第二十三話 変わること
気絶したブレイクが目を覚ます。眼前には膝枕をしてくれていた、サフィナの心配そうな表情があった。
「あ、お兄ちゃん大丈夫? 無理しなくていいからね」
サフィナの優しい声に「大丈夫だ」と伝え、起き上がる。
周りを見渡すとここはいつものリビングで、特になにか変わった様子はないが、ノーザイたちがいなくなっていた。
リビングに残っているのはサフィナと桜音姉妹だった。そんな桜音姉妹と会話を弾ませていたのはコーネダリス、マトロポス、サントスの三人である。あの三人がリビングに居る事にブレイクは少し驚くが、おそらく自分が気絶していた時に来たのだろうと思った。
そして、先程の女性がリビングの隅で、どんよりしながら縮こまっているのも見つけた。
そんな彼女の近くに、知らない女性が慰めるように背中をさすっていた。
その女性は、亜麻色の長い髪を低い位置でお団子にしてまとめており、真っ白なワンピースを着ている。そして何より目を引くのは、耳や首、腕や指の関節など節々で人形ロボットのような印象を浮けてしまう。
ブレイクは隣にいるサフィナに、あの二人の女性について聞いた。
「あの二人はね、和凪さんとジュジュさんって言うの。今隅っこで落ち込んでるのが和凪さん、それを慰めてるのがジュジュさんだね」
サフィナはリビングの隅にいる、二人の女性の方を見ながら答えた。
そして、両手で丸を作りながら、あの謎の生き物について説明を始める。
「ノーザイさんが連れてきたまん丸な子、あの子を作ったのが和凪さんなんだけど、全員ラボから脱走して昨日から探してたみたい。今朝の悲鳴を探知機が拾って、ラボから飛び出した和凪さんを追い掛けて、ジュジュさんもここに来たって感じね」
「なるほど……。そういえば、ノーザイたちとその生き物は今どうしてるんだ?」
「ノーザイさんは徳札さん、白金さん、高峰さんと一緒に、脱走した残りの子を探しに行ったよ。あの黒い子はノーザイさんから離れたくなさそうにしてたから、離すに離せなくて一緒に着いて行っちゃった」
サフィナは少し困り眉になりながら照れており、あの生き物に残って欲しそうな顔をした。
ブレイクは、サフィナが昔から動物が好きでよく飼いたいと言っていた事を思い出す。
家庭の事もあり、ペットを飼うことはできなかったが、もしあの黒い生き物がノーザイにくっついて、この館に残ればサフィナは喜びそうだと思った。しかし、あの生き物は和凪という女性の元から逃げ出した物なので、難しいだろう。
そんな事を考えていると、サフィナはリビングの机と椅子が置いてある場所に視線を向けた。
「棚部さんは諸室に行ってそれっきり。あぁ、あとコーネダリスさんたちはついさっき遊びに来たの」
サフィナの向いている方へ視線を向けると、椅子に座っていたコーネダリスたちが手を振った。
ブレイクは簡単な会釈をして、和凪の方へ視線を戻す。
「そうか……和凪さんが落ち込んでるのはなんでだ?」
ブレイクはサフィナに聞いたつもりだったが、何故か答えたのは和凪本人だった。
「キュクローが私のことを嫌っているからですが……? あの子たちを作ったのは私だというのに、なぜキュクローはラボから逃げようとするのでしょうか……やはり私なんかに愛されるのは嫌なのですかね? ノーザイさんにはあんなに懐いているのに……」
和凪の言うキュクローとは、ノーザイが連れてきたあのまん丸な猫っぽい生き物のことだろうか。
和凪は「どうして懐いてくれないの」と、瓶底メガネから滝のような涙を流す。そんな和凪に、隣にいたジュジュが背中をさすったまま平坦な声で言った。
その言葉に、ブレイクは驚く。
「これはわたしの偏見ですが、それは君がキュクローを餌として作っているからではないでしょうか」
「……は? 今、なんて?」
「……? キュクローを餌として作っているから?」
ジュジュの言う通りなら、あのキュクローと呼ばれる猫のような生き物は、何かに食べられるために作られたことになる。
それなら、自分たちが食べられると気付いたキュクローたちが逃げたすのも頷ける。
和凪は涙で汚れた瓶底メガネを外す。瓶底メガネで分からなかった彼女の素顔が露になる。彼女の両目は海のような青だった。白目も黒目もない、目の中全てが青でできていた。
ブレイクはここで初めて、和凪が人外であることに気付いた。
和凪は涙を袖で拭い、白衣のポケットからメガネ拭きを取り出し、瓶底メガネのレンズを綺麗にしながら話す。
「食事は愛です。愛しているから食べるんです。食べるために愛するんです。食べられるために愛されるんです。私は誰にも愛されないから、誰も私を食べてくれない。それなら、愛されないなら、私が愛するしかないじゃないですか。食べるのは私からの最大の愛なんですよ」
「ゴメン、ちょっと何言ってるのか分かんないんだけど」
和凪がツラツラと述べた言葉に、少し離れたところにコーネダリスと一緒に座っていたマトロポスが、怪訝な面持ちで頭にハテナを浮かべながら言った。
「またですか!? 私がこう言うと皆さん揃って、意味が分からないと仰るんですけど、やっぱり私っておかしいんですか? そうですか……うぅ」
和凪の止まっていた涙が、また溢れだす。
彼女の鼻をすする音がする中、リビングの扉が開かれる。そこから顔を出したのは広岡と棚部だった。
「あれ? これどういう状況?」
「おい、そこで止まるな広岡。……どういう状況だ?」
リビングの隅で泣きながら蹲っている和凪を見て、二人は状況がよく分かっていないようだった。
サフィナが二人に大まかな説明をする。二人はそれでなんとなく把握したらしい。そこで広岡が和凪に疑問を投げ掛ける。
「キミは隣にいるジュジュさんを愛してないのかい?」
「え? ジュジュ?」
「食事=愛ならジュジュさんはそれに対応してそうだけど、食べてる気配がないからどうなんだろって思ってね。単純に金属類が食べられないだけかもだけど……」
和凪は想像もしてなかったことを言われてようで、驚いている様子だった。
少ししてハッとしたように、広岡の疑問に答えた。
「いえ、私は何でも食べれます。それこそ鉄や非金属まで何でも……。でも、確かに、私はジュジュを食べようと思ったことがなかった……。私はジュジュを愛しているのに……」
「あ、ちゃんと愛してるんだ。それなのに食べようと思ったことがない。へー……」
広岡は何か言いたげにしているが、それ以上は言わなかった。
ジッと和凪を見つめているジュジュに対して百奈が問いかける。
「ジュジュさんはどう思ってるんですか?」
ジュジュは目をパチクリさせて、指で自分を指す。そして、目を少し伏せて語り出す。
「わたしですか? わたしは和凪さんをサポートするために作られただけの存在、てっきり愛されていないと思っていました。わたしは和凪さんを主として、一人の人外として、特別に思ってます。しかし、それは過ぎた感情だと理解しています」
「過ぎた感情じゃないよ、それ。ジュジュさんと和凪さんはお互いを大切に思っている、それが大事。和凪さんのジュジュさんへ対する感情と行動が、もしかしたら解決策の一つになるかもね」
広岡の言葉にジュジュは和凪を見つめたまま、何かを考えるような仕草をする。
サフィナは広岡の言葉に続くようにして話し始めた。サフィナの目は和凪に向けられている。
「広岡さんの言いたいこと、分かるかもしれません。和凪さんはジュジュさんのことを愛してるのに、キュクローたちと違って食べようと思ったことがない。それをしっかりと理解することが大事なのかもしれません。食べないで、ただ一緒にいる。それだけでも、一種の愛と呼べるんです。和凪さんが自覚してないだけで、貴女は食事以外の愛もちゃんと知ってると思いますよ」
「食事以外の愛……。私にそれができる……?」
和凪は思考を巡らす。
そんなことが出来れば、どれだけいいだろうか。お母様からそう教わり、お母様に言われるがまま、私はお母様を食べた。それが愛だと、お前はそうして生きろと言われた。
けれど、それは間違っていたと分かっていた。ずっと居なくなって欲しくないと、泣きながら食べていた。これが愛だと心に刻み付けられたから。
もし変われるのなら、変わりたいと思う。食べる食べられる以外の愛を持てるのなら、私はそうなりたい。
和凪がそう考えていると、百花がおそるおそる話し出した。
「あ、あなたにとって愛と食事は切って離せないものかもしれない。でも……その、食べなくても愛は示せるものだよ。ただ傍にいて、一緒に喜んで笑って、悲しんで泣いて、助け合う。それも、愛になると思うの」
「そう……なのね。私が知らないだけで、愛と呼べるものはたくさんある……」
和凪は伏せ目になって呟いた。愛に対して、自分が如何に無知であるかを叩きつけられた。
研究者として、いろんな生物から機械人形まで、なんでも創り上げて研究に研究を重ねた。けれど、私が本当に研究すべきは自分自身だったようだ。
和凪は自分を振り返る。そんな時、優しいジュジュの声が聞こえた。
「和凪さんのために、わたしにも何かできる事があるのですか?」
そう言ったジュジュは顔をキラキラさせていた。自分が和凪のために、何かできることがあるかもしれない。
そう理解した時、表情があまり動かないはずの人形ロボットは、何かをやり遂げるぞという気合いの入った表情をしていた。
「わたしが和凪さんのためになれるのなら、わたしはそれをやりたいと思います。わたしは和凪さんがいつも泣きながら、自分で作った生物たちを食べている姿を見てきました。愛だと言っているのに、辛そうに泣きながら食べている。わたしはその姿があまり好きではなかった。もし、和凪さんが泣かなくてもいい未来を歩めるなら、わたしにできることは何でもします」
ジュジュは和凪の両手を取り、今までに見せたことのないほど眩しい笑顔をした。
それを見た和凪は目を丸くした。彼女はこんなジュジュを初めて見たからだ。ジュジュは造られた当時から殆ど無表情で、こちらに何かを提案することなどなかった。
ジュジュから和凪へ向けた、初めての提案。今の和凪がそれを断れる訳がない。相手に向けていた感情がなんなのか、それに気付いてしまったら最後、気付かなかった頃には戻れないのだ。
和凪が泣きながらジュジュの手を握り返した。
「ジュジュにそこまで言われたら、私も強く出れませんね。あなたと共にできる事なら、私も続けられるかもしれない」
そんな二人のやり取りを見ていた広岡は、とりあえず第一段階はクリアかなと考えていた。
そんな時、玄関の扉が開く音と階段を上ってリビングへと向かってくる複数の足音がした。




