第二十九話 生きていく
応接室から四部屋ほど離れた、休憩室①と書かれたプレートが張ってある扉まで来た。
和凪が扉をノックし、ジュジュの名前を呼ぶ。その声に応じて中から扉を開けたのは、名前を呼ばれたジュジュだ。
「お待ちしてました」
ジュジュは軽くお辞儀をして、みんなを中へ通していく。
中へ入ると四つの長机と椅子が六つあり、その内の一つに俯いて座っているウェンシーがいた。
ウェンシーはパッと顔を上げ、似明やブレイクたちに気付くと、礼儀正しくお辞儀をして謝罪を始めた。
「ごめんなさい。なんか、気が動転してて、皆さんにご迷惑を……。それで、その、メルエダちゃんと間違えてごめんなさい。ちょっと、似てたから……ごめんなさい」
「いや、いいの、気にしてない。それに、あたしもちょっと……言いすぎちゃったし……」
ウェンシーに頭を下げられた百花は、手をあたふたさせながら気にしてない事を伝えた。
そんな百花にウェンシーは、優しい笑みで百花を見る。
「そう、優しいのね。百花ちゃん……だっけ? キミはちゃんと、長生きしてね……」
そんな二人のやり取りが終わると、似明がウェンシーに移動したい事を伝える。
「良ければ、ここからちょっと移動してもいいかな? 松儀くんの所へ行こう」
松儀の名前を聞いて、ウェンシーは頷き移動したい様子だった。
棚部は似明に近付き小声で話し掛ける。会いに行くと言っても、そこにあるのは魂の無い松儀の動かない肉体だけだ。それを今のウェンシーに見せても良いものなのか不安しかない。
「……ウェンシーさんを連れていって大丈夫なのか?」
「先延ばしにしてもいいことなんて無いですし、貴方たちが居てくれた方が心強いので」
似明の言うことも理解できるため、棚部はそれ以上何かを言うことはなかった。
休憩室から少し離れたとある部屋。なんのプレートも張られていない真っ白な扉。似明に案内され、その部屋の中にウェンシーやブレイクたちは入る。
そこには簡易ベッドに寝かされている松儀がいた。松儀を見つけたウェンシーは真っ先に彼の元へ向かう。しかし、起きる気配の無い松儀に、ウェンシーは違和感を抱く。
「……来威くん、さっきは寝てたけど、まだ寝てるの? ……あれ、来威くんって、呼吸しなくても良かったんだっけ? あれ、あれ……?」
「……彼はもう起きないよ」
似明の言葉に、ウェンシーは目に涙を浮かべる。
「な、なんで? 来威くんは、し、死んだ……ってこと、なの? なんで? メルエダちゃん、だけじゃなくて、キミも、うちを置いていくの? うち、一人じゃなにも、できないのに。こんな世界で、どうしたら。人間ですらなくなった、うちは何を、理由に、生きれば……いいの?」
「これを読んでください。松儀くんからメッセージがありますよ」
「来威くん……から?」
そう言って似明がウェンシーに渡したのは、棚部たちにも見せた松儀の日記ノートだった。
ウェンシーはそれを受け取ると、すぐに松儀の近くまで戻り、日記を読み始めた。少しして、ウェンシーの嗚咽が聞こえ始めた。
ブレイクたちは似明と一緒に、一旦部屋から出ることにした。部屋の中からは微かな泣き声が聞こえる。サフィナは扉の向こうを心配そうに眺めた。
「ウェンシーさん……大丈夫ですかね」
「……今はそっとしといてやるしかないな。落ち着くまでに時間が掛かるかもしれんが、それは仕方ない。目覚めたら突然大切な相手がみんな居なくなってるんだ、そう簡単にはいかんだろうな」
棚部の言う通り、今は変にウェンシーを刺激するより、本人が現実を受け入れて少しづつ日常へと戻っていくのが一番だろう。それはみんな同意見のようで、誰も扉の先にいるウェンシーに会いに行こうとはしない。
ブレイクはウェンシーがもし最悪な選択をした場合、似明はどう動くのか気になった。本当なら聞かない方がいいのかもしれないが直接聞くしか方法がないので、扉から少し離れた廊下の壁側から声のトーンを落として質問をする。
「似明さん……もし、ウェンシーさんが後追いをすると言ったらどうしますか?」
「そうだね、まずはウェンシーくんの話をしっかりと聞くのが最初ですね。そして、ウェンシーくんに本当にそれでいいのか聞きます。それでも考えが変わらないのなら、松儀くんの願いとウェンシーくんの願いのどちらを優先するか、選ぶことになりますね」
「ウェンシーさんを止めない選択肢も出てくるんですね」
ブレイクはてっきり、似明は後追いさせない選択肢をすぐに選ぶと思っていたがそうでもないようだ。しかし、続けて話す似明の言葉に、やっぱりそっちを選ぶのかと思った。
「うーん、僕はどちらの願いも尊重されるべきだと思うんですよ。でも、どちらの願いも叶えることはできず、必ずどちからを選ばなければならない時は、より叶えやすい願いを僕は選びます。つまり、今回の場合だとウェンシーくんの願いではなく、松儀くんの願いを優先させるということですね。……まぁ、僕はウェンシーくんが松儀くんの願いを無視するとは思いませんけど」
「そうですよね……」
似明の最後の言葉に、ブレイクはある種の信頼を感じた。きっと、似明が言うように、ウェンシーは自分のためではなく松儀のために生きることを選ぶのだろう。
そうして一瞬の沈黙が訪れた。そんな中、ノーザイはその沈黙を破り話題を変える。
「話変わるけどさ、もしこのままウェンシーさんが出てこなかったら、さすがに明日に持ち越しになっちゃうよね?」
「そうなりますね。こればっかりは仕方がありません。大切な相手の死をたった数時間で受け止めろなんて、そんな酷いことさせたい訳じゃないですし……。それはそうと、皆さんには色々とご迷惑をお掛けしてすみませんね」
ノーザイの発言に肯定した似明は、今まさに待たせているブレイクたちを見ながら、後ろ頭に片手を当てながら困り眉で謝罪した。
しかし、その言葉に誰よりも早く反応したのは和凪だった。昨日の事を引きずっているのだろう。
「うぅ……私も皆さんには本当にご迷惑を……」
「和凪さんの謝罪はもう聞いたよ。それにこうしてクロと出会えたんだから、俺は迷惑どころか感謝してる」
「感謝してるのは私もです……あ」
頭に乗っていたクロを下ろして抱え、逆に感謝をしていると言ったノーザイに、和凪の顔は少し和らぐ。和凪が続きの言葉を発する前に、扉が開いた。
部屋の中にはウェンシーしかいないため、ウェンシー自らが開けたのだろう。ウェンシーは廊下にいる似明やブレイクたちを見る。
「えっと、ほんと、いろいろと、ごめんなさい。どうぞ、中に入って?」
ウェンシーに促され、全員部屋の中へと入っていく。
ウェンシーの目元や鼻が赤くなっていたが、既に覚悟を決めた意思の強い瞳をしていた。その目を見れば、ウェンシーがどちらの未来を選んだのかが分かる。
ウェンシーは松儀を背に全員に向き直った。そして、サフィナと視線を合わせた。
「あのね、もしよかったら、協力する。サフィナちゃん……だよね? キミはうちみたいに、なっちゃダメだよ? お兄さんも、ね? ……一人で生き残るより、うちは、来威くんやメルエダちゃんと、一緒に逝きたかった……でも、来威くんに生きろって、言われちゃった。だから、どうにか……生きていくよ」
やはりウェンシーも一度はそう考えたらしい。しかし、愛した相手から生きろと願われては、ウェンシーも生きる道を選ぶしかない。似明の言った通り、ウェンシーは松儀のために生きてくのだろう。
そんな事を考えながら、ブレイクは何か話しているウェンシーとサフィナに聞き耳を立てる。
「うちが人外化、した理由はね、来威くんが原因を、突き止めてた、気がする。なんとなく、来威くんの記憶が、うちにもある……。黒い本棚、緑色の本。そこに書かれてた、と思う」
サフィナにそう話すウェンシーに、ブレイクが話し掛けようとするが、それよりも先に似明が話し掛ける。聞くとどうやら、似明がその本を持ってきてくれるらしく、彼は和凪と棚部に一言伝えてから一旦部屋を後にした。
「みんな、また遊びに来てね。うちも、いろいろ調べて、研究してみる」
「えぇ、また来ます」
ウェンシーはブレイクやサフィナたちに軽く手を振って、笑顔で見送ってくれた。棚部とブレイクは会釈をし、ノーザイやサフィナ、百花はウェンシーと同じように軽く手を振り返した。
ウェンシーが大切な相手を亡くした事実は消えないし、簡単に心は切り替えられないかもしない。しかし、今の彼女ならきっと大丈夫だろう。




