第二十八話 生きて欲しかった
ブレイクたちは似明に、一旦応接室へ戻るよう言われ、素直に応接室で待つことになった。
似明や和凪、ジュジュや他の研究員たちで、あの場で一体何が起きたのかを調べるためだ。
そして応接室で待つこと三十分。似明が応接室へ入ってくる。あの部屋で何が起きたのか分かったらしく、ブレイクたちの前にあるソファーに座り説明を始めた。
「えー、簡潔に言いますと、今の松儀くんはですね、生きてるけど死んでます。肉体は生きてるけど中身……魂が無くなってる状態ですね。そしてその魂はおそらくウェンシーくんの中にあると思います」
「……それって可能なんですか?」
ブレイクが呟いた疑問に、似明はあっけらかんとした表情で答える。
「松儀くんは優秀な錬金術師ですよ? それぐらい余裕でしょうね。問題は、なぜ今やったのかって話になるんですよ」
「何かしらの条件が揃ったか、はたまた別の理由か、それとも偶然か……」
棚部の言うように条件が揃ったのか、何か別の理由があるのか、現時点では分からない。
しかし、ブレイクはなんとなく違和感を覚える。似明がそこまで焦っているようには見えないのだ。大切な人にあんな事が起きて、普通は平然としていられないだろう。
そして何より気になるのは、状況把握が早すぎることだ。魂の移動なんて、そんなすぐに分かるものなのだろうか。ブレイクは少し不信感を覚える。
似明を観察しているブレイクを横に、ノーザイはおかしい点を上げていく。
「でもウェンシーさんは、松儀さんとメルエダちゃんの名前しか呼んでなかった。松儀さんもいるなら、ちょっと変じゃない?」
「いや、ありえますよ。ウェンシーくんの魂はもう殆ど欠けてる状態でしたが、ウェンシーくんは今、人外化しているんですよ。それに対して松儀くんは人間のままです。よほど強い思いが無ければ、人間は人外の魂の欠片にすら負けるでしょうね」
人外と人間では魂の強さすら違うのかと、ブレイクは少し驚いた。そして、おそらくウェンシーの意思で松儀の魂をのみ込んだとは考えにくい。少なくとも、ウェンシーは松儀の心配をしていたし、娘のメルエダの事も大切に思っていたのだろう。
ブレイクは念のため、似明に聞いてみる。
「えーっと、ウェンシーさんの欠けた魂が松儀さんの魂を、本人が意図せず喰らってしまった……ということですか?」
「そんな感じです。ウェンシーくんは寝てたから、本人の感情とは関係なく体が魂を求めてしまい、松儀くんの魂をのみ込んだんでしょうね」
険しい表情で話す似明に、棚部が疑いをかける。
「……お前が仕組んだんじゃないよな?」
「僕ですか? なぜ、僕がそんな事をしなければいけないのでしょうか」
「やけに詳しいなと思っただけだが……どう思う? 広岡」
棚部は服で隠れていたネックレスを取り出して、ここには居ない広岡の名前を呼んだ。
それがなんなのか、ブレイクたちは知らない。そもそも、棚部がそのような物を着けていた事も初めて知った。棚部が持つネックレスには、翡翠色の宝石の様な石が付いており、その部分に棚部は話し掛けていた。
棚部が持つネックレスの石から、彼の呼び掛けに答えた広岡の声が応接室に響く。
『そうだね……彼は全容を知ってたけど、止めなかっただけじゃない? 松儀くんが望むなら僕は止めない……みたいな。現場にいないから、今の予想が違ってたらごめーん。結構テキトーに予想して言ってるから……。まぁ本貴さんがいればなんとかなるよ、困ったら拳で語り合えばいいと思う。それじゃ、僕は用事があるからこれで失礼するよ』
軽い口調で予想を言うだけ言った後にブツッという音がして、その石から広岡の声は聞こえなくなった。
広岡の言っていた事も気になるが、ブレイクはそれよりも、棚部がいつから広岡と連絡を繋げていたのかについて言及した。
「……いつから広岡さんと繋げてたんですか?」
「似明さんが来た辺りから」
思っていたよりも早い段階で繋げていた。てっきり和凪が慌てて応接室に来た辺りかと思っていたが、似明が来た時から繋げていたとは思わなかった。
棚部から見て、似明は相当怪しかったのかもしれない。実際、それほど長く繋げていたのだから、似明の話を広岡は全部しっかりと聞いていたのだろう。
サフィナもブレイクと同じ事を思ったのか、ちょっとビックリした様子で口を開いた。
「け、結構前から繋げてたんですね」
サフィナの後に続き、ノーザイが棚部の持つネックレスとそれに付いている石を凝視しながら問いかける。
「てかそれ何? 棚部さんってそんなオシャレなもの持ってたっけ?」
「いや、これは広岡が作った通信機器だ。これには通信機能しか搭載されてないし、二個しか作れてない。それにまだ試作品なんだ。だからとりあえず、俺と広岡が持ってる」
棚部の説明を聞くが、どれも初耳である。しかも、広岡本人が作ったという衝撃の事実まで付いてきた。あの人、自作もできるのか……と、ブレイクは広岡の見る目が少し変わった。
百花は不服そうな顔で棚部に言った。
「……初耳なんだけど」
「今言ったからな。後々、コーネダリスさんと一緒に魔術も組み込んだ、超高性能な通信機や発信器とかをアクセサリーとして作るって言ってたな」
棚部の言葉にノーザイは目を輝かせて、自分も貰えるかどうかウキウキしながら聞いた。
「へぇー、楽しみだな! 俺にも貰えるよね?」
「全員分作るって言ってたから、貰えると思うそ」
棚部の言葉にブレイクは一瞬ソワッとした。全員分作るということは、自分も貰えるのだという嬉しさが表情に出そうになったが、どうにか堪えた。そして、似明から話がそれているため戻そうと発言をする。
「あの、話がそれてませんか? ……それはそうと、俺もそれ欲しいので、早めにお願いしますって言っといてください」
ブレイクは正直に言うと、めちゃくちゃ欲しい。通信機能が付いたアクセサリー、そんなの付けてみたいに決まっているという思いがある。パッと見ただけでは、通信機や発信器とは分からないアクセサリーを仲間と共有する。それはとてもワクワクする。まだ先になるだろうが、ブレイクはちょっと心が浮ついた。
ブレイクたちの会話を聞いていた似明は目を細めて微笑む。そして、ため息をついた後、頭の位置まで両手を上げる。
「仲が良いのですね。はぁ……僕、嘘つくの苦手なんで、正直に話しましょうか」
「事件ものの犯人みたいに認めるのが早いな」
棚部のツッコミに、似明は困り眉になりながら話を進めていく。
「嘘つくのって疲れるんですよね、だから早く暴露してスッキリした方がいいんですよ。ということで、通信機の向こう側の彼が言った通りです。僕は全部知ってました。……昨日、いつものように松儀さんの部屋を片付けていたんですけど、その時に新しい日記が古い段ボールの中から出てきたんで読みました。そしたら、驚いたことに一昨日書かれたものだったんですよ」
そう言って、似明は白衣の中から一冊のノートを取り出す。なんの変哲もない只のノートだが、おそらくそれに松儀の日記が書かれているのだろう。
「理由は謎ですが、一時的に正気に戻ってたみたいなんです。ここの頁ですね。長いですけど、とりあえず読んでみてください」
似明はノートの後ろの方を開いて机に置き、指を指してココから読むように促す。
ブレイクたちは言われるがまま、松儀の日記を読んでいく。
『なぜか分からないが、俺は正気に戻ったらしい。さっきまで星を眺めていた気がする。俺の今までの記憶は全部ある。恥ずかしい限りだ。しかし、いつまで正気でいられるのか分からない。今のうちに出来ることをしようと思う。ウェンシーが生きていてくれればそれでいい。メルエダも俺もいない世界で生きていくのは、きっとつらいかもしれない。これは俺のエゴだ。ウェンシーは俺に怒ってもいい。でも、俺はやっぱりウェンシーに生きてて欲しいんだ。魂の転移はあと少しで完成するところまで来ていた。正気を失わなければもっと早い段階で実行できていたのに。明日、いや明後日か。失敗するわけにはいかない。これが成功すれば、俺はウェンシーの魂に喰われて死ぬだろう。人間が人外の魂に勝てないわけじゃないが、俺はそれを望まない。ひとつの体の中に混ざり合わない魂が二つもあるのは良くない。俺が正気じゃなかった頃の行動に合わせてやるしかない。日付的に明日は話すだけだが、明後日は本を持って読み聞かせをしているはずだ。その本の中に仕込んでおこう。きっと上手くいく。メルエダ、俺もお前と同じ場所に行きたい、お前に会えると嬉しい。ウェンシー、愛している。どうか、つらい思いを乗り越えて生きてくれ。』
ブレイクは松儀の思いが心に染みる。大切な相手のために自身を投げ出すやり方は良くないと分かっているが、それで大切な相手を助けられるのなら、ブレイクもおそらくその行動に出るだろう。残された相手の気持ちを知ってても、きっとやってしまう。
そんな良くない考えが過り、ブレイクは頭を横に軽く振る。
首を振るブレイクや顔を上げた他の人達の反応を見て、全員が読み終わったのを確認した似明は話を始める。
「……ということなんですよ。おそらく、この時点で彼は魂の移動に必要なあれこれを、全部事前に準備をしていたんでしょう。そして、現場に落ちていた本がトリガーとなって、錬金術が発動して魂が移動したって感じだと思ってるんですけど……実はウェンシーくんが入っていた容器の下に、錬成に必要な陣が描かれていましてね。そして、松儀くんがいつも座る椅子の下、そこにも同じものが描かれていた」
そう言った似明は二枚の写真をブレイクたちに見せる。それは、先ほど似明が言っていた二つの陣だった。
「狂ってた松儀くんは本の読み聞かせとして、本の内容問わず全てを口に出して読んでいたんですよ」
似明のその言葉に、棚部が腕を組んで話し始めた。
「あぁ、なるほど。その仕込んだ本に、魂の移動に必要な呪文が書かれてたってことか」
「そういうことです。松儀くんは夜中に全部これをやったんでしょうね。そして、やはりというか、次の朝には正気じゃなくなっていた」
似明は少し寂しそうに言った。
ブレイクは似明の表情を見て少し考える。彼にとって松儀は自分を造り出してくれた親みたいなものなのだろう。そんな彼が一時的でも正気に戻った。似明はその場面に居合わせたかったのかもしれない。
ブレイクがそんな事を考えている時、隣にいるサフィナが疑問を投げ掛ける。
「なんで、その日だけ突然正気に戻ったんでしょうか。星を見ていたと書いてありましたけど……」
星という単語に、棚部はあまりいい顔をしない。そんな棚部にノーザイは星の好きなところを言う。
「星ねぇ……あんま良いイメージがない」
「そう? 星って綺麗だし、特に悪いイメージもないから俺は好きだけどなぁ」
「俺だけじゃなく、広岡もたぶん、あんまいいイメージ持ってないと思うぞ」
百花は棚部と広岡の二人が星について、あまりいいイメージを持ってないことに疑問を感じた。何か理由があるのだろうかと、百花は棚部に聞いてみる。
「雅埜さんも? 二人は星に何かされたの?」
「何かされた、か……近いっちゃ近いな」
百花の疑問に、棚部は苦虫を噛み潰したような顔で答えた。
似明はうーんと唸りながら、話を進める。
「なんで急に正気に戻ったのかは、僕にも分かりません。松儀くん本人に聞ければいいんですけど……もう無理ですしね。とりあえずこの後、どうするかです。ウェンシーくんに全てを話さないといけない、とは思ってるんですが……大丈夫ですかねぇ」
「松儀さんはもう、どうしても無理なんですよね……?」
サフィナがおずおずと似明に聞くが、似明は悩む素振りもせずにノータイムで答えた。
「ええ、無理です。肉体は衰弱を待つのみとなり、魂はもうない。新しい魂を入れれば肉体は大丈夫ですが、それを松儀くんと言ってよいのか……って話になるんですよ」
「そう、ですよね……」
サフィナは言葉に詰まりながらも返した。
松儀の肉体に別の魂を入れる。それはコーネダリスから言われたように、サフィナ自身が誰かの魂を入れる器にされようとしていることと同じだ。肉体と魂が別、そんな相手をどう受け取ればいいのか、サフィナはまだ分からない。
俯くサフィナを心配そうに横目で見ながら、ブレイクは似明に提案する。
「……俺はウェンシーさんに全て話して、この日記を見せるのがいいと思います」
「うん、まぁ、そうだよね。僕もそれが一番いいと思います。ウェンシーくんはさっき目覚めたばかりだから、あまり周りが把握できてなくて、頭の中ごちゃごちゃだったと思われるんですよ。だから、落ち着けば大丈夫だとは思いますけど……」
ブレイクの提案を受けた似明が最後まで話すより先に、応接室の扉がノックされる。
似明が入るよう伝えると、扉の向こうから和凪が入ってきた。瓶底メガネの位置を直しながら、似明にウェンシーの状態を伝えていく。
「所長。ウェンシーさんが起きました。何回か話しましたが、今は落ち着いてて大丈夫そうですよ」
「そっか、ありがとう。皆さんも付いて来てくれますか?」
ブレイクたちの方を向いて聞く似明に、棚部はソファーから立ち上がって答える。
「あぁ、言われなくても行くつもりだったよ」
「なら良かった。じゃあ、行きましょうか」
似明はホッとしたように言った。
全員が応接室から出ていき、ウェンシーのいる部屋へと向かう。




