第四十話 ばったり
日が登ってきた朝。お店がチラホラ開店していく時間。まだ少し肌寒い中、徳札、白金、高峰は『サレイア』の町を歩いていた。そして、そこで偶然ばったりと出会ってしまう。
「あ」
「あ゛?」
徳札たちの前にいたのは、ヴァヴェート、曇海、ティワトの三人だった。三人は白金の「あ」という言葉にこちらを振り向いた。
ヴァヴェート達を視界に捉えた瞬間、徳札たちは戦闘態勢に入る。
そんな三人の人間を見て、ヴァヴェートはギザ歯が見えるほどニヤリと笑いながら言い放つ。
「今回はお前たちがルールを破るか? いいぜ。お前らから仕掛に来いよ、今回は俺らが被害者になってやるからよ」
そう言いながら挑発的な態度を取るヴァヴェートに、徳札たちは警戒を緩めない。
そんな三人とヴァヴェートのバチバチとした雰囲気を壊したのは、棒付きの飴を舐めていたティワトだった。
彼の顔を覆う布には『買物』という文字が浮かんでいた。
「俺らは今日、買い物に来ただけなんですけど。それにまたルールを破るのは……まぁうん、さすがに、本当に、とてもマズいので。ここで買い物できなくなるのも、この町に出入りできなくなるのも、ここで死ぬのも困るんです」
ティワトの声は嘘を付いている様には聞こえない。
特に高峰は、先程のティワトの言葉に嘘はないと分かる。そして何より、彼の布に浮かんだ『買物』という文字から『(^^ゞ』という絵文字に変わっており、敵意が全く見えないというのもある。
高峰が一番最初に戦闘態勢を崩し、それに続いて徳札と白金はとりあえず警戒は解かないまま、武器だけを降ろした。
白金はジト目でヴァヴェートたちを見ながら、軽い嫌味を言った。
「あの時襲ってきた奴らの発言とは思えんなぁ」
「あ? あー……あん時はしょうがなかったんだよ。ここ最近、人間を全然襲えてなくて鬱憤が溜まってたからな」
ヴァヴェートはケッと顔をしかめる。
この世界は人外だらけだが、人間がいない訳ではない。しかし、ヴァヴェートのように人間を襲う人外やこの世界で何かに巻き込まれたり、棚部たちから聞いたウェンシーという女性やサフィナのように、人間から人外に変化してしまったなどの理由で、今のこの世界には人間が殆ど居ないのだろう。
徳札がそんな事を思っていたら、横にいた高峰が遠慮なくこう言い放つ。
「そんな理由で襲ってきたのか。自分の感情を制御できない子供みたいだな」
子供という単語に曇海は、半狐面で分かりにくいが、何を言っているんだ当たり前だろうという雰囲気で答える。
「……子供みたいも何も、僕らはまだ子供なんだけど」
「えっ! そうなん!?」
曇海のまだ子供という言葉に、白金は大きな声で驚く。そして徳札や高峰も、声には出さないが少し驚いた。
ヴァヴェート、曇海、ティワトはどう見ても子供には見えない。どれだけ若く見積もっても二十代前半に見える。しかし、彼らがやっている事も考えている事も、確かに子供と言われれば子供だ。つまり、見た目は大人、中身は子供とも言えるだろう。
曇海は「えーっと」と言いながら、徳札たちを見てこう疑問を投げる。
「……お主ら人間は違うんだったっけ?」
「私たちはもう大人ですが……」
徳札の回答に、曇海は「あれ~」と言いながら、人間と人外の違いがごちゃごちゃになっているようだ。
そして、自分たちは大人であると答えた徳札に、ヴァヴェートがデカイ声を出す。ヴァヴェートの目は黒い包帯で隠されて見えないが、なんとなくしかめっ面をしているのだろうと予想ができる。
「はぁ~? 人間ってマジでよく分かんねぇな。どう見ても、まだ俺らと大して変わらねぇガキじゃん」
人外基準では、徳札たちはまだ子供に見えるらしい。
もしそうなら、人外であるノーザイから見た自分たちも、普段は気を利かせて言ってないだけで、もしかしたら子供のように見えているし、そう思っているのかもしれない。徳札は、ノーザイ本人に聞いてみたい気持ちと、聞きたくない気持ちで少し揺れた。
「君らって何歳なん?」
「あ? なんで教えなきゃいけねぇんだよ」
白金の疑問にヴァヴェートが嫌そうな顔をした。しかし、ヴァヴェートの隣にいる二人は嫌そうな雰囲気は見せず、特に気にした様子もなく答えていく。
「俺は百八十二歳」
「僕が百八十一歳で、ヴァヴェートくんは百八十三歳だね」
「おい!」
曇海によって勝手に年齢を明かされたヴァヴェートは、曇海の頭をギリギリと掴んでおり、曇海は「いたたた!」と叫んでいる。
ティワトが百八十二歳、曇海が百八十一歳、そしてヴァヴェートが百八十三歳らしい。やはりというか、思っていた通り、彼らは百歳を越えている。なんとなくそんな気はしていたが、こうやって実際に知ると、やはり人間とは違うなと徳札は改めて感じた。
目の前でギャーギャーしているヴァヴェートと曇海を見ながら、高峰はふと思った。三人とも百八十代ということはノーザイの年齢とも近い。高峰はそれを口に出した。
「ノーザイさんと近いんだな」
「……ノーザイって何歳だ?」
高峰の発言に、ヴァヴェートは曇海の頭から手を離し、頭にハテナを浮かべて聞く。
徳札は数日前の記憶を呼び起こす。確かノーザイは、自分で百七十八歳と言っていたはずだ。
「ノーザイさんは確か、百七十八歳だったような気がします」
先ほどまでヴァヴェートに思い切り捕まれていた頭を、自分の手でスリスリと擦っている曇海が意外そうな声で口にする。
「へー、ノーザイくんの方が僕らより若干年下なんだ」
曇海の発言にティワトが「ほぼ誤差ですね」と呟いており、顔の布にもそのまま『誤差』という文字が浮かんでいた。
そしてヴァヴェートが徳札たちの方を見ながら、ギザ歯をへの字にしながら釈然としない様子で話し出した。
「お前らの年齢も教えろよ。俺らだけ教えるのは不平等だろ」
黒い包帯でその目は見えないが、ヴァヴェートが徳札たちに眼を飛ばしているのが感じられる。
「えー、俺ら全員二十二歳やけど」
二十二歳という年齢を答えた白金に、ヴァヴェートはまたデカイ声を出して驚く。そんな彼の言動から、ヴァヴェートが本当に驚いているのが伝わる。
「はぁ!? に、二十二歳!? 赤子じゃねぇか! 人間はそれで大人ぁ!? マジで!?」
人間では大人に部類される二十代も、人外から見れば赤子と同じらしい。
人間が百歳以上生きるのが当たり前な世界だったら、二十代で赤子はそうおかしくないかもしれない。しかし、人間は百歳前後までいきるのがギリギリで、百歳まで生きれば御の字だ。
「人間は、百歳以上まで生きるのが難しいからな」
高峰の補足に対してヴァヴェートは、徳札たち三人を指差ししながら煽り散らかす。
ヴァヴェートの声色から、彼が心の底から人間を煽っているのが分かる。
「よっわ! 人間よっわ~! やっぱ殺られて然るべき生き物だな」
「発想が極端すぎるやろ」
白金は煽るヴァヴェートを呆れた顔で見ながら呟く。
そんなヴァヴェートたちを見ながら、高峰は思うことがあった。
今まで出会ってきた人外は、おそらく全員長命である。ならば、逆に短命な人外もいたりするのではないか? と考えていた。
高峰は、三人の中で一番話を聞いてくれそうなティワトに質問をし、ティワトは普段と変わらない声で答えてくれた。
「人外の中にも、寿命が短い種族とかいないのか?」
「いますよ。例えば、蝉の人外。彼らは十年程しか生きられません。まぁ、彼らはマジで死ぬ程うるさいので、それぐらいで充分ですが……」
「セミの人外とかもいるのか……確かにうるさそうだな」
まさかセミの人外までいるとは思わなかった。きっと高峰たちが知らないだけで、もっと色んな種類の人外がいるのだろう。
それこそ、固有名詞を持たない人外もいそうである。実際、今目の前にいるティワトがなんの人外かと聞かれると、高峰は全く分からない。顔を覆う白い布の向こう側、つまり顔が見れれば分かるかもしれない。もし顔のパーツが無ければ、のっぺらぼうなどの候補が出てくる。しかし彼は今、高峰の目の前で棒付きの飴を舐めているのでさすがに違うだろう。
そんな事を考えていた高峰と飴を舐めていたティワトの間に、ヴァヴェートが突然入り込んでくる。
「あいつら、声で鼓膜を破ろうとするからな」
「それは怖いな」
高峰はヴァヴェートに一言そう返しながら、少し笑いそうになった。なぜなら、なんだかんだ会話に入ってくるヴァヴェートが少し面白いからだ。
彼は人間が嫌いだと言いながらも、意外と会話はちゃんとしてくれるし、話しも結構しっかり聞いてくれる。この空間では彼が一番年上という事もあり、戦闘面以外では、意外と面倒見が良かったり真面目だったりするのかもしれない。
そんな事を思いながら、高峰がヴァヴェートを見ていると、彼は突然ハッとして何かを思い出したように話し始めた。
「つーか、お前らとお話ししてる場合じゃなかったわ。俺らは買い物しに来たんだ。まだ全然買い終わってない」
「おや、奇遇ですね。私たちも買い物に来てましたし、まだ全然買い終わってないです。それと、ノーザイさんと合流もしないといけないので」
徳札の説明にヴァヴェートが反応する。
自分たちと同じく買い物しに来た、という理由でここにいる……という事実ではなく、ノーザイと合流するという言葉にだ。
「あ? ノーザイもいるのか?」
「仕事終わりのノーザイさんを回収してから買い物を済ませて、そのまま一緒に館へ帰るんです」
ヴァヴェートの疑問に徳札が答える。
普段であればノーザイは朝の仕事を終え、そのまま館へ来る。しかし昨日の時点で、今日は徳札たちの買い物時間と仕事が終わる時間が被るという事が分かっていた。だからそのまま合流して、一緒に買い物を済ませて館へ行く、という事になったのだ。
そしてノーザイの事を話していると、そこへノーザイ本人が姿を見せる。
「呼んだ?」
ノーザイの頭にはいつものようにクロが乗っているが、寝ているのかピクリとも動かない。そして目も瞑っているため、ただの黒い塊が頭に乗っているようにしか見えない。
「おや、噂をすればなんとやらですね」
ひょっこりと現れたノーザイに、徳札は煙管を吹かしながら少し笑みを溢した。




