第四十二話 悪魔と天使と妖精
ここ最近は何事も起きず、ただ平和な日々が続いていた。しかし、それは窓ガラスが壊れる大きな音と共に、平和もどこかへ飛んでいってしまった。
何事かとリビングに全員が集まる。そこに居たのは、ブレイクたち全員が知らない三人の人外だった。大声で何か言い争っている。
「ちょっと退いてくださる? 妖精風情が天使の邪魔しないで欲しいものだわ!」
最初に喋りだしたのは、水色の長い髪に水色の目をした褐色の少女だ。彼女は頭から白いツノを二本生やしており、背中には天使の羽が生えていた。そんな天使は横にいる妖精のような少女と睨み合っていた。
「君こそ退けば? それに、先に邪魔してきたのはそっちでしょ!? まだ見習いの天使が茶々いれしないでくれる?」
天使と言い合いをしている少女は、外ハネで明るい茶髪のショートヘアをしており、青い目には花の模様が見える。顔にそばかすのある彼女は、妖精のような青い四つの羽を揺らしており、頭には青くて小さい花がたくさん飾られている。その中には小さな青い触角の様なものも見えた。
「いや……お前ら二人とも邪魔なんだが? 悪いけど、獲物は俺が全部…………」
そんな天使と妖精の間に割って入ってきたのは、悪魔のような青年だった。横髪だけ長く伸びた灰色の髪に赤茶色の瞳をしているが、左目は包帯で隠されている。赤黒い輪っかを頭に浮かべ、赤黒い悪魔の羽は三人の中でも特段に大きい。
しかし、その悪魔は何かを目にして言葉を詰まらせる。その視界の先に居たのはサフィナだった。悪魔は目にも留まらぬ素早さでサフィナに近付き、目の前で片膝をついてサフィナの手を優しく取る。
「お嬢さん今何歳? もっと大人になったら俺のドタイプだ、その時は結婚しよう」
そんな事を言い出した悪魔とサフィナの間に、鞘に収まったままの刀を振りかざして、自分の背後にサフィナを移動させたブレイクは悪魔の男にこう言い放つ。
「お前を殺す」
そしてサフィナを背後に置いて守ろうとするブレイクに、天使と妖精の女も言い放つ。
「どきなさい、その女は私が殺すわ」
「君がどいて、僕がその女を殺すの」
悪魔を殺そうとするブレイクと、サフィナを殺そうとする天使と妖精がいる中、悪魔の男は天使と妖精に対してこう言った。
「ふざけるな、それなら俺はお前らを殺す」
悪魔の男はサフィナを殺そうとする天使と妖精を殺すと宣言した。
その言葉に天使と妖精の女はサフィナから悪魔の男の方に体と視線を向けた。
「私のどこが駄目なの? 私よりそんな小娘がいいの?」
「君も小娘でしょ。僕はキャルソンさんのことしか考えてないのに、どうして僕の事を考えてくれないの?」
天使と妖精の二人は悪魔の男にそう言いながら詰め寄る。
悪魔の男はキャルソンという名前らしい。
詰め寄る二人にキャルソンは、片手でシッシッと振り払う動作をしながら言い放つ。
「二人とも好みじゃない。金髪美女のお姉さんになってから来い、話しはそれからだ」
そんな事を言ったキャルソンは突如、なんの前触れもなく一瞬にして床に倒れた。しかし、それと当時に二つの音も聞こえていた。
「そこまでだ」
棚部の声と共に、一発の銃声が響いたのだ。それは、キャルソンと呼ばれた悪魔の男に向けて、棚部が銃弾を撃ったものだった。キャルソンが倒れるのとほぼ同時に聞こえた音は、棚部の声と銃声だったのだ。
倒れたキャルソンに驚いて止まっている天使と妖精の背後には、いつのまにか拳銃を構えた広岡と白金がいた。
「はい、ごめんね」
広岡の一言を合図のようにして、白金も女を撃った。二人の女はキャルソンと同じように、意識を失くして倒れた。
割れた窓ガラスの上で、悪魔と天使と妖精がそれぞれ一体ずつ倒れた形となったリビングは、風が吹き抜けて少し寒気がした。
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気絶した悪魔と天使と妖精を、コーネダリスから借りた魔法で施錠も解錠もできる手枷を使い、三人纏めて拘束した。中央に悪魔、左右に天使と妖精、全員が気を失っている。そんな風景は少し異様に感じられた。
「いやぁ~、ちょうどお渡ししてて良かったのサ! まさか二日前に保険として渡しておいた、超強力麻酔弾がこんなにすぐ使われるなんてネ! コーネダリスさんもビックリだヨ」
「だが、お陰で助かった。普通の麻酔弾じゃ、こいつらには効かなさそうだからな」
コーネダリスはアハハと笑いながら、三人の人外を見つめていた。そして、コーネダリスを呼んだ棚部は彼女にお礼を伝えた。
先ほど棚部や広岡、白金がキャルソンたち三人に撃ち込んだのは麻酔弾だった。それもコーネダリス特製の物だ。棚部はコーネダリスから貰っていたそれを、拳銃を使うことが多い自分と他二人に所持させていた。
まさか、こんなに早く使うことになるとは思ってなかった。棚部がコーネダリスを呼んだのはそれを補充する序でに、何か使えそうな物はないか聞くためでもあった。
纏めて拘束されている三人を眺めながら、ノーザイは周り全員に聞こえる声で疑問を口にする。
「にしても、悪魔と天使と妖精が一気に来るなんて珍しい……というか、何かあったんかな?」
「それはコイツらが起きてから聞くしかないな」
棚部がそう答えるのとほぼ同時に、キャルソンと呼ばれていた悪魔の男が目を覚ます。
悪魔の男は周りを見渡した後、自分が拘束されている事に気付く。そしてブレイクとサフィナへ目線をやって、ウウンッと喉を鳴らしてから話を始めた。
「あー、自己紹介がまだだったな。俺はキャルソン・チェラナフ。見ての通り悪魔さ」
それだけ言うと、キャルソンは左右にいる天使と妖精に対して、自分の頭を上から落とすように頭突きをして無理やり起こした。
頭への痛みで起こされた二人は、キャルソンに「自己紹介した方がいいぞ」と言われ、渋々《しぶしぶ》という感じで自己紹介を始めた。
「僕はテミス・ミラオーラ。由緒正しい妖精の一族だよ」
「……私はメセル・カヨエル。……まだ見習い天使よ」
テミスとメセルの自己紹介が終わると、キャルソンはニコニコと笑いながらブレイクに話し掛ける。
ろくな事を考えていません! という笑みに、ブレイクは眉間に皺を寄せてキャルソンを睨む。
「そうだお兄様。紹介が終わったところで、一つお願いしたことがありまして」
「誰がお兄様だ。貴方の兄になった覚えはない」
自分の事をお兄様と呼んでくるキャルソンに、ブレイクは露骨に嫌な顔をする。当たり前だ。妹のサフィナをこの男にやった覚えはないし、こんな男にサフィナをやる予定もない。お兄様と呼んで来ようが、心が揺らぐことなどない。
「まぁまぁそう固いこと言わずに、お兄様はOKしてくれるだけでいいんで……」
「つまり?」
「サフィナちゃんをお嫁に下さい」
「すまないが、愛が感じられない。義弟になりたいなら、俺がこいつにならサフィナを任せてもいいと思える言動をしろ。この館の一部を壊して侵入して来た時点でマイナスだ」
キャルソンとブレイクがサフィナについて言い合いをしている様子を、サフィナは困った様子で見ていた。そんなサフィナに白金が話し掛ける。
「ブレイクくんはああ言っとるけど、サフィナちゃん的にはどうなん?」
「え……っと、私はまだそういうのはちょっとよく分からなくて……あの、ごめんなさい……?」
急に話題を振られたサフィナは、戸惑いを隠せないまま話した。サフィナは誰かを恋愛的な意味で好きになった事がなく、そもそも恋愛事に興味があまりなかった。あんなに明確に好意を示されたのは初めてで、サフィナはどう対応すればいいのか分からない。
困り笑顔で答えたサフィナに対して、メセルとテミスが口を開く。二人はサフィナを睨んでいた。
「そんなことはどうでもいいのよ。悪いけどあなたの席はないわよ。ちょっと今から金髪に染めてくるから待ってなさい」
「なに抜け駆けしようとしてるの? 僕もちょっと金髪にしてくるから、とりあえず首洗って待ってて」
そんな事を言う二人にキャルソンは素で驚いた声をだし、本心から二人は今のままでいいと伝えた。
「え? お前らはそのままで似合ってるのに、わざわざ金髪にしたら意味ないだろ」
「じゃあどうすればいいの? 金髪になって出直してこいって言ったのは君なのに」
キャルソンの言葉にテミスが詰め寄るが、キャルソンはキリッとした表情で答える。
「地毛以外認めないから」
「ちょっと金の地毛生やしてくるわ。あなた達は待ってなさい」
メセルはキャルソンの発言後すぐにそう言った。
終わる気配のない三人の会話に高峰が物申す。
「もういいって。結局お前らは何しに来たんだ」
そんな高峰の言葉に、メセルはふんっ! といった表情でそっぽを向きながら口を開く。
「人間に教える事なんてないわよ。別に実験体にするために拉致ろうと思ってたとか、そんなんじゃないわよ?」
「言ってるじゃん。相変わらず天使ってお馬鹿なのね」
「うっさいわね。妖精界で一番の頭なしお馬鹿は黙ってなさい」
「天使のくせに我が儘でガキみたいな精神してる君より百倍マシだよ」
またしても、終わる気配のないメセルとテミスの言い合いがまた始める。
すぐに何かと言い合いを始めるメセルとテミスに対し、棚部は大きなため息をついて仕舞っていた拳銃を取り出し、横にいたノーザイに冷たい声で聞く。
「あの天使と妖精にもう一発弾丸ぶち込んだ方がいいか?」
「まぁまぁ、落ち着いて棚部さん。撃ち込むならせめて、もっと情報を吐かせてからにしようよ」
拳銃の銃口を二人に向けようとする棚部をノーザイが軽くを窘めていると、ずっと黙って椅子に座っていた広岡がいつの間にか近くに来ており、キャルソンに向かって話し掛ける。
「実験かぁ……天使たちのいる天界全体というより、キミたち三人が関係してる実験かな? じゃなきゃ、わざわざこんなバラバラな種族を一人ずつ送るなんてしないでしょ」
「まぁ、そうだな。……別に話してもいいか。サフィナちゃんにも関係するだろうし」
広岡の言葉にキャルソンはサフィナの方を見ながら肩を竦めて、しょうがないという表情をした。
名前を呼ばれたサフィナは首を少し傾けてキャルソンを見る。
「私、ですか?」
「そうだな……まずは簡単な説明からするか」
自分を見詰めてくるサフィナに対して、キャルソンはニコッと微笑み返し、実験についての説明を始めることにした。




