第三話 人外化
ノーザイの「見えてきたよ!」という声に、全員が車の窓から外を見る。そこには海外などでよく見る、レンガ造りの家があった。三階建てでそれなりに大きく、周りには庭と小さな噴水も見えた。あれが、棚部やサフィナの住んでいる『デルテの館』みたいだ。
車を庭の一番手前に停め、全員が降りていく。棚部を先頭にみんなで館へ向かう。周りを見渡しながら棚部について行くと、館の大きな玄関の前で止まる。そして、棚部は懐から洋風な鍵を取り出して玄関を解錠する。
「ここは土足のままでいい。こっちだ」
棚部に案内され、大きな玄関から館の中へ足を踏み入れる。
一階の一番右端の扉の前に来ると、この部屋は諸室であることを伝えられ、中へ案内される。
中に入ると、長くサラサラな黒髪をした人物が立っていた。扉の音に反応し、その人物がこちらを振り向く。
その顔はとても整っていた。浅黒い肌に長い黒髪、その中で一際輝く赤い瞳。人はここまで美しくなれるのかと思う程、あまりにも綺麗で整った顔。そのため、ブレイクは逆に少し恐怖を感じてしまう。見た目だけで性別は分からないが、身長はそこそこあるようだ。しかし、骨格や体型も性別を判断する材料にはならない、全てが中性的だ。
その人物がニコリと笑い口を開く。その声は男性的にも女性的にも聞こえ、なんだか不思議な感じがした。
「おや、どうも。さっきぶりだね。私の名前はナイアー。さっきは本来の姿のままで、キミたちに会いに行って悪かったね。でも、キミたちの面白い表情が見れて満足だよ」
ナイアー。そう紹介した目の前の相手が、あの時のバケモノと同一人物である、ということを知りたくなかったような気がする。
あの恐怖を覚えるバケモノが、ここまで整った人間の姿になれるなんて、誰が想像できるのだろうか。ナイアーの本来の姿を知らないまま、今目の前にいる人物と会っていれば、警戒を解いてしまいそうだ。
そう考えると、あのバケモノが本来の姿であると先に知れたのは良かったのかもしれない。
ニコニコとしていたナイアーは、広岡へと顔を向けて残念そうに話した。
「それはそうと雅埜くんはもっと驚いて冷や汗かいて、恐怖の顔を浮かべてくれれば良かったのに、もう完全に慣れちゃってさぁ……。まぁ、いつも楽しませて貰ってるから別にいいけど」
「いやいや、何も良くない。キミのせいで何回死にかけたと思ってるんだい」
「でも、私のお陰で助かったこともあるでしょ」
「…………まぁ、それはそう」
ブレイクは広岡とナイアーのやり取りを見て、あのバケモノを見ても平然としていた広岡は、やはりナイアーと知り合いだったのだと確信した。どんな生活をしていたら、あのようなバケモノと知り合いになるのか分からないが、あまり深く詮索しない方がいい気がした。
ナイアーが自己紹介をしている間に、既に席に着いていた棚部が全員に座るよう促した。それに従い、全員が席に着いたのを確認してから、棚部は口を開く。
「早速だが、お前たちは帰ろうと思えば帰れる、ということを先に言っておく。特に百奈や百花は女性だし、道吏たちもナイアーが勝手に巻き込んだだけだ。俺が頼んだのは、サフィナのお兄さんと広岡だけだからな」
「いやいや、私だけのせいじゃないよ。頼まれた二人を連れてこようと移動したら、なんか人がいっぱいいた。だから、全員巻き込んだ方が面白くなるかなと思って連れてきただけ。つまり、あの時あの場所にいた人間にも非があるってこと」
ナイアーは濡れ衣だよと言うように、わざとらしく悲しい顔をしている。元の顔が整っているだけあって、その姿はとても様になっている。
そんなナイアーを無視して、広岡は頭に疑問符を浮かべて周りに質問する。それに答えたのは百奈だった。
「そういえば、何でみんなあの駐車場にいたんだい? 」
「えっとですね、本貴さんから数日前にメールがきたんです。今日あの時間に、あそこの地下駐車場に来てくれって。そこで説明するとは書いてありましたけど、最初は疑いました。でも私だけじゃなく、徳札さんたちや百花にも同じメールが来ていたので、何かの罠かもしれないけど、念のためということであそこに集まってたんです」
「メールねぇ……一体どこの愉快犯が、そんなメールを一斉送信して呼んだんだろうね」
広岡はジト目でナイアーを見つめて言う。見つめられたナイアーは肩を竦め、やれやれといった様子で話し出す。
「私を見ながら言わないでくれる? 私が本貴くんの私用携帯から、最近連絡した人物を上から順に五人選んでメールを送っただなんて、そんなわけ」
「やっぱお前のせいじゃねーか」
「こういう時、人は多い方がいいでしょう?」
棚部の指摘に、ナイアーはなんの悪びれもなく答えた。寧ろありがたい事をしただろう、そう聞こえてくるような表情だった。
そんな中、徳札が会話を切り出す。彼はとても不服そうな顔をしていた。
「少しいいですか本貴さん。なぜ私たちではなく、広岡さんだけを呼ぼうとしたのですか? 私たちでは力不足だと、そう言いたいのですか?」
「違う。お前らの力は知っている。俺もよく頼っているだろう」
「なら何故……」
「亡くしたくないからだ。百奈たちやお前らを、巻き込みたくないんだ。この先、絶対危険なことが起こらない、なんて言えない状況だ。ノーザイみたいに人間に友好的な人外ばかりじゃない。人間をモルモットのように、おもちゃのように、ゴミのように、そう扱う人外もこの世界には沢山いるんだ」
険しい顔で言う棚部に、徳札は口を噤んだ。棚部の思いを分かっているのだろう。徳札はこれ以上なにも言わなかった。
「……悪い、話が逸れた。とりあえず、今の状況を伝えるとだな、お前たちは帰れるがサフィナは帰れない。というより、帰ったところで生きていけない」
「それは、どういう……」
サフィナが元の世界に帰れないどころか、帰っても生きていけないなどと言われて、ブレイクは冷や汗が止まらない。ブレイクは動揺を隠せないまま、次の言葉を待つ。
サフィナに関わることだ、一文一句聞き逃すわけにはいかない。
「見てわかる通り、サフィナは人外化している。しかも、何が原因でこうなったのかが分からない。この『カコデモニア』という世界に来てから、次の日にはこうなっていた。それから一週間後、あの大樹の幹の中にある魔法陣を使って帰れそうだということが分かり、一度元の世界に帰ったことがある。人外化しても特に体調に変化のなかったサフィナが、元の世界に戻ってきた瞬間、過呼吸になり心臓が止まった」
「なっ!」
ブレイクはサフィナを見る。
サフィナは少し困り眉の笑みでこちらを見返すだけで何も言わなかった。サフィナは今こうして生きている。つまり、心臓が止まってから助かっているというのは事実なため、心を落ち着かせ続きを待つ。
「俺も焦ったよ。だが、直ぐにまたこっちの世界に連れ戻されたんだ。誰がやったのか、どうしてまたここに戻されたのか、それは今でも分かっていない。ただ、そのお陰でサフィナの心臓はまた動き出して、呼吸も元に戻った。その出来事から察するに、今のサフィナはここでしか生きられないのだろうと推測した。つまり、サフィナが元の世界に帰るためには、彼女を人間に戻さないといけないんだ。人外から人間に戻れる方法はまだ分かってない。その調査をする協力者として、俺は広岡を呼んだ。お兄さんが呼ばれたのはサフィナの意向だ」
ブレイクは頭が痛くなりそうだった。棚部の言っている事は嘘じゃないのだろう。棚部がわざわざ嘘を付く理由もなく、サフィナ本人は申し訳なさそうにしているが、何一つ否定を言わない。
サフィナを人間に戻すのは賛成だ。人外のサフィナが駄目なのではなく、おそらく人外のままだと、サフィナは長い年月を一人で生きることになる可能性が高いからだ。しかし、まさか元の世界に戻ると心臓が止まるとは思ってもいなかった。
突き付けられた難題に、ブレイクは頭を悩ませるが、逃げることはしない。サフィナのためならどんな困難でも立ち向かう、それが家族であり兄としての務めだ。
悩んでいる様子のブレイクを横目に、棚部は他のメンバーに伝える。
「今は大丈夫でも、いつかお前らも人外化するかもしれない。こればっかりは絶対に人外になるとも、絶対人外にはならないとも言えない。明確な情報がまだなくてな……だから、お前らにはそれも踏まえた上で、元の世界に帰るかここに残るか、しっかり考えて欲しい。俺はお前らを危険な目に合わせたくない。できれば帰ることを選んで欲しい。だが、無理強いはしない」
棚部、広岡、サフィナ、ノーザイ、ナイアー以外の全員が考え込んでいる。ブレイクはサフィナのことを、他のみんなはこの世界に残るか元の世界に帰るかを。
空を赤く染める夕陽が、諸室の窓から差し込んでいる。『カコデモニア』はもうすぐ夜になろうとしていた。棚部はサフィナを呼び何かを伝えた後、考え込んでいるみんなに話し掛ける。
「今日はもう遅い。とりあえず、今日はこの館で休んでくれ。サフィナ、みんなに部屋を案内してやってくれ。広岡、お前は残れ。話がある」
サフィナに促され、ブレイクたちは席を立ち扉の近くに集まる。
そして、途中からずっと静かだったノーザイは、先に諸室の扉を開けてこちらを振り向く。
「俺はここに住んでないんだよね。ここからちょっと遠い所に家があるんだけど、俺はそこに住んでるんだ。もう夜になるし今日は帰るよ、また明日ね~!」
そう言って元気良く手を振り、先に諸室を後にした。
そんなノーザイに、サフィナは手を振り返していた。ノーザイが見えなくなってから手を止めたサフィナは、ノーザイの後に続くように扉を開け廊下に出てみんなを手招いた。
それに従い、ブレイクたちは諸室を後にした。




