第四十一話 心情
徳札たちの前に現れたノーザイは、後ろ頭に手を当てながら「いや~」と言って、ここに来るまでの簡単な過程を説明した。
「ちょっと早めに仕事終わったから、ブラブラしとこーって思ってたんだけど、あんたらが一緒にいるのが見えてとりあえず様子見してた。ヴァヴェートたちが襲ってくるようなら間に入るし、そうじゃないなら一旦待ってみようかなって。そしたら俺の話が始まったから、合流するなら今かなって」
「あの視線はお前かよ。新たな敵さんが襲ってくるのかも~! ……とか思ってウキウキしてたのによ」
ヴァヴェートは目に見えて分かる程、残念そうにしていた。
そんなヴァヴェートを見ながら、徳札はヴァヴェートが気付けたノーザイの視線を自分が感じれなかった事に、まだまだ未熟であると思い知らされる。
そして、ヴァヴェートに勝手に期待され勝手にガッカリされたノーザイは、後ろ頭に手を当てながら誠意の感じられない謝罪をした。
「えー、それはごめん。まぁ、この町でそんな事になるのはありえないと思うけど……あんたら以外は」
カラーレンズのメガネ越しでも分かるほど、鋭い眼光でヴァヴェートたちを見ながらノーザイは言った。
それに対して尻込みすることなく、ティワトが首だけで軽く会釈をして答える。
「その節はどうも」
あの日、ヴァヴェートたちとの唐突な戦いを強いられて本当に驚いた。理不尽な理由で襲われた事も、自分達の弱さを目の当たりにされた事も。
しかし、あの件が無ければ良かったとは思わない。あれ以降、徳札たちやブレイクは次の戦いに向けて訓練に励んでいる。自分の弱さを知るのは大事だ。そして、それからどう弱さを強さに変えて行くかがポイントになる。
徳札があの日の事を思い出していると、ヴァヴェートがギザ歯を見せてニヤリと笑い、とある事を言い出す。
「『サレイア』から出ちまえばルールは適応されないんだからよぉ、俺らと一緒に一旦『サレイア』から出ようぜ。そんで出た瞬間にお前らを殺す。どうよ、いい提案だろ?」
「却下」
ヴァヴェートの、貴方たちを殺したいので移動しませんか? という提案を、真っ先に拒否したのはノーザイだ。
「ノーザイには聞いてねぇよ。そこの人間三人組に聞いてんだよ」
「嫌です。もし貴方たちと戦うのなら、万全な状態で挑みたいので。今日は無理です。明日も明後日も明々後日も無理です。諦めてください」
ヴァヴェートはノーザイではなく徳札たちに向けて聞くが、徳札も拒否した。
まだ自分達は、彼らと互角にやり合えるほど強くはない。今提案に乗ったところで、即死で終わるだけだろう。彼らと戦うのなら、もっと強くなってからがいい。そしていつか、あの日のやり返しをしてやりたい。徳札はそう思っている。
「なんだよ逃げんのか? 負けたままでプライド傷付かないのか?」
「命より優先するものはないので」
ヴァヴェートは煽るが、その手には乗らない。一番優先されるのは自分たちの命だ。徳札は煙管を吹かして、煽りに乗るつもりはないという意思を見せる。
「おもんね~! ここじゃなかったら、真っ先にお前の首を取りに行ってやるのに」
ヴァヴェートは大きめのため息を吐いて、露骨に肩を落とす。徳札の首に指を指しながら、ギリギリと歯ぎしりをしている。
そんなヴァヴェートを嘲笑うようなニヤニヤ顔で、ノーザイが彼を揶揄する。
「サーラおばさんにめっちゃ圧力掛けられたみたいだね。やめとけって言ったのに、無視して戦闘を仕掛けてきたあんたの自業自得すぎて、全く同情の余地もないけど」
「うるせぇな、本能に抗いながら生きたくねぇんだよ。いつだって思うがままに自由に生きたいし、自由に殺したいんだよ俺は」
ヴァヴェートは不機嫌ですという雰囲気を醸し出して、ケッと言いながらそっぽを向いた。そんな子供みたいな態度を取るヴァヴェートに徳札は疑問を言葉にする。
「殺す意外に感情はないんですか?」
「俺たちは人間のせいで酷い目に合わされてきた。だから、今すぐ別の感情を人間に持てと言われても難しいんですよ」
徳札の疑問に答えたのはティワトだ。
そしてそれは徳札にとって初耳の情報だった。なぜヴァヴェートたちがあんなに人間に嫌悪を示しているのか、それの一端を知った気がする。人間のせいで酷い目に合わされてきた。確かに、それなら人間を嫌っていてもおかしくはないが、危害を加えた人間だけに嫌悪を向けるという訳ではなく、人間全体に嫌な気持ちが向いてしまっている。それをどうにか挽回できれば、もしかしたら彼らと歩める日が来るかもしれない。
白金も徳札と同じように初耳な情報を聞いてビックリしたようで、それを口に出した。
「あ、そうなん? だからそんなに人間に対して殺意が高いんか……でも、人間全員が悪ってわけやないで。酷いことをしない、まともな人間もおるんや」
白金の言う通りだ。百ある内の全てが悪なわけではない。その内たった一桁が悪なだけで、全部を悪と決めつけるのは良くない。しっかり自分の目で見て聞いて接してみるのが大事だ。徳札はそう思っている。
白金の言葉に反応したのは曇海だ。彼はポニーテールにしている蘇芳色の髪を揺らして、首を少し傾けながら話した。
「僕は人間……というよりお主らの事は様子見してみてもいいかな~とは思ってるよ。まぁ思ってるだけで、心情が変わるかどうかは分からないけど」
曇海の目は半狐面で見えないが、口はニヤリと笑っている。本心かどうか分かりにくい。
そん中、ノーザイは「でもさ……」と言いながら、ヴァヴェートたちにしっかりと目線を向けて話し始める。
「人間も人外も、いい相手と悪い相手がいるじゃん? 俺は初手から偏見しないで、ちゃんと相手の言動を見て判断するから、あんたらの考えはよく分かんないんだよね」
口をへの字にしながら言うノーザイに、ヴァヴェートは視線を逸らして舌打ちし、嫌悪感を隠さずに吐き捨てるような声で言い放つ。
「幼少期に植え付けられた嫌な記憶ほど、引きずるものはねぇよ」
「それは……否定しきれませんね」
徳札はそれに関して、否定どころか肯定してしまいそうになる。昔に植え付けられた嫌な記憶は、徳札の心に今も残っているし、引きずっている。徳札は嫌いな二人と気に入らない一人を脳裏に浮かべる。前者はもう既に死んでいるが、それでもずっと引きずっている。
徳札は嫌なことを思い出してしまったので、ゆっくりと煙管を吸って吐く。そしてこの煙のように、嫌なことも消し去ってしまえばいいと思いながら、自分が吹いた煙を少しだけ眺めた。
そんな徳札の心境を知ることなく、ヴァヴェートは呟く。
「つーか俺が会ってきた人間でいい奴なんていたか?」
「拓斗さんの事忘れた?」
ヴァヴェートの言葉に対して、ノーザイは間髪入れずに疑問を投げる。
あまりの早さに、ヴァヴェートは若干引いているように見えた。
「あ? ……あー、あいつは色んな意味でヤベーだろ」
「え、どこが? 拓斗さんのどこがヤバイの? かっこいいところ? 頭がいいところ? 尊敬しちゃうところ? 優しくて暖かいところ? 誰かの為に本気になれるところ? 笑顔が素敵なところ? 欠点が無さすぎるほど完璧で最高で誰よりも完成されているところ!?」
「全部ちげーよ! お前には何が見えてんだよ! こえーよ! ……ってかよぉ、答え言ったらあの男に呪われそうだから言わねぇぞ」
「はぁ? 気になるじゃん、教えてよ。俺は拓斗さんについて一から百まで全部知りたいんだよ!」
「断る! 絶対に断る! 祟られたらどうするんだよ、お前が責任取ってくれんのかぁ!?」
松道についてギャーギャー言い合っているノーザイとヴァヴェートを横目に、ティワトが高峰に近付いてくる。
「……あ、そうだ。これをおたくにあげようと思ってたの忘れてました」
そう言ってティワトが高峰に差し出したのは、一本の棒つき飴だった。ティワトが今舐めている飴と同じ種類のようだ。
高峰はそれを受け取り、ティワトの顔……というより覆われた布を見る。そこには『( ´∀` )b』という顔文字が浮かんでいた。悪い意味は無さそうだ。
「……これを僕に?」
「この前のお礼です。大事な事に気付かせてくれたので、俺はおたくの事は好印象です。これからも宜しければ仲良くしてください」
ティワトの布には『親交』という単語が浮かんでいた。高峰はそれを見て、貰った飴をしっかりと持ちティワトに微笑む。
「そうか、僕もお前と仲良くしたいと思っている。……けど、僕から今あげれるものはないんだ、すまない。次は何か用意する」
「おたくがそう言うなら、楽しみにしてます。おたくの事はそれなりに信頼してもいい人間だと、俺の勘がそう告げてるんで」
高峰はティワトの顔を見る。彼は布に感情が現れるから、とても分かりやすい。そしてなにより、おそらくその布に現れる感情に嘘はない。だから高峰も同じように、ティワトのことはそれなりに信頼してもいい人外だと思っている。
「それと……ずっと聞きたかったんですが、それはなんですか?」
ティワトはそう言いながら、高峰の横でずっと飛びながら、時折頭突きをしていた黄緑色のキュクローを指差す。
「舞だ」
「いや名前じゃなくて、種族を知りたいんですが」
「キュクローっていう生き物らしい。ノーザイの頭に乗ってる黒い塊あるだろ? あれと同じ種族だ」
高峰はノーザイの頭に視線を移す。それに釣られるようにティワトもノーザイの頭の上を見る。黒い塊……クロはやはり爆睡しているようで、ピクリとも動かない。
「あぁ、あの黒い塊って生き物だったんですね。変な形の帽子かと思ってた」
「今の時間帯的に、たぶん寝てるんだと思う」
以前から仲良く話していた高峰とティワトは、今回で更に親睦を深めている様子だった。
そんなほんわかとした雰囲気で会話をしていく二人を見て、白金と曇海が二人について話す。
「えぇ……前以上に仲良くなっとるやんけ」
「あの日以来、ティワトくんは何かとメガネくんの事を気に掛けてたからなぁ……」
「へぇー、そうなんや」
白金と曇海がそう話していると、ノーザイの松道尋問から抜け出したヴァヴェートがティワトに伝える。
「ティワトお前、すぐ絆されるのやめろって言っただろ。裏切られたら傷付くのはお前だぞ」
そう言ったヴァヴェートの声は、純粋にティワトを心配しているように思えた。
高峰はヴァヴェートと向き合い、しっかりと今の思いを伝える。
「裏切らない。お前らが襲ってこないなら、僕もお前らに危害を加えるつもりはないからな。つまり、お前らの出方次第だ」
「少なくとも『サレイア』ではもう襲わねぇよ。ここにはイカれた女がいるからな」
ヴァヴェートがそう言い切った時、聞き覚えのある女性の声が全員の横から聞こえた。
「あらあら、随分と仲良くなったみたいね」
「げっ! クソババア!」
誰よりも早くヴァヴェートがそう叫んで、何歩か後ろへ下がって距離を取る。全員が横に視線を向けると、そこに居たのはサーラだった。
「はぁい、みんな大好きサーラさんだよ」
「お前が大好きなんじゃねぇよ、お前に逆らえないだけだろ」
大好きなのではなく、逆らえないだけ。そのヴァヴェートの言葉を誰も否定しない。
薄々そう思ってはいるが、誰もサーラ本人に言うことはない。そう考えると、ヴァヴェートはある意味すごいのでは? と徳札は思った。彼女はとても怖い。きっと怒らせてはいけないタイプだ。そんな相手にそこまで口悪く言えるのは馬鹿だと思うが、その度胸は認めざるを得ないだろう。
サーラはヴァヴェートの言葉に対して、ニコニコと可愛らしいお婆ちゃんの笑顔に切り替えて、ポジティブな発想で軽く返す。
「逆らえない……つまり大好きということね」
「やっぱイカれてんだろこの女」
「相変わらず口の悪い子だねぇ」
ヴァヴェートに笑いながらそう言うサーラだが、目は一切笑っていない。その目に見詰められたヴァヴェートは、一瞬でスンッと真顔になり黙った。
サーラはふふっと笑って、いつもの優しいお婆ちゃんの表情に戻り、ノーザイたちに話し掛ける。
「それはそうと、みんな揃ってお買い物かい?」
「うん、そうだよ」
サーラの言葉にノーザイは肯定する。買い物へ来たというのに、ヴァヴェートたちと話していてかなり時間が過ぎてしまっていたようで、時計を見ると予定より針が進んでいる。
「ならマロンちゃんのお店に行くといいわ。今日はいつもより更にお安く買えるらしいから」
マロンちゃんという名前をした人物が営業しているお店、それを徳札たちは知らないがノーザイは心当たりがあるらしい。
「そういえば、そんな広告を出してた気がする。そっか、ありがとうサーラおばさん。三人ともマロンさんのお店に行こう。道は俺が教えるよ。……三人共じゃあね~」
ノーザイはヴァヴェートたちに手を振ってマロンのお店へと向かう。徳札たちも軽く挨拶をしてから、ノーザイの後を追って走っていく。
「と言うわけで、私たちはこれで」
「ほな、さいなら~」
「次会う時も、こうして話し合えたら嬉しい。それじゃあまた」
それぞれが挨拶をしてきたので、ヴァヴェートは雑に挨拶を返し、曇海も軽く返事をする。そしてティワトは肘を曲げたまま手を振った。
ノーザイや徳札たちの姿が完全に見えなくなってから、サーラはヴァヴェートたちに問い掛ける。
「人間に対する感情、少しは変わったかい?」
サーラの瞳はいつもと変わらない。しかし、何かを探ろうとしている、そんな嫌な感じがする。ヴァヴェートはサーラから視線を外して言い放つ。
「変わんねーよ。弱いしザコだし汚点だし、何も変わらねぇ。ただ、殺る前に遺言を聞いてやらないこともない」
頭をガシガシと掻きながら口をへの字にしたヴァヴェートの横で、曇海とティワトもサーラの問いに答える。
「人間と言っても一長一短だからね。まだ懸念点があるのは否めないかな」
「俺はだいぶ変わりましたね。いい奴もいる。話してみる価値は充分にあると考えてますよ」
三人の言葉を聞いて、サーラはふふっと微笑む。
完全にいい方向に変わったとは言えないが、少なくとも変化はあった。それがどう影響するのか、サーラには分からない。サーラは町を見透せても、未来は見通せない。ヴァヴェートたちの変化が良い方向へ向かうのか、それとも悪い方向へ向かうのか。それはヴァヴェートたちと徳札たちの今後で決まるのだろう。
サーラは三人を優しい眼差しで見ながら話す。
「ふふ、今はそれでも充分さ。ちょっとずつでも、変化していってるなら上々だよ」
「ケッ……」
ヴァヴェートはそう一言吐き捨てると、見えなくなったノーザイや徳札たちが居た方向を眺めた。




