第三十四話 松道拓斗という男
まだ朝日が出始めて間もない頃、何かを大切に持ちながら急いで走る少年の姿があった。彼の向かう先は『デルテの館』である。
『デルテの館』の玄関が勢いよく開かれ、二階のリビングまで走ってくる足音が響く。リビングの扉がバン! と開かれリビングに入ってきたのは、何か本のような物を持っているノーザイだった。そして入って来ると同時に、大きな声で二名の名前を呼ぶ。そしてそれを真似しているのか、ノーザイの頭にいるクロも大きめの声で鳴いた。
「棚部さん! 広岡さん! ちょっといい!?」
「キュッ、キュー!」
リビングに居た全員は驚く。
そんな中、眠そうに欠伸をしていた高峰がノーザイに二人の居場所を教える。
「……二人ならたぶん諸室……いや、諸室に行かなくてもいいみたいだ。階段を上がってくる音がする」
「あんだけデカイ声で呼ばれたら、そりゃあ聞こえるやろな」
白金は驚いて落としてしまったフォークを取りながら、そう呟いた。
高峰の言ったように、すぐにリビングの扉が開かれる。そして名前を呼ばれた二人の男がリビングに入ってきた。
「……俺らを呼んだか?」
「さっきの声ってノーザイくんだよね?」
登場した二人がノーザイ達のいる机に近付いてくると、ノーザイはグッと二人に詰め寄って、興奮を抑えきれないといった口調で問い掛ける。
「松道拓斗って知ってる!? 知ってるよね!? だってこの写真に、今よりちょっと若い二人が拓斗さんと一緒に写ってる!」
ノーザイがそう言いながら机に広げたアルバムを、リビングにいた全員が覗き込むようにして見る。そこには、確かに今よりちょっと若く見える棚部と広岡、そして知らない男の人が写っていた。
写真の中には、どう見ても壁に血が飛び散っている場面や、薄暗い場所や雪山のように見える場所など、他にも三人以外の知らない人達と一緒に写っている写真もあった。今見える範囲でも、二十枚近くはあるだろう。
棚部と広岡以外だと、とある男性が必ず一緒に写っていた。おそらくこの男性が松道拓斗なのだろう。
松道は写真によって髪型や顔つきが違う。これは棚部や広岡もそうなので、ノーザイが言っていたように今よりも何年か前の写真なのだろう。
一番よく見られる姿としては、長い茶髪を高い位置でポニーテールにして、右目は長い前髪で隠されている姿だ。特に、左側だけ見ることができる光を通さない真っ黒な目と、薄い顎髭が印象的だ。
そしてどれもパーカーを着ており、左右の耳には大ぶりのピアスを付けていた。そのパーカーと大ぶりのピアスは、どことなくノーザイを彷彿させる。
ブレイクはノーザイが松道から影響を多く受けているのだろうと思った。
「あー、これ懐かしいな」
棚部は本当に懐かしそうに呟き、サングラスで分かりにくいが僅かに目が緩んでおり、微笑んでいるようにも見えた。
ブレイクは棚部と広岡の付き合いが長いのは知っていたが、おそらくこの松道という男も二人と付き合いが長いのだろうと思った。
「……やっぱり、キミを育ててくれた人間って拓斗さんなんだよね?」
広岡はアルバムからノーザイに視線を移す。そう聞かれたノーザイは、勢いよく広岡に顔をグッと近付けた。
「そうだけど……そこまで知ってるの!? なんで教えてくれなかったの?」
普段とは違って興奮気味のノーザイに、広岡は「近いよ」と言うが聞こえてないようだった。
「教えなかったというより、確信がなかった。なんとなく、ノーザイくんの雰囲気? というか話し方とか考え方が拓斗さんに似てるな~って思った程度だったんだ。まぁでも、これがノーザイくんの手元にあるなら、もうほぼ確定だなって思った」
広岡はアルバムの中にある写真を指して言った。
ブレイクは松道を知らないので、話し方や考え方がどうかは分からないが、なんとなく似てるのは分かる。雰囲気というか、身に付けている物が似ていると思った。
ノーザイは頭に手を当てながら困ったように口を開く。
「手元にあったというか、拓斗さんの部屋の中にある隠し部屋のパスワードを漸く開けることができたから、いろいろ物色してたというか……」
「その隠し部屋でこのアルバムを見つけたってことか?」
「うん」
棚部の問にノーザイは頷く。
三人が周りを置いてけぼりにして、松道拓斗という人物について話している中、サフィナが三人に問い掛ける。
「あの、その拓斗さん? ってどなたですか?」
「よくぞ聞いてくれた! 松道拓斗! 俺の恩人で尊敬する人でカッコよくて頭も切れる、俺の大切な家族なんだ!」
三人の中で誰よりも早くサフィナの質問に答えたのは、やはりノーザイだった。松道拓斗について、いつもよりテンション高く答えるノーザイに、サフィナは少し戸惑った返しをした。
「へ、へぇー……そうなんですね」
「拓斗くん凄い懐かれてるね。まぁ、どういう経緯でそれに至ったのか……というのは、昔のよしみという事で今は黙っといてあげよう」
そう言って突然全員の背後に現れたナイアーに、広岡以外が短い悲鳴を上げてナイアーの方を見た。
ノーザイの頭の上に居たクロも「ギュッア!?」と鳴いて、ノーザイの頭に顔を隠して踞る。
そしてノーザイと棚部、広岡以外が少し後退り、ノーザイ以外は棚部と広岡の後ろに隠れるようにして移動した。
「びっくりさせんな」
棚部がナイアーにそう伝えるが、ナイアーは怪しい笑みをしたまま無言を貫いた。
ブレイクだけでなく、他のみんなもまだナイアーに完全には慣れていない。今のところ害があるわけではなく、ここに飛ばされた以外で何かされた訳でもない。突然現れるナイアーに棚部ですら普通に驚いているのだから、ブレイクたちが慣れるのはまだまだ先になるだろう。
ノーザイ以外が棚部や広岡の後ろからナイアーを見ている中、広岡の後ろにいた百花はハッとして話を戻そうと口を開く。
「あのさ……話を戻すけど、なんかおかしくない?」
「おかしい……ですか?」
棚部の後ろにいたサフィナが、百花のおかしいという単語に反応する。
「だって……その松道さんが本貴さんや雅埜さんと知り合いなら、年齢が合わないような……ノーザイさんって百歳越えてた、よね?」
「うん。俺は今、百七十八歳だよ。拓斗さんが亡くなったのは、俺がまだ百三十歳ぐらいの時なんだけど……確かになんか変?」
百花の疑問にノーザイが答える。
ブレイクも確かにおかしいと感じた。写真から見ても、松道は棚部や広岡と年齢はそう離れていない様に見える。
頭に疑問符を浮かべているノーザイに、棚部は質問をした。
「ちょっと待て、ノーザイはいつから松道と一緒なんだ?」
「物心ついた時にはもう居たよ」
「それだと松道は百五十歳ぐらいまで生きてたことになるんだが……?」
ノーザイが幼い頃、つまり百年以上前から居た事になり、棚部が言う様に松道は結構な年齢になっている。もしかして松道という男は、ナイアーの様に人間ではないのかもしれない。
そう考えているブレイクを余所に、広岡は笑いながらこう言った。
「普通の人間ならまずありえない年齢だね」
「その松道さんって人間じゃないの?」
広岡の言葉を聞いた百花は、二人に松道について聞き、棚部がその質問に答える。
「いや……俺が知る限りは人間だったと思うが」
「『カコデモニア』に来てから人外になったとか、何かしらの理由で長生きしちゃったとか、ここら辺が可能性としてありえそうかな」
広岡がサフィナに一瞬だけ視線を移して、すぐに棚部へと視線を戻して言った。
広岡の推測に、棚部も同じことを考えていた。サフィナや自分が人外化しているのだから、この世界に来た松道も同じように人外化してしまった可能性は大いにある。
「あー……途中から人間じゃなくなった可能性はあるな」
後ろ頭を掻きながら言った棚部を一瞥した後に、広岡はノーザイに視線を向けつつも全員に伝えるようにして言った。
「ちなみに僕たちが出せる情報として、拓斗さんは五年前に消えて以来、僕たちは一回も合えてないしどこにいるのかも分からない」
「その消えた際に、この『カコデモニア』へ来たのか? いや、俺らみたいに飛ばされたか?」
「でも拓斗さんが消えた場所って、あの公園付近ですらなかった。あの時……僕たちってどこにいたっけ」
「そもそもあの場所が日本かどうかも怪しいが……」
広岡と棚部が交互に話していく中、気配を消していたナイアーが二人の間に顔を近付け、棚部と広岡の耳元で二人にしか聞こえない声で呟いた。
「あそこは次元の狭間だよ」
「へー、そうなんだ」
「それなら、まぁ……ありえなくはないのか?」
ブレイクは三人で何か言い合っている姿を眺めていた。あの三人はブレイクたちの分からない話をよくする。きっと、生きてきた世界が違うのだろう。でなければ、ナイアーというバケモノと交流がある訳がない。気にならないかと言われれば嘘になるが、あまり深掘りしない方がいいとブレイクの勘が告げている。
視線を感じたナイアーはブレイクの方に顔を向けた。ブレイクはちょっと驚いた顔をするが、ナイアーは変わらずニヒルな笑みを浮かべるだけだった。
そして、ブレイクの隣でアルバムを見ていたノーザイに広岡が話し掛けた。
「あ、そうだノーザイくん。拓斗さんの隠し部屋から見つかったのって、そのアルバムだけかい? 何か他にも見つけなかった? 例えば、日記とか日記とか日記とか!」
日記を連呼する広岡に棚部がツッコミを入れる。
「日記しかねぇじゃねぇか」
「日記以外に思い付かなかった。日記以外なら、魔道書とか……はさすがにないか」
「あったらヤバイだろ……と言いたいところだが、松道なら持っててもまぁ、ありえなくはないかもなってなる」
そんな話をしている二人に、ノーザイは視線を向けた。下を見ていて少しずれたカラーレンズの眼鏡の位置を直してから、広岡の質問に言及する
「日記かどうか分からんけど、本はいっぱいあったよ。昨日の夜にやっと部屋に入れて、最初に見たのがこのアルバムだったから、他がどんな書物だったかまで確認できないんだよね」
ノーザイの本がいっぱいあったという言葉を聞いて、広岡は分かりやすくワクワクしていますという顔と声で提案をした。
突然大きく動いた広岡に、頭の上にいた光は一瞬起きるが、すぐにまた寝始めて仄かに発光した。
「よし、ノーザイくんの家に行こう! その隠し部屋に何かいい感じの手掛かりがあるかもしれないし、拓斗さんが異常に長生きした理由も分かるかもしれないからね!」
「俺の家に行くの? いいけど、あんまり整理整頓してないからちょっとだけ待ってて欲しい」
「うん、いいよ。僕と本貴さんは行くとして、他にノーザイくんの家に行きたい人いる?」
「あ、大人数だとちょっと狭いかもしれない。二人で住むための家だからね。五~六人ぐらいが限度かな」
広岡が全員に聞くと、ノーザイは指で五と六を繰り返して人数制限をした。
確かに、二人で住む家に大人数では行けないだろう。狭くなれば、逆に動きづらくなりそうだ。
そんなノーザイに徳札はこう言った。
「私たちが残りますので、皆さんで行ってきてください」
「そうだな、僕たちは留守番する」
「え!? 俺ちょっと行く気やったんやけど」
「諦めてください」
行きたそうにしていた白金は、徳札と高峰の発言を聞いて、分かりやすくションボリした。そんな白金を慰めるためか、彼の頬に葵が湿った頭をスリスリとしていた。
行けなくなった白金に申し訳なく思いながらも、ブレイクは挙手をして自分も行きたいことを伝える。もし松道が本当に人外になっていたり、何かしらの理由で長生きしていたのだとしたら、それを調べたいと思っていたからだ。
「あの、俺は行ってもいいですか? もしかしたら、サフィナの人外化に関する何かしらの情報があるかもしれなので」
「……あのー、私も行きたいです。えっと、いいですかね?」
ブレイクに続いてサフィナも手を上げた。サフィナもブレイクと同じことを考えているのかもしれない。
ノーザイは人差し指と親指で丸を作り、笑顔で二人の要望を承諾した。
「もちろんいいよ。……ナイアーさんも来る? 拓斗さんのこと知ってるんでしょ」
まさか名前を呼ばれるとは思っていなかったようで、ナイアーは珍しく少し驚いた顔をしたが、すぐにニヒルな笑みを浮かべてノーザイを見る。
「私かい? 拓斗くんの事はもちろん知ってるけど……ま、気が向いたら勝手にお邪魔するよ」
「そっかー……じゃあとりあえず棚部さんと広岡さん、ブレイクとサフィナが家に来るってことでいい?」
ノーザイが決定しようとした所で、百花が遠慮がちにおずおずと手を上げた。
「あ、あたしも行っていい? ちょっと、気になるから……」
「うん、もちろん良いよ。それじゃ、百花も含めた五人が来るってことでいいね? すぐに行く? それとも日を改める?」
百花が加わることに、ノーザイはウインクで肯定した。
そしてノーザイはいつ行くのか五人に聞き、広岡がリビングの時計を見ながら意見を述べた。
「まだ昼前だし、他のみんなが良ければ準備してすぐに行く……でいいんじゃない?」
「誰も異論がないなら、俺もそれでいいと思うが」
広岡の意見に棚部も乗る。ブレイクも特に問題はないので、異論がない事を伝える。
「異論はないです」
ブレイクの言葉に続いて、サフィナと百花も問題ない事を伝えた。
ノーザイは机に広げていたアルバムを大事そうに抱え、一旦帰る準備をする。
「じゃあ、俺は先に帰ってちょっと掃除してくる。場所は棚部さんと広岡さんが知ってるから、大丈夫だよね?」
「ああ、問題ない。着いたらチャイム鳴らすからな」
「オッケ~! それじゃ、一旦バイバイってことで!」
「キュッキュ~!」
アルバムを抱えたまま、ノーザイはブンブンと手を振ってリビングから出ていく。その時、ノーザイの頭の上にいたクロもノーザイを真似るようにして、短い前足をフリフリして鳴いていた。
そんな一人と一匹を見て、ブレイクは足元に居たネロリを抱えて呟いた。抱えられたネロリは、頭にハテナを浮かべて鳴いた。
「クロ……なんかノーザイに似てきました?」
「キュ?」
確かにクロは初めましての時に比べて、ノーザイに似てきている。それはブレイク以外もそう思っていた。そしてそのブレイクの発言に、広岡が軽く笑って答えた。
「んはは、ペットは飼い主に似るってやつだね」
「似てるのはノーザイくんとクロだけなんよなぁ……」
高峰の横で頭突きをしている舞や、広岡の頭の上で仄かに発光して寝ている光を見ながら、白金は小さな声で指摘した。




