第十六話 送り花
百奈は最近、困っていた。
数日前から毎日、百奈の机に一輪の花が置かれているからだ。時間帯も花の種類もバラバラ。しかし、色は全て赤色から朱色と似ていた。そしてその花と一緒に置かれた紙には、よくわからない文字で何かが綴られている。
最初は特に気にしてなかったが、こう何日も続くとさすがに恐怖が勝つ。少なくとも、一緒にこの家に住む人達のしわざではないことは分かる。
だからこそ怖い。相手はどうやってこの部屋に入っているのか。百奈はもちろん、百花も知らないと言う。
百奈は一昨日、棚部に事の顛末を伝えた。それを聞いた棚部は頭を抱えた後「すぐに調査する、その花をひとつ貸してくれ」と言い、花を持って何処かへ向かった。
昨日と今日で、送られてくる花の種類を調べようと図書室にある本でいろいろ探してみたが、該当する花がひとつも見つけられなかった。
「『あなたとおはなしがしたい』そう書いてあるね。他のも似たような感じ。というか字が汚いな……読みづらくてしょうがない」
百奈が分からなかった手紙の内容を読んだのはナイアーだった。
先程まで目の前には誰もいなかったはずが、いつのまにかそこにはナイアーが座っていた。百奈はとてもビックリして「ひっ……」という微かな声が溢れたが、ナイアーは気にせず手紙をペラペラさせてこっちを見ていた。
ナイアーはこの手紙の内容を理解することができるらしい。ナイアーと二人っきりになることなんて今まで無かったため、百奈は恐怖と緊張で動けなくなる。今は人間の姿をしているからまだ大丈夫だが、あの本来の姿がうっすら浮かぶ。しかし、このままじっとしているわけにはいかない。
百奈は勇気を振り絞り、目の前にいるナイアーにぎこちない様子で聞いた。
「わ、私とお話がしたい……ですか? あの……これを送ってるのは誰か、分かったりしますか?」
「分かるよ。会いたい? 真相を知りたい? いいとも! 送っている相手の下までキミを転送しようか!」
「待て待て待て待て!」
ウキウキな声で百奈を転送しようとするナイアーを、間一髪のところで止めたのは棚部だった。
図書室の扉を勢いよく開けて、素早くナイアーと百奈の間に入ってきた棚部は、百奈の肩に優しく手を置き真剣な眼差しで言った。
「早まるな百奈。その相手のことは知らない方がいい。今日か明日の朝までには終わらせとく。そうすれば、もうその手紙や花は届かないだろう」
「でも、お話がしたいって……。本貴さんも相手を知ってるみたいですけど、送ってきている方は誰なんですか?」
「……説明しないと維持でも行きそうだな。…………はぁ、わかった話す。気分が悪くなったらすぐ言ってくれ」
棚部はある一冊の本を百奈の前に出す。その本の題名は『植物由来の生物たち』だった。
棚部はとある頁を開く。そこには、沢山の赤色や桃色の花々で全身を飾られた、餓者髑髏のような見た目をしているバケモノが書かれていた。
「こいつはフラワーリメイカー。気に入った相手を見つけた時、その気に入った相手に花を送る為に、それ以降通り掛かった生き物全てを一度バラバラにして、新しく花として作り替える人外だ。その花と一緒にメッセージを風に乗せて送り、ある一定数まで溜まると、ひとつの魔法道具が完成する。そしてその魔法道具は、相手の意志で自分の下へ来るよう洗脳するものだ。洗脳され、フラワーリメイカーの下へ来た相手は、フラワーリメイカーの子供を育てる苗床として種子を植えられ、生き地獄を見ることになる」
「へぇー、そんなのもこの世界にはいるんだ。初めて知ったよ、いい趣味してるね」
実際にそうではあるが、他人事のように言うナイアーに棚部はため息を溢す。
「お前、何も分からんまま百奈を連れて行こうとしてたのか。というか昨日、諸室で説明した時お前もいただろ、聞いてなかったのか? ……いや、確か途中でいなくなってたな」
「ヤバイ奴なのは聞いてたよ? あとは暇だったから別の化身とコンタクト取ってて……。とりあえず、彼女を単身で乗り込ませたら面白そうだな~って気持ちしかなかった」
ナイアーは何一つ悪びれることなくニコニコと言うため、棚部はこれ以上なにも言わなかった。
そんな中、棚部の説明を聞いた百奈の顔は真っ青になっていた。百奈は送られてきた全ての花が、赤色や桃色だったことを思い出し、心臓が何度も跳ねるようにドクンドクンとうるさく響く。
送られたあれらは全て、バラバラにされた者達の体の一部から出来ている事を知ってしまった百奈は、手が震えて持っていた花を落としてしまう。
「な、なんで……それが、私のもとに……?」
ガタガタと震える手が止まらず、呼吸も少し浅くなる。
そんな百奈を落ち着かせるため、棚部は本を閉じて百奈の背中を優しく摩すりながら話す。
「原因は分からない。お前はフラワーリメイカーと出会っていないのだから、気に入られる要素はなかったはずだ。だが、百奈が早めに教えてくれたから、間に合った。さっきも言ったが、相手の居場所は既に突き止めてある。フラワーリメイカーはこちらでしっかり処理しておく。だから安心してくれ」
どこかで休ませた方がいいだろうと思い、百奈を図書室から移動させる。
その際、いつのまにかナイアーがいなくなっていた事に気付くが、あいつが神出鬼没なのはいつもの事なので気にするだけ時間の無駄だ。
とりあえず誰か居るであろうリビングに向かう途中、階段から降りてきた広岡と遭遇する。広岡は顔色の悪い百奈を見て全てを察したのか、彼女の頭を優しく撫でてこう言った。
「リビングに百花ちゃんとサフィナちゃん、あとブレイクくんやノーザイくんもいたから、そっちで休んできなよ。後の事は僕らがやっとくから」
百奈の頭を優しく撫でた後、広岡は片手をヒラヒラさせながら、棚部たちが出てきた図書室へと姿を消した。
棚部はリビングに行くかと百奈を見ると、彼女の顔が青くなったり赤くなったりしており、何か言葉にできていないようだった。
「おい、本当に大丈夫か?」
「え、えぇ、だい、大丈夫です。はい、リビングに行きましょう。ごめんなさい、また迷惑を……」
「安心しろ、お前は悪くない。今回の件でお前が気にすることは何もない」
そう言いながら、棚部の中ではとあるひとつの可能性が浮上した。
百奈は広岡に命を助けてもらったあの日から……いや、或いはそよりも前からかもしれない。百奈は広岡と手が触れる肩が当たるなどの接触をしたり、広岡を眺めているのがバレたりすると顔が赤くなっていた気がする。
とても嫌な予想が当たりそうで、棚部は眉間に皺を寄せる。それ以上は頭が痛くなるので、今は考えないようにした。
******
『サレイア』からかなりの距離がある、海に少し近い真っ暗な森の中。
そこにある石で出来た洞窟に、一際燃え盛る炎が輝いている。パチパチと火の粉が舞う中、二人の男の影が揺れている。
燃える炎の中には体長およそ三メートルはあるであろう、巨体が今にも消えそうな声で悲鳴を上げている。
「いやー、植物はよく燃えるね。周りの洞窟が石で出来てて良かったよ」
「よく燃えるねって、あんた見てないじゃん」
「だって、見たら絶対発狂する。焼く前の姿だけでも結構な精神的ダメージきたのに、焼いた後なんて絶対見たくない。それに、僕が発狂したら困るでしょ」
「いやー、別に……。いざとなれば棚部さんから教わった、チョークスリーパー? ってやつで気絶させるから問題ない」
「そっか、尚更見たくないな……にしても、フラワーリメイカーってめっちゃ骨みたいな見た目なのに、身体全部が植物と肉で作られてたんだね。焼き切れなかったらどうしようかと考えてたけど、杞憂だったみたいだ」
燃え盛る炎の前でそんな会話を繰り広げているのは広岡とノーザイだ。
焼け落ちていくフラワーリメイカーへ背を向けている広岡は、通ってきた森の道を見ながら話す。
「それにしても、やっぱおかしいよなぁ~。誰かが意図的に仕組んだとしか思えない。気に入った相手もなにも、誰がこんなところ通るんだよ。ましてや百奈がこんな森の中に来るわけない。彼女の足じゃ、近所見て回るぐらいがやっとだよ。花にされた人外たちも、誰かに連れてこられた説が濃厚かな」
「誰かが危害を加えようとしてるってこと? こんな面倒な手まで使って? 何が目的なんだろ……」
「さぁね。まだ情報が足りてないから、そこまではわからないな。何で百奈だけ狙ってたのかも分からない。……犯人は何を企んでるんだろうね、サフィナの件と関係のある相手なのか、全然関係のないポッと出が犯人なのか、調べることが多いな」
ため息をついた広岡は、フラワーリメイカーから背を向けたまま、ゆっくりとしゃがむ。
ノーザイは焼け落ちていくフラワーリメイカーから目を離すことなく、広岡へ質問をした。
「広岡さんから見て、今回の件とサフィナの件が同一犯なのか、それとも別なのか……どっちだと思う? 今の時点の考えでいいから聞きたい」
「そうだね、今の時点で考えるなら、今回の件とサフィナの件は別のヤツが仕組んでる可能性が高いと思う。だってさ、なんか、こう……何かが引っ掛かるんだよね」
広岡はしゃがんだまま、手を動かして何かを表しているが、変な動きをしているようにしか見えない。
ノーザイはチラリと広岡を見た後、フラワーリメイカーへ視線を戻す。
「ふーん、そっか。 ……あ、もうそろそろかも」
もはや原型は見えず塵となって、悲鳴すら上げなくなったフラワーリメイカーを見て、ノーザイは水を大量に発生させ炎を消していく。
森の中で輝いていた炎の光は完全に消え、ノーザイは持ってきていたライトを翳す。そこに残ったのは塵の山だった。
「さっむ! 昼は暖かいけど、夜はやっぱ冷えるね。さっきまで炎の近くにいたから、余計に寒く感じる」
炎が消えたことで森の中の本来の寒さと暗さ、静けさが戻ってきた。
しゃがんでいた広岡は、持ってきていたもうひとつのライトを手に取って立ち上がり、塵の山を見ていたノーザイに話し掛ける。
「よし、戻ろう。長居してたら、帰る頃には朝になる。本貴さんにも、終わったよーって報告しないといけないし。ノーザイくんはどうする? 帰りにそのままキミの家まで送ってもいいよ、報告は僕がしておくし」
「報告は任せるけど、俺も『デルテの館』へ一緒に帰る。そんで、さっさと寝る。ていうか、車の中で寝るかも……。ま、館の空き部屋は全部埋まっちゃったから、リビングのソファーを借りるよ。じゃないと起きれる気がしない。家だと誰も起こしてくれないから、丸一日寝ちゃいそうだし」
「そっか、わかった。じゃあ帰ろうか。あまりここに長居するのは良くなさそうだし……」
広岡は洞窟の入り口付近にある、草木で生い茂った暗闇を一瞥する。そこには何もいない。
しばらくそこを見つめていた広岡は、先に進んでいたノーザイの「早く~あんたがいないと誰が運転するの~」という声に促され、早足でノーザイのところへ合流する。
二人は通ってきた道をライトで照らして、車を置いている場所までの道のりを歩いていく。
そんな二人を途中まで眺めていた黒い影は、広岡が凝視していた草木の中から現れた。
黒い影は二人が見えなくなった先を眺めながら、「邪魔だな」と小さな声で言い放つ。しかしその声は、木々が揺れる音によってかき消された。




