第十八話 ある日の訓練
ブレイクは強くなるために練習場へと向かう。ここ最近の日課となっており、開いた時間はほぼ戦う練習をしている。
あの日、三人の人外に襲われた時、自分の無力さを分からされた。ノーザイとサフィナがいなければ、確実に全滅していただろう。
サフィナを守ると言いながら、サフィナに及ばない己の弱さを知り、強くなるために練習を重ねるしかない。
ブレイクはいつものように、練習用の竹刀を武器庫から取り練習場の扉を開ける。
「お、これで揃ったかな?」
扉を開いて聞こえた声は広岡のものだった。ブレイクは彼がいることに驚いた。
広岡が今まで練習場にいるところを、ブレイクは見たことがない。ここの練習場に来るのは、徳札や白金、高峰やノーザイ、それと時々顔を出してくれる棚部が殆どで、もうひとつの練習場はサフィナや桜音姉妹が居ることが多い。
つまり、広岡が練習場に来るのは大変珍しいのである。
そういえば、昨日ブレイクたちに練習場で訓練をするかどうか広岡が聞いてきた。あの時は何も思わなかったが、あれは今日は自分も参加する、というサインだったのかもしれない。
ブレイクの目の前には、いつもの三人と棚部、そしてその横に広岡がおり、こちらを手招いている。
「今日は僕と本貴さんが相手をするよ。いつも同じような練習だとつまらないでしょ?」
「……二対四ってことですか?」
棚部と広岡が並び、その二人に対面するように徳札たち三人が並んでいる。
ブレイクも含めた四人で棚部と広岡を相手しろ、という事だろう。
「そうだよ。キミたち四人と僕と本貴さんの二人で戦う。いつもと違う相手と戦うのは、きっといい練習になると思うよ。最近はどっかの誰かさんのせいで、僕は体調の悪い日が多くてね。今日は元気だから、こうして来てみたんだけど……」
「長話はいい、お前らも準備が出来たら言ってくれ。すぐにでも始めよう」
棚部が広岡の話を遮り、懐から回転式拳銃を構える。そんな棚部の横にいる広岡の足にはレッグホルスターが巻かれており、その中には拳銃が入っているのが見える。
ブレイクや徳札たちは、互いに視線を合わせ準備は大丈夫であることを伝える。
「こちらの準備はOKです」
「そうか、なら気を抜かないようにな」
棚部の言葉が終わった瞬間、誰よりも早く広岡の手が動き、どこから出したのか分からない煙幕で練習場全体が覆われた。
「はぁ!?」
白金の驚く大きな声が聞こえたが、ブレイクから彼の姿はもう見えない。
見ても分からないので、耳と気配で感じるしかない。それに神経を使って、周りを注意深く探っていく。
何も気配を感じなかった背後から、頭に何かが当たるのが分かった。それが、拳銃の銃口だということも。
「はい、残念。これが実戦ならもう死んでるよ」
「っ!」
背後から聞こえた広岡の声にブレイクは後ろを振り向こうとするが、その前に背中を思いっきり蹴られ、振り向いている途中だったブレイクはバランスを崩して前へ倒れる。
広岡はブレイクを蹴飛ばし、その反動で飛ぶようにして後ろへ下がった。
先程までブレイクと広岡がいた場所には、舌打ちをして広岡から目線を外さない徳札がいた。彼が刃を出していないドスで、広岡に向かって来ていたのだ。
「おっと、怖い怖い。キミは昔から殺気を隠すのが下手だね」
「次は当てます」
「そう、頑張ってね」
徳札に返事をした広岡は持っていた拳銃ではなく、どこから出したのかカバーが付いたサバイバルナイフを左手で持ち、素早く徳札の間合いに入る。
「隙だらけだよ」
「ッチ!」
気付けば広岡のサバイバルナイフが、徳札の首元まで迫ってきていた。咄嗟にドスでサバイバルナイフの先を跳ね返すが、徳札は体勢を少し崩してしまう。
広岡はチャンスと言わんばかりに、徳札の間合いへ入って顎に肘打ちをした。
体勢を崩していた徳札はもろに喰らってしまい、後ろへ何歩も下がり片膝を地面に付ける。
「うーん……」
広岡はそう言いながら、素早く後ろを振り向く。
そして、竹刀を構えながら近付いてきたブレイクの手を、片足で下から上へ思い切り蹴り上げ、ブレイクの持っていた竹刀を手から放させて上空へ飛ばす。
「なっ!」
まさかバレているとは思わず、強い蹴りに竹刀を放してしまったブレイクは、何も武器を持たない丸腰になった。
広岡は持っていた拳銃をレッグホルスターへ仕舞い、右手を上に伸ばす。そして、上空へ飛ばされた竹刀は広岡の伸ばしていた右手へと綺麗に落ちていき、広岡はしっかりと竹刀を受け止める。
そしてブレイクへ竹刀を振りかざそうとした時、広岡は何かを察したのか、ブレイクにとどめを刺す前に何歩か後ろへ下がる。
「……っえ?」
「わーぉ、すごい飛ぶねぇ」
広岡とブレイクの間に、何かが凄い勢いで通りすぎた。いや、横へ飛ばされていたと言った方が正しいだろう。
何かが飛ばされた方向から、白金と高峰の声が聞こえた。
「い゛っだぁー! 」
「いてて。あ、悪い。受け身失敗した」
「これ頭割れたで! 絶対割れとる!」
二人の声が聞こえる方角へ、ブレイクと広岡の間を棚部が歩きながら向かって行く。
そんな棚部に、飛ばされた方から白金と高峰が襲い掛かろうとするが、広岡はそこで煙幕を追加した。
少し視界が晴れてきた所だったのに、また見えなくなった。
そして、先ほど棚部に襲い掛かろうとしていた白金の「うぎゃ!」という声と、高峰の「いっ!」という声に続き、ドカッ! ガンッ! という硬い何かが当たる音が手前からした。
武器が無くなったブレイクはどうしようかと悩みながら立ち上がるが、次の瞬間ブレイクに衝撃がきて視界はボヤけ、一瞬にして意識が遠のいていく。
気絶する前にブレイクが聞いたのは「どんな時でも油断は禁物だよ」という広岡の声だった。
棚部の目の前でしゃがみながら頭を押さえている白金と高峰に、棚部は躊躇なく回転式拳銃を向ける。
「お前ら……しゃがんでる場合か?」
白金と高峰は棚部の声にハッとしてすぐに立ち上がり、二人で棚部を挟み撃ちするように移動する。
左右からの攻撃を棚部は少ない動きで避け、二人の頭を掴む。そして、二人の頭と頭で思い切り頭突きをさせる。ゴチン! という痛そうな音が鳴り、白金と高峰は頭を合わせたまま、ずるずると下へ落ちていく。二人は目をグルグルにして気絶していた。
広岡が張った新しい煙幕で、ブレイクや他の二人がどうなっているか徳札には分からない。
「あとはキミだけだよ」
だが、背後から聞こえた広岡の声で、全員やられた事を理解した。それと同時に背後にドスを当てようとするが、そこには誰もいなかった。
「チッ! ちょこまかと……!」
「イライラしなーい。常に冷静でいないと」
「う゛っ……」
広岡は背後から、奪った竹刀で徳札を気絶させる。
「本貴さーん。終わったよ」
広岡の声に呼ばれ、少し消えかけている煙幕の中から、乱れた前髪を手で押さえながら棚部が出てくる。
「まぁ……昔に比べたら、こいつらもやるようになったんじゃないか?」
広岡はしゃがんで、気絶しているブレイクや徳札、白金や高峰に優しい視線を向けて口を開く。
「課題は沢山あるけどね。まず彼らには素早さが足りないよ。先手必勝、殺られる前に殺る、これ大事。鈍足で許されるのは、何されても絶対に死なない身体を持ったバケモノだけだよ」
棚部はしゃがんでいる広岡の隣に胡座で座り、片膝に右肘をつく。そして広岡を見て少し笑う。
「お前が言うと説得力あるな。あれだけのバケモノに先手を取って、いろんな銃で撃ちまくったり爆弾を投げまくったりしてるだけはある」
「そりゃ、あんな所で死にたくないからね」
「それは俺も同感だ。死ぬなら、誰かに発見される場所がいい」
少し呆れたように笑って棚部は答える。
あんな人を人として扱ってない場所で死ぬなんて、棚部は考えたくもない。
あそこで死んだら地獄にも天国にも行けず、魂だけであのような場所を終わることなく永遠と彷徨い続けるのだろう。
広岡も似たような事を考えたのか、少し困り眉の笑みで言う。
「あんな所じゃ、腐った肉塊として発見されるか、骨になった状態で発見されるか、肉も骨も何も残ってないから発見されないの三択だからね。しかも残ってたところで、ほぼ確実に回収されないだろうし」
「生きてる人間からすれば、誰かも分からん死体や骨を回収してる場合じゃないからな」
実際に俺たちがそうだった。広岡ほどではないが、棚部も広岡に釣られるようにして、いろんな事件に巻き込まれる事が多々あった。
気味の悪い場所や吐き気がするほど地獄のような場所にも行った。そこには沢山の死体、肉塊、骨があったこともある。
広岡はどうか知らないが、棚部はそれらを回収した記憶はない。
自分たちが生き残るために必死で、そんな余裕がないからだ。
棚部は嫌な記憶を思い出してしまい、首を降って忘れようとする。
広岡は棚部の言葉を肯定し、ブレイクや徳札たちを見る。
「回収してる場合じゃないは本当にそう。まぁ、ブレイク達にはもっと強くなってほしいよ。そしたら僕が楽できるし……」
「お前な……」
真剣な顔で言う広岡に、棚部が呆れの表情を向けていると、ブレイクが少し動き目を覚ます。
「……ん……あれ?」
「あ、起きた?」
ブレイクの顔を広岡が覗き込む。
ブレイクは起き上がり、棚部と広岡の二人の顔を見た後、周りで気絶している徳札たちを見つける。
「……完敗だったみたいですね」
「まぁ最初は誰だってこんなもんだよ。練習も大事だけど、大体は実戦するのが一番有効だったりするし」
人差し指を立てながら言う広岡と、その横で座っている棚部の二人を見て、ブレイクは正座のまま俯きポツリと言葉を溢す。
「俺も、二人みたいに強くなれますかね……」
「お前が諦めなきゃ、俺らを追い越すことだってできる。人間の可能性は無限大だからな」
ブレイクの頭をわしゃわしゃと雑に撫でながら、棚部は答えた。
その棚部の言葉に、広岡が少し嫌そうな顔をする。
「ちょっと今の台詞……人間の可能性は無限大っての、ナイアーみがあって嫌だな」
「知らん。そう思うのはお前ぐらいだ」
ブレイクの頭から手を離して、広岡に視線を送ることなく棚部は雑に返事をした。
「まぁいいや。ひとつブレイクくんに伝えておこう、後ろで伸びてる三人にも伝えといて」
しゃがんでいた広岡は立ちながらそう言って、ブレイクに竹刀を返す。そして人差し指を立ててウインクをし、大きめの声でブレイクに伝える。
「まずは素早さを身に付けよう! 先手必勝が大事。殺られる前に殺るの精神で行こう。敵が動くより先に動き、バレないよう静かに、背後にいる事を気付かれず、いかに素早く動けるかが鍵になる! ってね」
「は、はぁ……」
広岡の勢いのあるい長い伝言に、ブレイクは少し戸惑う。
そんなブレイクを気にすることなく、広岡は練習場から出る扉へと歩きながら話す。
「じゃあ僕は失礼するよ。今日の夕飯の料理当番は僕だから、そろそろご飯作らないといけないんでね」
「そういえばそうだったな、三人が起きたら俺らも……シャワー浴びてからリビングに行くわ」
「はいはい、ご飯の用意して待ってるよ」
広岡は片手をヒラヒラさせながら、棚部の言葉に返事をして練習場から出ていった。
今この部屋で起きているのは二人だけだ。ブレイクは棚部に言いたいことがあった。今がチャンスかもしれない。ブレイクは扉の方を見ていた棚部に問い掛ける。
「棚部さんは……サフィナに戦い方を教えたんですよね?」
ブレイクの質問に対して、棚部は頭を少し掻きながら、罰が悪そうな顔をする。
しかしすぐに真剣な表情になり、質問に答える。
「……あぁ、本当は教えるかどうか迷ってたんだ。だが、サフィナの強い意思に勝てなくてな。それにお前も知ってると思うが、ここでは弱いと死ぬ可能性が高い。敵は人間より力も能力も上位の人外だからな」
「はい、それは分かってます。ただ、お礼を言いたくて……」
ブレイクの言葉に棚部は、頭に疑問符を付けている。お礼されるような事をした覚えがない、という顔だった。
「お礼?」
「サフィナの強くなりたいという提案を拒否しなくて、真摯に向き合って、サフィナをこの世界で生きていけるようにしてくれて、ありがとうございます。もし、サフィナが戦いとは無縁のままだったら、きっとあの時に生きてなかった。サフィナも、俺も」
人外の三人に襲われた時、ブレイクは痛感した。
人外は想像していたより格上の相手だった。今の自分が戦って勝てる相手ではない。瞬殺されて終わりだろう。
ブレイクはノーザイとサフィナの強さに、棚部と広岡の戦い方に、沢山学べるものがあると思った。
「だから、お礼がしたかったんです。そして、これからも俺に戦い方を教えてほしいんです。棚部さんだけじゃなく広岡さんやノーザイ、それこそサフィナにも、戦い方を教えて貰いたいと思ってるんです」
「私も同意見です」
「俺も俺も~!」
「僕も同じ」
ブレイクの言葉に反応したのは棚部ではなく、気絶して伸びしていたはずの三人組だった。
徳札、白金、高峰はブレイクや棚部の近くまで来ており、いつのまにか座っていた。棚部は気付いていたようで、特に驚いている様子はない。
順番に喋った三人に対し、ブレイクは疑問を投げる。話すのに夢中で本当に気付かなかったのだ。
「……起きてたんですか?」
「うん、途中から起きてた。具体的に言うなら、お前が本貴さんにお礼を言ってた辺りから」
ブレイクの問いに答えたのは高峰だった。思っていたより早く起きてて驚くが、別に聞かれて困るものではないので、ブレイクは「そうでしたか……」と少し笑って返した。
会話が途切れたところで、棚部は口を開く。
「お前らの意見を拒否する気はない。お前らに言われなくても、最初からそうするつもりだった。お前らに死なれちゃ困るし、もしそうなったら俺も悲しいからな。強くなってくれ、自分も仲間も守れるぐらいにな」
低く優しい声で棚部は四人に告げる。その表情や声色から、本当にそう思っている事が伝わる。
それを聞いた徳札は自身の胸に手を当て、前のめりになるほど棚部に近付く。
「勿論ですよ! 私は本貴さんのために全てを捧げてるので」
徳札に続き、白金や高峰も言葉を発する。
「俺も強くなるで~! それに、負けっぱなしなのは嫌やし」
「僕も頑張る、強い方がメリットあるし」
やる気に満ちている三人を見て、ブレイクは微笑する。
それぞれ理由は違えども、全員強くなろうとしている。自分も負けていられない。
自分の右手を拳に変え、胸に当ててブレイクは言う。その顔つきは強い意思を宿していた。
「俺も強くなります。そしていつか、全員追い越しますよ」
ブレイクの宣言に、四人はキョトンとする。
そしてすぐに、棚部が笑いながら挑発的な表情で答える。
「っはは、言うじゃねぇか」
徳札は腕を組み、少し意地悪そうな顔でブレイクの方を向く。
「貴方に追い越されそうになる前に、私たちが更に上へ上がって見せますよ」
ふふん、といった擬音が聞こえそうな言い方をした徳札の後に続いて、白金が顎に手を当てて呟く。
「サフィナちゃんがあそこまで強くなっとるからなぁ~、ブレイクくんも意外とポテンシャルがあるやもしれん。でも、簡単には追い付かせんで!」
白金は元気よくそう言って、ブレイクの目の前に人差し指を向けた。
それを見ていた高峰は、自分の手を握り拳を作る。
「ブレイクさん、僕はいつでも相手になる」
高峰はそう言ってブレイクの横にしゃがみ、拳をブレイクへ向ける。
ブレイクは少し迷ったが、高峰の拳に自分の拳を合わせた。
「はい、よろしくお願いしますね」
目の前にいるブレイクや徳札たちを見て、棚部は少し上を向く。
上には灰色の天井とライトしかないが、この場所がこんなに賑やかになるとは思わなかった。お互いを高め合う存在は戦闘において貴重だ。
彼らが自分を追い越すは、思っているより早いかもしれない。棚部はそう思いながら、視線を下ろす。
ブレイクは広岡から言われた、素早さについてを三人に話しているようだ。この風景は悪くない。今日の事も、記録しておかないといけない。
棚部の日課である日々の記録は、今も途切れることなく書き続けられている。




