第二十七話 目覚め
ブレイクたちが注視している扉の向こうから足音が聞こえてからすぐに、扉が凄い勢いでバンッ! と開かれ、和凪が焦った様子で現れた。
「所長! なんかウェンシーさんの容態が変です! それに松儀さんが倒れたまま動きません!」
余程急いで来たのか和凪は息を切らしており、瓶底メガネが大きくズレて、彼女の真っ青な瞳が露になっている。
「え!? すぐ行く!」
似明は驚いた声を出し、ブレイクたちを見ることなく、和凪と共にバタバタと応接室を出ていく。
応接室に取り残されたブレイクたちだが、すぐに棚部が全員に追いかけるよう促す。
「俺たちも行くぞ」
「は、はい」
「はーい」
ブレイクが緊張した様子を隠せない返事をした後、ノーザイは気の抜けた返事をする。
似明と和凪を追いかけて、ブレイクたちはとある部屋の中へと入っていく。部屋の中には、倒れたままの松儀、そしてその横にジュジュが居た。
ジュジュは松儀の様子を見ていたようだが、彼女の視線は部屋の奥へと向けられていた。それを追うようにして、ブレイクたちも視線を奥へと向ける。
部屋の奥には色々な物が散乱していた。しかしその中でも一際目を引くのは、床から数十センチ程浮遊している一人の女性だ。おそらく彼女がウェンシー・エルランダ、つまり松儀来威の妻であり、人外化して寝たきりだった人物なのだろう。
彼女は紺色と滅赤色のツートンカラーで、膝下まである長い髪をツインテールにしている。右目と左目の大きさが極端に違い、右は可愛らしいまん丸とした黄緑色の目をしているが、左は黒色の目が極端に小さい四白眼になっており、異様なアンバランスさを感じさせる。人間ではまずあり得ないような薄紫の肌色に、首から頬にかけて青い謎の模様が浮き出ていた。
そんな彼女を見て「わぁ、起きてる」という、その場の雰囲気とはかけ離れた似明の声が、この静かな部屋の中で響いた。
目をキョロキョロとして周りを見たウェンシーは、ジュジュの隣で倒れている松儀を視界に入れる。
ジュジュは少し肩を揺らすが動くことはしない。和凪がすぐにジュジュの隣に移動するが、ウェンシーは二人に目を向けることも危害を加えることもなく、倒れている松儀の元へ一直線で向かう。
「うぅ……来威くん? 起きて、起きて、うちを一人にしないで、メルエダちゃんはどこ? 来威くん寝てちゃダメだよ、ここにいたら危ないよ、うちを無視しないで、ここどこ、来威くん、メルエダちゃん……」
松儀を揺すりながら周りを見渡して、ウェンシーは百花を視界に捉える。そしてウェンシーが目を見開き、一言「あっ」と溢れるような微かな声を出す。それはまるで、死んだはずの誰かを見つけたようだった。
「っ百花!」
棚部が百花の名前を呼んで、ウェンシーと百花の間に入って立ち塞がろうと動き出した瞬間、ウェンシーと百花以外の全員がピタッと止まった。
そんな異様な光景に百花は肩を揺らし、近付いてくるウェンシーから恐る恐る視線を外す。
「え、あ……みんな?」
百花が周りを見渡すと、みんな止まっていた。それはまるで、動画を一時停止したかのように、全員がピタリと止まっていた。一体何が起こっているのか、百花には分からない。しかし、抱えていた黄色のキュクローは無事らしく、ビームこそ出してはいないがウェンシーを威嚇しているようだ。
ウェンシーは百花にゆっくりと近付いてくる。彼女は何度も口から「メルエダちゃん」と連呼しており、とても正気には見えない。ウェンシーは百花を、自分の娘であるメルエダと勘違いしているようだ。
「メルエダちゃん? ……メルエダちゃん、メルエダちゃん、ごめんなさい、ごめんなさい、メルエダちゃん、良かった無事で、死んでなかった、あれは夢だよ。メルエダちゃん、今度こそうちが守るよ、安心してメルエダちゃん……」
ウェンシーは百花の事を何度も別の相手で呼んできて、優しく頬に触れるだけで危害を加えようとはしない。
しかし、百花は否定したくてしょうがない。震える体で黄色のキュクローをギュッと更に抱き締めながら、意志の強い視線でウェンシーと目を合わせる。
左右で大きさの違う、ウェンシーの虚ろな瞳に吸い込まれそうになる。だが、百花は目を瞑って首を横に振り、もう一度しっかりと彼女と視線を合わせ、大きな声でウェンシーの言葉を否定する。
「あ、あたしはメルエダじゃない……! 貴女の娘は、もう……ここにはいない……!」
百花の声が響き渡る。その言葉を聞いたウェンシーの目が見開かれる。
それと同時に、止まっていた周りの全員が突然動き出す。そしてほぼ全員が、何が起こったのか分かっていない様子だった。
「あ? 今のは……?」
「あれ……? なになに? 何が起こった?」
ブレイクやノーザイたちが現状を理解できず、周りを見渡して呆然としている。そんな中、棚部は誰よりも早くウェンシーの後ろを取り手刀を喰らわす。
「失礼」
「ヴッ! ……メル、エダちゃ……ん…………」
ウェンシーは気絶し勢いよく倒れそうになるが、棚部がしっかりと支えてから、とりあえず近くにあったクッションを枕にして横へ寝かせる。
倒れたまま動かない松儀と、正気ではない様子だったウェンシー。それと、状況をいまいち把握できていない面々。
「これ、どうすればいいんでしょうかね。あまり良くない展開になった気がします。まさかこんな事態になるなんて……」
似明は部屋全体を見渡し、ふぅとため息をついて呟いた。その呟きを拾ったのは、棚部だった。
「とりあえず松儀さんの容態と、突然目覚めたウェンシーさんの状態を確認しないといけないんじゃないか?」
静まり返る部屋の中で、棚部が似明に対してそう伝えた。
似明は一拍置いてから「そうですね」と言って、和凪やジュジュに指示を出し、ここにはいない他の研究員達も呼んで行動を始めた。




