第二十一話 通り道
三人は近未来的な車に乗り、魔法陣のある大樹まで向かう。その道中、コーネダリスは運転席と助手席にいる二人に聞いた。
「わざわざこのメンバーにしたってことは、みんなが居る所では話したくなったんだよネ? あの魔法陣の何が気になったのサ」
広岡は首だけ後ろに向けて、コーネダリスに説明する。
「……帰れなかった。本貴さんやサフィナは一度帰れたのに、僕は帰れなかったんだよ。あのタイプの魔法陣は、ある程度の魔力があれば誰でも作動できるでしょ? 来た時からあの魔法陣に違和感があったから、暇な時にちょっと試してみたんだけど、無理だったんだよね。魔法陣は正常に作動してるっぽいのに、帰れなかったのが気になった。だからそれを本貴さんに伝えたら、キミに見てもらおうって話が上がったわけ」
「なるほどネ。君の考えが分かったのサ。場合によっては、棚部ちゃんが人間じゃなくなってる事がみんなにバレちゃうのネ」
コーネダリスは広岡の考えている事が大体分かっている様子だった。
広岡はパチパチと手を叩き、彼女を純粋に褒めた。
「さすがだね。伊達に魔女を名乗ってない」
「私は偉大な魔女だからネ! 魔女は頭も良く、発想力もないとやっていけないのサ!」
コーネダリスと広岡がそう言っている間に、館から車で十五分ほどの距離にある大樹から少し離れた位置へ車を置いて、そこから三人は大樹の幹の中にある魔法陣の前まで来る。
コーネダリスはしゃがんで魔法陣をじっくり見ながら、口を開いた。
「……実は昔、この魔法陣を調べたことあるけど、この魔法陣じゃ人間の往来はできないっぽいんだヨ」
「あぁ、やっぱり。人間は無理だけど、人外は往来できるんだよね?」
「そうだネ。人間を連れてくるのはできるけど、帰らせることはできないヨ。でも人外は帰ることも可能ってわけサ」
「人外しか往来できない。ただの人間はこの『カコデモニア』に来ることはできても、元の世界に帰ることはできないんだ。へぇー……」
まるで人間だけを閉じ込めようとしているみたいで、広岡は脳内で嫌な想像が過る。場合によっては、人間や人外でどうにかできるような物ではない気がして、広岡は真顔になる。
そんな中、棚部は大樹に着いた時点で吸っていたリトルシガーを咥えたま、広岡とは全く考えの違う事を言った。
「俺があの時、みんなに帰ろうと思えば帰れると言ったが、本当は帰れなかったのか……」
棚部はアチャーと言ってそうな顔で、頭を掻いていた。
そんな棚部の言葉に、広岡は手の甲を口に当て、あどけない笑顔で笑う。
「ふっ、んははっ! ……実際はみんな残るって言ったけど、もし誰かが帰る方を選択してたら……って、その場面を考えるとちょっと面白いかも。本貴さん嘘ついたんですか!? ってなっちゃうね」
広岡の笑い声を聞いて、棚部は視線を逸らしながらため息をつく。
「あー、ちゃんと調べるべきだったな。一度サフィナと本来の世界へ戻った時、あの時点で俺も既に人外だったの忘れてたわ。つーか、お前はまだ人間判定なんだな」
「この魔法陣がどういう基準で判定してるのか分からないからなぁー。……人外の体の一部とか血液が入ってる程度じゃ、人外として判定してもらえないんだろうね。身体の作りが明らかに変化し出したら人外って感じはするけど……」
魔法陣がどのようにして、人間と人外を判別しているのかは、まだ分からない。
広岡はしゃがんで、魔法陣に触れて魔力を込める。しかし、仄かに光るだけで魔法陣は何も起こらない。
そんな様子を見ていたコーネダリスは、ポツリと言葉を溢す。
「それか、何か条件があったりするのかもしれないネ」
「あー……それはありえる。何かしらの条件を達成することで人間でも帰れるようになるパターンと、達成したら人体に影響なく人外判定してもらえる粉とか薬が貰えるパターンとかがありそう」
コーネダリスの言葉を拾った広岡は、今までの経験上ありえそうな可能性を上げていく。
棚部は魔法陣を見てリトルシガーを咥えたまま、腕を組み顎に手を当てて言った。
「そもそもこの魔法陣は誰が彫ったんだ。それが分かれば、新たな発見があるかもしれんが……」
棚部の疑問に答えたのは、ここにいない筈の中性的な声だった。
「人間だよ、未来のね」
「うぉっ! ナイアー、お前いつのまに……」
棚部の横に突如現れたナイアーに驚き、棚部はナイアーから少し距離を取る。
ナイアーは気にせずそこに突っ立ったまま、ニコリと笑い棚部に答える。
「ずっといたよ。キミたちが館から出てずっとね」
「なんとなく気配は感じてたヨ。君が何者か私は知らないけど、とても凄い魔力だネ。凄すぎて恐怖を感じちゃうぐらいなのサ」
コーネダリスは本能でナイアーを見ないようにして話す。自分なんかとは比べものにならない程の、強大な力がすぐ側にいるのは少し息がしづらい。
そんな中、突然現れたナイアーを気にすることなく、広岡は魔法陣を眺めたまま話し始める。
「作ったのは人間だけど、その後で誰かが手を加えてる? 人間が作っといて人間だけ戻れませんよ~はちょっと意味が分からないし。作った人間とは違う別の人間か人外、はたまたそれ以外の存在か……」
広岡の最後の言葉に棚部はナイアーを見るが、顔を動かすことなく棚部の視線に気付いたナイアー本人に即否定された。
「私じゃないよ」
「まだ何も言ってないだろ」
「キミの視線がそう言ってからね」
棚部から視線を外し、ナイアーはしゃがんだままの広岡に聞こえるよう、少し屈んでヒントを伝えた。
「私からおまけのヒントを出すなら、人外だけ帰れるのは思わぬ抜け道だった可能性が高い……ってことかな」
「思わぬ抜け道ねぇ……つまり、人間が帰れないのは元から想定されて作られていた?」
悩む広岡にコーネダリスが新しい情報を提示した。
「今の時点で完璧に解明するのはさすがに難しいのサ。ただ、この魔法陣は私が知る限り、ずっと褪せることなく存在し続けてるヨ。そして他者の介入が難しい。何度か弄ってみようとしたけど、全部失敗したんだよネ~」
「…………なるほど、分からん。正直今の情報だけで答えを出すのは難しい。だから、これは話半分で聞いて欲しいんだけど……」
手をパッとさせ、しゃがんでいた広岡は立ち上がる。そして、棚部たちの方を振り向いて話を始める。
「元々この世界には人間しか居なかったんじゃないのか? っていう仮説を立ててみる。そして、なんらかの原因で人外が増えて、人間が減っていった。確か『カコデモニア』には僕たち以外の人間も、数は少ないけどいるにはいるんだよね?」
「いるヨ。君の言う通り数は少ないし、正気じゃない人間の方が多いけどネ」
コーネダリスは広岡の疑問に答える。
棚部はノーザイに紹介された、町の少し外れに住んでいる田中というお爺ちゃんしか、今のところこの世界にいる人間と会っていないので、正気じゃない方が多いと聞き少し驚く。
広岡は続けて言葉を述べる。
「この世界は本来、人間を入れて閉じ込めておく箱の役割をしていたけど、なぜか人外が増えたせいで人間が減っていった。だから、本来の用途として人間は帰れないけど、なんらかの理由で生えてきた人外は人間として判定されず、魔法陣を通って元の世界に戻ることができる……って感じ? なんで人間を閉じ込めてるのか、どっから人外が生えてきたのか、そこを聞かれたら困るけど。まぁこれは僕の推測でしかないから、間違ってると思うよ」
本来は人間を閉じ込めておくはずが、人外が増えて人間が減っていった。そして今の人外だらけの世界になった。広岡自身が言っていたように、人間を閉じ込める理由と人外が増えた理由は謎だが、可能性としてありえそうではある。
広岡の仮説をしっかりと考えて調査してみるのも良いかもしれない。棚部がそう考えている中、広岡は先程とはまた違う、別の話題を持ち出して話し始める。
「それと他にも気になることがあってね。本貴さんやサフィナは、元々いた世界に一度戻れた。けどもし、魔法陣を通して移動したのが他の人外だった場合……その人外も過去である僕らの世界に行くのか、それとも本来の世界に戻るのか、ちょっと気になるんだよね」
この魔法陣が過去と未来を行き来できるようになっているのは確かだが、この『カコデモニア』にとっての現在の世界──つまり広岡たちにとって、未来にある元の世界に戻れるのかが分からないのだ。
「この魔法陣は、本来あるべき時間に戻してくれるのかな。例えばだけど、ノーザイがこの魔法陣を使った場合、僕たちの時代の世界へ行くのか、それとも未来……というより現在か、その世界へ行くのかって話ね」
「さすがにそれは、実際に検証しないと分からんだろうな」
広岡の疑問に棚部はリトルシガーを一服してから言った。
しかし、その棚部の言葉にコーネダリスは少し悩んだ素振りをした後、何かを思い出したのか手をポンッと打ち話す。
「私、行ったことあるヨ」
「マジかよ。既に検証済みだったか」
棚部は驚くが、広岡は表情ひとつ変えずにコーネダリスに聞く。
「どんな感じだった?」
「ぐちゃぐちゃだったのサ。何かに荒らされた建物の中だったネ。電気は付いてなくて真っ暗、それになんか嫌な魔力の感じがしたから、すぐにこの魔法陣使って戻って来たヨ」
思い出すように言ったコーネダリスは、ナイアーに少しだけ顔を向けた。
「その嫌な感じがした魔力。君と全く同じって訳じゃなかったけど、少し近かったネ。私一人じゃどうにもできないような、強大な魔力だったのサ」
「おや、そうですか。一体誰の事なんだろうね、心当たりが多すぎる」
ナイアーはケラケラと笑いながら、意に介してないようだった。
広岡はコーネダリスの説明を聞いて、う~んと悩みながら話す。
「僕たちの未来が終わってるのか、その建物が悲惨な状態のまま放置されてるだけなのか、どっちにしろあんまり良い感じじゃないね。でも、それで分かった。対象者は、本来いるべき時間の世界に戻れるようになってるってことがね。それと、過去からここへ僕らを持ってこれるなら、今より未来の人間をここへ持ってくるのも可能ってことか」
明確な時間の指定はできないが、やはりこの魔法陣は過去現在未来の全てを行き来できるようになっている。ティンダロスの猟犬が黙っていない案件だ。
しかしナイアーも言っていたように、マイノグーラのお陰かどうかは分からないが、ここに猟犬は干渉してきてきない様子だ。
広岡はそれらを頭の隅に置いておき、先程までの情報を照らし合わせる。
「あの公園と地下駐車場はおそらく未来では無くなってて、そこに新しい建物が建つことになるんだろうね。そして、その建物の地下で魔法陣を作ったと……。だから過去から僕たちを連れてくるなら、あそこが一番近い出入口になるわけだ」
棚部は一服した後、広岡の言葉に疑問を投げる。
「俺とサフィナは地下駐車場じゃなくて公園だったが、それは誤差か?」
「相手の力によるのかも。それか、キミたちがちょうど真上にいたとか」
真上という言葉に、棚部は何かを思い出したようだった。
「あぁ、それはありえる。公園の中央近くに長椅子あっただろ? あそこにいた時だからな」
「そこか、それならほぼ真上だね。人によっては、X軸の距離よりY軸の距離に関与しやすい奴もいるだろうし」
「魔法陣の力を横に広げるのが得意な相手もいれば、縦に伸ばすのが得意な相手もいる、ということだネ」
広岡の言い方を分かりやすく言い換えたコーネダリスに、広岡は少し笑いながら答えた。
「そうそう、そういうこと。本貴さんたちが連れてこられた時、たぶん近くに元凶がいたんだろうけど、さすがに見てないよね」
「見てないな。その日に出会ったのはノーザイだけだが、俺たちが来ていた事に一番驚いていた。それに、サフィナが突然人外化した事にも、本気で驚いている様子だった。なんなら俺以上に、サフィナを戻す方法がないか探してくれていたよ」
「それでノーザイちゃんから紹介されたのが私なんだヨ」
いつコーネダリスと棚部が知り合ったのか広岡には謎だったが、ノーザイからの紹介だったようだ。
「なるほど~。ノーザイが本貴さんたちに接触したのが良かったのかも。元凶が接触するつもりだったかどうかは分からないけど、ノーザイがいることで好き勝手動けない可能性はあるよ。まぁ、その彼もだいぶ謎なんだけどね」
広岡はノーザイのことを未だによく分かっていない。特に人間に対する情熱が。コーネダリスたちの様に、人間を毛嫌いしておらず普通に接する人外もいる。
数日前に棚部を連れて見て回った町でも、サーラのように人間を気にしていない人外と、人間に対して疑心暗鬼になっている人外もいた。人間を襲う人外がいることも聞いた。
そんな中、ノーザイは異常なほど人間に好意的だ。町の人外たちも、ノーザイはいつも人間の事を話したりしていたらしい。最近は棚部たちが来たことにより、前より町にはあまり顔を出していない様子だが……。
広岡がノーザイについて考えていると、ナイアーが呟く。
「彼は洗脳が難しそうなんだよね」
「今何か聞こえたが、聞かなかったことにするか……」
棚部はそう言って、使いきったリトルシガーを携帯灰皿に入れ、新しいリトルシガーを取り出している。
洗脳。そう言ったナイアーの言葉に広岡はひとつの考えが浮かぶ。
「既に洗脳されてるのかも……。例えば、人間とかにね」
広岡の言葉に答えたのはコーネダリスだった。彼女は目を細め、館のある方角を見つめた。
「それ、ありえるヨ。ノーザイちゃんは人外と人外の子供だけど、彼を育てたのは人間だからネ。あの人の影響を受けてないとは言えないのサ」
「へぇ~……そうなんだ……」
広岡が何か言いたそうにしながら、棚部に視線を送って返事をした。棚部も一度広岡に視線を送るが、何も言わずに反対へと視線を逸らした。おそらく今の二人には、とある一人の人間が脳裏を過っているだろう。
そんな二人を無視して、ナイアーは感心したように、そして面白いものを紹介するように話す。
「人間は時折、私たちよりも洗脳や信仰をさせるのが上手な時あるからね」
「君より? ……人間って怖いんだネ」
ナイアーの言葉に、コーネダリスは広岡を見る。そこに恐怖の目はないが、少し疑っているようには見えた。
広岡は胡散臭い笑みでコーネダリスに答える。そして棚部が会話に加わる。
「誤解だよ誤解。そんなの極一部だから、僕たちは善良な人間だよ」
「お前のどこが善良な人間なんだ」
「なけなしの罪悪感はあるから善良だよ」
「ガバ判定すぎるだろ! それだとほぼ全人類が善良になるだろうが」
棚部と広岡の終わりそうにないやり取りに、コーネダリスは間に入るように口を開いて聞く。
「それより、どうするのサ? もっと調べるなら時間が掛かると思うヨ」
「とりあえず知りたいことが知れたから、今はまだいいかな。たぶん痕跡とかは残ってないでしょ。あったとしても本当に微々たるものかな。またいつか頼む時はボタン押すよ」
広岡は貰った連絡用のボタンを取り出してコーネダリスに見せた。
それを見たコーネダリスはウインクをして「連絡待ってるヨ」と言った。そして、早く帰ろうと車へ向かう。
「分かったのネ。それなら連絡待ってるのサ! よし、そろそろ帰ろうヨ。みんなが待ってるのサ」
先に行くコーネダリスに続き、棚部と広岡も車へと向かい歩き出す。
広岡がふと後ろを振り向くと、先程まで一緒にいた筈のナイアーはいつのまにか姿を消していた。
「……本調子じゃないのかな」
広岡はずっと不安に思っていた。ここに来てから、ナイアーが何もしていない事を。もちろん、自分の知らないところで色々とやっているのかもしれない。
しかし、ヒントを出すだけ出して消えるなど、今までのナイアーではあまり想像できない。
ナイアーが裏で何かをしているのではないかという不安と、いつもと違う様子が続いているナイアーに対する不安。
どちらも無視するべきものではない。
広岡は左手の中指に嵌められた、小さく赤いひし形の装飾が付いた黒い指輪を右手で覆った。




