光の中へ消えていく。ブレイクはサフィナの名前を叫び、光の中へと手を伸ばしながら走る。
ブレイクはサフィナの手をなんとか掴むが、それ以上に強い何かに引っ張られて体勢を崩し、彼も光の中へと消えていった。
「サフィナ! ブレイク!」
サングラスのお陰か、光の中へ消えていくサフィナとブレイクの姿を微かに捉えた棚部は、二人の名前を呼びながら咄嗟に光の中へ手を伸ばすのが、彼の手は空を掴むだけだった。
程なくして眩しい光は消えるが、そこには誰も残っておらず、サフィナとブレイクの姿もなかった。
「ありゃりゃ、連れて行かれちゃったね」
「呑気なこと言ってる場合ですか!?」
広岡の言葉に徳札が詰め寄るが、広岡は全く意に介していない様子で言葉を続ける。そして、とある物を見つけて嘲笑うような笑みを溢す。
「そんなこと言われてもねぇ。……って、アレ? 可哀想に、置いてかれてる子がいるみたいだ」
そう言った広岡の視線を全員が追う。広岡の視線の先、それは机の下だ。
そこにはテミスがいた。何故か弾き飛ばされたらしいテミスは机に頭をぶつけたのか、たんこぶのできている頭を押さえながらワナワナと震えていた。そしてやはりというか、彼女の拘束も解けているようだった。
「な、なな、なんで僕を置いていくの!? あのクソ天使! 僕だけ置いて行きやがった! ふざけないでよ! いいもんね、絶対に君の思い通りになんかさせてやらないから! ねぇ君たち、どうせあの金髪兄妹を追うんでしょ? 腹いせに僕が実験場まで案内してあげるよ。そんで、あの天使に文句言ってやるんだから!!!」
大声で怒りを爆発させたテミスは、ノーザイや高峰たちの方を見ながら「行ってくれるよね?」とドスの聞いた声で詰め寄っていた。
そんなテミスを見て、白金がポツリと呟く。
「めっちゃ元気やなこの子」
ギャーギャー言っているテミスと、どうしようかと悩んでいるノーザイや高峰たちを見て、棚部はため息を吐いて小さく呟く。
「……はぁ、結局こうなるのか」
「サフィナちゃんとブレイクちゃん、大丈夫だといいけどネ……」
解かれてバラバラになった拘束具を拾って、コーネダリスは窓のないリビングから空を見上げる。その空には、天界の建物がうっすらと淡く見えていた。




