第十七話 どんな関係
ブレイクは気になっていた。同じ館で住む事になった、彼らや彼女らの事を。
自分とサフィナ、ノーザイ以外は以前からの知り合いであることは分かっている。
ブレイクが今の時点で知っているのは、棚部が警部で、棚部の姪が桜音姉妹。徳札、白金、高峰の三人が幼馴染み。そして広岡がブラックハットハッカー……つまり犯罪者という事ぐらいである。
今リビングには全員が揃っていて、晩飯を食べながら話している。
今日の晩御飯の料理当番は棚部だった。彼の作った料理は、正直めちゃくちゃ美味しい。お店に出せるレベルの腕前だ。あまりにも美味しくて、食べるのに集中してしまいそうになる。
だが、今の内に聞いておきたい。ある程度の日数が経った後だと、今頃それを聞くのもな……と少し思ってしまう。
ブレイクは意を決して聞いてみることにした。
「あの、皆さんにお聞きしたい事があるんですけど……」
「ん? どうしたの?」
ブレイクの言葉に広岡が返事をして、周りのみんなもブレイクを見る。全員の視線がブレイクに向き、ブレイクは少し肩を揺らして驚くが、すぐに姿勢を正す。
「いえ、大した事じゃないんですけど……俺、あんまり皆さんの事とか、関係性をよく知らないなって。だから、どうなんだろうって……それを聞いてみたかっただけです」
「それ俺も聞きたーい!」
ノーザイがブレイクの提案に乗るようにして言う。ノーザイもブレイクと同じように、あまり知らない事が多い。特にノーザイは『カコデモニア』という世界で産まれて生きてきたため、尚のこと分からないだろう。
「そう言っても、特に話せる事なんてない気がする。……あ、僕の推しについて聞くか?」
高峰はうーんと悩んだ後、頭に電球を出して、キラキラとした目で好きなものについて語ろうとした。
「やめとき。皓利にその話させると長くなるで」
「え?」
白金に止められた高峰は、少し悲しそうな顔で「また止められた……」と言葉を溢して、止まっていた食事を再開する。
そんな二人を置いてノーザイは手を上げて言う。
「じゃあさ、俺から質問していい?」
「どうぞ」
棚部の返事に、ノーザイは周りのみんなを見渡しながら質問をしていく。
「みんながそれぞれ出会ったのっていつ? いつから知り合いなの? はい、まずは棚部さんから」
ノーザイに指名された棚部は一旦視線を外して、少し考える素振りをしてから話を始める。
「あー、広岡とは十二年前に初めて出会った。第一印象は最悪だったな。道吏たちは九年前ぐらいか? それぐらいで出会った……と言うより広岡と一緒に会いに行ったな。百奈と百花は産まれた時から知ってる、姉貴の子供だからな。まぁ、今は俺が二人を引き取ってる形だが……」
姉について話した時、棚部が少し憂いを帯びた表情になった。
姉の子供二人を棚部が引き取ったということは、おそらく桜音姉妹の両親は亡くなっているのだろう。
そんな姉妹をブレイクは少し自分と重ねる。ブレイクも十年ほど前に両親が亡くなり、サフィナと二人で残された。しかし、両親の亡くなった理由を覚えていない。何かがあったのだが、その記憶が曖昧なのだ。
ブレイクが少し傷心に浸る中、棚部の回答に続いて広岡も話し始める。
「僕の第一印象最悪だったんだね、知ってた。でも僕はキミのこと結構好印象だったよ。……百奈ちゃんと百花ちゃんは八年前かな? 確かそれぐらいの時期に会いに行った気がする」
「あんたらって十二年の付き合いなんだ。まぁ、長い付き合いなんだろうな~とは思ってたけど」
棚部と広岡の回答に、ノーザイがヘラヘラした笑みで言いながら、残っていたお茶を飲む。
そしてノーザイと同じようにお茶を飲んでいた広岡を、棚部は頬杖を付いて見ながら話す。
「あの時は、こいつとこんな長い付き合いになるなんて全く思ってなかったよ。本当にあの事件は嫌な思い出だ。そして、その事件を計画した黒幕の手を借りてる、今の俺自身にも嫌な感情がある」
「んははっ、相変わらず生きづらそうでなにより」
「うるせぇ、複雑なんだよ」
ケラケラと笑いながら棚部を揶揄する広岡に、棚部は眉間に皺を寄せて言い放つ。
そんな二人を見てノーザイは頷いて笑みを浮かべ、そのまま桜音姉妹へ話題を聞く。
「うんうん、何言ってるのかよく分からんけど、二人は仲が良いってことだね。百奈や百花は?」
「私は本貴さんや雅埜さんが言った通りですね。徳札さん、白金さん、高峰さんとは六年前……病院で始めて会いましたね」
「私も……出会った時期とか全部、姉さんと一緒だよ」
「病院? 誰か大きな怪我とかした?」
百奈と百花の後に、ノーザイが病院という単語に反応した。
百奈は広岡と白金を見て、困り眉になりながら説明を始めた。
「雅埜さんと白金さんが重傷を負ってしまって……本貴さんや徳札さん、高峰さんも軽傷ですが怪我をしたんです。私は詳しく知らないんですけど、大変な事件に巻き込まれたみたいで……」
白金はけろりとした様子で「あぁ!」と手をポンと叩き、普段と変わらない笑顔だった。そんな白金と同じように、広岡も特に気にした様子はなく、いつもと同じようにニヒルな笑みを浮かべて話す。
「あったあった。あの時もし広岡さんがおらんかったら、俺はたぶん死んでたわ」
「あれは本当に危なかった。ほんと、神様は怖いよね~」
「え、あれって神様やったん!? どう見てもバケモノみたいな見た目やったけど?」
「いやー、神様というか邪神って感じなんだけどね……」
「その話は長くなるからやめとけ」
白金と広岡の会話を棚部が遮る。
それに続くように徳札は困ったような顔で、高峰は真剣な面持ちで話していく。
「まぁ、あまり良い思い出ではないですね。大事な家族を一人失うところでした」
「あれは危機一髪だった。数秒でも遅れてたら……って考えると怖いな」
そんな徳札たちの会話を聞きながら、百奈はあの日のことを思い出す。
財閥の長男であり、警察のお偉いさんでもある荒乃射一也から、棚部や広岡が怪我をして病院に運ばれたという連絡を受けた。しかも広岡の方は重傷だという。そして、その連絡をくれた荒乃射一也は病院まで送ってくれた。そのまま急いで百花と一緒に、案内された病室へ向かい扉を開けた。
そしたら、棚部以外の知らない男子二名がこちらを向いてきたので、ビックリして一瞬固まったのを覚えている。隣にいた百花も驚いて、自分の後ろにスッと隠れた。
軽症だった棚部、徳札、高峰が、重傷でベッドの上にいた広岡と白金の周りに居たのだ。
そしてそのまま、病室内で自己紹介をして、自分たちはそこから三人と関わる事が増えた。
広岡と白金の怪我は、入院して安静にしていれば、跡は残るが完治するもので、とても安心したのを覚えている。
特に、あの日自分を助けてくれた広岡には、自分のように不自由にはなって欲しくないと思っていた。
いったい何があって二人が重傷を負い、他三人も怪我をしたのかは分からない。しかし徳札や高峰から見ると、白金が重傷を負って入院していたというのは、あまりいい思い出ではないのだろうと百奈は思う。
「うーん、嫌な思い出なら無理して言わなくてもいいよ? そうだな……えーっと、三人はいつから知り合い?」
ノーザイはあまり良い顔をしない徳札たちの反応を見て、申し訳なさそうにしながら話題を変えようとしてくれた。
「確か小学一年ぐらいやったから……七歳で初めましてやな。俺らが今二十二歳やから、十五年の付き合いってことになるで」
「もうそんなに経ってるんですか……時間って早いですね」
「そうだな、僕らも歳を取った」
白金の十五年の付き合いという言葉に、徳札と高峰は感慨深く感じているのが分かる反応をした。
歳を取ったと言った高峰に、広岡はニヤケ面で話し掛ける。
「キミたちまだ二十代前半じゃん。ここにいる三十路の前でそんなこと言っちゃ駄目だよ……いっ!?」
棚部を指差ししながら発言した広岡の指を、棚部が思い切り掴み、曲がるはずのない反対側へと曲げようとした。広岡痛みの声を上げて、棚部の手から指を勢いよく抜いた。そして反対に曲げられそうになった指をさすりながら、棚部に「ごめんって」と反省の色が見えない顔と声で言った。
そんな二人を無視してノーザイはうんうんと首を縦に振る。
「なるほど……みんなの関係性は大体分かったよ。とりあえず、みんなそれなりに長い付き合いなんだね」
サフィナは周りを見ながら、少し眉を下げて呟く。それは悲しさではなく、純粋な羨ましさを宿した眼差しだった。
「なんか、ちょっと羨ましいです。そんなに長く続く関係性って、憧れちゃいます。私にはお兄ちゃんしかいなかったから……」
そんなサフィナの隣に座っていた百花がサフィナの片手を両手で包む。
百花にとってサフィナは、姉以外で深く関わった女性であり同い年で優しい相手なのだ。百花にとって、姉の百奈や叔父の棚部とはまた違った、ある意味特別な相手とも言える。
百花はあまり人付き合いが得意ではない。学校毎に仲良くなった相手はいても、学校が変わると離れていきそのまま疎遠になることばかりだった。
しかし、こんな事態に巻き込まれ、同じ館に住んで、朝昼晩と同じ食卓を囲んで、まるで家族のように振る舞う。それに、話す時にどもる自分に対して、他の人と変わらず接してくれる。
そんなサフィナが羨ましがる関係性を持てる相手、百花はそれになりたいと思っている。百花は緊張で目をウロウロさせてたが、少ししてサフィナの目をしっかりと見つめ、恥ずかしそうにしながらも思いをぶつけた。
「……サフィナちゃん。えっと、その……あ、あたしはサフィナちゃんと……長く付き合っていきたいと思ってる。あたしは……何度も会いに来てくれるみんなのお陰で、今こうしていられる。そこに、サフィナちゃんも居て欲しいと思ってる。あたしはこれから何年、何十年とサフィナちゃんと……とと、とも、友達で、いたい……」
「百花さん……私も、百花さんと同じ気持ちです!」
百花の思いはサフィナにしっかりと伝わっており、サフィナは嬉しそうに、感極まったように百花の名を呼んだ。
己の妹に新しく友達ができ、長く続けていきたいという誓いを目の前で見ていた兄と姉は、目を閉じて上を向いていた。
「……ブレイクと百奈に混じって、昇天した時みたいな顔してる皓利はなんなんだ?」
ブレイクと百奈に混じって、高峰も同じ顔をしていた。棚部はそれについて言及した。それに答えたのは広岡だった。
「そういうので助かる人もいるってことだよ」
「そういうのってなんだ」
理解させる気のない広岡の雑な説明では、棚部だけでなく、そういうのに詳しくない相手には伝わらないだろう。
「本貴さんは知らなくていいと思います」
徳札は首を横に振って、棚部はそのままで良いと伝える。
白金は、逆になぜ広岡がそういうのに詳しいのか、ひとつの可能性を打ち出そうとした。
「逆になんで広岡さんは分かるん? はっ! もしかして、広岡さんも……!?」
「違うよ」
「即答やんけ」
白金が高峰と同じオタクかもしれないという可能性を言う前に、広岡に一瞬で否定された。
広岡は目を閉じて上を向いている高峰を見ながら話す。
「そういう文化もあるって知ってるだけ。それらに対する感情は、良いも悪いもないかな。何を好きになるかは人それぞれだし。でもあの二人の友情をそういう目で見るのは、ちょっと違うような気がしなくもないけど……」
広岡の発言に、上を向いて目を閉じていた高峰の顔が、真顔になりながらヌルリと広岡の方へ向いて否定する。
「違いますよ広岡さん。コンビとして見てるんです。決してそういう方向で見ている訳ではありません。断じて。僕がそういう目で見るのは二次元のキャラだけです。どうか勘違いをなさらないようお願いします。死活問題です」
急に真顔になって見つめてきた高峰に、広岡は少しビックリした表情になったが、すぐにいつもと変わらぬ表情に戻る。
「あ、そうなんだ。ごめん。まぁ、迷惑を掛けないなら好きにすればいいんじゃない?」
「誰よりも他人に迷惑を掛けてる奴がなんか言ってやがる……」
隣にいる広岡に聞こえる程度の音量で、棚部がポツリと呟く。
もちろんそれは広岡にもちゃんと聞こえているが、広岡は笑みを浮かべながら完全に無視を決め込んでいる。
「俺はよく分からんけど、幸せそうならいいんじゃない?」
ノーザイは屈託のない笑顔でそう答え、広岡も同じように微笑んで相槌を打つ。
「そうだね」
それから、色々とみんなで話しつつ皿洗いを済ませた後、女性陣は三階に上がって行き、ノーザイも自分の家へと帰って行った。
残されたメンバーを見て、ブレイクはふと思い出す。武器庫で広岡に止められた、徳札たち三人が武器の扱いになれていそうだったという、純粋な疑問だ。ブレイクはソファーで何かを話している徳札たち三人に、聞いてみることにした。
「あ、そういえばもうひとつ聞きたいんですけど。あの時は広岡さんに止められて聞けなくて……」
「…………あぁ、そこの幼馴染み三人が武器に手慣れてるって話かい?」
リビングから出ようとしていた広岡は、ブレイクの言葉に足を止めた。あの武器庫での事を広岡も覚えていたようだ。
「えっと、そうです。なんで武器の扱いに慣れてそうだったのかなって、ちょっと気になって……」
「…………」
「…………」
「…………」
ブレイクの言葉の後、徳札は無言で煙管を吸い、白金は何か考えるようにして黙り、高峰もメガネの位置を直すだけで何も言わなかった。
一瞬の沈黙が訪れ、ブレイクは焦る。
広岡の言っていた通り、やはり聞かない方がよかったのかもしれない。そう思うが、既に後の祭りである。
「な、なんで全員黙るんですか?」
「だから聞かない方がいいって言ったのに」
リビングの扉からブレイクの近くまでやって来た広岡は、どうすればいいのか分からず棒立ちのままになったブレイクの背中を優しく叩く。
いつもと変わらない雰囲気の広岡が隣に来たことで、ブレイクは少し息がしやすくなった。
ブレイクが謝らなくてはと考えていた時、椅子に座ってコーヒーを飲んでいた棚部が口を開く。
「……生きるためだな」
「え?」
「人にはそれぞれ過去がある。幸せな過去もあれば、不幸な過去だってある。生きるために武器を持つしかなかった過去もな」
棚部の言葉をそのまま受け取るなら、子供の頃から武器を持って誰かを怪我させたり、最悪の場合殺していた過去があの三人にはあったのかと思ってしまう。
とても日本で起きた事とは思えない。ブレイクは少し声が震えた。
「……三人とも日本に住んでたんですよね? ……そんな、ことが……」
「普段は隠れてるだけで、ヤバイ奴らは日本にも沢山いるさ。そうだろ、広岡」
棚部に呼ばれた広岡の顔を、ブレイクはチラリと視界に入れる。彼は困り眉で微笑しながら、いつもの声のトーンで答える。
「なんで僕に振るのさ。僕は子供には優しいよ? 幼い子供を身代わりにして、自分の目的を叶えさせるなんて面白くない。僕はやるなら自分でやる派なんだ。あんなのと一緒にしないでくれ」
「そうか、それは悪かったな。犯罪者同士、通じ合えないか」
「罪を犯すのに、理由はそれぞれだ。それに対して理解できる時もあれば、理解できない時もある。彼らのやり方、僕は理解できないかな」
棚部と広岡のやり取りを聞くに、余程悪い相手なのだろう。子供を利用して犯罪に巻き込む、その時点で既に最悪だ。ブレイクは顔をしかめた。
そんなブレイクの横で、広岡は人差し指を立てて、棚部にひとつ指摘する。
「……あとひとつ言っとくけど、別に繋がってないからね? 僕は基本的に単独だよ」
「繋がってようと繋がってなかろうと、お前は一人でもそれなりに脅威なんだよ。しかも、ほぼ確実にナイアーまでくっ付いてくる始末だ。お前とナイアーに引っ張られて、どんだけの人間が巻き込まれたか忘れたのか?」
「それは完全に不可抗力なんだよなぁ……。その文句はナイアーに言ってよ」
二人のやり取りを尻目に、ブレイクは徳札たちに頭を下げて謝罪する。単なる探求心で三人に嫌な事を思い出させてしまった。意図的じゃなくとも、しっかりと謝るべきだ。
「あの……すみません。聞かない方がいいと言われてたのに聞いてしまって。皆さんに嫌な思いをさせてしまった。本当にすみません」
ブレイクの謝罪に徳札たちは気を悪くした様子はなく、むしろ申し訳なさそうにしながらブレイクに話し掛ける。
「そう何度も謝らないでもいいですよ。あまり気にしないでください。それに、貴方は知らなくていい世界です。あの二人が言ってた事を聞いた今なら、なんとなく分かるでしょう? 深く知らない方が良いこともあるんです」
「そうそう、さっきは黙っててごめんな。なんて言えばええのか、考えてたんや。直接的に言うのもアレやし、かといってどう濁して言うべきか、結構悩むで……」
「うん。聞いてていい気分になる話じゃない。それに、僕たちも対応を間違えた。お互い様だ」
徳札や白金、高峰が気を遣い、なんとも重苦しくなるような空気が漂う。
そんな中、広岡が何かを思い出したのか、いつもの声でブレイクたちに明日の事を聞く。
「あ、そうだ。明日の午後、キミたちは地下で訓練するんだっけ?」
「え……あぁ、はい」
「そっか、頑張ってね」
ブレイクの返事に、広岡は目を細めて笑みを浮かべて応援を返した。
そんな広岡を見て、ブレイクはふと思う。この人は戦えるのだろうか。
こう言ってはアレだが、広岡は隣にいる棚部ほど体格が良いわけでもなく、むしろヒョロヒョロしている印象がある。戦っている姿があまり想像できない。
「……広岡さんって戦うの得意じゃないんですか?」
「ん? どうしてそう思うの?」
「貴方が地下の練習場に来るの、見たことなかったので……」
ヴァヴェートたちと戦ってから、ブレイクはほぼ毎日のように地下の練習場に顔をだしているが、今のところ広岡が練習場に居るところを見たことがない。ハッカーという事もあって、この人は肉体的な戦闘より情報戦の方が得意なのかもしれない。
そう考えていたブレイクは、徳札が発した言葉に少し驚いた。
「この人、短期戦なら普通に強いですよ。明らかに戦い慣れてる動きをします」
「え、そうなんですか?」
「ええ。ですので、長期戦に持ち込むしか、今の私たちに勝ち目はありません」
そう言った徳札は、煙管を吹かせながら嫌そうな顔をしていた。
広岡は徳札が座っているソファーの背もたれに肘をついて、徳札の頭を雑に撫でながら言う。
「そんなに過大評価されるなんて光栄だね。まぁ、本貴さんとかが相手だと、さすがに勝てないから安心して。戦いに慣れれば、僕なんてすぐに倒せるようになるよ」
徳札は頭を雑に撫でる広岡の手をバシンと振り払い、煙管を持っていない方の指で、後ろにいる広岡を指しながら弱点をペラペラと話していった。
「そうですね。この人、体力ないですし力も弱いんですよ。なのでますば戦いに慣れて、この人に隙を与えない。そして長期戦に持ち込んで体力を減らし、そのまま力で捩じ伏せればたぶんいけます」
「うーん、何も間違ってない」
徳札に手を振り払われた広岡は特に気にする様子もなく、言われた事に否定もしない。おそらく、徳札の言っていることは事実なのだろう。
そんな中、高峰がポツリと言葉を溢す。それは、既に家へ帰ったノーザイの事だった。
「明日、ノーザイさんもいてくれれば良かったんだけどな」
「ノーザイは人間にはできない戦い方をしてくれるから、とても勉強になるんですよね。水とか氷で攻撃なんて、普通はそう簡単にできないですし」
ブレイクは高峰の言葉に、とても分かると思いながら話した。
人外になってしまったサフィナを除くと、生まれも育ちも人外であるノーザイの力は『カコデモニア』という世界に慣れるために一番有効だった。
「ま、ノーザイくんも仕事があるからなぁ。こればっかりはしゃーない。むしろ殆どの時間を俺らに費やしてくれてる。俺らはもっと感謝せなあかんわ」
白金は頭の後ろで手を組ながら言った。その言葉に、ブレイクは確かにと思った。
ノーザイは一応仕事をしている。とは言っても、バイトのような感じらしい。『サレイア』にあるお店のお手伝いを色々と掛け持ちしている。しかし、時間があれば何かと『デルテの館』に来るため、普段はバイトをしているイメージがあまりない。ノーザイの話によれば、早朝と夜によくバイトを入れているみたいだ。
ノーザイがこの館に来るのが朝の十時ぐらいで、帰るのが夜の九時ぐらいだ。朝の十時より前からバイトをして、夜の九時ぐらいからもバイトをする。彼の寝る時間はとても少ないのではないだろうか……と少し心配になるが、彼は人外なので人間とは違うのかもしれない。
時間がある時に、ノーザイ本人に聞いてみてもいいかもしれない。ブレイクがノーザイの事を考えていると、椅子に座ってコーヒーを飲んでいた棚部が、いつの間にかブレイクや徳札たちが集まっているソファーの近くに来ていた。
「明日の練習だが、俺も付き合うぞ」
棚部のその言葉に誰よりも早く反応し、嬉しそうに目を輝かせたのは徳札だ。
「本当ですか!」
「あぁ、ここ数日相手してやれなかったしな」
目をキラキラさせて、背後から嬉しいオーラを出している徳札から、棚部は眩しそうに視線を少し逸らした。
棚部が参加すると聞いて、徳札とは反対に少し嫌そうにした白金が「うーん」と唸りながら言った。
「本貴さん、ほんっと容赦ないから疲れるんよなぁ~」
ブレイクも一度だけ棚部と訓練をしたが、白金の言っていた通り確かに容赦はなかった。しかし、あれぐらいまでしてくれるのはありがたい。自分の何が悪いのか、どこを直すべきかが分かりやすくなる。それに、実際の敵は容赦なんてしない。隙を見せたら終わりの世界だ。棚部もきっとそれを分かっている。疲れるのは本当にそうなのだが、それ以上に得られるものがある。ブレイクは少し明日が楽しみになった。
ブレイクの心が少し浮わついた中、唸っている白金だけでなく、広岡以外の四人に対して、棚部はちょっとした激励の言葉を送った。
「お前らはまだ未熟なだけだ。これからどんどん強くなれば、俺なんてすぐに追い越せるさ」
「はい、頑張ります。いつか必ず、貴方のお眼鏡にかなう男になりますよ」
「あ、あぁ……頑張ってくれ……」
棚部の激励に、徳札は誰よりも素早く答える。徳札の目は、棚部を崇拝しているように見えた。そんな徳札の眼差しに、棚部は少しぎこちない返事をした。
「……明日に備えないとな」
久し振りに明日は棚部が参加することもあり、高峰がポツリと呟いた。
高峰の呟きを聞いて、ブレイクは早めに寝る準備をしようと決めて立ち上がる。そして徳札や白金も同じ事を思ったのか、早めに寝るらしい。
リビングに残るであろう棚部や広岡に一言伝え、四人はリビングから出るため扉へと向かう。
「明日、頑張ってね~。おやすみ」
他人事のように──実際に他人事なのだが、明日に備えてそれぞれ移動しようとリビングから出ていくブレイクたちに、広岡は微笑みながらヒラヒラと軽く手を振って応援とあいさつをした。
ブレイクたちもおやすみの挨拶を返し、リビングの扉は閉められた。




